北米北方先住民の文化資源に関するデータベースの構築に関する研究―民博コレクションを中心に
プロジェクトの概要
プロジェクトの目的
北米大陸のアラスカやカナダからグリーンランドにかけての広大な地域では多様な先住民文化が形成され、現在でもその多くが変化を被りながらも存続している。国立民族学博物館(以下、民博と略称)には、アラスカやカナダ、グリーンランドの先住民文化に関する標本資料が2000点以上所蔵されている。しかしその資料の全容や情報については、イヌイットや北米北西海岸先住民を除けば十分な研究がされておらず、不明な部分が多い。そこで本プロジェクトでは、民博所蔵の北米北方先住民資料に関する基本情報を精査するとともに、それらの資料に関連する民族や文化、歴史、地理環境、映像、研究文献の情報を付加する。そのうえで、基本情報については多言語化し、汎用性の高いデータベースを構築することを目的とする。
プロジェクトの内容
本プロジェクトは、次のようなプロセスで実施する。
(1)民博が所蔵している北米北方先住民資料の全容を把握し、すでにデータベース化されている基本情報について、必要に応じて標本資料を実見しながら、精査する。これをもとにデータベース用情報を整理し、基本情報データベースをエクセルで作成する。
(2)標本資料をアラスカ地域、北西海岸地域、台地地域、大平原地域、亜極北地域、カナダ極北地域、グリーンランドの7地域に大別した上で、各標本資料に関連する民族や文化、歴史、地理環境、映像、研究文献について調査し、各標本資料に追加する情報データを日本語および英語で作成する。原則として各標本とその関連情報は、民族もしくは地域ごとに整理し、分類する。
(3)全体の情報が集まった時点で、ロイヤル・ブリテイッシュ・コロンビア博物館やカナダ歴史博物館、ブリティッシュ・コロンビア大学人類学博物館などカナダの公立・大学博物館やウミスタ文化センターなどの先住民博物館に連絡をとり、情報交換をするとともに、現地での確認が必要な資料情報や公開可能性についてはカナダにおいて現地調査を実施する。なお、この調査の経費の一部は、科研A「ネットワーク型博物館の創成」(代表者:須藤健一)を使用する。
(4)その成果をもとに、最終的な情報データを作成し、基本情報についてはカナダの先住民博物館の関係者や現地の先住民集団の協力を得て可能な限り現地言語化する。また、標本資料や民族、自然環境に関連する映像資料等を用意する。
(5)データベース用のコンテンツを作成した上で、フォーラム型情報ミュージアム委員会システム開発部会の委員と協議しながら、公開の準備を行う。
(6)データベースをオンライン上(フォーラム型情報ミュージアム)で公開する。
期待される成果
北米北方先住民の標本資料に関する情報のみならず、同地域の民族、文化、社会、環境、歴史、現状、映像情報等についての情報を引き出すことのできる、日本で初めての北米北方先住民文化に関する百科事典的なデータベースとなる。また、フォーラム型機能を利用して標本資料等の情報について現地からの修正情報やコメントを得ることができるため、データベースそのものが議論の場となり、さらなる研究を展開するツールとなる。加えて、現地社会の人々や世界各地の人々が情報の収集に活用できるうえ、国内の学校教育でも利用できる。
成果報告
2017年度成果
1. 今年度の研究実施状況
(1)平成28年度に引き続き、公開予定の情報データの内容を精査し、修正するとともに、文献情報を付加するなど情報の高度化を行った。また、多言語化(おもに英語化)を行った。その結果、2975件の文化資源に関するデータベースコンテンツを完成させた。
(2)平成29年7月29日から8月7日までのカナダ北西海岸地域バンクーバー島での調査においてアラートベイのウミスタ文化センターやキャンベルリバー博物館等でクワクワカワクゥに関する情報を収集し、作成中のデータベースに反映させた。
(3)上記の(1)と(2)の調査結果を利用して企画展「カナダ先住民の文化の力―過去、現在、未来」(平成29年9月7日から12月5日まで)を実施するとともに、展示場にて日本語版のデータベースの試験的公開を行った。また、同年9月9日に国立民族学博物館第4セミナー室において一般公開国際シンポジウム「カナダ先住民の歴史と現状」を開催した。シンポジムやシンポジウムの開催によって成果の一部を発信した。
(4)構築したシステムを介して、平成30年3月までにデータベースを一般公開した。
2. 研究成果の概要(研究目的の達成)
民博が収蔵するアラスカ、カナダからグリーンランドにかけての2975件の北米北方先住民の文化資源に関して、基本情報を精査し、修正するとともに、文献情報などを新たに付加し、民族名、資料名、キーワードで検索できるフォーラム型のデータベースを構築し、公開した。現地語の記載に関しては、対象民族が40以上におよぶため不十分な部分もあるが、日本で初めての北米北方先住民の文化資源に関するデータベースであるとともに、同情報をソースコミュニティのみならず、一般の方々や研究者、学生と共有することができるようになった。
また、データベースに基づいて企画展示やシンポジウムを開催し、その成果をネット以外でも広く公開した。
3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)
データベースの公開以外に、下記の成果がある。
◇ 出版物
岸上伸啓
2017 「民博収蔵の北米北方先住民族資料の高度情報化と情報発信」『民博通信』156:10-11。
2017 「カナダの先住民社会―多様な文化の展開」細川道久編『カナダの歴史を知るための50章』pp.34-39. 東京:明石書店。
◇ 展示
国立民族学博物館2017年度秋季企画展「カナダ先住民の文化の力―過去、現在、未来」(平成29年9月7日から12月5日まで)
◇ 公開シンポジウム
一般公開国際シンポジウム「カナダ先住民の歴史と現状」2017年9月9日、国立民族学博物館第4セミナー室
◇ 電子媒体
国立民族学博物館2017年度秋季企画展「カナダ先住民の文化の力―過去、現在、未来」(平成29年9月7日から12月5日まで)の解説
http://www.minpaku.ac.jp/museum/exhibition/thematic/canada20170907/commentary
2016年度成果
1. 今年度の研究実施状況
申請時の予定をほぼ完了し、次年度には公開できる段階になった。本年度の研究実施状況は次の通りである。
- 民博北米資料約3000点(北西海岸先住民版画資料697点、イヌイット版画405点、それ以外の標本資料1936点)の基本情報(標本名、現地名、使用民族、使用地・年代、用途・使用方法、製作民族、文献情報など15項目)および写真を確認し、エクセル上に標本資料の情報の修正と付加するとともに、標本資料154点の追加撮影を実施した。
- 文化領域および民族集団ごとの民族誌情報等を収集し、データベースに盛り込む準備を進めた。
- グレンボー博物館、マニトバ博物館、ロイヤル・サスカチュワン博物館、カナダ歴史博物館、マッコード博物館、ケベック州立文明博物館、ルームズ博物館、ケンブリッジ大学考古・民族学博物館、大英博物館、北海道立北方民族博物館を訪問し、標本資料情報の確認を行なうと共に、現地語化の協力要請を実施した。
- 基本情報の英語化および現地語化を行なった。
- オンライン上で発信するための準備を情報科学の専門家と協議しながら進めた。
2. 研究成果の概要(研究目的の達成)
本年度は、約3000点の北米北方先住民資料の基本情報および画像情報を精査し、修正や不足部分の情報追加、および画像情報のない資料154点について写真撮影を実施した。また、国内外10博物館を訪問調査し、連携ネットワークを構築するとともに、標本資料の英語化・現地語化や標本資料情報の高度化を行なった。とくに、カナダのブリティッシュコロンビア大学人類学博物館とは学術協定締結のための交渉を行なった。以上の成果に基づいて、エクセルを利用してデータベースの基本形を構築し、公開のための準備を進めた。
3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)
◇ 出版
岸上伸啓(2016)「国立民族学博物館におけるフォーラム型情報ミュージアム構想について」伊藤敦規編『伝統知、記憶、情報、イメージの再収集と共有-民族誌資料を用いた協働カタログ制作の課題と展望』(SER135号)、pp.15-23, 大阪:国立民族学博物館。
Kishigami, Nobuhiro (2016) “An Info-Forum Museum for Cultural Resources of the World: A New Development at the National Museum of Ethnology” Ito, Atsunori (ed.) Re-Collection and Sharing Traditional Knowledge, Memories, Information, and Images: Challenges and the Prospects on Creating Collaborative Catalog (SER 137), PP.25-33, Osaka: National Museum of Ethnology.
岸上伸啓(2017)「プロジェクト 民博収蔵の北米北方先住民族資料の高度情報化と情報発達」『民博通信』157:14-15.
2015年度成果
1. 今年度の研究実施状況
本年度は、下記の3点について調査・研究を実施した。
(1)民博が収蔵している北米北方先住民資料に関してすでにデータベース化されている約2,000点の標本資料の基本情報を整理し、検討した。この作業に基づいて、日本語の基本情報データベースをエクセルで整理した。
(2)標本資料を制作もしくは使用した諸民族を地域ごとに分類するために、文化領域の大枠を検討した。具体的には、アラスカ地域、北西海岸地域、台地地域、大平原地域、亜極北地域、五大湖・セント・ローレンス川地域、大西洋海岸地域、カナダ極北地域、グリーンランドの9地域に大別することの有効性を検討した。同時に北米北方先住諸民族の文化と社会、歴史に関する基本文献を渉猟し、各標本資料に関連する民族や文化、社会、歴史、地理環境、映像情報、研究文献情報について調査し、各標本資料に追加する画像やデータを準備した。
(3)平成28年度に予定している現地情報の収集や基本情報の確認と現地語化するための現地調査の準備をカナダの博物館研究と連絡を取りながら行った。
2. 研究成果の概要(研究目的の達成)
本年度の研究成果は、以下の3点である。
(1)本館が収蔵している北米北方先住民資料に関して約2,000点の標本資料の基本情報をエクセルで整理した。その結果、アラスカ・カナダ・グリーンランドのイヌイット関連資料と北米北西海岸資料が大半を占めているが、各文化領域を代表する標本資料も存在していることが判明した。ただし、極北地域と北西海岸地域を除く標本資料については現地語名などの情報が欠落していた。
(2)多数の関連研究文献の渉猟を通して、北米北方先住民文化を文化領域で分類する枠組みとして、アラスカ地域、北西海岸地域、台地地域、大平原地域、亜極北地域、五大湖・セント・ローレンス川地域、大西洋海岸地域、カナダ極北地域、グリーンランドの9地域に大別することがもっとも妥当であるという結論を得た。
(3)本プロジェクトを推進していくためには、バンクーバー市にあるUBCの人類学博物館、アルバータ州エドモントン市のロイヤル・アルバータ博物館、アルバータ州カルガリー市のグレンボー博物館、サスカチュワン州リジャイナ市のロイヤル・サスカチュワン博物館、マニトバ州ウィニペグ市のマニトバ博物館とウィニペグ美術館、オンタリオ州トロント市のロイヤル・オンタリオ博物館、ケベック州モントリール市のマッコード博物館、ケベック州ガティノー市のカナダ歴史博物館、ノヴァスコーシア州ハリファックス市のノヴァスコーシア博物館を調査訪問し、標本資料情報を確認するとともに、現地語翻訳の協力についての話し合いを行う必要があることが分かった。
3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)
岸上伸啓
2016 「民博のフォーラム型情報ミュージアム構想」国際ワークショップ「フォーラム型情報ミュージアムのシステム構築に向けて―オンライン協 働環境作りのための理念と技術的側面の検討」国立民族学博物館・第4セミナー室において(2016.2.11)