小・中学校、高等学校の国際理解教育の理論と実践に関する研究
目的
信州大学教育学部では、平成12年度から昨年度まで、ガーナ共和国小中学校理数科教育改善計画を実施してきた。これは国際協力事業団(JICA)の委託を受けて、広島大学教育開発国際協力センターを中心に福岡大学、宮崎大学とのコンソーシアム体制で実施してきたものである。また、平成16年度には「シンポジウム 子どもの異文化探険-海外教師経験者たちに学ぶ」、平成17年度には「教育フォーラム 小・中学校、高等学校、大学の国際理解教育の理論と実践報告」を実施した。
本共同調査は、大学共同利用機関としての国立民族学博物館の特性を生かして、国際協力事業団、文部科学省及び在日大使館と連携する大学人を中心に、小・中学校、高等学校の教育現場で国際理解教育の実践に従事している教師との共同研究を組織することで、学校現場のニーズに対応した国際理解教育の理論と実践に関する研究を行うものである。
研究成果
共同研究会の開催は平成18年度には5回、平成19年度には4回、平成20年度には4回、平成21年度には1回実施した。研究発表者は平成18年度には12名、平成19年度には13名、平成20年度には15名であった。
平成18年度から平成19年度までの共同研究会で得られた知見は、(1)国際理解教育の理論と実践、(2)JICAとの連携、(3)多文化共生社会の学校づくり、(4)博学連携プロジェクト、(5)海外教育事情と国際協力、(6)海外における日本人と日本人学校、(7)滞日外国人の実態、(8)グローカル・ネットワーク構想などがあげられる。
(1)から(4)までの主題については「新たな開発教育学の構想」(『民博通信』No.120、平成20年3月)のなかでその概要をすでに公表した。(5)の主題は、国際協力の視点から、海外教育事情、特に、英仏語圏のアフリカ教育事情の現状と課題を検討した。(6)の主題は、海外における日本人学校及び補修授業校を共時的、通時的に比較分析することで「白人性」との対比で「日本人」概念の再検討を行なった。(7)の主題は、滞日外国人の実態調査を踏まえて多文化共生社会の学校づくりを模索した。(8)の主題は、長野県教員等ネットワークの構築と長野県日本語教育ネットワークの構築についてミニ・シンポジウム形式で意見交換を行った。このシンポジウムを受けて外国人の子どもの受け入れ施策と自治体間格差を専門とする研究者を招聘し、長野県の外国籍児童・生徒の学習支援はどうあるべきかを検討ことによって自治体間格差の問題群を解明した。これらは研究成果報告書の公刊後に『信濃毎日新聞』等のメディアを通して問題の所在を提言する予定である。
平成21年度には研究成果報告書に関する編集会議を開催した。過去3年半の共同研究会の成果をもとに共同研究員及び特別講師に原稿を依頼している。また、平成21年度信州大学学長裁量経費の補助金を得て「青少年のための国際理解教育の祭典」を実施した。
2009年度
過去の研究の進捗状況に記載したように、平成18年度から平成20年度までの2.5年間の過去の研究はテーマ別に実施してきた。本年度は、研究成果の公開を出版企画によって実施することから、延長期間では、小学校、中学校、高等学校の教育機関別で共同研究会を開催することで大学関係者の助言を受けながら実践編をまとめあげる作業を構想している。また、国立民族学博物館を活用した博学連携のための教育機関別の座談会を予定している。
【館内研究員】 | 池谷和信、中牧弘允、吉田憲司 |
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【館外研究員】 | 青木澄夫、ウスビ・サコ、大津和子、黒田則博、酒井英樹、佐藤郡衛、菅沼節子、店田廣文、千葉節子、長嶋幸恵、中山晴美、西澤浩、藤田英樹、宮本由美子、百瀬顕正、和崎春日、渡辺正実 |
研究会
- 2010年2月6日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 研究成果報告書に関する編集会議
研究成果
平成22年度に予定している出版のための編集会議を開催し今後の編集計画を立案した。
また、平成21年度信州大学学長裁量経費の助成を受けて「青少年のための国際理解教育の祭典」を実施した。在日大使館との連携を図る本共同研究の目的を達成することができた。「青少年のための国際理解教育の祭典」は国立民族学博物館を中心とするイベントのパイロット計画を実施したものである。
2008年度
本年度は、1年半の共同研究の研究成果を踏まえて、(1)国際理解教育の実態を把握するために、長野県の高校生を対象とした異文化理解のための学習プログラム開発に関する研究発表大会の開催を計画する。(2)多文化共生の学校づくりの実践に関する臨床教育学、都市社会学及び都市人類学的研究は、池袋、新宿、大久保、川崎、浜松、名古屋、飯田等の外国人集住地域の事例を中心として、新たな学校論を展開する。(3)アフリカを対象とした「学校」を舞台とした国際協力と開発教育の実態に関する教育学及び人類学的研究は、ケニア、タンザニア、ザンビア、ガーナ、カメルーン等の学校のカリキュラム開発等に関して教育学者と人類学者との対話を通して現状と課題を探究する。これ以外は特別講師を招聘することで研究計画の充実化を図る。
【館内研究員】 | 池谷和信、中牧弘允、吉田憲司 |
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【館外研究員】 | 青木澄夫、ウスビ・サコ、大津和子、黒田則博、酒井英樹、佐藤郡衛、菅沼節子、店田廣文、千葉節子、長嶋幸恵、中山清美、西澤浩、藤田英樹、宮本由美子、百瀬顕正、和崎春日、渡辺正実 |
研究会
- 2008年5月23日(金)13:30~18:00(第3演習室)
- 阿久津昌三「国際協力と人類学の『知』の実践」
- 小林論子「長野県教員等ネットワークの構築」
- 山形茂生「21世紀の国際支援―国際協力の現場から」
- 2008年7月12日(土)13:00~18:00(信州大学教育学部第1会議室)
- 「長野県グローカル・ネットワーク構想のために -多文化共生社会における民・官・学・博の協働体制- 」
- I. 長野県教員等ネットワークの構築
- 小林論子(国際協力機構JICA駒ケ根国際協力推進員)「JICAボランティアにおける現職参加教員制度の意義」
- 中山晴美(長野県小諸市立美南が丘小学校教諭)「アフリカを知ろう―国際理解教育実践報告」
- 北村静香(長野県埴科郡坂城町立坂城小学校教諭)「ケニアの紙芝居を作ろう―国際理解教育実践報告」
- 田邊芳明(長野県千曲市立治田小学校教諭)「アフガニスタンとの交流―国際理解教育実践報告」
- 千葉節子(長野県長野市立城山小学校経論)コメント
- II. 長野県日本語教育ネットワークの構築
- 春原直美((財)長野県国際交流推進協会常任理事兼事務局長)「長野県外国籍住民学習支援の現状と課題」
- 熊谷晃(長野県農政部農業政策課長補佐)「長野県における日本語教育-民・官協働ネットワーク化の取組み」
- 中牧弘允(国立民族学博物館民族文化研究部教授)コメント
- 2008年9月20日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- 若林チヒロ(埼玉県立大学保健医療福祉学部講師)「ガーナを暮らす日本人妻子の生活戦略」
- 山田真実(週刊文春編集部特派カメラマン)「日本人が見あたらない『日本の街』―New Foreigner Town」
- 川村千鶴子(大東文化大学環境創造学部准教授)「多文化都市・新宿の深層―『「移民国家日本」と多文化共生論』(明石書店)を中心として」
- 2009年2月28日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第7セミナー室)
- 春原直美「長野県の外国籍住民学習支援と民・官・学協働の政策づくり」
- 佐久間孝正「外国人の子どもの受け入れ施策にみる自治体間格差と国家」
研究成果
長野県では国際協力機構(JICA)を中心として長野県教員等ネットワークを構築している。長野県教員等ネットワークがどのように構築されてきたのか、国際協力の現場では21世紀の国際支援の現状と課題についてどのように認識しているのかを把握することができた。また、国際理解教育実践報告を事例発表することで教育現場にはどのようなニーズがあるのかを認識ことができた。さらに、多文化共生社会の学校づくりの先進地域の事例を知ることによって次年度以降の現代的な課題を把握することができた。これらを受けて長野県の外国籍児童・生徒の学習支援はどうあるべきなのか自治体の政策を含めて探究することができた。
2007年度
研究会
- 2007年10月12日(金)13:00~18:00(第4演習室)
- ウスビ・サコ「仏語圏のアフリカの学校」
- 大津和子「英語圏のアフリカの学校」
- 2007年10月13日(土)10:00~18:00(第4演習室)
- 阿久津昌三「日本人学校に見る「日本人」概念の再検討」
- 宮下健治「ナイロビの日本人学校」
- 小谷将紀「ドイツの日本人学校」
- 小島勝「日本人学校論―異文化間教育史の視点から」
- 2007年12月8日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 阿久津昌三(信州大学教育学部教授)「滞日アフリカ人の生活戦略プロジェクト―新宿歌舞伎町及び大久保調査」
- 川田薫(名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程)「在日ナイジェリア人のコミュニティ―同郷人団体の設立と役割から見える定住化の道程」
- 高畑幸(広島国際学院大学現代社会学部専任講師)「在日フィリピン人の組織化と地域社会への参加―名古屋市中区栄東地区を事例して」
- 2007年12月9日(日)9:30~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 店田廣文(早稲田大学人間科学学術院教授)「滞日ムスリム人口の出身地域別生活実態-関東大都市圏における在日ムスリム調査(2005/2006)より」
- 盛弘仁(名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程)「コメント」
- 岡井宏文(早稲田大学人間科学研究科博士後期課程)「滞日ムスリムによるモスクの設立とイスラーム組織の活動」
- 盛恵子(名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程)「コメント」
研究成果
国際協力機構(JICA)との連携で開発途上諸国の学校づくりのモデルを構築するために、大津和子は「英語圏のアフリカの学校」、ウスビ・サコは「仏語圏のアフリカの学校」と題する発表を行い、国立民族学博物館を拠点とする学校機関とJICAとの連携を視野にいれてどのような課題があるのかを模索した。昨年度の川崎市の「『共生』を軸に学校をつくる/『共生』の授業にどう取り組むか」の発表を受けて、多文化共生社会の学校づくりを構想するために、在日ムスリム調査をしている店田廣文と滞日アフリカ人の生活戦略を調査している和崎春日を新たな共同研究員に加えて在日外国人の実態調査の発表を行った。また、日系人にみる「日本人」概念との比較で在外日本人学校の「日本人」概念を検討するために、日本人学校の勤務経験がある小・中学校教諭を招聘するとともに、龍谷大学の小島勝が日本人学校論について教育史の視点から発表した。
2006年度
本調査研究は、平成18年度の10月から平成20年度の9月までの2か年計画で実施するものである。
平成18年度には、館内2回、館外1回、平成19年度には、館内1回、館外1回、平成20年度に館内1回を予定している。
平成18年度は、第1回の共同研究会は、趣旨説明に続いて、黒田則博氏の国際協力論、佐藤郡衛氏の国際理解教育、青木澄夫氏のJICAと連携した国際理解教育、ウスビ・サコ氏の大使館と連携した国際理解教育を主題として開催する。小・中学校、高等学校の教員には共同研究の事前指導として、共同研究会の開始前に、本学予算により何回かの個人発表を中心とする研究会を実施する。また、共同研究会の前日に、研修・休暇等を利用して、国立民族学博物館における資料の教材化の可能性について探究する。
第2回の共同研究会において、小・中学校、高等学校の教員の発表が中心となる。佐藤郡衛氏の人選により、近畿圏の教員たちを招聘して小・中学校、高等学校の国際理解教育の在り方についての討論をも予定している。館外は平成18年度の研究成果の発表をも含めて信州大学において実施する。
【館内研究員】 | 池谷和信、中牧弘允、吉田憲司 |
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【館外研究員】 | 青木澄夫、Oussouby Sacko、黒田則博、小松容、酒井英樹、佐藤郡衛、菅沼節子、千葉節子、長嶋幸恵、西澤浩、百瀬顕正、吉田稔、渡辺正実 |
研究会
- 2007年1月12日(金)13:30~(第2セミナー室)
- 阿久津昌三「国際理解教育の現代的課題」
- 黒田則博「日本の国際教育協力の手法―7つの協力プロジェクトの比較分析から」
- 青木澄夫「中高生の国際意識―国際理解短歌コンテストから見えるもの」
- 2007年1月26日(金)13:30~(第2セミナー室)
- 佐藤郡衛「「共生」を軸にした国際理解教育の実践 ― 神奈川県川崎市の取り組みから」
- 藤原孝章「国際理解教育・国際協力とみんぱくの文化資源」
- 2007年2月17日(土)13:00~(信州大学教育学部W503教室)
- 菅沼節子「下伊那農業高等学校の国際理解教育の実践」
- 阿久津昌三「『開発教育を学ぶ人のために』(世界思想社)の企画案を中心として」
- 2007年2月18日(日)10:00~(信州大学教育学部W503教室)
- 佐藤裕之「『共生』を軸に学校をつくる/『共生』の授業にどう取り組むか」
- 池谷和信「国際理解と社会科教科書のなかのアフリカ」
- 澁澤文隆「コメント」
- 中牧弘允「国立民族学博物館を活用した博学連携の国際理解教育」
- 2007年3月17日(土)13:30~(第4演習室)
- 城島徹「記者が見た信州の国際理解教育」
- 石上俊雄「青年海外協力隊訓練所の国際協力の実践」
- 篠崎泰昌「開発援助の潮流―内発的発展へ向けての国際援助の世界での取り組み」
研究成果
国際協力機構(JICA)関係の研究発表は黒田則博の国際教育協力論、石上俊雄の青年海外協力隊の国際協力実践論、篠崎泰昌の開発援助論がある。大学関係者がアフリカを中心にフィールドワークにしていることからJICAの開発援助と学校経営論との関係での視点を展望することができた。青木澄夫の中高生の国際意識論、中牧弘允の博学連携の国際理解教育は高校生を対象とした企画立案のヒントになった。国際理解教育関係の研究発表は佐藤郡衛の多文化共生社会のなかの学校論と藤原孝章の博学連携の国際協力論がある。当該関係の学会には異文化間教育学会と日本国際理解教育学会があるが、ふたりの研究発表は両学会の重鎮のものであるだけに国際理解教育の現状と課題を把握することができた。この延長線上において大学の予算で佐藤裕之に研究発表を依頼した。また、菅沼節子のインターアクト論もこれらの発表に刺激された研究成果である。池谷和信の研究発表は高校生を対象とした教科書のなかのアフリカをとりあげた。城島徹は毎日新聞長野支局長の経歴から長野県下の小・中学校、高等学校等の出前講座の経験や取材を通して、国際理解教育のニーズについて記者の眼から語った。
国際理解教育の概念には多義性があり、来年度に向けて、多文化共生社会論、国際協力論、開発教育論、高校生等を対象とした国際理解教育に整理して研究活動を続ける予定である。