マダガスカルの文化的多様性に関する研究
目的
本研究の目的は、インド洋の十字路に位置するマダガスカル地域の文化に着目し、次の2点を明らかにすることである。
- 島外からもちこまれたさまざまな文化的要素が共存・融合・保持されてきたようす。
- 大島嶼という地理的条件が可能にしてきた異文化共存のありかたが、現代における通信や交通の発達とともに変容しつつあるようす。
アジア・アフリカの複数地域から文化要素を継承したマダガスカル各地の諸社会は、それ自身、諸集団の交流史を語る非文字資料である。複数の専門家がこれらの資料を検討することにより、マダガスカル文化のなりたちを一貫した視野のもとに構成することが、本研究の基礎的作業となる。そのうえで、同時代人としてマダガスカル理解を進めていくために、マダガスカル文化の現状についても議論する。21世紀的なグローバル化が地球大の変化を引きおこしている現在、「文明の十字路」という場所的特徴は、これからも維持されるのか、無意味化しつつあるのか。それを見きわめることは、マダガスカル文化が人類全体に貢献する可能性を評価することでもある。
研究成果
マダガスカル文化という語は、日本文化という語などとくらべて、イメージ喚起力に乏しい。このことから類推されるとおり、マダガスカル島内に共通する確固とした文化的基盤があるわけではないのだが、それにもかかわらず、マダガスカル島内の諸文化はアフリカ大陸部の伝統と一線を画しているし、東南アジアとも異なっている。また、各地で話されている言語がすべてマダガスカル語(マラガシ語)の方言とみなせることは、マダガスカル文化の一体性を主張するときの数少ない論拠となっている。
共同研究では、こうした状況において文化領域区分を確定する試みや、マダガスカル文化を唱道する試みについて検討した。しかしこれは、これらの文化領域を固定したものとみなしたり、マダガスカル文化の一体性を追認したりするためではない。地域をまたがる文化的共通性と、主として地域的交通圏に根ざした文化的多様性のあいだで、さまざまな現象が展開するようすを確認するためである。また近年では、全球的な文化現象が村落生活に浸透し、地域文化のダイナミクスをさらに複雑なものにしている。このように、さまざまなスケールにおける地域内外の交渉が、共同研究ではしばしばとりあげられた。
共同研究会の各発表は、(1)他の地域との連続性/断絶性を意識しながら特定の地域文化に焦点をあてた研究と、(2)さまざまなレベルでの社会やコミュニケーションの変化が地域文化に与えた影響をあつかう研究、(3)そうした著しい社会変化のなかで地域文化を継承していく努力に関する研究、に大別することができる。現在準備中の論文集のなかでは、このことを念頭に置きながら章立てを検討し、それぞれのテーマの相互連関を明確にすることで、マダガスカルの文化的状況を描く予定である。そのための素材が出そろったことは、本研究の第一の成果であった。
2009年度
国立民族学博物館調査報告(SER)の1冊として、まずは最初の全体的な成果報告を平成21年度か22年度におこなう。その編集方針は、平成21年度に継続分としておこなわれる研究会で確定する予定である。SER刊行後、これをもとにマダガスカルの研究者と研究集会を開き、日本の共同研究の成果をマダガスカルにいったんフィードバックするとともに、次の研究ステップへむけての足がかりとする。この研究集会については、アンタナナリヴ大学文明研究所/芸術-考古学博物館に計画を話して、すでに好意的な反応を得た。また、本研究会では農耕技術や物質文化についての知見も紹介されたが、一部は平成23年度以降に開催する特別展示に反映させる予定である。
【館内研究員】 | 池谷和信、菊澤律子、吉本忍 |
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【館外研究員】 | 安高雄治、内堀基光、崎山理、杉本星子、鈴木英明、伊達仁美、花渕馨也、 原野耕三、深澤秀夫、堀内孝、森山工、吉田彰 |
研究会
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2009年7月11日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第2演習室)
2009年7月12日(日)9:30~12:00(国立民族学博物館 第2演習室) - 成果出版にむけての打ち合わせ(全員)
- マダガスカル南西部の状況についての意見交換(池谷和信、安高雄治)
研究成果
本年度は成果出版にむけた集まりを1回開催した。その状況は上に述べたとおりである。現在、3年間の討議をふまえて各自が成果論文を執筆中であり、2010年度内の出版にむけて編集作業を進めている。
2008年度
文化的多様性といった場合に想起される「伝統文化」と、その将来的展開について議論するため、工芸の現在というテーマをとくにとりあげて議論したい。生活に根ざしていた工芸製作が、現代美術批評やファッションショー、クラフト・アート市場といった文脈で評価され流通するうえで、どのような背景や経緯があったのか。また、「人類の口承および無形遺産の傑作(世界無形遺産)」への指定や国際的NGOの関与などがどのていど重要であるかも議論したい。また、前年度までの研究会じゅうぶんに検討できなかった言語や象徴観念(儀礼)についても、報告および討論をおこなう。報告においては、近年における研究の動向をふまえ、20世紀前半の研究資料がどのようなかたちで継承されているか、あるいは継承されていないかをじゅうぶん吟味する。そのことにより、多様性の記載という初期マダガスカル研究の作業を21世紀人類学がいかに受け継いでいけるかを検討する。
【館内研究員】 | 池谷和信、菊澤律子、吉本忍 |
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【館外研究員】 | 安高雄治、内堀基光、崎山理、杉本星子、鈴木英明、伊達仁美、花渕馨也、原野耕三、深澤秀夫、堀内孝、森山工、吉田彰 |
研究会
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2008年5月10日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第2演習室)
2008年5月11日(日)9:30~12:00(国立民族学博物館 第2演習室) - 藤田みどり「明治期の文芸にみるマダガスカル表象――東海散士『佳人之奇遇』を中心にして」
- 深澤秀夫「植民地化以降の日本・マダガスカル交流史
- 2008年6月28日(土)13:30~20:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 杉本星子「マダガスカルの森林資源と経済-野蚕・野棉の紡績・製織・流通システムをめぐって-」
- 全員「マダガスカルの文化継承に関する近年の動向」
- 2008年10月13日(月)9:30~13:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 伊達仁美「文化継承における学校教育の意義
- ――博物館に伝わる有形財と、地域に伝わる無形財を橋渡す装置」
- 全員「マダガスカルにおける伝承母体としての地域社会」
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2009年3月15日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2009年3月16日(月)10:00~13:00(国立民族学博物館 第2演習室) - 飯田卓「マダガスカルの造船と操船――文化的多様性への視点」
- 吉本忍「マダガスカルにおける文化クラスター研究」
- 全員「マダガスカルにおける文化動態のとらえかた」
- 全員「成果公開にむけて」
研究成果
文化的多様性といった場合に想起される「伝統文化」と、その将来的展開について議論するため、工芸の現在というテーマをとくにとりあげて議論した。生活に根ざしていた工芸製作が、現代美術批評やファッションショー、クラフト・アート市場といった文脈で評価され流通するうえでは、海外のデザイナーやNGOの関与、自然保護の高まりによる素材調達経路の変化、新素材との組み合わせやあらたなモチーフの導入など、さまざまなレベルの社会変化が関与することが明らかになった。 以上は、経済自由化や政治民主化が加速する1990年代以降に顕著な現象だが、それ以前の文化変容においても、社会の多様な局面の変化が工芸製作の変化に深くかかわっている。王国における織布の利用や、製作者の交流などが、伝統的な船や織物の発展にも関わっている。このように考えれば、工芸のあり方は刻々と変わりつつあるのが常態といってよい。そのことを前提としたとき、創造の源泉として工芸製作のいとなみを保存していくうえでは、コミュニティのなかでの工芸製作・使用をうながしていくための学校教育も重要だと議論された。
2007年度
昨年度に引き続き、博物館に収蔵された標本資料の検討をとおして、伝播論や文化領域論の今日的展開の可能性を吟味する。とくに、マダガスカルの農具に関するコレクションとして、原野農芸博物館に収められた標本資料を調査する。また、このことと平行して、各メンバーの研究発表もおこなう。2006年度は、とくに文化領域論の学史的検討がおこなわれたが、これに加えて文化伝播論についても検討し、さらに近年のポストコロニアル的民族誌にも話題を広げながら、21世紀の文脈で古典的理論をどのようにとらえるべきかを討議する。
【館内研究員】 | 池谷和信、菊澤律子、吉本忍 |
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【館外研究員】 | 安高雄治、内堀基光、崎山理、杉本星子、伊達仁美、花渕馨也、原野耕三、深澤秀夫、堀内孝、森山工、吉田彰 |
研究会
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2007年6月16日(土)15:00~19:00(奄美アイランド(奄美大島))
2007年6月17日(日)9:00~11:00(奄美アイランド(奄美大島)) - 飯田卓「マダガスカルにおける物質文化研究の可能性:伝播論、民俗技術論、創造論」
- 原野耕三「奄美アイランド収蔵のマダガスカルコレクションについて」
- 全員今後の研究方針について
- 2007年10月21日(日)9:30~14:30(国立民族学博物館 第2演習室)
- 全体テーマ:マダガスカルにおける歴史と歴史意識
- 鈴木英明「ヌシベの興隆:19世紀における多重的背景の説明」
- 森山工「マダガスカルにおける墓・歴史・国民意識」
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2008年1月26日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
2008年1月27日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第1演習室) - 全体テーマ:マダガスカルにおける植物文化の多様性
- 湯浅浩史「マダガスカルの伝統的植物利用」
- 崎山理「マダガスカルにおける植物名称の意味変化」
- 飯田卓「マダガスカルの有用植物――とくに工芸素材について」
研究成果
多様性という視点から、マダガスカル文化のもつさまざまな側面について各メンバーが個別発表をおこない、まさしく多様な側面が明らかになった。その話題は、植物利用から歴史意識にいたるまで、物質的な多様性から観念的なものにまでおよぶ。しかし同時に、共同研究として、これらの多様性を提示する仕方が問題となってきた。
そこで本年度は、各発表の相互関係にまでふみこんで議論できるよう、研究目的を昨年度よりも具体化した。マダガスカルが植民地時代以前にすでに確立していた文化的多様性と、大航海時代以降に進んできたグローバル化にともなう文化的多様性をとりあえず区別し、それぞれの現代的意味が議論しやすいように研究計画を見直した。
2006年度
マダガスカル文化の多様性には、2つの意味がある。ひとつは、文化要素の起源が多元的だということであり、もうひとつは、それらの文化要素を組み合わせて人間社会を組織するうえでの歴史性が多様だということである。前者を構成要素の多様性、後者を歴史の多様性と名づけよう。両者は不可分なものではあるが、多様性の問題を解きほぐしながら議論を進めていくために、共同研究者にはどちらかをとくに意識してもらうように分担を暫定的に定めた。また、各人の研究実績を考慮して、物質文化、生業経済、社会組織、言語文化、象徴観念の5つの分野を、それぞれに分担してもらった(10.参照)。研究発表においては、できるだけ、そうした分担との関わりで各人の研究を位置づけてもらう。研究発表が一巡した時点で、マダガスカルにおける多様性の概念や、マダガスカル研究の到達点と課題について、総合的に討議する。
こうした作業と平行して、マダガスカルを知らない人に対してその文化的特徴をいかに説明/提示できるかということも議論する。この作業なくしては、マダガスカル研究というくくり方そのものに意味がなくなるおそれがあるためである。また、この議論をふまえれば、展示や事典的刊行物のかたちで研究成果を還元することも容易となる。2010年のマダガスカル独立50周年にむけて、よりよい展示会や出版企画を実現できるよう、具体的な話し合いも進める。
ふたつの作業によって出た成果は、個別に評価されるべきものであるが、研究の活性化という大きな目標のもとでは、ともに重要なステップである。両方の作業を成功させることで、大きな目標を効果的に実現したい。
【館内研究員】 | 池谷和信、菊澤律子、吉本忍 |
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【館外研究員】 | 安高雄治、崎山理、杉本星子、伊達仁美、花渕馨也、原野耕三、深澤秀夫、堀内孝、森山工、吉田彰 |
研究会
- 2006年11月24日(金)13:30~(第5セミナー室) / 25日(土)9:00~(第1演習室)
- 吉本忍・伊達仁美・飯田卓「民博のマダガスカル関連資料について」
- 深澤秀夫「マダガスカルにおける民族学的研究領域論の系譜」
- 飯田卓「文化的多様性を表象する:研究の課題と展示の課題」
- 内堀基光「コメント」
- 2007年2月11日(日)13:30~((財)奄美文化財団 豊中支部 AIギャラリー)
- 飯田卓「趣旨説明」
- 原野耕三「原野農芸博物館のマダガスカル関係コレクションと、マダガスカルの農耕文化について」
- 吉田彰「マダガスカル文化の多様性の自然的背景」
研究成果
1970年代頃まで人類学の重要なパラダイムだった文化領域論のうち、とくにマダガスカルについておこなわれた研究をレビューした。また、こうした研究において参照された諸学のうち、農耕文化論の見地からマダガスカルの諸文化を比較する報告がおこなわれた。
議論の結果、マダガスカルについてまったく知識のない者がマダガスカルを知ろうとする場合、文化領域論による説明は今なお有効であることが確認された。そのいっぽうで、そうした図式的知識は、マダガスカル文化の現状を一面的にとりあげるにとどまっており、異文化理解をうながすものだとは言いきれない。日本とマダガスカルのように、互いに遠く離れた地域が互いの地域研究をおこなうためには、文化領域論の成果とともに別の枠組みをも援用すべきであろう。こうした異なるアプローチをどのように配分すれば、相互の理解が深まるようになるのか、この点の考察は次年度以降の課題である。