国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

伝統芸能の映像記録の可能性と課題

研究期間:2005.4-2008.3 / 研究領域:新しい人類科学の創造 代表者 福岡正太(文化資源研究センター)

研究プロジェクト一覧

研究の目的

今日、世界各地において、伝統芸能を映像によって記録する試みがさかんになってきている。しかし、映像記録作成の方法論、映像記録アーカイブの設立・運営の方法、映像記録の活用のあり方等については、映像記録にかかわる研究者がみな直面する問題でありながら、問題を共有し、その解決をはかる共有の知の構築が進んでいるとは言いがたい。この研究においては、主に東南アジアと日本に焦点をしぼり、伝統芸能の映像記録についての情報を集め、実際の映像作成の過程とその成果について批判的に検討すること、映像アーカイブの設立と運営における諸問題を共有しその解決法について検討すること、そして映像アーカイブのネットワークを築き、映像記録資源の相互活用をはかっていくことを目的としている。さらに、伝統芸能の伝承、教育、創作、研究など、広い意味での創造的活動の中に映像記録を位置づけていくための批判的な知の構築もめざしたい。

研究成果の概要

この研究では、共同研究「伝統芸能の映像記録の可能性と課題」および日本学術振興会からの受託研究「伝統と越境―とどまる力と越え行く流れのインタラクション―」と連動して、芸能の映像記録作成にかかわった経験をもつメンバーにより、記録対象となった芸能の関係者を交えた映像の上映と意見交換、芸能の調査撮影なども行いながら、芸能の映像記録のあり方について議論を深めた。

動きと音を記録し再生することができるビデオ映像は、芸能の記録に適した媒体である。さらに、文字では描写しきれない人間の動作や表情、声などを具体的に記録できるため、学術的な記録を読み解く訓練を積んだ者ばかりでなく、より多くの人々に直観的に情報を伝達することができる。この研究では、こうした映像の可能性を踏まえ、学術的な芸能の記録映像を、より多くの人々、特に記録対象となった芸能にかかわる人々にとっても意味あるものとして活用することが必要であるとの認識に至った。芸能関係者にとって、映像記録を視聴することは、自らの芸を振り返るとともに、芸能が置かれている状況について考え、その上演や伝承のためのアイディアを交換する機会にもなる。従って、映像は芸能の上演や伝承のプロセスに大きな影響を与える潜在的な力をもっている。さらに、映像上映を通じた、芸能関係者と私たち研究者の対話は、私たちに新たな知見と芸能に対するより深い理解をもたらすとともに、芸能関係者にも多くの刺激を与えた。この研究は、映像記録が、芸能の上演や伝承の過程から切り離されて存在するのではなく、芸能をめぐる社会的なプロセスの中で一定の位置を占めうることを明らかにした。

研究成果公表計画及び今後の展開等

鹿児島県三島村硫黄島において実施した、八朔太鼓踊りの調査撮影については、今後編集を進め、硫黄島等における試写を経て、映像媒体による成果としてまとめたい。さらに、その過程における議論や、これまでの各地における映像の上映および意見交換会の成果を踏まえ、メンバーによる成果報告の論文集として出版することを計画している。

2008年度成果
研究実施状況

日本学術振興会からの受託研究「伝統と越境―とどまる力と越え行く流れのインタラクション―」(人社プロ)、および、共同研究会「伝統芸能の映像記録の可能性と課題」を基盤としながら研究活動をおこなった。そこでの議論の成果の一部を活かし、民博の映像製作事業における撮影編集等もおこなった。

  1. これまでの議論を実際の映像記録に応用するため、昨年度に引き続き、鹿児島県三島村硫黄島にて、研究メンバーにより八朔太鼓踊りの映像記録を行うとともに、昨年の映像記録を借り編集したものの上映会を行った。
  2. 研究メンバーである笹原亮二と久万田晋が制作監修した映像作品『奄美大島の八月踊り』を、同じく八月踊りをもつ喜界島の町役場コミュニティホールにて上映し、意見交換を行った。(日本学術振興会「飛び出す人文・社会科学~津々浦々の学びの座~」との共催)
  3. カンボジアのシエムリアップ(大型影絵芝居スバエク・トムの一座リーダー宅)およびプノンペン(パンニャサストラ大学)にて、民博製作によるスバエク・トムに関する番組を上映し、意見交換を行った。
  4. インドネシア人民族音楽学者エンド・スアンダ氏らを招き、彼らが制作した映像作品を上映し、意見交換を行う予定(日本学術振興会「飛び出す人文・社会科学~津々浦々の学びの座~」、東洋音楽学会西日本支部との共催予定)
  5. 民博の映像製作事業の一環として、2007年度に撮影したマレーシア・クランタン州における影絵芝居ワヤン・クリットとはじめとする伝統芸能の記録映像をもとにマルチメディア番組等の編集中である。
■ 研究成果概要

昨年度から各地で開催してきた映像上映と意見交換の会により、芸能の記録映像を関係者とともに視聴することが、大きな意味をもちうることがわかってきた。記録映像を視聴することは、自分の芸を見つめなおし、自分たちの芸能の状況を振り返るとともに、芸能の伝承や発展のために自分たちに何ができるのかを考えるきっかけとなりうる。映像記録の活用を論じる際、これまでは、アーカイブ化や情報化の手法等に議論が集中する傾向があったが、今後は、映像記録の視聴が、芸能の習得過程、上演内容、発展の方向等に、どのような影響を与えるかを、民族誌的にも理論的にも探っていく必要があるだろう。これは、映像記録を、記録対象である芸能にかかわる社会的プロセスの中に位置づけて理解することにつながる。さらに、メンバーによる硫黄島の八朔太鼓踊りの映像記録作成は、撮影等の過程も含めて、映像記録を芸能にかかわる社会的プロセスの中に実践的に位置づけていく実験的試みでもある。

■ 公表実績

フォーラム

  • 「映像による芸能の民族誌」
    2008年10月19日 10:00~17:30 国立民族学博物館 第4セミナー室

映像の上映と意見交換会

  • 「八月踊りを映像で記録する」(映像の上映と意見交換会)
    2008年12月4日 18:30~21:00 喜界町役場コミュニティーホール
  • 映像上映会
    2009年1月20日 19:00~21:00 カンボジア・シエムリアップ
  • 映像上映会
    2009年1月23日 19:30~20:30 カンボジア・パンニャサストラ大学
  • 映像上映会
    2009年3月21日 19:30~20:30 13:00~15:00、国立民族学博物館 第6セミナー室(予定)
2007年度成果
■ 研究実施状況

日本学術振興会からの受託研究「伝統と越境―とどまる力と越え行く流れのインタラクション―」(人社プロ)、および、共同研究会「伝統芸能の映像記録の可能性と課題」を基盤としながら研究活動をおこなった。そこでの議論の成果の一部を活かし、民博の映像製作事業における撮影編集等もおこなった。

  1. これまでの議論を実際の映像記録に応用するため、鹿児島県三島村硫黄島にて、研究メンバーにより八朔踊りの映像記録を行った。
  2. 研究メンバーである笹原亮二と久万田晋が制作監修した映像作品『奄美大島の八月踊り』を、奄美大島の宇検村阿室いこいの家および奄美市立奄美博物館にて上映し、意見交換を行った。(奄美博物館での上映会は、人文社会科学振興プロジェクト研究事業「伝統と越境~とどまる力と越え行く流れのインタラクション」、奄美市教育委員会、人間文化研究機構連携研究「ユーラシアと日本:交流と表象」(ユーラシアにおける音楽・芸能と交流のイメージ班)との共催)
  3. 民博の映像製作事業の一環として、マレーシア・クランタン州における影絵芝居ワヤン・クリットとはじめとする伝統芸能の記録、大阪の太鼓グループの活動の記録を行った。また、2005年度に撮影したインドネシア・スマトラ島の太鼓合奏の記録映像をもとに研究用長編番組とビデオテーク用短編番組の編集中である。
 
■ 研究成果概要
  1. 鹿児島県三島村硫黄島の八朔踊りについて、練習の様子、関係者のインタビュー、祭りの様子などを、それぞれの研究メンバーの視点から撮影した。これらの映像に、時間軸および映像の内容に従ってインデックスをうち、選択的に映像を視聴できるようにする作業を3月中に行う。
  2. 奄美大島における映像上映および意見交換会の結果、幅広い伝統芸能の記録映像が関係者に求められていることが明らかになった。さらに、上演の記録ばかりでなく、伝承過程における様々な工夫の記録は、他地域あるいは他の芸能ジャンルの関係者にとっても有意義であることが確認された。これは今後の映像記録の試みに大きな示唆を与えるものである。
  3. 2007年度に撮影したマレーシアのワヤン・クリットおよび大阪の太鼓グループの映像は、2008年度以降、編集作業を行う予定である。また、2007年度中に編集を完了する予定のスマトラ島の太鼓合奏に関するビデオ番組は、2008年度以降、民博のビデオテークで公開の予定である。
 
■ 公表実績
  1. 上述の通り、奄美大島でビデオ番組の上映会および意見交換会を行った
  2. これまでの議論の一端は、人間文化研究機構ほか主催による記念フォーラム「文化資源という思想:21世紀の知、文化、社会」における研究発表「伝統芸能の映像記録―可能性と課題」(福岡正太、2007年12月20日、パリ日本文化会館にて)および『民博通信』120号の特集「伝統芸能を映像で記録する」(3月刊行予定)において発表する。
  3. 「研究成果概要」に記したビデオ番組を、いずれビデオテークで公開する予定である。
2006年度成果
■ 研究実施状況

日本学術振興会からの受託研究「伝統と越境―とどまる力と越え行く流れのインタラクション―」(人社プロ)、および、共同研究会「伝統芸能の映像記録の可能性と課題」を基盤としながら研究活動をおこなった。そこでの議論の成果の一部を活かし、民博の映像製作事業における映像編集等もおこなった。

  1. 2004年度と2005年度に撮影したカンボジア北部の少数民族のゴング音楽、およびスマトラ島北部のバタック人の太鼓音楽の映像の編集作業を行った(民博の映像製作事業)。8月には、寺田と福岡が、映像編集のための追加情報収集をカンボジアにておこなった。
  2. 民博製作の編集途中の映像作品について、研究メンバーとともに批判的に検討した。
  3. 2008年度に実施する研究メンバーによる映像記録の試行について、対象地、撮影テーマと撮影方法等を検討した。併せて、東南アジアと日本における影絵芝居・人形芝居をテーマとした共同での映像製作プロジェクトの可能性について検討した。
  4. 2008年度に実施するマレーシア・クランタン州の伝統芸能の映像記録について、クランタンにて実地打ち合わせを行った。
■ 研究成果概要
  1. 本研究での議論を生かした映像製作の成果として、寺田・福岡がカンボジア北部の少数民族によるゴング音楽に関する映像作品(3本)を、笹原・久万田が奄美の八月踊り等の芸能に関する映像作品を、そして福岡がバタック人の太鼓音楽に関する映像作品(マルチメディアプログラム)を監修者として制作した。
  2. 鹿児島県三島郡(硫黄島)の八朔踊りの映像記録を作成するための撮影計画を練り、2008年度に研究メンバーにより映像記録作成をおこなう準備を進めた。
  3. マレーシア・クランタン州において、舞踊劇マ・ヨン、影絵芝居ワヤン・クリット、大型太鼓合奏ルバナ・ウビについて映像記録をおこなうこととし、現地でのコーディネート支援の態勢を構築し、撮影に対する演者の了承を得た。
  4. 東南アジアの影絵芝居および人形芝居について、映像記録を作成する共同プロジェクトを立ち上げるために、外部資金獲得の準備を進めることとした。
2005年度成果
■ 研究実施状況
  1. 北スマトラ大学のリタオニ・フタジュル氏の協力を得て、文化資源プロジェクト経費によりバタック人の伝統音楽の映像記録を行った。
  2. 科研費特定研究「江戸のものづくり」(録音資料研究班)及び東京外国語大学AA研COE拠点「GICAS」PHONARCプロジェクトの共催で、ワークショップ「初期録音資料群の言語学・民族音楽学研究上の価値-1900年パリ万博時の日本語録音を焦点に」を開催し、1900年パリ万博で録音された言語・芸能録音資料について、同コレクションの管理者であるPribislav Pitoeff博士(CNRS研究員、民族音楽学会事務局長)、清水康行氏(日本女子大)、児玉竜一(日本女子大)に話を伺い、サウンド・アーカイブの諸問題について議論を行った。
  3. 日本学術振興会からの受託研究「伝統と越境-とどまる力と超えいく流れのインタラクション」の経費でマレーシア科学大学のTAN Sooi Beng教授とマレーシア伝統芸能研究記録センターのEddin Khoo氏、また、共同研究会経費で一橋大学博士課程の戸加里康子氏を招き、共同研究「芸能の映像記録の可能性と課題」の一環として、マレーシア・クランタン州の芸能の状況とマレーシア芸能の映像記録の実践の状況について研究発表を聞き、近い将来共同で映像記録を行うための議論を深めた。
 
■ 研究成果概要
  1. 太鼓を中心とするバタック人の伝統的音楽アンサンブルについて、トバ、マンダイリン、アンコラ、シマルングン、カロ、パクパクの各集団の演奏を映像で記録した。特にトバについては、トバの伝統的信仰を基にしたパルマリムと呼ばれる宗派の儀礼における音楽アンサンブルと舞踊を3日間にわたって記録した。来年度、協力者のリタオニ・フタジュル氏の協力を得てマルチメディアプログラムの編集を行う予定である。
  2. フランスの代表的なサウンドアーカイブである人類博物館民族音楽学研究所がもつ20世紀初頭の日本語録音を例に、初期の学術的な音声記録と付随する情報の実情について知ることができた。
  3. イスラーム系の政党から多数派を占め、伝統芸能の上演にも大幅な制限が加えられているクランタン州の状況を理解し、そうした状況の中で映像記録を行う可能性について議論を深めた。

民博による芸能の記録映像を中心に、他の東南アジア研究者等による映像も加えて、教育研究機関における東南アジアの伝統芸能教育において利用可能な映像番組等を制作することが東南アジアの研究者より提案されている。今後、その実現可能性についても検討を加えていきたい。