「先住民」とはだれか? ─ 先住民族イデオロギーの潜勢的/顕在的形態とその社会歴史的背景に関する研究
目的
国連によって世界先住民年、そして世界先住民族の10年が2004年まで設定された。この期間に、北米やオーストラリアをはじめとする各地では、先住民の権利拡張がそれまでにない規模と速度での進展した。彼らの社会経済的立場とその原因となる歴史的背景についての主流社会側の理解は拡大し、先住民についてのイデオロギー装置は、ある一定の力を持つようになり、あたかも普遍であるかのように扱われている。しかし、本当にそうなのか。先住民という概念によって、国家と民族の多様な関係、民族運動のありようについての概念相互間の関係が、不明瞭になっているような状況もある。この研究会は、このような「先住民」を多様な国家や社会の枠組みの中に再定位し、人権などの基本的な人間に関する安全保障のレベルから、福祉、雇用政策などの制度などに広く注目し、先住民という概念とイデオロギーを捉えなおそうとする。
研究成果
3回の共同研究会を開催し、班員および成果報告書に執筆予定の研究者全員がそれぞれ執筆計画を発表した。それぞれの発表に対して、成果出版に向けて討論を繰り返し、全体のまとまりをとるべく議論を重ねた。
成果は、当館の出版補助を受けて、世界思想社から出版の予定である。その内容は以下のとおりである。
序 本書のめざすところ(窪田幸子)
- 第I部 「先住民」イデオロギーをめぐる諸問題
- 第1章 21世紀の先住民運動――動向と展望 (スチュアート・ヘンリ)
- 第2章 「先住民(族)」という言葉 (内堀基光)
- 第3章 先住民研究と人類学 (高倉浩樹)
- 第4章 先住民言説とローカルな現場 (窪田幸子)
- 第II部 先住民の現在
- 第5章 先住民は何になろうとしているのか?(大村敬一)
- 第6章 北アメリカにおける非承認の先住民 (岸上伸啓)
- 第7章 チュピック・エスキモー村落の「学校」 (久保田亮)
- 第8章 インターネットからみる先住民 (杉藤重信)
- 第9章 都市アボリジニの文化観光における「啓蒙」と「文化」のテキスト化(上橋菜穂子)
- 第10章 オーストラリア先住民社会とオーストラリア考古学 (小山修三)
- 第III部 先住民族イデオロギーの展開
- 第11章 エチオピアの「先住民」 (栗本英世)
- 第12章 開発政策と先住民運動のはざまで (丸山淳子)
- 第13章 タイにおける山地居住者の文化の主張 (速水洋子)
- 第14章 台湾統治初期における原住民政策(野林厚志・宮岡真央子)
- 第15章 先住地を持たない民族の苦悩 (楊海英〔大野旭〕)
- 第16章 イオルプロジェクトからみる先住民としてのアイヌ (野本正博)
2007年度
研究成果とりまとめのため延長(1年間)
【館内研究員】 | 岸上伸啓、久保正敏、野林厚志 |
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【館外研究員】 | 上橋菜穂子、大野旭、大村敬一、鎌田真弓、窪田幸子、久保田亮、栗本英世、小山修三、杉藤重信、スチュアート・ヘンリ、高倉浩樹、野本正博、速水洋子、丸山淳子 |
研究会
- 2007年6月23日(土)9:00~18:30(国立民族学博物館 第2演習室)
- 窪田幸子「成果出版について-先住民族イデオロギーをめぐって」
- 上橋菜穂子「都市アボリジニの文化観光における「啓蒙」と「文化」のテキスト化」
- 小山修三「オーストラリア先住民社会とオーストラリア考古学一」
- 内堀基光「「先住民(族)」という言葉」
- 大村敬一「先住民は何になろうとしているのか?」
- 2007年10月20日(土)9:00~18:30(国立民族学博物館 第4演習室)
- 大野旭「先住地を中央アジアにもとめるわけー中国・東郷族の民族名称変更運動をよむ」
- 久保田亮「チュピック・エスキモー村落の「学校」―アラスカ先住民の社会的位置に関する一考察」
- 杉藤重信「インターネットの中の先住民」
- スチュアート・ヘンリ「21世紀の先住民運動―動向と展望」
- 高倉浩樹「先住民研究と人類学」
- 2007年12月22日(土)9:00~18:30(大演習室)
- 丸山淳子「開発政策と先住民運動のはざまで:再定住地におけるサンの生活」
- 速水洋子「先住民の自称とエコツーリズムに見る表象と戦術-タイの多文化主義の動向の中でー」
- 野林厚志「未定」・宮岡真央子「台湾原住民の〈伝統領域〉への希求と相剋」
- 窪田幸子「先住民とは誰か?―出版計画」
研究成果
こうした成果をうけ、これまでの共同研究の全体についての出版を計画している。先住民イデオロギーについての理論的議論、オーストラリア、カナダ、アメリカなどの典型的な先住民の地域で現在起きていること、そして先住民イデオロギーがあらたに広がってきている地域でおこっていること、という3つの部分に分けて議論を整理する。共同研究が始まってから以降、先住民イデオロギーは世界の各地でさらに力を持つようになり、その研究も広がりを見せてきた。こうした研究背景をうけて、3年半の成果をまとめることとしたい。
2006年度
本年度は、共同研究にある程度の見通しをたて、成果構築に向かう年と位置づける。数人の班員の個別研究の発表がまだなので、その発表を前半に共有し、後半は先住民が概念をめぐる議論を班員間で重ねてゆく。オーストラリア、カナダの状況はさらに展開をみせており、一方、それに続く形で台湾、日本、その他の地域での動きがある。こうした議論から先住民というイデオロギーを問う基盤を共有し、今後の議論の方向性を探ることとしたい。本年度最後の集会は日本の先住民であるアイヌの人々とともに、先住民概念を考える場として設定したいと考えている。
【館内研究員】 | 岸上伸啓、久保正敏、野林厚志 |
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【館外研究員】 | 上橋菜穂子、内堀基光、大野旭、大村敬一、鎌田真弓、川崎和也、栗本英世、窪田幸子、久保田亮、高倉浩樹、小山修三、杉藤重信、スチュアート・ヘンリ、野本正博、速水洋子、丸山淳子、南本有紀 |
研究会
- 2006年5月27日(土)13:30~(第2演習室)
- 野林厚志「生番から高砂族まで:日本統治時代の台湾原住民族」
- 宮岡真央子「現代台湾の多文化主義と台湾原住民族の文化をめぐる実践」
- スチュアート・ヘンリ・石垣直「コメント」
- 2006年7月29日(土)13:30~(第6セミナー室)
- 落合一泰「近代メキシコの先住民主義をめぐって―もうひとつの"The only good Indian is a dead Indian"」
- スチュアート・ヘンリ「コメント」
- 深山直子「先住的漁業権問題を巡るニュージーランド・マオリ社会の再/部族化(re/tribalization)の動向について」
- 窪田幸子・栗田梨津子「コメント」
- 2006年12月16日(土)13:30~(第2演習室)
- 南本有紀「アボリジニ美術展の展開」
- 窪田幸子「コメント」
- 久保正敏・堀江保範「オーストラリア交通事情」
- 杉藤重信「コメント」
- 2007年2月10日(土)13:30~(大演習室)
- 藤掛洋子「パラグアイの先住民」(仮題)
- 岸上伸宏「Invisible Indigenens: 先住民の非認定をめぐる政治」
- 全体討論
研究成果
5月の研究会は、台湾原住民特集とし、班員とゲストから発表してもらい、班員からのコメントと討論を行った。7月は、この研究会の班員がカバーしていない地域についての研究会と位置づけ、ニュージーランドとメキシコについてそれぞれゲストから発表をしてもらった。10月は、公開の共同研究会として、北海道白老で「先住民族概念とその周辺」と題して、2日間の研究会を行った。白老のアイヌプロジェクトの報告をうけ、アフリカ、ハワイのケースについても報告がされ、熱心な質疑応答があった。また、白老でのプロジェクトを視察し、班員が日本の先住民の現状についての情報を共有した。12月の研究会は、オーストラリアの事例に集中し、班員二人からの報告と討議をおこなった。2月は、カナダの事例についての報告とともに、これまでかけていた南米についての事情をゲストから発表してもらい、議論を行った。
2005年度
【館内研究員】 | 岸上伸啓、久保正敏、栗本英世(客員)、高倉浩樹(客員)、野林厚志 |
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【館外研究員】 | 橋菜穂子、内堀基光、大野旭、大村敬一、鎌田真弓、川崎和也、小山修三、杉藤重信、スチュアート・ヘンリ、速水洋子、堀江保範、丸山淳子、南本有紀 |
研究会
- 2005年4月23日(土)13:00~(第1演習室)
- 内堀基光「「ボルネオの先住民」はどこにいるか」
- 津上誠「コメント」
- 大村敬一「先住民の知識とは何か、そして誰のものか?:「イヌイトの知識」(IQ)を事例に考える」
- 河合香吏「コメント」
- 2005年7月16日(土)13:30~(第1演習室)
- 杉藤重信「インターネットの中の先住民:オーストラリアアボリジニの場合」
- 大村敬一「コメント」
- 速水洋子「カレンとは誰か:応答と生活戦略としての自己表象」
- 片岡樹「コメント」
- 2005年11月19日(土)9:00~(第1演習室)
- 大野旭(楊海英)「原住地は中央アジア? ─ 中国、東郷族の民族名称変更運動をよむ」
- 塚田誠之「コメント」
- 久保田亮「フィッシュ・キャンプと「サブシスタンス」」
- 井上敏昭「コメント」
- 2006年1月14日(土)13:00~(東京外国語大学アジア・アフリカ研究所)
- 服部志帆「"Indigenous knowledge"の実態と知的所有権の問題:狩猟採集民バカ・ピグミーの民族植物学」
- 大村敬一「コメント」
- 丸山淳子「開発政策と先住民運動のはざまで:再定住地に暮らすセントラル・カラハリ・サンの生活から」
- 峯陽一「コメント」
- 2006年3月11日(土)13:30~(第1演習室)
- 上橋菜穂子「都市アボリジニの文化観光における「啓蒙」と文化のテキスト化」
- 鈴木涼太郎「コメント」
- 高倉浩樹「先住民研究とは何か?その概念と射程をめぐる一考察」
- 内堀基光「コメント」
研究成果
4月の研究会では、カナダとボルネオの先住民状況についての発表をしてもらい、班外の専門家からのコメントをもらい、議論した。7月は、オーストラリアと北部タイ、カレンの先住民概念をめぐる発表をそれぞれ行った。いずれも先住民概念の社会的な違いがはっきりとわかる議論となった。11月の研究会では、モンゴルとアラスカの事例を検討した。そして、1月は、班外のスピーカーを交え、アフリカの事例を集中的に取り上げ、東京外国語大学AA研での研究会を行った。3月には、西オーストラリアの事例報告とともに、あらためて先住民概念を議論した。
共同研究会に関連した公表実績
スチュアート・ヘンリ編『文化人類学研究』放送大学(平成17年3月)は、先住民をめぐる問題を根幹として扱ったものであり、代表者を含め、この班員の3名(窪田幸子、スチュアート・ヘンリ、大村敬一)が執筆している。またこれ以外に代表者のこの研究に関係する出版には以下のものがる。
「進化する民族誌・先住民」山下晋司編『文化人類学入門-古典と現代をつなぐ20のモデル』弘文堂(平成17年4月)
「「ファースト・ピープルズ」をめぐるパラドックス」前川・棚橋編『ファーストピープル』明石書店(平成17年9月)
2004年度
【館内研究員】 | 岸上伸啓、久保正敏、栗本英世(客員)、高倉浩樹(客員)、野林厚志 |
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【館外研究員】 | 上橋菜穂子、内堀基光、大村敬一、鎌田真弓、小山修三、杉藤重信、スチュアート・ヘンリ、速水洋子、丸山淳子、南本有紀、大野旭 |
研究会
- 2004年12月11日(土)10:00~(大演習室)
- 窪田幸子「先住民イデオロギーとは:本研究会の目指すところ」
- スチュアート・ヘンリ「先住権:現状と課題」
- 全員「今後の研究計画についての打ち合わせ」
- 2005年1月13日(木)10:30~ / 14日(金)10:00~ / 15日(土)10:00~(第4、第5セミナー室)
- 国際シンポジウム「多元社会における先住民運動:カナダのイヌイットと日本のアイヌ」
- 2005年2月26日(土)13:00~(第1演習室)
- 鎌田真弓「先住民参画型ランド・マネジメント:土地権、環境保全、雇用創出」
- 川崎和也「コメント」
- 栗本英世「政治化される先住民の概念 ─ エチオピアのエスニック連邦制とアニュワ人」
- 曽我享「コメント」
研究成果
12月の第一回の研究会で、先住民をめぐる問題意識の共有をはかるとともに、先住権と先住民概念について現在議論されているポイントを整理した。特にカナダ、オーストラリアという先住民概念が普遍的に扱われている地域の状況を共有した。1月の研究会では、イヌイットとアイヌの現場の声を聞き、その先住民状況についての情報を得た。第三回目の研究会では、オーストラリアの先住民と開発との係わり合いの事例から、オーストラリアにおける先住民概念の状況を検討し、一方アフリカ、アニュワの人々が虐殺事件をめぐって、国外で「先住民」概念を政治化している事例が報告された。このように、各地の先住民/少数者の事情を共有し、問題を明確にして議論を深める基盤を構築し始めている。
共同研究会に関連した公表実績
1月13日から15日にかけて、国際シンポジウム「多元的社会における先住民運動:カナダのイヌイットと日本のアイヌ」が国立民族学博物館で開催されたが、このシンポジウムに本研究会も共同した。