「思い出」はどこにいくのか?:ユビキタス社会の物と家庭にかんする研究
目的
現代人は大量生産された膨大な物にかこまれてくらしている。私たちは、それらの物を生活用品として利用するだけでなく、さまざまな思い出を物に託して自己の世界をかたちづくってきた。家庭はそうした物を介したコミュニケーションの基地になっている。本研究では、家庭にあふれる「物」のもっとも重要なコンテンツとして個人の「思い出」を位置づけ、現代社会における「思い出」の意義と可能性についてかんがえる。きたるべきユビキタス社会がめざすのは、身の回りの情報を自由にあやつることが可能な社会だが、そのときに家庭や個人の生活はどうなっていくのか、誰も明確なイメージをつかめてはいない。本研究では、物とそれが機能する場である家庭の現状を把握し、関係者をまじえた議論によって、人間らしく生きてゆくために必要な技術の方向性を模索する。
研究成果
機関研究としておこなわれた研究会(5回)をふくめて全体で17回の研究会と1回の公開研究会「ユビキタス住宅はどこへ行くのか?」を開催した。外部講師によるシリーズについては機関研究についての実績報告にすでにまとめた。共同研究会メンバーによる発表は、思い出、物、家庭、ITをテーマにしたものであり、それは本研究会のタイトルにある通りである。相互に無関係にみえるこれらのテーマについて以下のような見通しをもつにいたった。
- 歴史から思い出へ:社会から個人へ向かう時代の趨勢。ITC技術の進歩によって、既存の社会の枠組(空間、歴史、学問、知識、、、、)のなかでは解決できない自己。
- 現代家庭と思い出:家のなかにあふれる物。家さえ社会の前提条件ではなくなった。家の存在確認のための思い出づくり。
- 思い出と物:思い出を実体化する対象としての物。ガラクタでも意識すると大切な物にかわる。自己実現の道具としての物。
- 思い出の社会化:ゴミ屋敷。物にこめられた思い出は意識化できないとゴミに変わる。個人の思い出を社会化するためのデザイン。
- 思い出とテクノロジー:技術の進歩は人の一生の記憶をアーカイブ化可能にしつつある。記憶は想起の対象とならなければただのゴミ。記憶を思い出に変えるテクノロジー。
2007年度
研究成果とりまとめのため延長(1年間)
【館内研究員】 | 久保正敏、佐藤浩司、山本泰則 |
---|---|
【館外研究員】 | 内田直子、大谷裕子、加藤ゆうこ、國頭吾郎、久保隅綾、黒石いずみ、佐藤優香、清水郁郎、新垣紀子、須永剛司、角康之、長浜宏和、野島久雄、南保輔、安村通晃、山本貴代 |
研究会
- 2007年8月24日(金)9:00~19:00(とかち田園空間博物館・芽室町立上美生中学校)
- 全員「報告書作成について」
- 須永剛司「とかち田園空間博物館・a-museシステム利活用の試み」
研究成果
これまでの研究会で確認できたことのひとつに、ITCを利用した情報発信ではつねにそれ自身の限界をその内部にしめしておく必要があるのではないかという主張があった。つまり、これからのITC環境に求められるのは、情報をより精緻に完結させてゆくことではなく、その反対に、つねに現場、現実(より多様な情報がそこにはある)に帰してやる仕掛けにある。この点は博物館展示の目標も同様であろう。とかち田園空間博物館は、現実の博物館を建設することなく、ネットワークを利用して地域そのものを博物館にしようといういわば先鋭的な試みである。このシステムはいかに現実をそのなかに位置づけていくかを模索しており、おなじ問題意識をもつ本研究会にとってきわめて有意義な現場体験であった。また上美生中学校と多摩美術大学の表現ワークショップは、その土地で生活する中学生の「思い出」をテーマとしたものであったことも特記しておく必要がある。
2006年度
本年度はメンバーの発表を中心に、年間4回の共同研究会をおこなう。うち1回は外部講師としてIT分野の最先端を実践している人物と関連する話題提供のできる人類学者をまねいて本テーマのひろがりを確認する議論をおこなう(人選は未定)。なお、外部資金・科研費などが取得できれば、日本の現代家庭を対象にじっさいに物の調査を実施し、その結果を研究にフィードバックするかたちで研究会を継続することになる。また、本研究会の成果をもとに、おなじメンバーが中心となってシンポジウムをおこなうことを計画している(機関研究に申請予定)。
【館内研究員】 | 久保正敏、山本泰則 |
---|---|
【館外研究員】 | 内田直子、大谷裕子、加藤ゆうこ、國頭吾郎、久保隅綾、黒石いずみ、佐藤優香、清水郁郎、新垣紀子、須永剛司、角康之、長浜宏和、野島久雄、南保輔、安村通晃、山本貴代 |
研究会
- 2006年5月21日(日)13:00~(第6セミナー室)
- 長浜宏和「工業化住宅はどこへいくのか?」
- 安村通晃「ユビキタス時代のインタラクションデザイン 「家展~記憶のかたち」より」
- 松浦豪「世界考現学小隊 活動報告」
- 2006年9月10日(日)13:00~(博報堂グランパークタワービル)
- 角康之「体験メディアの実現に向けて」
- 南保輔「思い出」・トーク・調査方法:会話分析からのアプローチ」
- 2006年10月1日(日)13:00~(第6セミナー室)
- 角康之「展示場における体験メディアの実験利用について」
- 新垣紀子「人とモノのインタラクションの分析」
- 内田直子「装いから考えるユビキタス社会の方向性」
- 2007年2月23日(金)13:00~(国立歴史民俗博物館)
- 佐藤優香+角康之「展示場における体験メディアの実験利用についてⅡ」(仮題)
- 山本貴代「住宅の実態:格差社会における富裕邸潜入調査報告(日中家庭比較)」
- 2007年3月4日(日)13:00~(第4セミナー室)
- 公開共同研究会 プログラム等詳細
- 有吉猛、杉原義得、山崎達也、吉田博之「ユビキタス住宅はどこへいくのか?」
- 美崎薫、南雄三、國頭吾郎「コメント」
研究成果
わかったこと:
- ユビキタス社会が実現可能だとして、そこで求められているのは自動化(人間行動のサポート)ではなさそうだということ。自動化は人間に自由をもたらすのではなくして、リストラをもたらしてきただけだ。
- バーチャルなコミュニケーションツールに不可欠な要件は、そうしたコミュニケーション自体の限界を同時に伝えることにあるだろうということ。現場に行き、自身の身体をもって感じることの大切さを伝える。これは博物館の展示も一緒。
- しかし、いっぽうでバーチャルという言葉で一括されて(リアルに対比して下位におかれて)きた領域は、現代人がひさしくうしなっていた精神世界(20世紀初頭の民族誌にはかならずあった項目。迷信として排除され、あるいは「宗教」のなかにのみこまれてしまった領域)の復権なのではないかということ。
それゆえ、ユビキタスにあってもっともその必要性をもとめられるのは、こうした現代人の精神世界のサポート(その実態はまだ不明確ながら)にあるようだということ。
2005年度
【館内研究員】 | 久保正敏、山本泰則 |
---|---|
【館外研究員】 | 内田直子、大谷裕子、加藤ゆうこ、國頭吾郎、久保隅綾、黒石いずみ、佐藤優香、清水郁郎、須永剛司、長浜宏和、野島久雄、南保輔、安村通晃、山本貴代 |
研究会
- 2005年5月21日(土)13:00~(第6セミナー室)
- 佐藤浩司「昨年度の活動総括と今年度以降の方針」
- 山下里加「思い出とアーティスト」
- 2005年7月23日(土)13:00~(成城大学3号館会議室)
- 國頭吾郎「ユビキタスコンピューティングにおけるサービスと思い出」
- 加藤ゆうこ「大事なものを大事に処分すること」
- 山本貴代「中国におけるOLバッグの中身調査レポート」
- 2005年11月6日(日)13:00~(第3セミナー室)
- 久保隅綾「家庭訪問調査による日韓フォトライフスタイル比較」
- 黒石いずみ「昭和初期婦人誌に見るモノと暮らしの方程式作り」
- 2006年1月14日(土)13:00~
- 栗原伸治「思い出となるもの/思い出をつくるもの:中国黄土高原におけるフィールドワークと日本の農山村地域におけるワークショップにもとづく一考察」
- 清水郁郎「語られない思い出:東南アジア大陸部山地社会からの報告」
- 佐藤優香「経験の展覧会:子どもワークショップにおける物と思い出にかんする試み」
研究実施の概要
本年度は共同研究会メンバーの報告を中心に4回の研究会を開催した。物の調査の事例報告から、より理論的な考察をふくむ発表まで内容は多岐にわたる。中国女性のバッグの中身(山本貴代)や韓国家庭におけるメディア利用(久保隅)の実態調査は、身の回りの物=大量消費財の調査から文化比較の可能性をさぐった。捨てるに捨てられない物の供養(加藤)や思い出したくない思い出(清水)に対する指摘は、紋切り型に理解される物の背後から個人の物語をあぶりだそうとこころみた。本研究全体の枠組を歴史的に位置づけ(黒石)、さらにその成果の将来性を展望する(國頭)報告もなされた。また展示やワークショップという場で、物=思い出がコミュニケーションをひきだすことを実践する試み(佐藤優香)もあった。本年度は、身の回りにあふれる消費財が、現代人やその社会を理解するうえできわめて重要な意味をもつことを確認した。
共同研究会に関連した公表実績
- 研究会の成果についてはホームページで逐次公開している。
- 2005年4月より韓国生活財データベースを国立民族学博物館ホームページで公開。
- 国立民族学博物館特別展「きのうよりワクワクしてきた。」
-
韓国生活財調査の調査成果をもとに台所における物と人間行動の関係を分析した論文が第6回ヒューマンインタフェース学会論文賞を受賞した。
「人はどれだけのモノに囲まれて生活をしているのか?:ユビキタス環境における人とモノのインタラクション支援に向けて」新垣紀子・野島久雄・佐藤浩司・北端美紀・小野澤晃,『ヒューマンインタフェース論文誌』7(2), pp1-9, 2005
2004年度
【館内研究員】 | 久保正敏、山本泰則 |
---|---|
【館外研究員】 | 内田直子、大谷裕子、加藤ゆうこ、國頭吾郎、久保隅綾、黒石いずみ、佐藤優香、清水郁郎、須永剛司、長浜宏和、野島久雄、南保輔、安村通晃、山本貴代 |
研究会
- 2004年10月23日(土)13:00~(第6セミナー室)
- 澤田昌人「エフェ(ピグミー)の死生観を探る」
- 美崎薫「外在化した記憶の形:記憶する住宅がつくるこころ」
- 2004年12月4日(土)13:00~(第6セミナー室)
- 塚本昌彦「ウェアラブルで行こう:ウェアラブルとユビキタスの統合による新しい文化創造に向けて」
- 菅原和孝「ワタシをつつむ物の繭と表象の繭:画像と映像で追うカラハリの記憶」
- 2005年2月27日(日)13:30~(第6セミナー室)
- 川崎一平「おねだりと償い ─ パプアニューギニア、フィールドからの手紙」
- 神田敏晶「見えてきた!次世代インターネットが誘う個人と社会のありかた!」
研究成果
研究会では、ユビキタス技術の最先端で活躍し、またその環境の実践をとおしてユニークな活動を展開している人物を毎回ゲストにまねいて話題提供してもらった。また、そうした活動の意味を人間社会の普遍的な問題として検討するため、比較的閉じた社会の思い出にまつわる事例を人類学者に報告してもらった。その結果、これまで出会う機会のなかった領域の専門家同士が共通のテーマについてそれぞれ別の視野から議論をかさねることができた。
共同研究会に関連した公表実績
- 研究会の成果についてはホームページで逐次公開している。
- また、「ユモカ研ニューズ」として関係者に配布している。
- 2005年4月より韓国生活財データベースを国立民族学博物館ホームページで公開している。