国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中国西部におけるモンゴル族の民族関係――テュルク系諸民族との関係を中心に(2005-2006)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|外国人特別研究員奨励費 代表者 小長谷有紀/XIN Jiletu(シン ジルト)

研究プロジェクト一覧

目的・内容

甘粛省粛北モンゴル族自治県と新疆ホボクサイ=モンゴル族自治県の事例を中心に、中国西部モンゴル族が、その地域的なマジョリティであるカザフ族などテュルク系民族、そして、中国モンゴル族の「根拠地」ともされる内モンゴル自治区のモンゴル族との間に結んできた歴史的社会的な関係を明らかにし、その関係性のなかで、彼らが如何にモンゴル人(族)としての民族意識を構築してきたかを考察する。
これらを通じて、(a)今日中国社会を民族的な側面から再認識すること、(b)異なる少数民族同士や同一少数民族内部の相互作用に注目し、少数民族研究に新たな可能性を提示すること、(c)「周辺」からモンゴル「全体」への認識に寄与すること、(d)民衆レベルにおける民族認識に関する議論を活性化することを目指していく。

活動内容

◆ 2006年4月より熊本大学文学部へ転出

2005年度活動報告

中国西部地域の民族間関係、特に少数民族同士の相互作用に注目し、一モンゴル地域における民族意識の生成を歴史民族誌的に研究してきた。具体的には、甘粛省粛北モンゴル族自治県およびその周辺地域で現地調査を行い、そこでえた資料に基づき、解放(1950年代共産政権誕生)前後における粛北モンゴル族と周辺カザフ族および内モンゴル自治区との相互関係を巨視的に把握した。
解放前、粛北モンゴル族はカザフ族との武力紛争において故郷を失い、近隣各地に離散した。解放後、カザフ族との紛争が解決され、モンゴル族自治県をもった。これを機に、中国領内のモンゴル族最大居住地域である内モンゴル自治区との関係が緊密になった。学校教育のみならず、風俗慣習や民俗芸能など地域文化全体において内モンゴル自治区の影響が強く認められた。特に1950年代内モンゴル自治区で誕生した「オラーンムチル」という芸能システムの導入が現地に与えた影響は大きかった。現地旧来の民謡、踊り、楽器、服装などが変化し、いわば「内モンゴル化」が顕著に進んだ。これらの文化要素の変化が地域住民のモンゴル人としての一体感(民族意識)の形成に与えた影響が一層強まった。そこで報告者は「オラーンムチル現象」を切り口に、中国の社会主義的近代という文脈の中で、該当地域の民族意識の生成過程をめぐる考察を行った。それによって、モンゴル族諸社会における「内モンゴル・インパクト」の意味あいを確認してきた。
更に、本研究を展開するなかで、対象地域も含む西部少数民族地域全体を対象に、住民の移住を促す「生態移民」という環境政策が実施された。そこでも内モンゴルは、移住すべき諸少数民族のモデルとして起用されていた。これをうけ私は、「生態移民」政策の歴史的な思想背景やその社会的な波及効果を概観し、特に当政策における内モンゴルの位置づけに焦点を絞り、中国の国民統合における「内モンゴル・インパクト」の新たな意味を考察した。