国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民博所蔵「朝枝利男コレクション」のデータベースの構築――オセアニア資料を中心に

研究期間:2018.4-2020.3 / 強化型プロジェクト(2年以内) 代表者 丹羽典生

研究プロジェクト一覧

プロジェクトの概要

プロジェクトの目的

 民博が所蔵する朝枝利男コレクションは、アメリカの学芸員で画家・写真家・剥製師でもあった朝枝利男が、オセアニア諸社会を中心に著名なアメリカ人(ゼーン・グレイ、テンプルトン・クロッカー、ウィリアム・ビービ)の旅行や調査に写真家として同行し、カメラに収めた資料から主に構成されている。1930年代から40年代を中心に一部60年代までにわたって撮影した写真は、博物学史やオセアニアの地域研究上貴重なものである。そして、当時のオセアニアの人びとの生活に関する写真は、いまでは失われた文化を伝える民族誌上の意義があるだけでなく、歴史的史資料のアーカイブ化が遅れている収集地の人びとにとっては重要な資料ともなりうる。本プロジェクトは、朝枝利男の写真等を所持していることが判明している世界各地の博物館及び朝枝の写真撮影が行われたオセアニアにおける博物館・研究機関や、同地域に関わる国内の研究者の協力を得て、標本資料に関する基礎データの充実を図る。また、写真資料と日記、公刊記録等との関連付けをおこなうことで、朝枝利男コレクションのオセアニア民族誌資料に関する総合的な情報を提供するデータベースを構築する。

プロジェクトの内容

 朝枝利男コレクションは、6,243件の画像データ(アルバム16冊及びフィルムをデジタル化したもの)、水彩画(136枚)、日記(4冊)、樹皮布(1枚)、未整理のメモ等からなっている。本プロジェクトで中心的に扱うのはオセアニアにおいて朝枝が撮影した写真であるが、それらは世界各地に散在しており総体は不明である。そこで3カ国ほどの博物館と協力し、世界各地に拡散している朝枝利男の写真資料の総体を可能な限り復元すると同時に、本館の朝枝利男写真資料の基本情報の確度の向上と拡充化を図るための調査を、各地の博物館及び研究機関の協力のもとに実施する。また、朝枝が撮影した写真を所蔵するケンブリッジ大学博物館、ケ・ブランリー博物館、カリフォルニア科学アカデミー、ビショップ博物館(交渉中)の研究者とは、写真資料の総体を探るのみならず、被写体に関する情報を共同調査行い、必要であれば写真使用に関して協議する。各博物館の研究員には、民博所蔵の朝枝利男コレクションの写真資料の閲覧を依頼し、現地での展示等のかたちで計画している成果公開に向けた話し合いを行う。その後、民博に招聘して関係する標本資料の熟覧とソースコミュニティーからの情報収集体制の構築に向けた検討を日本側研究者とおこなう。
 朝枝利男が写真撮影を行った調査旅行の詳細とそれらの社会的・歴史的背景については、調査隊の主催者による報告書と著作物などの文献調査及び本館所蔵の朝枝利男が残した手記や日記の読解を通じて接近する。朝枝利男や調査隊の刊行した書籍等は、一部すでに民博図書室や申請者の研究室で購入済みである。晩年の朝枝が学芸員として勤務していたカリフォルニア科学アカデミーには、朝枝関係資料の所蔵を確認しているため、可能な範囲でこれら資料の調査を進める。
 以上のようにして収集したデータを総合的に閲覧し、研究上の活用することを可能にするのみならず、標本資料収集地の人びとやデータ提供者にとっても、このデータベースを利用することによって、それぞれの文化や歴史への洞察を深めるのに役立つものにする。

期待される成果

 本館が所蔵する朝鮮半島関連の標本資料と資料情報を、これまでより充実した形で、かつ食文化DBまで含め統合的に利用できるDBが完成する。かつ、本館だけでなくAMNHの標本資料と写真および映像のDB、その資料情報までポータルで引き出せるため、日本国内の学術機関がAMNHを利用する道を大きく広げることが出来る。また逆に、英語圏の人びとが本館、その標本資料、その資料情報の存在を知り、利用していくためのツールが完成する。また、フォーラム型機能により標本資料や写真資料の情報を世界各地から得ることが出来るため、朝鮮半島に関する研究空間を提供することともなる。加えて、ポータルという形態であるため、他の機関がもつDBを後に追加していくことも出来、プロジェクト終了後に他機関のプロジェクトによって成長していくという波及効果も期待できる。

成果報告

2019年度成果
1. 今年度の研究実施状況

本館所蔵の朝枝利男コレクションにおける写真資料の地域ごとの分類を行った。具体的なデータとしては、前年度に十分対応していなかったトンガ、キリバス、ソロモン諸島のレンネル・ベロナ州及びマライタ州のそれぞれについて当該地域に研究する専門家に依頼して情報の精査と追加を行った。とくにレンネル・ベロナ州については、本館朝枝コレクションと重なるハワイのビショップ博物館の朝枝撮影写真を持参して、1960年代から70年代のレンネル・ベロナ州にて考古学的調査を行っていた方に精査して頂いた。
コレクション作成者である朝枝利男に関する基本情報の調査を行った。朝枝利男コレクションに収蔵されている4冊の手書きの日記について、読解とタイプに起こす作業を行った。また、朝枝利男という人物に関する情報を探るべく、長崎県立博物館での調査を1月に行った。
世界の他の博物館及びソースコミュニティとの関係としては、2月にはカリフォルニア科学アカデミーに所蔵されている朝枝利男コレクションの資料の精査を行った。共同で開催予定のシンポジウムの打ち合わせと、両博物館の収蔵資料を合わせて「朝枝利男の生涯と芸術」に関する画集として公開できないかも検討した。太平洋地域の博物館であるフィジー国立博物館にて本館朝枝利男コレクションに混在しているポストカード資料を同定するための情報収集を、ソロモン諸島国立博物館で2020年に開催予定としている同博物館での展示内容の検討、展示場の確認、協定書の作成などの作業を進めた。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

データベースとしては、サモアの日系人、ソロモン諸島レンネル・ベロナ州の文化と儀礼の詳細、クック諸島の探検の経路と撮影場所の詳細情報を収集した。展示として、国立民族学博物館コレクション展示「朝枝利男の見たガラパゴス――1930年代の博物学調査と展示」の開催、第352回企画展示「出会い、さまざまなカタチ」(慶応義塾大学図書館)にても資料の一部を展示した。本プロジェクトで精査された資料は、刊行物として『月刊みんぱく』2月号の特集、「みんぱく e-news」223及び「minpaku anthropology newsletter」49の記事、『季刊民族学』の関連論考、国立民族学博物館研究報告』44巻4号にて論文を掲載した。またソロモン諸島国立博物館での展示を引き続き準備している。
本プロジェクトを通じて、デジタル技術の高度化やウェブ上での情報公開の進展で可能となった資料の収集・閲覧によって、本コレクションに対する基礎的情報をひろく付加した。それにより、いまでは現地社会の人々にさえ忘れられていた文化の復元が一部可能となった。ソロモン諸島の刺青や儀礼、クック諸島の伝統的遊戯などは、世界各地の博物館資料や学術書の片隅にあったデータをつなぎ合わせることで、過去の姿をある程度理解できるようになった。これらの点については、展示や本プロジェクトの共同研究員との論集の執筆などを通じて今後公開を検討していきたい。
調査技術的な可能性の側面を2点指摘したい。まず、博物館資料のなかの生物学的資料の活用である。朝枝利男コレクションの生物関係の写真や水彩画には採集日時・場所が明記されているものが多い。それらの情報をもとに地図を作成すれば、過去の生物の形態や生態学的分布を示す興味深い資料ともなり得よう。こうした研究は他の博物館の同様な資料からも試す価値があると思われる。カリフォルニア科学アカデミーと魚類画を中心とする図録の刊行を計画している。
もうひとつは、風景写真資料に写り込まれている風景をデジタルカメラで再度撮影する調査手法である。こうして過去の写真資料にGPS情報を付加することは、興味深い調査手法になる可能性がある。調査撮影者の移動経路を具体的に同定し地図に落とせるのみならず、画像に収められた資料を景観史、生態学資料として再利用する際にも格段に役立つ基礎的情報となりえる。この点については、先に言及した共同研究員との論集のなかの成果として反映できたらと考えている。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

◇口頭発表 丹羽典生「太平洋関係の朝枝利男写真資料の時代的位置づけ及び特色」フォーラム型情報ミュージアムプロジェクト「民博所蔵「朝枝利男コレクション」のデータベースの構築」研究会(国立民族学博物館)

2018年度成果
1. 今年度の研究実施状況

 写真資料の地域ごとの分類を行った。そのうえで共同研究員との相談のもと、データベースに掲載する項目を策定した。具体的なデータとしては、ソロモン諸島、フィジー、サモア、フランス領ポリネシア、クック諸島等のオセアニア島嶼社会にて長年にわたり研究している専門家との共同のもと写真資料のデータを精査した。とくにガラパゴス諸島の関係写真資料については、日本ガラパゴス協会及び日本における同島の第一人者である伊藤秀三氏(長崎大学名誉教授)の協力の下、本資料のもつガラパゴス研究の歴史における価値と位置づけの評価と生物種の学名の同定を行った。現地社会との関係としては、フィジーのイタウケイ信託局、フィジー国立博物館にて、また同じくソロモン諸島の国立博物館にて写真資料の情報交換と将来的な展示の開催について意見交換をした。ケンブリッジ大学博物館、カリフォルニア科学アカデミーに所蔵されている文献資料と写真データの調査及び研究者との情報交換は、それぞれ2月と3月に行う。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

 ソロモン諸島、フィジー、サモア、フランス領ポリネシア、クック諸島における地域名称についての整理は概ね終了した。フィジーにおいては、何枚かの写真が朝枝撮影ではなく、ポストカードであることを明らかにした。ガラパゴス諸島の写真では、当時の科学調査の内容といまでは失われた自然環境や当時の在留外国人の生態を明らかにする写真が含まれていることが判明した。成果公開としての展示は、ソロモン諸島の副館長が積極的であるため、適宜進めている。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

<出版>
丹羽典生2018「日本から遠く離れて① 朝枝利男とは誰か」毎日新聞夕刊2面
丹羽典生2018「日本から遠く離れて② ガラパゴス探検」毎日新聞夕刊2面
丹羽典生2018「日本から遠く離れて③ スナップ写真」毎日新聞夕刊2面
丹羽典生2018「日本から遠く離れて④ 収容所体験と戦後」毎日新聞夕刊2面
<論考>
Lucie Carreau 2018 Made to measure: Photographs from the Templeton Crocker expedition. In Lucie Carreau, Alison Clark, Alana Jelinek, Erna Lilje & Nicholas Thomas (eds.) Pacific Presences. Volume 2 Oceanic Art and European Museums. Leiden: Sidestone Press, pp139-153.