国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族文化資源の生成と変貌 ─ 華南地域を中心とした人類学・歴史学的研究

共同研究 代表者 武内房司

研究プロジェクト一覧

目的

中国は少数民族や漢族など多くの民族集団が存在する多民族国家である。それら民族集団はそれぞれ文化資源を有する。有形・無形の文化は往々、民族を特徴付ける資源として生み出され、応用され、さらにメディアを通じて発信される。文化資源に関しては多くの問題点が未解明のまま残されてきた。なかでも文化資源が、だれによって、どのように生み出され、どのように変貌を遂げ戦略的に活用されていくのかという点が問題なのである。そこには文化資源の生成・応用の動態およびその多様な主体、文化資源から生み出される権力構造や占有・分散などのポリティクス、文化資源と特定の民族集団との対応関係など多くの課題がふくまれる。本研究では華南地域の諸民族の文化資源について、とくにその生成と変貌について、民族学と歴史学の双方から解明する。

研究成果

本共同研究については、西南中国から東南アジア大陸部に居住する多くの民族が保有する文化の資源化過程について、主として以下の諸側面から分析が加えられた。

一つは、文化資源の存在形態にかかわるものであり、トンパ文字などの文字文化、貴州東南部苗族・トン族が保持する農業技術などさまざまな文化資源の伝統と現在について詳細な報告とその意義等をめぐって活発な討論がなされた。

第二は、西南中国・東南アジア大陸部諸民族の伝統文化が資源化されていく過程にかかわるものである。たとえば、90年代以降西南中国各地で盛んとなった民族のシンボルを"発見"・顕彰の動きが"観光"化と結びつく事例や、そうした動きを支えた文化人・研究者の役割等に光が当てられた。

第三は、民族文化資源の位置づけをめぐるポリティクスにかかわる検討である。検討された課題の一つが、行政機関によって主導された宣伝・出版活動である。たとえば、民族誌編纂事業は、過去の民族文化の検証であるばかりでなく今日的な位置づけすなわち文化の顕彰と不可分な関係にある。

九○年代以降、政府サイドで取り組まれた大型文化資源プロジェクトとして、貴州・雲南・広西で相ついで設立された中国型エコ・ミュージアム(いわゆる生態博物館)についても活発な検討が行われた。とりわけ2003年3月に実施されたシンポジウムにおいては、広西・雲南において生態博物館や野外博物館を企画し担ってこられた広西壮族自治区文物局局長覃溥や広西博物館の呉偉峰・雲南民族博物館館長の謝沫華各氏による報告がなされ、こうした生態博物館をつうじて諸民族の文化が保存・継承されつつある現状が具体的に紹介された。このシンポジウムをつうじて、中国の市場経済が飛躍的に発展するにともない、各民族の保持してきた文化が地域の産業・社会にとって極めて重要な戦略的位置を占めるようになったことなどが改めて確認された。中国西南から大陸部東南アジア地域にかけて居住する諸民族の文化の動態を文化資源という観点から検討した今回のプロジェクトははじめての試みではあったが、所期の成果を達成することができたと考える。

2009年度

現在すでに、共同研究会のメンバーには、これまで行ったそれぞれの報告をもとに、2009年7月末をめどに論文にまとめていただくようお願いし了解を得ている。延長が認められた場合には、6月に共同研究会を開催し出版に向けた最終調整を行うとともに、そこでの報告やこれまでゲストスピーカーとして登場いただいた外国研究者の論考を盛り込んだうえで、来年度内に刊行できるよう努力したいと考える。

【館内研究員】 韓敏、樫永真佐夫、塚田誠之、横山廣子
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、片岡樹、兼重努、瀬川昌久、曽士才、谷口裕久、長谷千代子、長谷川清、松岡正子、吉野晃
研究会
2009年7月4日(土)11:00~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
長谷川清氏(文教大学)「民族文化の資源化と宗教実践の変容――タイ族の「貝葉文化」論をめぐって」(仮題)
塚田誠之氏(国立民族学博物館)「広西のチワン族の文化資源――その形成と地域性」(仮題)
横山廣子氏(国立民族学博物館)「文化資源としてのトンパ文化」(仮題)
2010年3月18日(木)13:00~18:00(学習院大学)
成果出版にむけての打ち合わせ
研究成果

本年度は、上記三名の報告者により、21世紀に入り過度の観光化の反省から再発見されていった雲南・タイ族の宗教テキスト「貝葉」に代表される「貝葉文化」、商業資本と結びつき巨大な観光スポットとして脚光を浴びた広西・チワン族の劉三姐信仰、2003年に世界記録遺産に認定されたトンバ経典などの場合の事例などがとりあげられ、民族文化が資源化されていくなか、宗教実践・地域文化・文化空間等の面で生じた多様な変容の諸相が分析・検討された。

文化の資源化が、市場経済といった社会の変動と結びついていること、さらにはまた文化の規格化がはかられるとともにそれが日常的な宗教実践との乖離といった緊張も同時に生み出していることなどその社会的影響や効果といった側面にも光があてられ、これまで研究会参加者の研究成果と合わせて活発な討論が行われた。

2008年度

本年度は研究会を多く開催し、研究目的にそった研究報告と討議を多く行えるよう、研究会を4回開催する。なお、課題にそくした研究をおこなっている特別講師を招聘して研究報告や討議に参加してもらう予定である。

【館内研究員】 韓敏、塚田誠之、横山廣子
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、樫永真佐夫、片岡樹、兼重努、曽士才、谷口裕久、長谷千代子、長谷川清、松岡正子、吉野晃
研究会
2008年10月18日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
吉野晃(東京学芸大学)「タイ北部、ユーミエンの民俗知識:文化資源としての操作と利用」
片岡樹(京都大学)「『民族文化資源』からみたラフ族研究」
2008年11月29日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
兼重努氏(滋賀医科大学)「村芝居からトン劇へ、トン劇から黔劇へ―村芝居の文化資源化―」
曽士才氏(法政大学)「文化資源としての"漢族":貴州省天柱県の宗祠文化を事例にして」
2009年1月10日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
研究発表:韓敏氏(国立民族学博物館)
「現代文物の毛バッジ――記憶、語りと活用」
研究発表:松岡正子氏(愛知大学)
「中国・川大地震後の羌族と羌族民族文化資源の復興(中間報告)」
研究成果

「本年度は、上にかかげたように3回の研究会を開催することができた。初回の研究会ではタイ・ユーミエンの民族文化祭と雲南・ラフ族の葫蘆文化顕彰の事例がとりあげられ、シンボル化されていく民族文化資源のあり方が検討された。第2回研究会では、広西・貴州両省のトン族に伝わるトン劇の成立・展開の事情、貴州省天柱県に残る多数の漢族宗祠群の整備・顕彰・観光化などの考察をつうじて、文化が資源化されていく背景について、詳細な分析が加えられた。

第3回研究会においては、四川大地震に被災した羌族社会の事例をもとに、復興事業の一環として“羌族らしさ”が民族文化資源として“創出”されていく経緯や、革命後の中国において大量に作成され普及した毛沢東バッジに人びとの多様な記憶や語りが凝縮されていく過程が具体事例とともに明らかにされた。」

2007年度

本年度は研究会を多く開催し、研究目的にそった研究報告と討議を多く行えるよう、研究会を4回開催する。なお、課題にそくした研究をおこなっている特別講師を招聘して研究報告や討議に参加してもらう予定である。

【館内研究員】 樫永真佐夫、韓敏、塚田誠之、横山廣子
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、片岡樹、兼重努、瀬川昌久、曽士才、谷口裕久、長谷千代子、長谷川清、松岡正子、吉野晃
研究会
2007年7月21日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
稲村務「「梯田(棚田)文化」と「土司文化」―ハニ族の二つの「文化資源」をめぐって」(仮題)
長谷千代子「観光のなかの生活―民族文化を資源化するものへの考察に向けて」
2007年12月1日(土)13:30~18:00(10:00-12:30 小人数による研究打ち合わせ)
    (国立民族学博物館 第3演習室)
研究発表:上野稔弘氏(東北大学)「現代中国における民族史誌編纂と民族文化」
研究発表:武内房司氏(学習院大学)「文化資源と歴史景観~雲南・団山村“漢彝合璧”古村落建築群と貴州・隆里郷」
2008年3月13日(木)10:00~18:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
国際シンポジウム「西南中国少数民族の文化資源の“いま”」に参加
研究成果

本年度は、上にかかげたように3回の研究会を開催することができた。初回の研究会では雲南のハニ族とタイ族の文化資源のあり方について、とくに"観光"をキーワードとして豊富な実例をともなって明らかにされた。第2回研究会では、民族誌編纂の歴史を追いながら文化資源の位置づけをめぐるポリティクスについて考察され、また、貴州・雲南・広西等の地に展開しつつある生態博物館設立の経緯などを通して西南中国において文化資源の保存・活用のあり方に検討が加えられた。

シンポジウムを兼ねた第3回の研究会においては、広西・雲南において中国版エコミュージアムともいえる生態博物館や野外博物館を企画し担ってこられた広西壮族自治区文物局局長覃溥や広西博物館の呉偉峰・雲南民族博物館館長の謝沫華各氏による報告がなされ、中国の市場経済が飛躍的に発展するにともない、文化が極めて重要な戦略的位置を占めるようになったことなどが改めて確認された。

2006年度

2006年度は初年度に当たり、研究の目的をメンバーが共有し、課題について理解を深めることを目的とする。研究会は3回行う。

【館内研究員】 樫永真佐夫、韓敏、塚田誠之、横山廣子
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、片岡樹、兼重努、瀬川昌久、曽士才、谷口裕久、長谷千代子、長谷川清、松岡正子、吉野晃
研究会
2006年12月2日(土)13:30~(第3演習室)
樫永真佐夫「ベトナムにおけるターイ民族史をめぐるポリティクス」
谷口裕久「リテラシー論からみる民族文化資源―ミャオ/モンにおける文字と言語使用の意味について」
2007年1月20日(土)13:30~(第3演習室)
楊偉兵氏「環境史の視点よりみた雲南・貴州少数民族:生態・技術・文化」(仮題)
2007年2月24日(土)13:30~(大演習室)
機構連携研究との合同研究会「中国における少数民族の文化資源の形成と現状 ― 広西の事例から ―」
呉偉峰氏「広西民族文化展示・保護和伝承的方式」
廖明君氏「珠江紅水河流域銅鼓芸術的保護与伝承」
研究成果

初年度は10月からの開始であったが、上にかかげたように三次に亘り研究会を開催することができた。初回の研究会ではヴェトナム西北のターイ族と雲南・北タイの苗族の文字文化が扱われ、リテラシーが民族文化資源として重要な役割を果たすこと、またその生成にあたって民族集団をとりまく政治関係が大きく作用していることなどが、豊富な実例をともなって明らかにされた。しかし文化資源としては、文字などの目に見える媒体を通して生成・継承されるものに限定されるわけではない。第二回研究会では、雲南・貴州の少数民族が実践してきた生態環境への適応方式と技術のありようが詳細に紹介され、これらの技術もまた広義において文化資源として位置づけられることなどが指摘された。これらの報告をつうじ、今後、なるべく幅広い視座から文化資源の固有の役割について検討を加えていく必要があることが確認された。