国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

口頭伝承と文字文化 ─ 日本の民俗社会における知識と情報の伝承 ─

共同研究 代表者 笹原亮二

研究プロジェクト一覧

日本では古くから文字の使用が行われてきた。しかもそれは知識人や支配者層に止まらず庶民レベルでも認められ、そうした傾向は近世・近代と一層増大してきた。このことは、従来の口頭伝承の研究を主たる方法としてきた民俗学では日本の民俗文化の理解には十分ではないことを示している。そこで本研究では、日本の近世・近代の民俗社会における、民衆の読み書き能力の習得、護符・守札・古文書・日記等の文字記録の作成や所有や読解、瓦版・暦・書籍等の印刷物の刊行や流通、宗教・諸職・芸能に関わる伝書の作成や伝授といった文字文化の実態と、それらが人々の歴史認識・社会意識・民間信仰・口承文芸といった民俗文化の形成や伝承に果たした役割を明らかにする。そして、従来の民俗学が提示してきた口頭伝承重視の民俗文化の理解に代わる、口頭伝承と文字文化の相互関係によって形成され、伝承されてきた知識や情報としての民俗文化という新たなかたちの理解の構築を試みる。

2005年度

【館内研究員】 朝倉敏夫、寺田吉孝、西尾哲夫
【館外研究員】 青柳周一、井上智勝、榎美香、榎本直樹、大島建彦、小田淳一、川島秀一、小池淳一、長崎伸仁、西田かほる、久野俊彦、宮内貴久、山本英二、横田冬彦
研究会
2005年4月30日(土)13:30~ / 5月1日(日)10:30~(大演習室)
「成果の取りまとめに関する打ち合わせ」
2005年8月6日(土)13:00~ / 8月7日(日)10:00~(大演習室)
西尾哲夫「『コーラン(クルアーン)』の伝承と社会的機能に関する言語情報学的考察」
小池淳一「狐狸の書・神々の帳面 ─ 文字文化の伝承 ─」
久野俊彦「郷土誌・郷里史家と伝説集の成立 ─ 栃木県を例に ─」
宮内貴久「普請と呪い歌 ─ 書き伝えること・君が代 ─」
笹原亮二「巻物のある風景 ─ 埼玉県東部の三匹獅子舞の上演 ─」
研究成果の概要

今年度は2回の研究会を開催した。1回目は、本共同研究の成果の取りまとめに向けて、平成15・16年度の成果に基づき討論を行った。その結果、(1)メディア:メディアとしての文字・文書、メディア状況と文字・文書、(2)(地域)社会:文字・文書を保持・管理する共同体としての(地域)社会、(3)歴史:文字・口頭伝承と歴史(認識・意識・知識)の形成、(4)多方面への議論の拡張・応用の可能性の4つの論点に、各共同研究員の問題関心を収斂させることができた。それを受けて、それらの論点を基本的な枠組みとする4部構成からなる論集を作成することで合意した。

2回目の研究会では、論集の作成に向けて、5名が執筆予定の内容について報告を行い、それを基に討論を行った。前述の4つの論点がより明確に浮かび上がるかたちの論集にするためにも、執筆予定者が報告を行う機会を今後何らかのかたちで設け、それぞれの報告内容に関して討論を行う必要性を確認した。

共同研究会に関連した公表実績
・小池淳一
2005「折口信夫と伝説研究-「土俗と伝説」とその周辺から」『国文学 解釈と鑑賞』70(10),15-22
・大島建彦
2005「伝説と文学-曽我物語を中心に」『国文学 解釈と鑑賞』70(10),23-31
・久野俊彦
2005「伝説と民俗-祭礼起源伝説の創生と民俗の変容」『国文学 解釈と鑑賞』70(10),32-40
・青柳周一
2005「近世の地域は名所図会にどう記録されたか-近世の名所図会と伝説おぼえがき」『国文学 解釈と鑑賞』70(10),71-79
・井上智勝
2005「近世大坂における名所の創出と伝説」『国文学 解釈と鑑賞』70(10),80-88
・西田かほる
2005「寺社縁起の創出-甲州地方の神社を中心に」『国文学 解釈と鑑賞』70(10),105-111
・山本英二
2005「浪人の由緒と伝説-武田浪人の場合」『国文学 解釈と鑑賞』70(10),145-151
・笹原亮二
2005「芸能の継承と伝説の機能-三匹獅子舞の由緒来歴と上演を巡って」『国文学 解釈と鑑賞』70(10),159-166

2004年度

【館内研究員】 朝倉敏夫、寺田吉孝、西尾哲夫
【館外研究員】 青柳周一、井上智勝、榎美香、榎本直樹、大島建彦、小田淳一、川島秀一、小池淳一、長崎伸仁、西田かほる、久野俊彦、宮内貴久、山本英二、横田冬彦
研究会
2004年5月8日(土)13:30~ / 9日(日)10:00~(大演習室)
井上智勝「死霊祭祀伝承における「冤罪」の生成 ─ 殺人譚と易占本 ─」
花部英雄「まじない歌の民俗 ─ 埼玉県都幾川村の事例を中心に ─」
小池淳一「易占と和歌の伝承と記録 ─ 井上智勝氏・花部英雄氏の報告を巡って ─」
2004年7月31日(土)13:30~ / 8月1日(日)10:30~(大演習室)
井上攻「『偽文書学入門』をめぐって」
笹原亮二「歴史学・民俗学・資料学-久野俊彦・時枝務編「『偽文書学入門』を巡って」
及川亘「中世偽文書研究のカテゴリー-「『偽文書学入門』を巡って」
久野俊彦「非文学資料としての文書」
榎美香「口承・書承・モノによる伝説の形成と流布-平将門伝説を例として-」
2004年10月30日(土)13:30~ / 31日(日)10:30~(大演習室)
横田冬彦「近世村落上層農民の読書 ─ 依田長安を中心に ─」
若尾政希「近世人の思想形成と書物 ─ 軍書と医書・天文歴書を中心に ─」
引野享輔「近世真宗教団の書物統制と正当・異端」
2005年1月9日(日)13:30~ / 10日(月)10:30~(大演習室)
青柳周一「近世旅行史と地域の知識・情報の流通-旅日記・名所記・絵図に見る」
岩橋清美「近世村落における「旧記」の成立と展開」
千葉正樹「それぞれの江戸へ-版本地誌挿図から見る都市認識の変化-」
2005年3月26日(土)14:00~ / 27日(日)10:30~(大演習室)
山本英二「近世における由緒の諸相」
「今年度の共同研究の概要」
研究成果

本年度は、宗教・信仰に関わる知識の流通と文字テキストの関係、版本・刊本類の流通と人々の知識・情報の形成、由緒書・由来書等の偽文書の伝来とその機能、文字テキストと絵画テキストの相互交渉の諸相といった諸点について、特に、歴史学的な視角を重視して議論を深めた。

その結果、民俗文化や民俗社会の歴史やありようを明らかにするためには、従来の歴史学の方法を踏まえつつも、口頭伝承を重視する民俗学的な研究方法においても有効性が認められるかたちで、両者を包括した総合的・多角的な文字テキストに関する資料論の構築の必要性が改めて明らかになった。また、文字の権威・政治性、文字の音声化と共通知識や情報の形成など、口頭伝承と文字文化の関係を巡る様々な問題点を具体的に明らかにすることができた。

共同研究会に関連した公表実績

・「特集 民俗書誌論へのいざない」(編集責任 笹原亮二)『民博通信』106 2004
  笹原亮二「生活の中の文字-獅子舞の巻物と演者たち-」
  川島秀一「ホンヨミの民俗」
  久野俊彦「絵解きの現代的成長―「刈萱」の絵解き―」
  西田かほる「史料調査の方法をめぐって」
  小池淳一「リーディング・ガイド〈民俗書誌論へのいざない〉」

・笹原亮二 2004「民俗芸能と文字テキスト―神代神楽諸家に伝わる筋書きを巡って―」『郷土神奈川』43,1-17

2003年度

【館内研究員】 朝倉敏夫、寺田吉孝、西尾哲夫
【館外研究員】 井上智勝、榎美香、榎本直樹、大島建彦、小田淳一、川島秀一、小池淳一、長崎伸仁、西田かほる、久野俊彦、宮内貴久、山本英二
研究会
2003年5月31日(土)13:30~ / 6月1日(日)10:00~(大演習室)
笹原亮二「文字と口頭伝承を巡る諸相 ─ 民俗芸能を中心に」
小池淳一「声からみた文字 ─ 日本列島における歴史と民俗の領域から」
今年度の共同研究の推進計画について
2003年8月2日(土)13:00~ / 3日(日)10:00~(大演習室)
榎本直樹「稲荷の神階と「伝承」」
久野俊彦「縁起と物をつくる開帳と絵解き」
西田かほる「史料調査の方法を巡って」
2003年9月8日(月)13:00~ / 9日(火)10:00~(大演習室)
榎美香「床屋の信仰と髪結職由緒書」
宮内貴久「奥会津の番匠巻物をめぐる民俗 ─ 田邊杢之進の系譜と活動を中心に ─」
塚田孝「職人の由緒を巡って」
2003年12月23日(火)13:00~(大演習室) / 24日(水)10:00~(第2演習室)
川島秀一「ホンヨミの民俗」
長崎伸仁「国語教育における話す・聞く、書く、読む」
山本英二「慶安御触書とメディア・リテラシー」
2004年1月30日(金)13:30~(第1会議室/展示場)
拡大共同研究会:総合テーマ「自文化表象の場と権利 ─ 『あじまあ』展と『アイヌからのメッセージ』展を契機に」
矢口祐人「『伝統』としてのフラ─パフォーマンス、アイデンティティ、ジェンダー」
展示解説(ギャラリーにて)
「あじまあ 沖縄の伝統とくらし─沖縄県立博物館収蔵資料展」
「アイヌからのメッセージ─ものづくりと心」
2004年1月31日(土)10:30~(第1会議室)
貝澤徹「ものづくりと心─『アイヌからのメッセージ』展をふりかえって」
名嘉真宜勝「読谷村立歴史民俗資料館の展示活動を巡って」
全体討論
2004年2月28日(土) / 29日(日)13:30~(大演習室)
拡大共同研究会:総合テーマ「文字・物語・伝承をめぐる諸相」
大島建彦「疫神と呪符」
小田淳一「コメント」
勝又直也「中世ユダヤの伝統におけるアラビアンナイト」
西尾哲夫「コメント」
研究成果

2003年度の共同研究では、文書の発給により政治的統制が行われた稲荷への神階授与、絵伝・縁起書・口演3者間の関係において展開してきた刈萱の絵解き、髪結や番匠の由緒に関する巻物の所持と釈義の関係、疫神信仰と疫神除けの呪符の流通の様相、文字を読むという行為実践を巡る状況の学校教育と民俗社会の異同、文書の内容とともにその形態・所有の経緯・所蔵状況などにも着目した文献史学の新しい調査研究の流れとその成果といった諸点について、参加者の報告に基づき討議を行った。それらを通じて、記された文字自体が指示する意味以上の意味を文字や文書が持つに至る状況、巻物や書物などの文字の大量集成の形態が果たした意味や役割、文字・文書・書物を読む・書く・聞くといった実践行為が有する意味や機能といった、実際の生活現場でそれを操る人々との関係において、文字と口頭伝承の関係を検討する際に解明すべき重要な問題の所在を把握することができた。