会社神話の経営人類学
目的
企業組織の中に存在する、比喩的に神話と呼ばれる言説を抽出し、人類学的に分析することによって、神話分析が有効であることを示し、現実に語られる会社神話がどのような意味を持つかを追究する。共同体を維持する機能を有することは神話の一般的機能であり、世界認識の基本的枠組を設定するが、これが企業という社会集団の中で機能していることを示すことが目的である。
企業の中でも神話が成立し、人類学的に分析可能であると示すことは、文化人類学のフロンティアを開く大きな意義があり、多くの社会集団における神話構造の分析という新領域への可能性を開く。また、ヴァーチャルな集団の凝集性を生み出すための方策を示すことが可能になり、集団の維持のために管理手法としての神話構成に対抗する手段をも示唆することになり、人類学の応用の具体的可能性を示すものでもある。
研究成果
共同研究期間の二年半で合計9回の研究会を開催した。当初計画において会社神話の三側面として、創業神話・英雄伝説・ブランド神話を設定したが、それぞれに複数の報告を得ることができ、この問題設定が有効であったことが明らかになった。
また、会社神話が民族のレベルでの神話と同型の構造を持っており、文化人類学の対象として考えることが可能であるばかりではなく、神話学や構造人類学の神話分析の手法が有効であることが示され、経営学や社会心理学と行った他の企業を研究する諸領域の方法に対して、より多くの研究の蓄積と方法的優位を持っているといってよい。今後、会社神話の分析について文化人類学の方法が標準となるといってよい。
さらに、さまざまな企業の神話の状況が分析可能であり、会社神話という概念を開発したことによってこれまで問題となっていなかった会社という下位社会での文化現象を新たな理論対象として設定することが、理論的な枠組みだけではなく、実務における応用の可能性も考えられる。
今回の正規の共同研究のメンバー以外にオブザーバーとしての参加者からの報告が多くあり、その結果として正規メンバーの報告を完結させるために研究期間の追加が必要となった。さらに特記すべきは、若い研究者の自発的な参加である。文化人類学のみならず、経営学、社会学などの研究者志望者が研究会にオブザーバーとして参加し、発言した。次世代の研究者を引きつけることのできる研究テーマとして会社神話があり得ることを示すことができた。
2007年度
【館内研究員】 | 出口正之、中牧弘允、広瀬浩二郎、陳天璽 |
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【館外研究員】 | 安達義弘、李仁子、岩井洋、宇野斉、奥野明子、春日直樹、澤木聖子、澤野雅彦、James E. Roberson、塩路有子、島本みどり、砂川和範、鷲見淳、住原則也、高尾義明、出口竜也、出口弘、日置弘一郎、廣山謙介、前川啓治、松村一男、三井泉、村山元理、山田慎也、山本匡 |
研究会
- 2007年6月16日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 2階第4セミナー室)
- 山本匡「神々の壮大なる叙事詩と小さな工房の物語-神話と芸術、工芸の美の生成過程論」
- 前川啓治「マクドナルドの神話は生きているか?」
- 2007年6月17日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 2階第4セミナー室)
- 塩路有子「博物館における『新神話』:英国ヴィクトリア・アルバート博物館の英国展示をめぐって」
-
2007年10月6日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 2階第4セミナー室)
2007年10月7日(日)10:30~17:00(国立民族学博物館 2階第4セミナー室) - 鷲見淳「農業経営合理化の神話性-日本の農業経営合理化に向けての近年の試みと障壁」
- 三井泉「企業の神話構造:松下幸之助のコスモロジーを中心として」
- 廣山謙介「地域と会社寄付…会社神話の視点から」
- 安達義弘「九州の焼酎業界の動向」
研究成果
会社神話という研究ジャンルを切り開いたという点での成果は大きい。企業という会社会においても神話的言説がなされ、その分析が民族のレベルでの神話と同様になされうること、その言説が会社会の成員によって受容され、さらに、社会の統合機能に貢献していることが明らかにされた。その際に、創業にまつわる神話が中核的な神話として機能するが、そのほかに周辺の神話と神話を補強する装置、例えば、祟りしずめとしての社葬や英雄伝説としての企業スポーツなどが検出された。さらに、ブランド神話などの形で、商品に対する象徴の体系が成立していることを複数の商品について論じることができた。また、このような神話を含む言説が成立している状況は日本に固有であるわけではなく、韓国や中国・アメリカの企業においても成立していることが示された。さまざまな場面において神話という枠組みでの分析を施すことが可能であり、有効であることが示されたといえる。
2006年度
本年度は、ブランド神話について、マーケティングなどの領域での研究を参照しながら、分析枠組みについての共通理解を設定していく。この分野については、神話分析という試みは希薄で、それを行っていても本格的な人類学の訓練を受けた研究者の研究は少ない。そこで、マーケティングのシミュレーション領域の研究者(出口弘)を新たに加えて、理論的枠組みの設定を行う。
また、会社内フォークロアという視点も、これまでの研究蓄積がほとんど存在しないために、これについての事例研究は、メンバーが自分で行っていくことが必要であると思われる。さらに新メンバーにも加わってもらい(山田、村山、李)、企業やサラリーマンへの聞き取りを行い、事例研究を通じて会社神話についての全体像を追究していく。
新メンバーの中にはすでに初年度、報告をすませている者もいるので、その成果をさらに展開してもらう。
【館内研究員】 | 出口正之、中牧弘允、広瀬浩二郎、山本匡 |
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【館外研究員】 | 安達義弘、岩井洋、宇野斉、奥野明子、春日直樹、澤木聖子、澤野雅彦、James E. Roberson、塩路有子、島本みどり、砂川和範、鷲見淳、住原則也、高尾義明、出口竜也、出口弘、廣山謙介、前川啓治、松村一男、三井泉、村山元理、山田慎也、李仁子 |
研究会
- 2006年5月26日(金)13:00~ / 27日(土)10:30~(第4セミナー室)
- エリカ・バッフェッリ「新宗教組織の『神話形成』と会社的マーケティング」
- 中畑充弘「部門間コンフリクトのカンパニーグラフィー ―神格化された'お客様'―」
- 住原則也「『お道』と企業経営―天理教信仰と事業が融合する論理のありかと実例―」
- ジェームス・ロバーソン「Company as Mythic Spaces(神話的空間としての会社)」
- 砂川和範「不人気車のミクロコスモス-フォーディズムの『箱庭療法』」
- 2006年7月22日(土)13:30~(第4セミナー室)
- 曺斗變「三星電子の躍進とグローバル戦略」
- 出口正之「サントリー神話の参与観察」
- 2006年7月23日(日)10:30~(第4セミナー室)
- 藤本昌代「『伝統神話』と寄せ集めコミュニティの弱さと強さ-伏見酒造の事例-」
- 住原則也「『伝統』の神話力-「液化仕込み」論争を通して見える酒造りの「伝統」論-」
- 竹内惠行「ウィスキーの広報に見られる物語形成-日本の事例を中心として-」
- 2006年9月22日(金)13:30~(第5セミナー室)
- 山田慎也「葬儀社の創業神話と社史」
- 村山元理「信仰と事業-近江兄弟社の創業と再生の神話-」
- 2006年9月23日(土)10:30~(第5セミナー室)
- 大石徹「『効率』という神話-ファストフード店のマネージャーはなぜ退職したのか-」
- 野沢誠治「マーケティング視点のブランド論とブランド神話を使ったマーケティングの事例」
- 中牧弘允「会社の物語-神話・説話・文学などをめぐって-」
- 2006年12月17日(日)10:30~(第4セミナー室)
- 岩井洋「『経営理念』という神話」(仮)
- 出口弘「コンテンツ産業の神話-海洋堂を主な事例として-」
- 山上博信「会社神話が神話であるとき ─ 労使交渉の現場から気づいた経営人類学研究のことはじめ ─」
- 2007年2月17日(土)10:30~(第4セミナー室)
- 川井徳子「日本の近代の経営者と造園文化」
- 文玉杓「Myth and Reality of Confucian Heritage in Andong,Korea」
- 出口竜也「創業者による神話の形成-日本食研の場合-」
研究成果
神話学プロパーの見解を交錯させながら、主に人類学と経営学から会社の物語にアプローチしてきた。中心は神話であるが、伝説や昔話、あるいは説話との類比が可能であることが判明した。神話はとくに社史、創業者の語りや伝記、社員の語りや手記、企業博物館の展示、企業の聖地、社業の現場、マスコミのつくりだす報道やイメージなどに存在する。そうした神話の分析方法としては、創生神話と創業神話のアナロジー、ステレオタイプ(アーキタイプ)の抽出、会社神話と会社儀礼の比較、神話的思考(構造分析)の適用、現代の神話(真偽)、神話の構築などのアプローチが試みられた。
2005年度
【館内研究員】 | 出口正之、中牧弘允、広瀬浩二郎、山本匡 |
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【館外研究員】 | 安達義弘、岩井洋、宇野斉、奥野明子、春日直樹、澤木聖子、澤野雅彦、James E. Roberson、塩路有子、島本みどり、砂川和範、鷲見淳、住原則也、高尾義明、出口竜也、廣山謙介、前川啓治、松村一男、三井泉 |
研究会
- 2005年10月29日(土)13:30~(第1会議室)
- 日置弘一郎・高尾義明「研究目的と研究方針について」
- 「自己紹介ならびに役割分担について」
- 「今年度の研究計画について」
- 2005年12月9日(金)10:30~18:00(第3セミナー室)
- 出口弘「人類学における社会シミュレーションの現状と可能性 ─ シミュレーションされたリアリティによる社会の解釈学 ─」
- 松村一男「神話と神話学:過去・現在・未来」
- 李仁子「創業スピリットの越境と継承」
- 2005年12月10日(土)10:30~17:00(第4セミナー室)
- 春日直樹「Hope Between Inside and Outside:"Freeters"in Japan」
- 大木裕子「オーケストラの神話 ─ 指揮者神話の作り手 ─」
- 片川真実「ベンチャーキャピタリストからみたベンチャー創業者像」
- 2006年3月4日(土)13:30~(第4セミナー室)
- 三好明久「会社神話と聖書の神話-キリスト教信仰と企業経営に関する一考察」
- 島本みどり、澤木聖子、奥野明子「家族的経営神話の完結としての寮-再春館製薬所の場合」
- 2006年3月5日(日)10:30~(第4セミナー室)
- 横山知玄「レストランにおける神話とセレモニー」
- 澤野雅彦・新雅史・田口亜紗 共同報告「『東洋の魔女』神話の誕生」
- 澤野雅彦「はじめに」「紡績工場の労務管理」
- 田口亜紗「生理休暇の誕生」
- 新雅史「繊維工場における工場レクリエーションの展開-「日紡貝塚」の事例を中心に-」
研究実施状況
- 平成17年10月29日
- 日置弘一郎(京都大学)・高尾義明(流通科学大学)「研究目的と研究方針について」
- 平成17年12月9日-10日
- 出口弘(東京工業大学大学院総合理工学研究科)「人類学における社会シミュレーションの現状と可能性-シミュレーションされたリアリティによる社会の解釈学-」
- 松村一男(和光大学表現学部)「神話と神話学:過去・現在・未来」
- 李仁子(東北大学大学院教育学研究科)「『創業スピリット』の越境と継承」
- 春日直樹(大阪大学大学院人間科学研究科)「Hope between Inside and Outside: "Freeters" in Japan」
- 大木裕子(京都産業大学)「オーケストラの神話-指揮者神話の作り手-」
- 片川真実(京都大学大学院経済学研究科) 「ベンチャーキャピタリストから見たベンチャー創業者像」
- 平成18年3月4日-5日
- 三好明久(上野芝キリスト教会)「聖書の神話と会社神話-キリスト教信仰と企業経営に関する一考察」
- 島本みどり(東邦学園短期大学)・奥野明子(帝塚山大学)・澤木聖子(滋賀大学)「家族的経営神話の完結としての寮-再春館製薬所の場合」
- 横山知玄(松山大学人文学部)「東京Mレストランの神話とセレモニー」
- 澤野雅彦(北海学園大学)「紡績工場の労務管理」
- 田口亜紗(成城大学民俗学研究所)「生理休暇の誕生-主に「生理休暇」をめぐる言説と「労務管理」言説を事例に
- 新雅史(東京大学大学院人文社会系研究科)「繊維工場における向上レクリエーションの展開-「日紡貝塚」の事例を中心に-」)
研究成果の概要
会社神話研究の方法的基礎付けとして、民族レベルの神話との対比が行われ、共同体の成因に共有される世界認識としての神話という性格は民族レベルであっても、会社共同体であっても共通することが確認された。このことを受けて、神話分析の手法で会社神話に用いることのできる手法が検討された。また、それぞれの企業が等しく会社神話を持っているわけではないこと、神話を多く含んでいる企業とそうではない企業が存在し、さらに企業以外の組織、例えば、オーケストラも神話を保有していることが示された。進行のベンチャー企業においても、神話を当初から用意している企業と、ほとんど創業時については神話的要素を欠落している企業が存在することが明らかになった。会社内の儀礼や流布している神話の採集など、今後の進むべき研究方向も明らかになった。