南米カトリック・ミッションの宗教的実践における文書の媒介作用の歴史人類学的研究(2005-2006)
目的・内容
本研究の目的は、南米ボリビア東部低地の先住諸民族を対象に、カトリックの宗教的実践に関連した文書文化の形成・変容・現状を、文献調査とフィールド調査の併用により明らかにすることである。植民地時代以降、宣教師と先住民が作成した宗教文書(教理問答書、秘蹟授与の手引き、説教集、祈祷集、聖歌集など)の体系的な収集と分析、および現代におけるそれらの利用法を調べることで、文字の読み書き能力や文書を長期間保管し、反復的に参照する能力がどのように形成され、それらが先住民の社会制度・文化的慣行・思考様式とどのようにかかわっているかを解明する。
活動内容
2006年度活動報告
本研究の目的は、南米ボリビア東部低地の先住民を対象に、キリスト教の宗教的実践に関連する文書文化の形成・変容・現状を、文献調査とフィールド調査の併用により明らかにすることである。
研究代表者は平成18年9月、昨年度に続いてふたたびボリビアに渡航し、ベニ県のトリニダ、サン・イグナシオ、サン・ロレンソで、キリスト教的文書文化の担い手である先住民の教理教師・聖具室係・楽士・歌手に対して聞き取り調査を行った。また、彼らが所持する宗教文書を複写し、くわしく検討した。その結果、文書の利用方法や保管・継承の形態は19世紀以降、ほとんど変わっていない反面、文書の内容面では、20世紀以降に普及したスペイン語の祈祷や聖歌が著しく増加するなど、持続と革新のふたつの潮流があることを確認できた。
研究代表者はまた、9月末から10月初めにかけてアルゼンチンに渡航し、国立文書館などで18・19世紀の歴史資料を収集した。それらの資料の検討により、18世紀後半のイエズス会追放後、世俗化されたミッションにおいてスペイン語の識字教育が本格的に取り組まれ、その結果、キリスト教的実践とは直接かかわらない新たな識字層が形成されたこと、そしてその新興エリートが旧来の文書文化の担い手たちの権威に挑戦するとともに、スペイン統治へ異議申し立てを行っていたことを確認できた。
今後は、平成17年度と18年度に収集した資料をさらにくわしく分析し、ボリビア東部低地のキリスト教的文書文化の全体像を解明するとともに、文書と権力、文書とアイデンティティの関係に着目することで、ミッション時代以降の先住民社会の再編成のプロセスを検討し直したい。
2005年度活動報告
研究代表者は平成17年7月末から8月末にかけてボリビアに渡航し、ラパスのイエズス会ボリビア管区文書館とサン・イグナシオ・デ・モホスの教区付属文書館で文献調査を実施した。植民地時代以降、宣教師と先住民が作成した宗教文書(教理問答書、秘蹟授与の手引き、説教集、祈祷集、聖歌集など)を体系的に収集し、帰国後は、それらの文書を整理・分類するとともに、以前に収集した文書と比較・照合し、当該地域に伝わる宗教文書の全体的特徴の把握に努めた。今回の調査で収集できた文書は、比較的近年に作成されたものが大半であり、18・19世紀の文書はごくわずかであった。しかし、聖歌・楽譜を多数集めることができたのは、大きな収穫であった。
ボリビアでは、文書館での文献調査のほか、サン・イグナシオ・デ・モホスとサン・ロレンソ・デ・モホスでフィールド調査も実施した。文字を読み書きできる先住民の説教師、楽士、歌手、聖具室係にインタヴィーを行い、職歴や文書の管理・使用について尋ねるとともに、祭礼や信心業に付きそい、実際に文書が使われるありさまを観察した。
本年度はまた、文献調査で収集した史料に基づき、ミッション体制下、および世俗統治下でのキリスト教的実践の形成と変容、言語政策とその効果、識字教育の特色などを解明する作業も行った。18世紀後半にミッションが世俗化されたとき、従来の言語政策が大きく変化し、スペイン語教育が新たに開始された。そのスペイン語教育が、先住民の社会組織や文書文化に大きな影響を与えたことが、史料の分析を通じて確認できた。