文化人類学的手法による現代ケニアの裁判外紛争処理の再編に関する実証的研究(2005-2007)
目的・内容
裁判所の通常訴訟に代わる紛争処理の枠組を模索するADR(代替的紛争解決)が、近年、欧米からアジア・アフリカ諸国に技術移転されるようになった。過剰な法化社会の米国に由来するADRを、様々な裁判外紛争処理が従来から運用されてきた国や地域に改めて導入することについて、本研究は評価と提言を行う。
(1)フィールドワークに基づく文化人類学の手法により、ケニアにおける既存の裁判外紛争処理の実態と、欧米からのADRの技術移転の動向を明らかにする。
(2)ADR導入と司法改革をめぐる動向について他のアジア・アフリカ諸国から比較資料を得る。
(3)得られた知見に基づき、現代ケニアの裁判外紛争処理の再編に対する実践的提言を行う。
活動内容
◆ 2007年10月より大阪大学へ転出
2007年度実施計画
最終年度にあたる平成19年度は、ケニア(イースタン州、メル・ノース県)でのフィールドワークによって得られた資料を整理・分析し、研究成果の取りまとめを行う。
既存の裁判外紛争処理の実態については、メル博物館(ケニア国立博物館分館)を拠点に、紛争処理等における伝統的知識の活用に関する共同研究を継続し、英文成果報告書(The Indigenous Knowledge of the Ameru of Kenya)の増補版を刊行する。
新設の裁判外紛争処理ならびに多元的法体制の再編については、欧米の専門家が主宰するナイロビ市内の実務型ADR機関と、メノナイト・ケニアが支援するAFRIPAD(African Initiative for Alternative Peace and Development)とを具体例にした実態調査の成果を取りまとめる。とりわけ、後者における、メノナイトの平和・和解思想(修復的司法と導出的アプローチ)の、通常裁判所を頂点とする旧来の多元的法体制に対するインプリケーションについて重点的に取り組みたい。
これらに基づく論文は、文化人類学と法律学の学術雑誌に投稿し、成果公開を行う。また、本研究の過程で実施した、法人類学一般の研究動向調査の成果は、研究代表者が運営するウェブサイト(www.geocities.jp/nnrht736/)にて、その一部を既に公開している。本年度も、適宜内容を拡充し、法人類学研究の発展にも寄与したい。
2006年度活動報告
平成18年度は、現代ケニアにおける裁判外紛争処理の現状とその再編過程を明らかにするために、 既存の裁判外紛争処理と、米国から技術移転された新設の裁判外紛争処理の両者について基礎資料の収集を行った。 また、下記のとおり、研究代表者のウェブサイト(www.geocities.jp/nnrht736/)、 学会・研究会での口頭報告ならびに論文・著書の刊行により、研究成果の公開を順次進めている。
(1)ケニア国内における新設の裁判外紛争処理機関について、調査研究に着手した。とくに、世界各地で修復的司法や地域的特性重視のADR運動を支援するメノナイトのケニアにおける活動(とくにAFRIPADの活動)について基礎資料を収集している。その最初の研究成果を、大阪大学トランスナショナリティ研究セミナーで報告した(演題「ADRの技術移転と多元的法体制の再編」)。当日の配布資料は、ウェブサイトで公開している。
(2)メル博物館(ケニア国立博物館)を拠点としたメル社会の伝統的知識に関する共同研究の最初の成果として、英文論集The Indigenous Knowledge of the Ameru of Kenya(共編著)を刊行した。所収の8報告のうち3本が既存の裁判外紛争処理についての詳細な民族誌報告であり、本研究にとって重要な資料集となった。また、本書を、博物館近辺の学校、図書館、関係者、ケニア国内の研究機関に計200部寄贈し、成果公開につとめた。
(3)日本文化人類学会研究大会ならびに日本法社会学会学術大会において、法人類学理論の基礎研究の成果を発表した。会場で配布した論文(全12頁)は、ウェブサイトで公開している。本論文は、大幅な修正を施したうえで既に投稿しており、来年度中に学術雑誌上で公刊したい。また、別の基礎研究論文「制裁の語りにおける合意のインプリケーション」は『法社会学』65号(特集「サンクションの法社会学」)に掲載されている。
2005年度活動報告
先行研究の諸成果ならびにフィールドワークの手法によって得た一次資料をもとにして、現代ケニアにおける裁判外紛争処理の現状とその再編過程を明らかにし、かつ法人類学一般に理論的寄与を行うという本研究の目的に鑑み、初年度にあたる平成17年度は、以下の研究成果を得た。
(1)日本法社会学会学術大会において多元的法体制をテーマとしたミニシンポジウムを組織した。研究成果は、査読を経て学会誌『法社会学』64号に掲載決定した。当論文では、ケニアの事例分析をふまえ、形式的規定と実質的理解を鍵概念とする法理論ならびに「方法論的当事者主義」による紛争過程分析の基本方針を提示した。
(2)イゲンベ社会の農業生産ならびに土地所有に関する英語論文を刊行し、裁判外紛争処理の研究に向けた基礎固めを行った。また、メル博物館(ケニア国立博物館分館)を拠点に、慣習法と伝統的知識の活用に関する共同研究を開始した。その一環として伝統的宣誓/試罪法による紛争処理に関する英文論文を執筆中である。
(3)国内研究機関・図書館に所蔵されていなかった稀覯書Arkell-Hardwick著、An Ivory Trader in North Kenia (1903, Longmans & Co.)を海外古書店に発注し、20世紀初頭のメル社会における慣習法運用の実態を知るための貴重な史料を得た。本書は国立民族学博物館図書室に収蔵される。
(4)11月21日に実施されたケニア新憲法案の国民投票に関する政府刊行物、報道資料を収集した。国民投票において新憲法案は結果的に否決されたが、案で示されていた司法改革の方針、とりわけ慣習法裁判所、キリスト教裁判所などの新設をめぐる将来展望について、ADRの技術移転の動向と関連付けながら分析している。