国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ライフデザインと福祉(Well-being)の人類学-多機能空間の創出と持続的活用の研究-

研究期間:2008.4-2009.3 / 研究領域:社会と文化の多元性 代表者 鈴木七美(先端人類科学研究部)

研究プロジェクト一覧

研究の目的

現代日本では、少子高齢化、格差拡大、次世代を担う人々の状況、多文化化に深い関心が寄せられている。本研究は、社会の少子高齢化や多文化化に伴う憂慮や、様々な齟齬や軋轢を経験する現場のニーズを契機として、知識や感覚に隔たりのある多文化多世代が往来し声を発することができる時空間のデザイン、さらにその持続的な活用、すなわち場から得られる情報と醸成されるパワーを新たな試みに繋げるしくみ、および様々な現場で適用できる情報として発信する方途を検討する。
世界各地の民俗においては、ライフサイクルの節目に人々が集い「渡り空間」を共有する「通過儀礼」も知られているが、現代社会においても、常に変動のなかでライフコースを歩む人間にとって時空間の共有は重要な意味をもつと考えられる。本研究では、こうした空間の意味と意義、創出と柔軟な持続的活用に関し、基盤的研究と応用的研究を連関させつつ進め、「福祉」(well-being)概念の発展的再構築を試みる。さらに、時空間のデザインに関する文化人類学および関係諸学の学際的研究、および現場の実践者との共同的研究をいかに実践し、その蓄積を現代社会にどのように活用してゆくのかについても考察を深める。

研究成果の概要

Ⅰ.平成20年度:「ケア」や「福祉」の舞台としてその役割や機能が益々重視される高齢者対象施設や教育関連施設という場において、ウェルビーイングや生活の質に関する考え方の多様性、および、それらを調整するアートに関し、具体的な情報を国際研究集会を開催して一般社会に提示し、対話の場を設け、新たな課題を明確化した。

  1. International Workshop “ The Thoughts of Well-being and the Co-working of Citizens: Alternative Care Practices in Canada and Denmark”「ウェルビーイングの思想と市民の協働‐カナダとデンマークにおけるオルタナティヴ・ケア‐」(主催:国立民族学博物館 日時:2月27日 場所:国立民族学博物館)
    福祉先進国として知られ公的事業と民間活動のバランスを図る工夫がなされてきたカナダとデンマークに注目し、高齢者福祉施設、大学、民衆学校などにおいて、施設の役割に関する固定観念にとらわれずに展開されてきたオルタナティヴ・ケアの数々を検討することによって、福祉の基盤となるウェルビーイングの思想の多様性に関わる知見を蓄積し、その実現に向けた調整活動に関する情報を収集した。
  2. 国際研究フォーラム「ライフデザインと福祉(Well-being)の人類学‐開かれたケア・交流空間の創出」(主催:国立民族学博物館・立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点/立命館大学生存学研究センター 場所:立命館大学 日時:2月28日(土)・3月1日(日)後援:広島大学/日本文化人類学会/日本カナダ学会/特定非営利活動法人関西国際交流団体協議会/毎日新聞社)
    高齢者あるいは身体的弱者、学びや交流の場を求める若者たちなど、多様なニーズをもつ人々に開かれる空間を工夫し、アクセシビリティの充実を図ってきた町・機関・施設における多機能性や相互関係性に関し5つのセッションにおいて、ライフサイクルにおける多様な時の過ごし方を可能とする空間の可能性について議論を深めた。
  3. 上記研究集会に関し報告書を作成した。
    • 国際研究フォーラム報告書『ライフデザインと福祉(Well-being)の人類学-開かれたケア・交流空間の創出-』「ライフデザインと福祉(Well-being)の人類学」プロジェクト(研究代表:鈴木七美)編(平成20年度国立民族学博物館機関研究プロジェクト「ライフデザインと福祉(Well-being)の人類学-多機能空間の創出と持続的活用の研究-」成果公開)報告書、国立民族学博物館、2009年3月、150頁。
    • Report of an International Workshop Thoughts on Well-being and Citizens Working Together: Alternative Care Practices in Canada and Denmark Nanami Suzuki ed. (Leader, Core Research Project, “Anthropology of Life Design and Well-being: Studies on the Creation of Multifunctional Space and its Flexible Application”) National Museum of Ethnology, 2009.3, 15p
  4. 課題に関連する講演・発表を行った。
    • 2008「少子高齢時代のライフデザイン‐ウェルビーイング(福祉)の人類学」相模中央化学研究所開所記念講演会(於東ソー東京研究センター11号棟3階)(2008.10.24)
    • 2008「次世代コミュニティ・デザイン:ケア・教育をめぐるオルタナティブ思想・実践から考える」研究集会「生のつながりへの想像力:再生産再考」(GCOEイニシアティブ4 東南アジア研究所グローバルCOE「生存基盤持続型の発展を目指す地域研究拠点」イニシアティブ4)(於京都大学本部キャンパス4階大会議室)(2008.11. 4)
    • 2008「ケア・教育をめぐるオルタナティブ思想と実践」教育の歴史人類学研究会(於神戸大学大学院人間発達環境学研究科)(2008.11.7)

Ⅱ.平成21年度:平成20年度に開催した国際研究集会の内容に関しメンバーが論考を発表し、論文集・一般を対象とする書物の作成および国際的共同研究に向けた準備を進めた。

  1. 論考
    • 鈴木七美「心地よい生をもとめて 21世紀のライフデザインへ」『月刊みんぱく』(時論・新論・理想論)33 (7)、2009、15頁。
    • Suzuki Nanami, "Anthropology of Life Design and Well-being: Good Living as a Whole," Minpaku Anthropology Newsletter, Number 29, December 2009, National Museum of Ethnology, Osaka.
    • Terasaki Hiroaki, “Education and Scholē: Towards an Anthropology of Life Design and well-being,” Minpaku Anthropology Newsletter, Number 29, December 2009, National Museum of Ethnology, Osaka.
    • Shirouzu Hironobu, “Well-being beyond Police echnology: A Brief History o the Governing Mentality,” Minpaku Anthropology Newsletter, Number 29, December 2009, National Museum of Ethnology, Osaka.
    • Sano (Fujita) Mariko, “Well-being in a Super Aging Society,” Minpaku Anthropology Newsletter, Number 29, December 2009, National Museum of Ethnology, Osaka.
  2. 講演・発表
    • 2009「オルタナティヴ教育と時のデザイン」(分科会「教育人類学‐オルタナティヴの視点から‐」)日本文化人類学会第43回研究大会 於:大阪国際交流センター(2009.5.31)
    • 2009「地域全体で進める創造的ケアのかたち」湘南村国際フォーラム「ケア・コミュニティ・自然~持続可能な社会へ向けて~」於:湘南国際村センター(2009.7.11)
    • 2010 “Reflections on Ageing and ‘Leisure Activities’ from the Perspective of the Well-being of the Elderly”, Seminar at NISAL (National Institute for the Study of Ageing and Later Life), Linkoeping University, Sweden (2010.3.18)
研究成果公表計画及び今後の展開等

科研等(2009年度 基盤B「少子高齢・多文化社会における福祉・教育空間の多機能化に関する歴史人類学的研究」)の経費を活用し、本課題の成果を基盤として、国際共同研究を推進する。共同研究拠点として、NISAL (National Instuitute for the Study of Ageing and Later Life, Linkoeping University, Norrkoeping, Sweden)、およびUniversity of Aarhus, Norwegian Centre for Child Research, Norwegian University of Science and Technology, Norwayについて検討している。

  1. 以下の書籍の出版
    • 鈴木七美編著『高齢者のウェルビーイングとライフデザイン‐心地よい生を考える‐』御茶の水書房(2010年 刊行予定)
    • 鈴木七美編著『SER ライフデザインと福祉(Well-being)の人類学‐多機能空間の創出と持続的活用の研究‐』国立民族学博物館(2010年 刊行予定)
  2. 関連研究の展開
2008年度成果
■研究実施状況

(1)研究・成果公開 打ち合わせ会議

(2)成果公開

●International Workshop
"The Thoughts of Well-being and the Co-working of Citizens: Alternative Care Practices in Canada and Denmark"
「ウェルビーイングの思想と市民の協働‐カナダとデンマークにおけるオルタナティヴ・ケア‐」(主催:国立民族学博物館、日時:2月27日、場所:国立民族学博物館)
福祉先進国として知られ公的事業と民間活動のバランスを図る工夫がなされてきたカナダとデンマークに注目し、福祉活動の拠点として重要な位置を占める高齢者福祉施設、大学、民衆学校などにおいて、施設の役割に関する固定観念にとらわれずに展開されてきたオルタナティヴ・ケアの数々を検討することによって、福祉の基盤となるウェルビーイングの思想の多様性に関わる知見を蓄積し、その実現に向けた調整活動に関する情報を収集する。報告は以下のとおりである。
  1. "Peer Design and Peer Learning": Life-long Education Program at McGill Institute for Learning in Retirement (MILR) Fumiko Ikawa-Smith (Emeritus Professor, McGill University, Montreal)
  2. Momiji Outreach Programs for a Long-term Care Home in the Multicultural Society of Canada Kiyoshi Dembo (Outreach Coordinator, Momiji Health Care Society)
  3. Continuum Care and Cultural Awareness in Yee Hong Centre for Geriatric Care Tilda Hui (Executive Director, Yee Hong Center for Geriatric Care)
  4. "Schools without Examinations": Folkehøjskole as the Foundation of Denmark's Status as a Social-welfare Country Tadao Chiba (Director, Bank Mikkelsens Mindefond/ Director, Danish Japanese Cultural College)
●国際研究フォーラム
「ライフデザインと福祉(Well-being)の人類学‐開かれたケア・交流空間の創出」(主催:国立民族学博物館・立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点/立命館大学生存学研究センター 場所:立命館大学 日時:2月28日(土)-3月1日(日)後援:広島大学/日本文化人類学会/日本カナダ学会/特定非営利活動法人関西国際交流団体協議会/毎日新聞社)
高齢者あるいは身体的弱者、学びや交流の場を求める若者たちなど、多様なニーズをもつ人々に開かれる空間を工夫し、アクセシビリティの充実を図ってきた町・機関・施設における多機能性や相互関係性に関し、5つのセッションにおいて、ライフサイクルにおける多様な時の過ごし方を可能とする空間の可能性について議論を深める。
  1. 「人にやさしい社会の創生に向けて‐大学からの情報発信と人材育成」
  2. 「多文化社会における高齢者のクォリティ・オブ・ライフ」
  3. 「高齢者のウェルビーイングから地域コミュニティのデザインへ」
  4. 「技術と障害者から始まるコミュニティ・デザイン」
  5. 「オルタナティヴ教育とライフデザイン」
■研究成果概要

(1)少子高齢化社会において、「ケア」や「福祉」の舞台として、その役割や機能が益々重視される高齢者対象施設や教育関連施設という具体的な場において、とくに「オルタナティヴ」として模索されてきた試みに注目することによって、ウェルビーイングや生活の質に関する考え方の多様性に関し、知見を蓄積することができた。今後、それぞれのケースに関し、歴史的変動および地域的特徴などに関する研究を進める必要性が明確になった。

(2)高齢者が必要とするケアを受けるために新たな生活環境に「移住する」際に、問題として浮上する事柄を調整する実践とその担い手に関し情報を蓄積し、グローバル化・多文化する社会において、応用可能な役割や技術に関し、精緻化し提示する準備を進めた。

(3)研究成果を一般社会と対話できる形で公開する試みをとおして新たな課題を明確に把握し、文化人類学領域の近年の理論的研究成果との連関を検討することによって、実践に資する応用的研究を進める方向性を示唆することができた。

■公表実績
シンポジウムなど
●International Workshop
  "The Thoughts of Well-being and the Co-working of Citizens: Alternative Care Practices in Canada and Denmark"
  「ウェルビーイングの思想と市民の協働‐カナダとデンマークにおけるオルタナティヴ・ケア‐」
  (主催:国立民族学博物館、日時:2月27日、場所:国立民族学博物館)
●国際研究フォーラム
  「ライフデザインと福祉(Well-being)の人類学‐開かれたケア・交流空間の創出」
  (主催:国立民族学博物館・立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点/立命館大学生存学研究センター
   場所:立命館大学、日時:2月28日(土)-3月1日(日)、後援:広島大学/日本文化人類学会/日本カナダ学会/
   特定非営利活動法人関西国際交流団体協議会/毎日新聞社)