国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

運動の現場における知の再編

共同研究 代表者 宇田川妙子

研究プロジェクト一覧

目的

近年、先住民運動、女性運動、市民運動などの様々な運動が、世界的に活性化しつつある。この動きは、特にマイノリティの人々が承認を求めながら社会を再編し、共生を模索する動きとしても捉えることができる。本研究は、そうした観点から、具体的な運動について実態調査にもとづく議論を重ねていくと同時に、従来、様々な学問分野に細分化されてきた運動論を総合し、新たな運動論の地平を立ち上げることによって、多元的共生社会への可能性と実態を、より具体的かつ積極的に論じていくことをねらいとする。

また、こうした運動の現場は、言い換えるならば、既成の「知」が挑戦を受け再編を余儀なくされている場でもある。したがって、これら運動の現場で生成された「知」(臨床の知、市民的専門性、民知)が既成の「知」をどう再編(変革、流用、葛藤、接合等々)させていくのか、あるいは、その際、専門家や研究者の「知」といかなる役割をもっているのか、という問いも本研究の重要な課題である。これは、学問の社会的な責任や倫理という問題にもつながっていくが、特にポストコロニアル時代における人類学にとっては、今後の展開を具体的に示唆する興味深い研究事例のひとつとなるに違いない。

研究成果

本共同研究は、日本学術振興会の人文社会科学振興プロジェクト研究「多元的共生社会の構築・運動の現場における知の再編」と関連して組織されたものであり、研究の実践も、そのプロジェクト研究と密接にかかわる形で行なわれ、さらには本館の機関研究の一つとしても調査研究を行なった。

まず、全体に共通する問題関心として(上記プロジェクト研究との関連のなかで)日本社会の現状との比較という視点をすえ、(1)日本におけるコミュニティ活動の現状と歴史、(2)先進国における現状、特に社会的排除という問題、(3)マイノリティの活動と多元的共生という問題、(4)グローバル化のなかでの共生という課題、の4点に注目することにした。そして、機関研究や上記プロジェクト研究の支援を受けながら、とくに日本、韓国、イタリアやイギリスの社会的企業、先住民運動、フェア・トレードの事例などにかんして調査研究を進めながら、下記のような研究会およびシンポジウムなどを開催し、その成果の中間報告をすると共に議論を深めた。その過程で、特にフェア・トレードなどの研究を通して、分野の異なる様々な運動がグローバル化の中で密接に関連しあっていく状況も浮かび上がり、本研究会の基本的な問題関心が具体的な事例のなかで確認されると共に、今後もいっそう様々な運動にかんする横断的な研究が必要であることが明らかになってきた。

なお本研究は、本館の共同研究としては18年度で終了するが、上記プロジェクト研究および本館の機関研究としては、19年度も継続する。したがって19年度は、現段階までの個々の研究をさらに総合的に集約することによって、様々な運動が様々な地域・次元で活性化している現代社会の実態を、多元的共生という視点から、その現状と問題点にかんして考察を深め総括していくことにする。

2006年度

本年度も引き続き人社プロの経費を使って、各自の調査研究を進めるとともに、その成果報告という形で共同研究会を開き、互いに議論を重ねていくこととする。また、研究会外部の研究者を積極的に招聘し、多様な知見をつきあわせて議論を豊かにしながら、論点を整理していくことを目的とする。中でも、人類学と社会学、非先進国の事例と先進国の事例の関連・比較等に議論を手中させていきたい。

【館内研究員】 鏡味治也(客員)、岸上伸啓、窪田幸子(客員)、小長谷有紀、鈴木紀(客員)、林勲男
【館外研究員】 川橋範子、佐野淳也、砂川秀樹、関根久雄、辻村英之、中村陽一、沼崎一郎、萩原なつ子、平野昌、藤井敦史、細川弘明、牧紀男、結城史隆
研究会
2006年5月20日(土)13:00~(第3演習室)
細川弘明「呉越同舟か同床異夢か ─ 先住民族運動と環境保護運動の協働現場から」
2006年7月15日(土)13:30~(大演習室)
テーマ:「ヨーロッパの移民を考える」
石川真作「トランスナショナルな展開を模索するムスリム・マイノリティ-ドイツにおけるアレヴィ諸団体の調査から」
稲葉奈々子「フランスにおけるサンパピエ(非正規滞在者)の生き抜き戦略」
臼杵陽「コメント」
2006年7月29日(土)13:00~(第3演習室)
鈴木紀「認証型/提携型分類再考:フェアトレード・チョコレートの事例から」
辻村英之「タンザニア農村における貧困問題と農家経済経営:コーヒーのフェアトレードの役割」
2006年11月11日(土)13:00~(第3演習室)
山本純一「フェアトレードと地域開発:コーヒーの事例を中心にして」
2006年11月18日(土)13:00~(第3演習室)
渡辺登「市民社会のconsolidation―巻町(日本新潟県)における原発建設に関わる住民投票運動と扶安(韓国全羅北道)核廃棄物処理場建設反対運動の事例比較を通じて」(仮題)
山地久美子「韓国の市民運動と戸主制廃止運動-市民運動の拡散と収束-」(仮題)
2007年2月3日(土)13:00~(第3演習室)
辻信一「フェアトレードとスロービジネス」
辻村英之「農家経済経営とフェアトレードの役割:キリマンジャロ小農を事例として」
研究成果

本年度は、昨年度の問題点にもとづき、日本の市民運動の現状をいっそう客観的に明らかにするために、(1)先進国での「運動」の実態・問題点、(2)発展途上国での「運動」の実態・問題点、(3)マイノリティから見た「運動」の実態・問題点の3点に重点を置きながら、調査研究を進め、相互に議論を交わしていった。

(1)については、これまでのイタリアの社会的共同組合にかんする調査の中間報告として、日本学術振興会・人文社会科学振興プロジェクト研究の支援を受けて国際シンポジウムを開催し、先進国に共通して見られるようになった社会的排除と市民運動の関連、日本社会との比較に関して考察した。また、新たに今年度から、韓国社会の事例にも取り組み、国際研究集会「日本と韓国の市民社会の連帯に向けて:韓国における市民運動の現状と課題から」(中京大学、1月29日~31日)を開催した。(2)に関しては、主にフェア・トレードの事例に取り組み、国内シンポジウム「フェア・トレードのめざすもの:その多様化する現状と課題」(京都キャンパスプラザ、3月10日)を開催し、途上国側、先進国側、およびそれを結ぶグローバル化という問題に取り組んだ。(3)については、上記の研究会のほかに、やはり上記プロジェクト研究の協力で北海道・白老にて「先住民概念とその周辺:国際的比較から考える」(白老アイヌ博物館、10月21日)を開催し、議論を深めた。

本共同研究は、18年度で終了するが、上記プロジェクト研究は19年度も継続するので、これまでの研究は、今後1年間、日本・アジアからの市民運動の再考という視点の下で取りまとめていく予定である。

2005年度

【館内研究員】 鏡味治也(客員)、岸上伸啓、窪田幸子(客員)、小長谷有紀、鈴木紀(客員)、林勲男
【館外研究員】 川橋範子、佐野淳也、砂川秀樹、関根久雄、辻村英之、中村陽一、沼崎一郎、萩原なつ子、平野昌、藤井敦史、細川弘明、牧紀男、結城史隆
研究会
2005年6月25日(土)13:00~(第3演習室)
伊藤亞人「後開発(Post-developmental)状況における市民と活性化:よさこい祭りの行為者志向的(Actor-oriented)・実践志向的(Practive-oriented)視点から」
2005年7月28日(木)13:00~(第3演習室)
中村陽一、小玉重夫、李昤京「市民社会の再検討」
2005年10月29日(土)13:00~(第3演習室)
中村陽一、中野民夫、甲斐徹郎「コミュニティ・デザイナー」研究:中間報告
大枝奈美、上純江、志塚昌紀「コメント」
2005年12月10日(土)13:00~(第3演習室)
林勲男「防災からのコミュニティづくり ─ 南海地震に備える串本町・自主防災組織の活動」
2006年3月4日(土)12:45~ / 5日(日)9:00~(東京グリーンパレス(東京都千代田区2番町2番地))
人文・社会科学振興プロジェクト研究事業 シンポジウム「市民の社会を創る ─ 社会提言の試み」
研究成果

本年度のグループ全体の主たる関心は、日本における市民運動・活動の現場における実情とその問題点であり、その中間報告の一端を3月の人社プロ(本共同研究会の母体となっているグループ)のシンポで行った。

その中で、日本における市民社会・市民性の概念の再検討の必要性が明らかになるとともに、多元的な視点の重要性があらためて提起された。特に後者の点は、グローバル化がいっそう進みつつあると同時に格差の拡大が憂慮されている現在だからこそ考慮すべき点であると考える。 ゆえに来年度以降は、その問題点をさらに掘り下げて、日本の現状をいっそう客観的に明らかにするためにも、(1)先進国での「運動」の実態・問題点、(2)発展途上国での「運動」の実態・問題点、(3)マイノリティから見た「運動」の実態・問題点の3点に重点を置きながら、調査研究を進め、相互に議論を交わしていく。

共同研究会に関連した公表実績

伊藤亞人「よさこい祭りと市民社会」伊藤亞人先生退職記念論文集編集委員会『東アジアからの人類学:国家・開発・市民』271-290頁、2003年、風響社。(本年度第1回目の研究回記録)

2004年度

【館内研究員】 鏡味治也(客員)、岸上伸啓、窪田幸子(客員)、小長谷有紀、鈴木紀(客員)、林勲男
【館外研究員】 川橋範子、北田鶴士、佐野淳也、砂川秀樹、関根久雄、中村陽一、沼崎一郎、萩原なつ子、平野昌、藤井敦史、細川弘明、牧紀男、結城史隆
研究会
2004年11月27日(土)13:00~(第3演習室)
萩原なつ子「身近な環境に関する市民研究活動と市民のエンパワーメント」
岸上伸啓「シンポジウム・イヌイットの先住民運動と知の再編について」「全体討議」
2005年1月13日(木)10:30~ / 14日(金)10:00~ / 15日(土)10:00~(第4、第5セミナー室)
国際シンポジウム「多元社会における先住民運動:カナダのイヌイットと日本のアイヌ」
2005年1月22日(土)13:30~(立教大学池袋キャンパス4339教室(4号館3階))
中村陽一、甲斐徹郎、中野民夫、渡辺豊博、大野博美「コミュニティ形成と「コミュニティ・デザイナー」」
2005年3月26日(土)13:30~(第3演習室)
結城史隆、西山昌宏、加藤麻子「青年海外協力隊員の活動と現場」
研究成果

本年度は、運動の現場において起きている「知の再編」の実態を、様々な事例から具体的に明らかにしていくことを目的として、研究会を重ねてきた。その結果、グローバル化がいっそう進みつつある現在、住民・市民レベルの動き(知の再編の試み)が、社会システム全体への変化になかなかつながっていない現状が、どの事例においても大きな問題であることが浮かび上がってきた。

ゆえに来年度以降は、その問題点をさらに掘り下げて議論をしていく予定である。具体的には、(1)日本社会における「運動」の実態・問題点とその系譜、(2)の先進国での「運動」の実態・問題点、(3)発展途上国での「運動」の実態・問題点、(4)マイノリティから見た「運動」の実態・問題点、(5)グローバル化と「運動」の5点に重点を置きながら、調査研究を進め、相互に議論を交わしていく。

共同研究会に関連した公表実績

国際シンポジウム「多元社会における先住民運動:カナダのイヌイットと日本のアイヌ」(平成17年1月13日、14日、15日)