国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中央・北アジアの物質文化に関する研究―民博収蔵の標本資料を中心に

研究期間:2018.4-2022.3 / 開発型プロジェクト(4年以内) 代表者 寺村裕史

研究プロジェクト一覧

プロジェクトの概要

プロジェクトの目的

 本館には、北アジア地域や中央アジア地域から収集された多数の文化資源(標本資料や音響・映像資料)が収蔵されている。これらの資料の一部を活用して新構築した中央・北アジア展示を平成28年6月に公開した。この展示を新構築する過程で、北アジア地域や中央アジア地域の標本資料に関する調査が実施され、大量の研究情報が蓄積された。現在、一般公開されているのは、その一部に過ぎない。本プロジェクトでは、東はロシアのチュコト半島・カムチャッカ半島・サハリン島から、ロシア極東・シベリア、モンゴルを経て、西は中央アジアにいたる広大な地域を対象に、同地域の物質文化について、民博収蔵の標本資料を中心に、現地社会や海外の研究機関と連携しながら研究を実施し、その成果をデータベース化し、フォーラム型情報ミュージアムから発信する。

プロジェクトの内容

 本プロジェクトでは、広大な地域をロシア、モンゴル、中央アジアの3地域に分け、下記の調査研究を行い、その成果をもとに中央・北アジア文化資源情報データベースを構築する。
(1)本プロジェクトに関して、代表者を中心に4年間の全体計画を立てる。また、共同研究を実施するために連携が必要となる国内外の研究機関・博物館や現地社会コミュニティを選考し、必要に応じて協力協定を締結するなどして、ネートワーク化と研究体制を整備する。
(2)既存の民博標本資料データベースから当該地域の標本資料に関する部分を抽出し、本プロジェクトで作成するデータベースの項目を策定する。当該資料に関する文化資源情報を確認・修正し、日英の基本的なデータベースを作成し、正確な現地語情報を追加する。
(3)国内外の研究機関や現地社会と協働して物質文化に関する現地調査や共同研究、ワークショップ、国際シンポジウム等を実施し、その成果をもとに文化資源情報の高度化を行う。
(4)データベース化する文化資源情報の内容の確認を行い、公開情報を選別し、データベース用のコンテンツを完成させる。
(5)高度化した文化資源情報を発信するためのシステム等をシステム開発専門部会・編集チームと協力して開発し、そのシステムを利用してデータベース情報を発信する。
(6)現地社会でデータベースを活用するために、その利用方法等に関するワークショップを現地社会で開催する。また、同様の博物館情報を発信している他研究機関とも連携し、同データベースに関する、もしくはそれを利用した国際シンポジウムを開催する。
(7)データベースを構築する過程で実施された現地調査や共同研究、ワークショップ、国際シンポジウムなどの成果を、論文、論文集、エッセイ等で出版する。

期待される成果

 本データベースは、民博の中央アジア・北アジア展示場で公開されている文化資源情報を核として、民博が収蔵している当該地域の標本資料に関する情報を高度化し、インターネットによって広く国内外に発信するものである。
 中央・北アジア展示は、中央アジア、モンゴル、シベリア・極北という地域の違いをふまえながらも、自然環境への適応と生業形態、日常生活と信仰、社会主義の経験など、いくつかの共通項目を通文化的に概観するものとなっている。これらのテーマを軸に、展示場の資料をベースとしながら、必要に応じて収蔵庫に保管されている標本資料を加えることで、中央・北アジアに関する文化資源情報をより深め、今後の当該地域の研究の進展につなげることができる。
 また、このデータベースは、文化人類学や物質文化研究、中央・北アジア地域研究に関する大学教育や研究に活用できるだけでなく、現地社会の文化の保全や復興にも貢献できると考えられる。

成果報告

2019年度成果
1. 今年度の研究実施状況

本プロジェクトでは、広大な地域をロシア、モンゴル、中央アジアの3地域に分け、民博の中央・北アジア展示場で公開されている文化資源情報を核として、民博が収蔵している当該地域の標本資料に関する情報を高度化し、その成果をもとに中央・北アジア文化資源情報データベースを構築することを目的としている。今年度は、主に下記の調査・研究を実施した。
 1)2019年9月14日(土)に、国際ワークショップ「バラートシ・バログによる1908-1914年のアムール・サハリン地域におけるツングース系諸民族の調査と民博のコレクションとの関係」(Barathosi Balogh’s fieldwork (1908-1914) among the Tungusic peoples of Amur and Sakhalin and its connection to Minpaku’s collection.) を民博館内(第4セミナー室)で開催した。(参加者数26名)
 2)民博外国人研究員のダヴィド・ショムファイ氏は、民博収蔵のモンゴル・北東アジアを中心としたシャーマニズム関連資料の、英語訳・現地語(モンゴル語)訳ならびにアノテーション作業を実施した。(標本資料件数:96件、レコード数:96×5=480レコード)
 またそれらの研究成果の一部を、学術雑誌”SHAMAN”に投稿し、掲載された。
 3)上記ワークショップに関連して、ショムファイ氏に加え、イストヴァン・サンタ氏[ハンガリー科学アカデミー民族学研究所 研究員]を招へいし、両者がロシア(ウラジオストック・サハリン等)においてフィールドワークを実施するとともに、その調査で得られた研究成果を、1)の国際ワークショップで発表した。
 4)9月1日より外国人研究員として民博に着任(3ヶ月間の滞在)したイリーナ・モロゾワ氏[レーゲンスブルグ大学(ドイツ)南東および東ヨーロッパ史部門・研究員]が、専門の東洋史学・歴史学の知識を活かし、中央・北アジア展示場の共通テーマ「社会主義の時代」に関して、関連資料の目録を作成し、専門的な知見を付した。
 5)ウズベキスタン資料を中心に、標本資料データベースから詳細情報を抽出しデータ整理を進めるとともに、現地(ウズベキスタン共和国・サマルカンド)に赴いて、連携機関や現地社会とのネットワーク作りのための調査・打合せを実施し、英語・ロシア語翻訳を研究協力者の協力を得ながら進めている。(標本資料件数:762件、レコード数:762×5=3810レコード)
 また上記に関連して、中央・北アジア展示場に展示されている「タシュケントの民家の台所」・「タシュケントの民家(ハウリ)」を対象に、現地社会とのフォーラム実践の試験的作業として、モデルとなったタシュケントの民家の現在の姿を映像として記録するため、映像取材の交渉を家主と進めた。その結果、家主の了承を得られたため、家人へのインタビュー並びに、民家の現状を映像で記録する作業を実施した。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

今年度は研究計画にもとづき、国際ワークショップを実施し、日本・ロシアを含め26名の参加者を得て、活発な議論が交わされた。また、そのワークショップでの発表に関連して、ロシアにおいて現地フィールド調査を実施することで、民博収蔵のモンゴル・北東アジアを中心としたシャーマニズム関連資料の情報の高度化、多言語化を進めることができた。そうしたフィールド調査は、ショムファイ氏とサンタ氏による国際ワークショップでの成果発表につながり、さらにショムファイ氏がレビューを学術雑誌の”SHAMAN”(Volume 27 Numbers 1 and 2, Spring and Autumn 2019)に投稿し掲載されたことは、本プロジェクトにとっても大きな成果である。さらに、ショムファイ氏による英語訳・現地語(モンゴル語)訳ならびにアノテーション作業は、標本資料件数:96件、レコード数:96×5=480レコードと、資料点数としての数は少ないが、将来的に本プロジェクトで構築するデータベースに反映させる予定である。
 モロゾワ氏による、中央・北アジア展示場「社会主義の時代」関連資料の目録作成およびアノテーション作業は、民博の文化資源情報の高度化にもつながる成果である。民博の所蔵・展示する標本資料を熟覧し、それらの具体的な資料に基づいた研究であり、物質文化の観点から社会主義という普遍的な政治的影響のもとでローカライズされた社会主義文化の実態について学術的論文にまとめられた。その論文は、’Normativity against uniformity in late- and post-socialist Central Asia and Mongolia’ という題目で、『国立民族学博物館研究報告』に投稿予定である。
 ウズベキスタンでの現地調査においては、現在の家主の許可が得られたため、民博の展示場の標本資料と直結した「タシュケントの民家」に関わる映像取材と、民家内部の360°写真撮影も実施し、民博所蔵の標本資料と実際に現地でモノ(民家そのもの)が使われている様子(物質文化)とを繋ぐ貴重な情報を得ることができた。展示場にある民家模型を作製した30年前の事情を知るインフォーマント(家主)からインタビューできたことに加え、30年後の現在の民家(と居住する人々)の姿を映像として記録できたことは、本プロジェクトにとっても現地社会との双方向の情報のやり取りを目的のひとつとするフォーラム型の実践例として大きな成果である。また、都市開発の波にさらされ、住人が立ち退きを要求され民家そのものも壊される可能性があることが、インタビューの結果判明し、30年前と現在の現地での暮らしの様子を伝える貴重な資料として、今回の映像および展示場の資料をフォーラム型で構築するデータベースにどのように活かすのかの検討を進めている。
 なお、モンゴル資料、中央アジア資料についてはデータ整理を進めることができた一方で、シベリア・極北の資料に関しては、どのようにデータ整理ならびに研究を実施していくのかについて、今後の検討課題である。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

◇出版 寺村 裕史「オアシス都市の暮らし」みんぱく映像民族誌

2018年度成果
1. 今年度の研究実施状況

 本プロジェクトでは、広大な地域をロシア、モンゴル、中央アジアの3地域に分け、民博の中央・北アジア展示場で公開されている文化資源情報を核として、民博が収蔵している当該地域の標本資料に関する情報を高度化し、その成果をもとに中央・北アジア文化資源情報データベースを構築することを目的としている。今年度は、主に下記の調査研究を実施した。
 1)主にモンゴル資料を中心に、既存の民博標本資料データベースから当該地域の標本資料に関する部分を抽出し、現地語に詳しい総研大の院生をRAとしてデータ整理作業に従事してもらった。具体的な作業内容としては、日本語の標本名と現地名の対応チェックならびに現地語の入力作業である。
 2)上記1と並行して、日本語・英語の基本的なデータ整理作業も開始した。
 3)ウズベキスタン資料を中心に、標本資料データベースから詳細情報を抽出しデータ整理を進めるとともに、現地(ウズベキスタン共和国・サマルカンド)に赴いて、連携機関や現地社会とのネットワーク作りのための調査・打合せを実施した。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

 今年度は、プロジェクトの1年目であることもあり、標本資料データの抽出・整理、ならびに連携機関や現地社会とのネットワーク化のための準備作業が中心となった。そうした作業経過において、ウズベキスタンにおける現地社会のインフォーマント(ウズベク人:ウズベク語に加え、ロシア語・タジク語・日本語にも堪能)と、今後の共同研究についての打合せ・研究協力依頼ができたことは、ひとつの成果であると考えている。フォーラム型が掲げる資料情報の多言語化に関して、今後の研究の進展が期待できる。
 さらには、その現地調査中に、中央・北アジア展示のサブセクション「オアシス都市のくらし」に関わる映像取材と、現地のバザール内の360°VR動画撮影も実施し、民博所蔵の標本資料と実際に現地でモノが使われている様子(物質文化)とを繋ぐ接点としての活用も検討することができた。
 モンゴル資料についてはデータ整理を進める一方で、シベリア・極北の資料に関しては、どのようにデータ整理ならびに共同研究を実施していくのかについて、今後の検討課題である。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

 今年度からのプロジェクトであり、まだ公開した成果は特にない。