国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ソシアル概念の再検討―ヨーロッパ人類学の問いかけ

共同研究 代表者  森明子

研究プロジェクト一覧

目的

本研究は、近代の社会概念をヨーロッパ人類学の立場から問いなおし、グローバル化する現代世界を分析する新しい社会概念を探ることを目的とする。

ヨーロッパの市民社会は「自立的な個人」を強調してきたが、実際の社会は、市民の範疇からはずれる多くの個人を包摂している。この社会を、ヨーロッパ人類学はどのように描いていこうとするのか。本研究は、コミュニティ、アソシエーション、個人/市民という社会科学の基礎概念に注目し、これらの概念を、ヨーロッパの社会的文脈に再配置して検討する。この検討を通して現代世界の社会像を探っていくものである。

ヨーロッパ人類学のアプローチとして、本研究が意図するのは以下の三点である。第一は、近代社会科学の基礎概念を、ヨーロッパのローカルな文脈に再配置して問い直していく実践。第二は、民族誌記述を通して鍛えられたアクチュアルな人間行動や現象に対する関心。第三は、非西欧世界の研究において蓄積された知見のなかに、ヨーロッパ社会を配置して問題をとらえる視角である。

研究成果

ソシアルという概念は、18-19世紀に急拡大したヨーロッパの都市で、貧困や疎外が社会問題となっていく過程で形をなしていった概念であり、国家統治、社会福祉、社会学の成立と不可分に結びついている。社会科学の基礎概念が形をなしていった基底には、ソシアルという問題関心が関わっていた。ヨーロッパ人類学の立場から共同研究をおこなった本研究は、ヨーロッパのローカルな社会の文脈における現象としてのソシアビリテをいかにとらえることができるのか明らかにし、あわせて、人類学や社会学の分析概念がいかに構想され、どのような社会的文脈に配置されてきたのか再検討した。さらに、そうして明らかにしたソシアル概念を、現代人類学のなかに定位する方向をめざした。

たとえば、フランスでコミノテとアソシアシオンが混同されることはなく、ソシアル概念と結ぶのはアソシアシオンである。コミノテは内側/外側を隔てる境界をイメージさせる語であり、このコミノテの境界を越えて外に出ていくことこそがソシアルである。したがってリエン・ソシアル(社会的絆)とは、差異ある人々が集まって共通性をもつようになることではなくて、差異を維持したままでつながりあう関係のあり方をいう。コミュニティの同様の用法は、ドイツで聞かれる「80年代のポーランド難民はトルコ人と違って、コミュニティをつくらなかった」という表現にもみられる。これらの用法で、コミュニティは社会統合の障壁として位置付けられている。

ソシアルなるつながりを、ヨーロッパ各地の民族誌の文脈にたちかえって検討するなかで、20世紀の最後の四半世紀に、第一の近代から第二の近代へ、社会の構造変容が起こっていることが、現在のコミュニティやソシアルなる概念をめぐる問題に、重要な意味をもっていることが明らかになってきた。3年半の研究会で、ソシアル概念を定位するところまでにはいたらなかったが、ソシアルなるものの概念を、分析概念として、また民族誌研究としてときほぐしていくヨーロッパ人類学の道筋を示すことはできたと考えており、それを論文集としてまとめようとしている。

2009年度

研究会の開催
研究成果は、外部出版による冊子の出版をめざすことが、共同研究員のあいだで合意されている。この1年、議論を重ねて問題の洗い直しをし、研究年内に草稿の執筆にとりかかる。研究会終了時にはある程度の形が見えていること、研究会終了後1年くらいのころに刊行されることを目標とする。また、ここでの議論を2010年の学会で分科会として公開することを計画している。

【館内研究員】  
【館外研究員】 石川真作、植村清加、大岡頼光、小関隆、小森宏美、関一敏、竹中宏子、出口雅敏、 中川理、渡辺公三
研究会
2009年7月19日(日)13:00~20:00(国立民族学博物館 大演習室)
成果とりまとめに向けた構想発表と議論 全員
2009年12月12日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室) 成果とりまとめに向けた構想発表と議論 全員
研究成果

成果公開として論文集の出版を計画しており、2回の研究会では、論文構想を各自が発表して、それについて全員で議論した。この議論を通して、共同研究で議論してきた問題点を整理し、各自が執筆する論文で扱うテーマが、共同研究としてどのように位置づけることができるのか、明らかにした。

ソシアルという概念は、18-19世紀ヨーロッパの都市において、主として貧困の社会問題化とともに形をなしていった概念であり、国家統治、社会福祉、社会学の成立と不可分に結びついている。19世紀の状況は、21世紀の現代と共通するところもあるが、現代の問題状況は、貧困のほかに、民族、文化、地方などの問題系も加えて、あらためて人と人の結びつきのありかたを問うている。本研究会は、開始時からコミュニティ、アソシエーション、個人というカテゴリーに焦点をおいて議論を重ねてきたが、成果出版においては、共同研究員の関心を「共同性の構築と福祉政策」「国民国家とシティズンシップ」「ツーリズム、文化遺産とコミュニティ」というテーマのもとに、統合していく方向を探っていった。

2008年度

研究会の開催 本年度は、4回の研究会を開催する。毎回の研究会に、2~4人の研究発表と、発表に対するコメンテイターを配置する。共同研究員以外にも、人類学、社会史、経済史、社会福祉、社会哲学、政治学の諸分野の専門家を特別講師として加えて、近代および現代ヨーロッパを相対化した批判的な議論を積み重ねていく。

とくに研究会2年目の課題として、個々の民族誌研究、歴史研究の成果にもとづいて、コミュニティ、アソシエーション、個人/市民という社会科学の基礎概念を批判的に再検討し、分野を異にする研究者のあいだで意見交換することを重視する。とりあげる民族誌研究、歴史研究は、以下のように構成される。

(1)移民と都市―フランスのマグレブ系移民、ドイツのトルコ系移民
(2)ツーリズムとコミュニティ―イギリス、フランス、スペインそれぞれのコミュニティ
(3)社会保障と市民社会―スウェーデンの老人福祉、フランスの失業者対策
(4)国民国家とシティズンシップ―20世紀初頭のイギリス、エストニアのEU加盟

【館内研究員】  
【館外研究員】 石川真作、植村清加、大岡頼光、小関隆、小森宏美、塩路有子、関一敏、竹中宏子、出口雅敏、中川理、渡辺公三
研究会
2008年6月7日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
小関隆「19世紀末イギリスの『アソシエイション文化』」
渡辺公三「ネオリベラリズム時代におけるモース再読」
田中拓道「コメント」
2008年7月12日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
2008年7月13日(日)10:30~14:00(国立民族学博物館 大演習室)
田辺繁治「生政治とコミュニティ―タイにおける保健医療の変貌」
小田亮「『共同体』概念と代替不可能な関係」
全員「ソシアル概念の再検討」
2008年11月3日(月)10:30~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
田中拓道「英仏における「社会」概念の展開―19-20世紀転換期を中心に」(仮)
市野川容孝「社会的なものの概念をめぐって」
田辺繁治「コメント」
2009年1月31日(土)13:00~18:30(早稲田大学早稲田キャンパス 人間総合研究センター(高田牧舎2階))
2009年2月1日(日)10:00~17:00(早稲田大学早稲田キャンパス 人間総合研究センター(高田牧舎2階))
森明子「現象としてのソシアビリテと、分析概念としてのソシアル」
全員「討論 ソシアビリテとソシアル概念のあいだ」
研究成果

研究の総括にあたる本年度は、民族誌的研究から明らかになった問題点と、理論的研究から引き出された論点を総合し、新たな展開をさぐって議論を深めた。具体的には、民族誌研究の文脈のなかで分析概念としてのソシアルの問題をあぶりだし、他方で、政治学や社会学にも通じる議論の文脈から、分析概念としてのソシアルについて、その歴史的変容や意味の重層性を明らかにしていった。こうした議論から、一方で、現象としてソシアビリテの諸形態に変容が起こっていること、他方で、分析概念としてのソシアルがじつは流動的なのであって、この両者が複雑に絡み合っているところに私たちの問題が配置されるのだという認識に達した。複数の問題軸が錯綜していることの発見であり、次には、それらがいかに絡み合っているか明らかにすることが求められる。この視座に立って民族誌研究に立ち返り、現代世界における文化人類学研究を再定位していくことが、私たちが次に行おうとすることである。

2007年度

研究会の開催
本年度は、4回の研究会を開催する。毎回の研究会に、2~4人の研究発表と、発表に対するコメンテイターを配置する。共同研究員以外にも、人類学、社会史、経済史、社会福祉、社会哲学、政治学の諸分野の専門家を特別講師として加えて、近代および現代ヨーロッパを相対化した批判的な議論を積み重ねていく。

とくに研究会2年目の課題として、個々の民族誌研究、歴史研究の成果にもとづいて、コミュニティ、アソシエーション、個人/市民という社会科学の基礎概念を批判的に再検討し、分野を異にする研究者のあいだで意見交換することを重視する。とりあげる民族誌研究、歴史研究は、以下のように構成される。

(1)移民と都市―フランスのマグレブ系移民、ドイツのトルコ系移民
(2)ツーリズムとコミュニティ―イギリス、フランス、スペインそれぞれのコミュニティ
(3)社会保障と市民社会―スウェーデンの老人福祉、フランスの失業者対策
(4)国民国家とシティズンシップ―20世紀初頭のイギリス、エストニアのEU加盟

【館内研究員】  
【館外研究員】 石川真作、植村清加、大岡頼光、小関隆、小森宏美、塩路有子、関一敏、竹中宏子、出口雅敏、中川理、渡辺公三
研究会
2007年6月30日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
塩路有子「ツーリズムとコミュニティ:『外からのまなざし』を内包する英国カントリーサイド」
中川理「フランスの相互扶助アソシアシオン:ひとつの「アソシエーションの人類学」の素描」
三浦敦、高橋絵里香「コメント」
2007年9月29日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
大岡頼光「スウェーデンの匿名墓地をめぐる考察-介護、死生観、宗教教育」
猪瀬浩平「“偶発”的解体、“偶発“的連帯:1988年「埼玉県庁知事室占拠事件」における非=同一性」
広井良典「コメント」
2007年11月24日(土)14:00~19:00(北九州市立大学北方キャンパス2号館2-330会議室)
2007年11月25日(日)9:30~15:00(北九州市立文学館・北九州市立松本清張記念館)
重信幸彦「「同人」というつながりと地方都市の文化実践:昭和初期小倉郷土会から」
全員「討論 ソシアル概念の再検討」
中西由紀子「近代における北九州「同人誌」群からみえるもの」
2008年1月7日(月)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
関一敏「社会的なるものの輪郭-呪術・宗教研究の一里程として」
植村清加「フランス・パリ郊外のアルジェリア人たち-“社会的つながり lien social”をめぐって」
研究成果

研究計画の1.5年目である本年度は、まず前年にひきつづいて、それぞれの共同研究員がおこなってきた民族誌研究・歴史研究を素材に、1)ヨーロッパのローカルな社会において人と人のつながりのあり方はいかに描かれるか、2)「コミュニティ」「アソシエーション」「市民」は、どのような形であらわれているのか、検討をすすめた。そして、これら個別の民族誌に即した検討をもとにして、複数の民族誌研究を横断する、理論的な議論への展開をはかった。

これらの議論に関する中間段階の報告を、『民博通信』の特集号として発表した(「接合と連帯の人類学」2008年6月刊行)。アソシエーション的結合を、接合と連帯という視点から「共同体」を批判的にのりこえるカテゴリーとしてとらえる議論を示し、フランス、ドイツ、スウェーデンについての論考を掲載した。

また、現代社会の社会福祉の現場における連帯からソシアルを問う方向、地方文化運動における同人からアソシエーションをとらえる方向などが提示されて、議論した。

2006年度

研究会の開催
初年度は3回、その後は各年度に4~5回の研究会を開催する。毎回の研究会に、1~2人の研究発表と、発表に対するコメンテイターを配置する。研究会は基本的に国立民族学博物館で開催する。

特別講師
人類学だけでなく、社会史、経済史、社会福祉、社会哲学、政治学などの諸分野の専門家を加えて、近代および現代ヨーロッパを相対化した批判的な議論を積み重ねていく。したがって、そのときどきにとりあげるテーマに即した専門分野の特別講師を、各年度に数名程度、招聘する。

民族誌・歴史研究
本研究会を構成する共同研究員は、以下のような民族誌研究、歴史研究をつみあげてきた。これらの研究を基盤にして、議論を展開していく。
(1)移民と都市―フランスのマグレブ系移民、ドイツのトルコ系移民
(2)ツーリズムとコミュニティ―イギリス、フランス、スペインそれぞれのコミュニティ
(3)社会保障と市民社会―スウェーデンの老人福祉、フランスの失業者対策
(4)国民国家とシティズンシップ―20世紀初頭のイギリス、エストニアのEU加盟

研究会運営の大筋
本研究は、ヨーロッパのローカルな民族誌研究、歴史研究を重視し、同時に、その研究成果をめぐって、分野を異にする研究者のあいだの意見交換を展開することを重視する。そこで、研究会においては、個々の共同研究員の行った民族誌研究、歴史研究を基礎において、その研究成果から、コミュニティ、アソシエーション、個人/市民という社会科学の基礎概念を照射し、社会像を批判的に検討していく、という道筋をとる。このような研究会を繰り返し、議論を深め、知見を蓄積した後に、複数の民族誌研究や歴史研究を横断する、理論的な研究発表を展開する方向をめざす。その過程で、マルチカルチュラリズムや新しい公共性をめぐる議論などに対しても、ヨーロッパ人類学から何を提言できるのか、探っていく。

【館内研究員】  
【館外研究員】 石川真作、植村清加、大岡頼光、小関隆、小森宏美、塩路有子、関一敏、竹中宏子、出口雅敏、中川理、渡辺公三
研究会
2006年10月7日(土)13:30~(第3演習室)
森明子「コミュニティ、アソシエーション、シティズンという問題系」
全員「研究計画打ち合わせ」
2007年1月27日(土)13:30~(第3演習室)
石川真作「ドイツにおけるアレヴィ関連団体の来歴 ─ 組織化と「振興」、「文化」」
出口雅敏「フランス農山村社会の社会像とその担い手たち ─ 地域自然公園の場合」
重信幸彦、法橋量「コメント」
2007年2月24日(土)13:30~(第3演習室)
小森宏美「エストニアにおける多元的公共性の可能性と限界 ─ 市民権の重層化を中心に」
竹中宏子「サンティアゴ巡礼路の文化活動に関わるアソシエーションの研究」
藤原久仁子「コメント」
研究成果

当初の研究計画のとおり、それぞれの共同研究員がおこなってきた民族誌研究・歴史研究を素材に、1)ヨーロッパのローカルな社会において人と人のつながりのあり方はいかに描かれるか、2)「コミュニティ」「アソシエーション」「市民」は、どのような形であらわれているのか、検討をすすめているところである。現在までの議論で浮かび上がってきた論点は、以下のとおりである。

  • アソシエーションのあり方をめぐるいくつかの論点:「新しい地域像とアソシエーションの関わり」「国家と個人の中間集団としてのアソシエーション」「超国家的結びつきとしてのアソシエーション」「アソシエーションの歴史的な展開」「思想としてのアソシエーションと法的地位としてのアソシエーション」など。
  • 日本との比較研究の可能性。
  • 社会科学の「社会」概念以前の社会はどのように把握されているか。たとえば、つどうこと、たむろすることなどの語への注目
  • 「市民権」概念と「文化的市民権」概念