中東地域民衆文化資料コレクションを中心とするフォーラム型情報データベース
プロジェクトの概要
プロジェクトの目的
本館展示新構築の初年度にフォーラムとして西アジア展示をリニューアルし、来館した国内外の方々から反響をいただいているが、展示によるフォーラム機能をさらに充実させるためには、各展示資料を窓口としてより深い情報を共有していく仕組みが必要である。本プロジェクトでは、民博が所蔵する全ての中東地域(北アフリカも含む)の将来におけるファーラム型情報化を視野に入れて、①片倉もとこ名誉教授が収集したアラビア半島遊牧社会に関連する資料コレクションに関する調査ならびにデータベース化、②近現代イラン民衆工芸品であるグラック・コレクションに関する調査ならびにデータベース化、③中東地域からグローバル化したコーヒー文化にかかる標(しめぎ)コレクションに関する調査ならびにデータベース化を行う。それぞれにかかる資料は西アジア展示において展示されており、理想的には個々の展示品を入口に各データベースが参照できるシステムにする。
※グラック・コレクション:Jay Gluckは、A.U.Popeという著名なペルシア美術史家と師弟関係にあったアメリカ人美術史家・収集家で、Popeがペルシア美術・考古学研究所としてシーラーズに開いたアジア・インスティテュートの所長となり、1960年代後半〜70年代にイランの工芸品を調査・収集した。イラン・イスラーム革命後は日本人の配偶者とともに神戸に住んでいたが、晩年アメリカへの帰国の際に工芸品コレクションの一部を当館が受け入れた(2000年)。西アジア展示ではグラック・コレクションの中の涙壺と筆箱を展示しているが、近現代イラン民衆工芸品にかかる資料として重要である。
※標(しめぎ)コレクション:吉祥寺に存在した自家焙煎珈琲専門店『もか』のオーナーであった標交紀氏が、生前収集したコーヒーにまつわる資料約300点をさす。茶器のみならず、中東地域の資料を中心に標氏が世界各地から買い付けたコーヒー焙煎・抽出器具は非常に貴重なものを多数含み、コーヒーという飲料の歴史を概観するうえで重要である。
プロジェクトの内容
本プロジェクトはデータベース化のプロセスを、以下のような方法と体制で実施する。
(1)片倉もとこ名誉教授が収集したアラビア半島遊牧社会に関連する資料コレクション(約320件)の調査ならびにデータベース化については、現在実施中の本館の共同研究(縄田浩志秋田大学教授・本館特別客員教授)ならびに、片倉もとこ記念沙漠財団とサウジアラムコを通したサウジアラビアの研究機関、さらには現地のオアシス社会の人びととの国際的な協業によって、すでにデータベース化されている基本情報について、必要に応じて標本資料を実際に熟覧しながら、精査する。これをもとにデータを整理し、日本語、アラビア語(現地方言形も含む)、英語による情報を付加していく。本館が進める学術研究支援基盤形成プロジェクト「地域研究画像デジタルライブラリ」による画像データベースとしても、片倉もとこ名誉教授が収集品に関連して撮影した画像情報を整理中であり、最終的には上記で作成するデータベースにリンクするかたちでフォーラム型情報データベースの高次化を図る。
(2)近現代イラン民衆工芸品であるグラック・コレクション(179件)に関する調査ならびにデータベース化については、上記の場合と同様にすでにデータベース化されている基本情報について、必要に応じて標本資料を実際に熟覧しながら、精査するとともに、本館資料情報としてはまだ付加されていない、旧所蔵者の手になる情報に関連する文献をもとに追記していく作業を行う。また、イスラム美術史の専門家であり、海外の他の美術館等に保管されている工芸品コレクションについて造詣が深い研究者と協力して、より詳細な情報を付加していく同時に、イラン国立博物館(学術協定を締結する予定)の専門家にも協力をあおぎながらデータベースを構築する。
(3)中東地域からグローバル化したコーヒー文化にかかる標(しめぎ)コレクション(約300件)に関する調査ならびにデータベース化については、今年度に新規に収蔵した資料であるために、予定している新着資料展示のためにまず旧所蔵者の手になる基本データを精査し、本館の基本的な標本資料データベースとして整理する。その上で、UCCコーヒー博物館との共同作業により、より詳細なデータを付加していく。可能であれば、同コレクション以外の民博が所蔵する世界各地のコーヒー文化にかかる資料についても情報を整理していく。
(4)データベースをオンライン上で公開すると同時に、西アジア展示において展示している関連する個々の展示品を入口に各データベースが参照できるようにする。
(5)本プロジェクトで作成したデータベースは、2019年度に予定している、沙漠のムスリム女性の暮らしと半世紀の変容に関する企画展等で活用する。グラック・コレクションと標(しめぎ)コレクションについても現代中東地域研究事業の枠内で国際的な共同研究へと深化させ、将来的には企画展示へと展開させる。
期待される成果
片倉もとこ名誉教授が収集したアラビア半島遊牧社会に関連する資料コレクションにかかるデータベースについては、現地社会の人びととの協業によって情報を付加し、収集時期の画像データベースもリンクさせることで、現地社会の社会変動を探る物質文化に関する資料として活用することができる。さらなる展開として、フォーラム型情報データベースをもとにした企画展示を現地サウジアラビアで巡回させることにより、民博所蔵資料に現地社会での文化伝承の機能をもたせることにもつながってくる。他の二つのコレクションに関するデータベースについては、同じく国内外の研究者との協業によって、当該コレクションにかかる物質文化的研究を深化させる契機となり、フォーラム型情報ミュージアムの本来的構想にもある、データベースの共同利用による国際的共同研究の活性化として、現代中東地域研究事業における国際共同研究へと展開することが可能となる。
成果報告
2018年度成果
1. 今年度の研究実施状況
本プロジェクトは、①片倉もとこ名誉教授が収集したアラビア半島遊牧社会に関連する資料コレクションに関する調査ならびにデータベース化、②近現代イラン民衆工芸品であるグラック・コレクションに関する調査ならびにデータベース化、③中東地域からグローバル化したコーヒー文化にかかる標(しめぎ)コレクションに関する調査ならびにデータベース化の三つのサブプロジェクトから構成される。本年度においては、昨年度に準備したフォーラム型データベースの基本プラットフォームに従い、サブプロジェクト毎に資料情報の整理・追記を行い11月末の段階でβ版を作成し、表記の修正などを進め、データベース公開の準備を進めた。
具体的には、アラビア半島遊牧社会資料のデータベース化については、協力機関である片倉もとこ記念沙漠財団との協力を進め、民博共同研究「物質文化から見るアフロ・ユーラシア沙漠社会の移動戦略に関する比較研究」との共同調査として、2018年5月および2018年12月~2019年1月に主な資料の収集地であるサウジアラビアのワーディ・ファーティマにおいて追跡調査を実施した。またフォーラム型の研究成果の可視化・高度化による社会発信を目的に、片倉コレクションをベースとした企画展(2019年6月~9月)開催に向けた準備を進めた。
グラック・コレクションのデータベース化については、ハワイのシャングリ・ラ邸イスラーム美術博物館やニューヨークのメトロポリタン博物館など海外の美術館等に所蔵される類似のイラン工芸品コレクションに精通するペルシア美術工芸の専門家を英国より招へいし、日本国内にペルシア美術工芸を所蔵する岡山オリエント美術館や大阪市立東洋陶磁美術館などの美術博物館の学芸員との情報交換を行った。コーヒーコレクションのデータベース化については、昨年度から行っていた新規に受け入れた同コレクションの成立過程および各収蔵品にかかる基本情報の整理を実施し、特に元の収集者が雑誌や著書等で標本資料に言及した文献情報およびコーヒー抽出器具の情報を追記していった。
2. 研究成果の概要(研究目的の達成)
昨年度に整理したデータベース全体の設計フォーマットに従い、基礎的データの入力作業を行うとともに、フォーラム型の特色である使用地域の人々による情報追記を可能とするために多言語化(英語に加え、収集/使用地域の言語=アラビア語やペルシア語等)のフォーマットを整理した。
アラビア半島遊牧社会資料のデータベース化については、約347点(民博所蔵189点、片倉もとこ記念沙漠財団所蔵158点)の標本資料のデータベース化作業として、主な資料の収集地であるサウジアラビアのワーディ・ファーティマで現地の博物館と協力しながら5月および12月に追跡調査を行い、情報データの追加・修正を行った。グラック・コレクションのデータベース化については、176点の標本資料のデータベース化のために、国外からペルシア美術工芸の研究者を招へいし、情報の追加を行った。その結果、本館に新たに16点のグラック氏が収集した資料が発見され、新たに資料登録を行った。コーヒーコレクションのデータベース化については、329点の標本資料のデータベース化のために、昨年度に収集した標(しめぎ)氏による関連文献およびコーヒー抽出器具の関連文献から、標本資料についての情報の追記・修正を行った。
またデータベースのソースコミュニティの人々との共有を目的に、中東地域における博物館施設のデータベース化を現代中東地域研究プロジェクトと共同で行うとともに、研究会を開催した。加えて、共創的なデータベース構築に向けて、昨年度締結したイラン国立博物館との協定に基づき、国際シンポジウムを2019年3月に開催する。さらに片倉コレクションをベースとする2019年6月開催の企画展において、フォーラム型の研究成果の可視化・高度化による社会発信を行う。
3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)
第1回現代中東地域研究国立民族学博物館拠点「文化遺産とミュージアム」研究班研究会共催研究会(平成30年6月13日開催)
第2回現代中東地域研究国立民族学博物館拠点「文化遺産とミュージアム」研究班研究会共催研究会(平成30年11月22日開催)
International Symposium “Didgah-e Khavarmiyane be Farhang-e Madi (Middle Eastern Perspective on Material Culture,) ” National Museum of Iran, 10 March, 2019.
2017年度成果
1. 今年度の研究実施状況
本プロジェクトは、(1)片倉もとこ名誉教授が収集したアラビア半島遊牧社会に関連する資料コレクションに関する調査ならびにデータベース化、(2)近現代イラン民衆工芸品であるグラック・コレクションに関する調査ならびにデータベース化、(3)中東地域からグローバル化したコーヒー文化にかかる標(しめぎ)コレクションに関する調査ならびにデータベース化の三つのサブプロジェクトから構成されるが、本年度においては、三つのサブプロジェクトに共通する入力項目リスト、ならびに実際の入力作業に向けたサブプロジェクト毎の入力用テンプレートを、フォーラム型情報ミュージアム編集チームと共同で検討しながら作成し、基本情報データベース作成を開始した。
フォーラム的な情報収集作業を実践していくための体制作りのために、アラビア半島遊牧社会資料のデータベース化については、協力機関である片倉もとこ記念沙漠財団とサウジアラムコと共同で現地協力者を招へいし、ワークショップを開催するとともに、民博共同研究「物質文化から見るアフロ・ユーラシア沙漠社会の移動戦略に関する比較研究」との共同調査として、当該収蔵品の熟覧による資料確認と情報付加作業を実施した。グラック・コレクションのデータベース化については、協力機関であるイラン国立博物館と正式に学術協定を締結したうえで同博物館を含めて海外の美術館等に所蔵される類似のイラン工芸品コレクションの共同調査を開始した。コーヒーコレクションのデータベース化については、旧所蔵者の関係者や協力機関であるUCCコーヒー博物館との同コレクションの文化史的位置づけに関するワークショップならびに調査を実施し、その成果発信として同コレクションにかかる展示活動を実施する一環として、新規に受け入れた同コレクションの成立過程および各収蔵品にかかる基本情報の整理を実施した。
2. 研究成果の概要(研究目的の達成)
全体に関わることとしては、データベースのフォーマットを確認し、データベース全体の設計をおこない、基礎的データの入力作業を開始するとともに、多言語化(英語に加え、収集/使用地域の言語=アラビア語やペルシア語等)のフォーマットを整理した。アラビア半島遊牧社会資料のデータベース化については、約320件(民博所蔵200件、片倉もとこ記念沙漠財団所蔵約120件)の標本資料のデータベース化作業として、現地よりの被招へい者とともに共同研究の一環で熟覧作業と情報付加作業を開始した。グラック・コレクションのデータベース化については、176件の標本資料のデータベース化のために、イラン国立博物館所蔵の関連資料の熟覧調査ならびにグラック・コレクションに関する文献資料収集を開始した。コーヒーコレクションのデータベース化については、約300件の標本資料のデータベース化のために、標(しめぎ)コレクションの元所有者の方より各資料に関するより詳細な聞き取り調査をおこなうとともに、同コレクションの文化史的な位置づけに関する研究会ならびに展示活動をおこなった。
3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)
アラビア半島遊牧社会資料のデータベース化については、サウジアラビアを中心としてアラビア半島の文化遺産保護に関する研究者・研究機関および一般参加者を対象とした、国際シンポジウム「アラビア半島の文化遺産保護の現状と展開:サウジアラビアを中心として」を横浜情報文化センターにて12月16日に開催し、サウジアラビアのキング・ファイサルセンターとキング・アブドゥルアジーズ世界文化センターより学芸員を招へいし議論した。また12月19日に両者とともに本館のサウジアラビアの関連収蔵品にかかる情報集のためのワークショップを本館にて開催した。グラック・コレクションのデータベース化については、平成30年3月にイラン国立博物館館長を招へいし、ワークショップを開催する。コーヒーコレクションのデータベース化については、開館40周年記念新着資料展示「「標 交紀(しめぎ ゆきとし)の咖啡(コーヒー)の世界」(9月28日~11月14日)を開催するとともに、関連するフォーラム的な一般公開ワークショップ「標交紀の咖啡とは?」(10月9日)を開催し、標交紀の数少ない弟子のひとり、門脇祐希氏を講師にお迎えして、標の生涯と世界各地のコーヒー文化について本館教員とトークをおこない、特に同コレクションの成立状況に関する貴重な情報を得ることができた。展示に関連して、ウィークエンド・サロン「アラビアコーヒーにみるアラブ世界のおもてなし文化」や「心の扉を開ける鍵としてのコーヒー―パレスチナ・イスラエルでのフィールドワークから」等を実施した。国立民族学博物館現代中東地域研究拠点と共同で、人間文化研究機構が学術協定を結んでいるフランス社会科学高等研究院(EHESS)より若手研究者のLaura Assaf博士を招へいし、アブダビにおける若者文化のための公共空間を現出させているコーヒーショップの社会的役割の現代的変容に関する講演会を10月27日に開催した。さらに一般向けの講演会として、協力機関であるUCCコーヒー博物館において同館開30周年を記念講演会「アラビアンナイトとコーヒー~禁忌から世界の嗜好品へ」(10月8日、講師・西尾哲夫)を実施、同じく同館ならびにUCC本社の協力のと、みんぱく友の会との共同で第76回体験セミナー「発祥の地、アラブのコーヒー文化」を実施した。