社会主義的近代化の経験に関する歴史人類学的研究
目的
20世紀において人類は「社会主義化とその放棄」という大きなうねりを経験した。それは一般に国際関係論としては「冷戦構造とその終結」と了解されうるだろう。が、当該の社会主義化した国々において人々が経験した実態はどのように歴史として了解されてゆくのだろうか。こうした「当事者」の視点から歴史を捉えるという立場を採用して、「社会主義的近代化」を明らかにすることを目的とする。
近代化は一般に実態的な側面として、産業化、都市化、教育・福祉などの社会的諸サービスの制度化という3つの領域に分けて捉えることができる。近代化のこうした広範な実態的側面において、とりわけ社会主義の下で実現されるとどのような特徴が現れるかという点を明瞭にすることを下位目標とする。
さらにそうした社会主義という視座を得ておくことによって、モダニティ研究の閉塞状況を打破することが上位目標となる。
研究成果
20世紀の国際情勢を決定づけた、社会主義というグローバルなイデオロギーについて、ローカルな実践を比較するという視点から、3年間で、ソ連、東欧、モンゴル、中国、ベトナム、ビルマ、アフリカなどの諸地域について地域ごとに研究会を実施してきた。
その結果、次のような点が明らかとなった。実態的な近代化の特徴である大型化や機械化などは資本主義圏と共通しており、資本主義と社会主義は近代化プロジェクトの、いわば二卵性双生児であること。ただし、理念がまず提示されるという倒錯した状況であることから無理が生じるのだが、そもそも理念が実現されやすい領域とそうでない領域とがあること。具体的には、都市建設のように新しい空間を創設するような場合には、ソ連モデルが普遍的に採用される傾向が見られるのに対して、農民の集団化のように既存の社会空間を再編するような場合には、各地の自然環境や社会環境に規定されて地域差が大きくなるという傾向があること。
理念が実態によって変容せざるをえない後者すなわちローカルな多様性に焦点をあてて論文集としてまとめることとした。また、中国については若手研究者の実態調査結果を生かすべく、一般学術書としてまとめることとした。それ以外については、みんぱく研究報告に投稿することとした。
口述史やナラティブ論などの方法論への寄与については、機関研究としてケンブリッジ大学モンゴル内陸アジア研究所MIASUにおいて国際ワークショップを実施して国際的に展開した。その成果は、Inner Asia第12号においてOral Histories of Socialist Modernities in Central and Inner Asiaというタイトルで特集された。なお、本ワークショップは、機関研究「社会主義的近代化の経験に関する歴史人類学的研究」の一環であり、人間文化研究機構の総合推進事業によっても資金的支援を受けた。
2009年度
現在、外部出版社からの一般学術書の出版を企画検討中である。各自が草稿を持ち寄り、その比較検討を行うために、年2回の研究会を行う。なお、研究会には出版社から編集者を招く。現段階では、原稿の締め切りを9月下旬とし、10月と11月に研究会を開催し、12月末に脱稿し、翌年3月の刊行を予定している。
【館内研究員】 | 佐々木史郎、田村克己 |
---|---|
【館外研究員】 | 栗原浩英、Timur DADABAEV、沼野充義、根本敬、後藤正憲、前川愛、島村一平 |
研究会
- 2009年10月19日(月)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 報告書の出版打合せ
- 2009年11月29日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 報告書の出版打合せ
研究成果
20世紀の国際情勢を決定づけた、社会主義というグローバルなイデオロギーについて、ローカルな実践を比較するという視点から、ソ連、ブルガリア、ルーマニア、モンゴル、中国、ベトナム、ビルマ、キューバの事例について、執筆した論文をもとに報告を行った。
社会主義を掲げた近代化の場合は、そうでない近代化と比べて、もっぱら理念が先行するがゆえに現実との矛盾が大いに発生し、調整が不可欠となってくる。そうした現実との妥協の処方箋は、宗教、農村集団化、紛争処理など領域によって異なり、また地域差も認められる。そうした理念の変容はそれぞれの地域ですでに歴史的に定着している。したがって、全体としてきわめて多様性に富んでいる。こうした理念の変容と多様性という状況を称して「文化としての社会主義」と銘打ち、論文集を編集することとした。
なお、中国については若手研究者の実態調査結果を生かすべく、一般学術書としてまとめることとした。
2008年度
平成19年度に中国、ソ連、モンゴル、ベトナム、ミャンマー、タンザニア、東欧、中央アジアを事例にして、社会主義的近代化に関する国際比較を多様な角度から試みた。これらの研究会を通じて明らかになった共通点や相違点に関する知見を生かして、平成20年度前期は、社会主義的近代化の比較研究に関する論理的な枠組みに焦点をあてて議論を行う。また、平成20年度後期は、これまでの研究会を通じて醸成されたネットワークを生かして、成果のとりまとめ方について具体的に検討する。とくに機関研究との連携によって、国際的な発信に関する具体案を確定する。なお、一般向けの公開シンポジウム、研究者のための国際シンポジウム、書籍刊行などの成果公開は、当初の計画どおり、平成21年度に実施する。
【館内研究員】 | 佐々木史郎、田村克己 |
---|---|
【館外研究員】 | 帯谷知可、栗原浩英、下斗米伸夫、高倉浩樹、Timur DADABAEV、沼野充義、根本敬、前川愛、MUNISA BAKHARONOVA、ラスロフ・ザウル |
研究会
- 2008年8月30日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
- 佐々木史郎「社会主義政策による狩猟装備の近代化―極東ロシア先住民の『スノーモービル革命』
- 小長谷有紀「ポスト社会主義モンゴルにおける社会主義の語られ方」
- 2008年9月20日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
- ティムール・ダダバエフ(筑波大学)「社会主義の記憶」プロジェクトの成果
- 藤原潤子(民博)「過去と現在をめぐる語り:ポスト社会主義ロシアのフィールドから(仮題)」
- 2008年10月25日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
- 後藤正憲「ポスト社会主義における宗教の再生と持続」
- 前川愛「「モンゴル「民族建築」への苦悩?---モンゴル人建築家の語りの事例より」
- 2008年11月24日(月)13:00~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
- 栗原浩英(東京外国語大学・アジアアフリカ言語文化研究所)
- 「二つの社会主義と二つの近代化:ベトナム共産党の社会主義概念の変遷をめぐって(1975年~現在)」
- 伊藤まり子(総合研究大学院大学・文化科学研究科・地域文化学専攻)
- 「『国家』不在のホーチミン崇拝-権力と宗教の関係に関する実践者側からのアプローチー」
- 2009年2月17日(火)13:00~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 報告書の出版打ち合わせ
- 2009年2月20日(金)13:00~15:00、18:00~20:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 報告書の出版打ち合わせ
- 2009年2月28日(木)13:30~17:00(東京大学(本郷キャンパス)文学部3号館7階 スラヴ文学演習室)
- 沼野充義「スラブ文学にみる社会主義の熱狂と憂鬱」
研究成果
共同研究会を7回実施し、カレリア、チュバシ、シベリア等のロシア地域や、ウズベキスタン、キルギス等の中央アジア諸国、モンゴルなどの旧社会主義圏の諸地域と、現在も社会主義体制を維持しているベトナムに関して、社会主義的近代化に関する比較検討した。その結果、「近代化」こそが「前近代」をイデオロギーとして必要としていることが明らかとなった。これを仮に「想像の前近代」と名づけることも可能であろう。また、中央アジア諸国とモンゴルについては、社会主義時代についての人々の語りを比較することもできた。その結果、個人によるイデオロギーとの距離が明らかとなった。これらの研究結果は、ケンブリッジ大学モンゴル内陸アジア研究所MIASUにおいて実施された国際ワークショップで発表された。なお、本ワークショップは、機関研究「社会主義的近代化の経験に関する歴史人類学的研究」の一環であり、人間文化研究機構の総合推進事業によっても資金的支援を受けた。
2007年度
平成18年度には国際シンポジウムを開催し、モンゴルについて議論するための基礎的資料の利用方法について検討し、共同研究をスタートすることができた。
平成19年度には、中国から客員教員を迎える予定であるので、中華人民共和国の成立に先駆けて自治区を成立させたばかりでなく、あらゆる政策面において社会主義的近代化の模範を提示し続けてきた内蒙古自治区に関する話題を中心に提供しながら、比較可能な事例に詳しい研究者たちが討議に参加するというかたちで研究会を進める。
また、中央アジアからの留学生を2名加え、東南アジアの研究者を2名加えて、本共同研究のテーマである「社会主義的近代化」に関する比較研究をさらに推進していくためのネットワークを構築しつつある。
中規模で研究会を4回実施したうえで、年度末に比較的大規模な研究会をして「社会主義的近代化」というテーマのもつ意義を中間報告としてまとめたい。
【館内研究員】 | 佐々木史郎、田村克己 |
---|---|
【館外研究員】 | 帯谷知可、栗原浩英、島村一平、下斗米伸夫、シンジルト、高倉浩樹、Timur DADABAEV、沼野充義、根本敬、フフバートル、ボルジギン ブレンサイン、ラスロフ・ザウル、RUDAKOVA KAMILYA |
研究会
-
2007年4月21日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
2007年4月22日(日)9:00~13:00(国立民族学博物館 第3演習室) - 特集「ベトナムにおける社会主義的近代化」
- 柳沢雅之(京都大学地域研究統合情報センター・准教授)「ベトナム紅河デルタ農村社会の変容」
- 加藤敦典(和歌山県立医科大学 非常勤講師)「村落司法の近代:社会主義的改造が遺したもの」
- 吉本康子(国立民族学博物館 外来研究員)「現代ベトナムにおける少数民族と「文化」の再編
- 大田省一(東京大学生産技術研究所 助教)「ベトナム社会主義時代の都市計画と建築」
- 佐藤まり子(総合研究大学院大学 大学院生)「ベトナム社会主義における信仰・宗教」
- 川越道子(日本学術振興会 特別研究員)「「烈士」の創造-ベトナム戦没者墓地における戦死者の表象をめぐって-」
-
2007年6月16日(土)14:00~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
2007年6月17日(日)9:00~13:00(国立民族学博物館 第3演習室) - 特集「中国における社会主義的近代化」
- 澤井充生(首都大学東京都市教養学部都市教養学科人文・社会系社会学コース社会人類学分野・助教)「清真寺が経験した社会主義的近代化-中国の宗教管理システム-」
- 長谷千代子「水かけ祭りの変遷にみる中国の社会主義的近代」
- 長沼さやか「広東省珠江デルタにおける蛋家とは誰なのか-民族政策と集団化政策を経て-」
- 田村和彦(福岡大学人文学部東アジア地域言語学科・講師)「死をめぐる近代と社会主義-遺体の収容と処理をめぐる政策と人々-」
- 川口幸大「寺廟の再興にみる社会主義的近代」
- 高山陽子「可視化させる社会主義-中国の近代モニュメントの分析を中心に-」
- 2007年6月29日(金)13:30~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 池野旬「タンザニアの社会主義と農村社会」
- 2007年10月14日(日)13:00~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
- 特集「ソビエトの芸術と社会主義的近代化」
- 貝澤哉(早稲田大学文学部教授)「スターリン期ソ連文化におけるジェンダー表象:映画、美術における女性イメージ」
- 大武由紀子(北海道大学スラヴ研究センター大学院生)「ソ連期プロパガンダ・ポスターについて(1917-1939)」
- 鴻野わか菜(千葉大学文学部准教授)「ソ連の絵本と非公認芸術--イリヤ・カバコフの作品」
- 2007年11月10日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 特集「ビルマ式社会主義(1962-88)にみる近代化:その経験と現在」
- 根本敬(上智大学外国語学部教授)「ビルマ・ナショナリズムのなかの社会主義-その歴史的背景-」
- 中西嘉宏(京都大学東南アジア研究所・非常勤研究員)「ビルマ式社会主義下の軍と政治-現在の軍政との比較から-」
- 高橋昭雄(東京大学東洋文化研究所教授)「ビルマ式社会主義と農業-その特質と現在への影響-」
- 2007年12月15日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 特集「中央アジアの社会主義的近代化とりわけ教育に関する報告」
- 地田徹朗(東京大学大学院博士課程)「フルシチョフ時代の国民教育改革及び党学校改革の持つ意味―主にクルグズスタンを事例として」
- ムニサ・バフロノヴァ(東京大学大学院博士課程)「ウズベキスタンにおける教育に関する社会主義時代の近代化」
- 2008年1月26日(土)13:00~18:00(第3演習室)
- 特集「東ヨーロッパにおける社会主義」
- 南塚信吾(法政大学・教授)「東欧社会主義と農民―ハンガリーを中心に―」
- 新免光比呂(国立民族学博物館・准教授)「ルーマニアにおける社会主義―宗教を中心に」
- 寺島憲治(東京外国語大学・非常勤講師)「ブルガリアにおける社会主義―民謡分析から」
研究成果
共同研究会を7回実施し、中国、ベトナム、ビルマ、ソ連、中央アジア2国、東欧3国という諸地域に関する歴史学ないし文化人類学等の専門的研究者らを迎えて、社会主義的近代化の比較検討を行った。その結果、社会主義を受容するに至る歴史的経緯の個別性、都市建設を含む産業化に関わるプランニングの共通性と実態の多様性、芸術面での同時代性、教育面での画一性、宗教的側面の固有性などが明示的となった。
しかし、ナラティブ(肉声による経験の表出)をベースに歴史を再構築するという研究方法は、現段階で必ずしも十分に行われていないために、比較検討することができなかった。ただし、ポスターやモニュメントなど、肉声そのものを超えて、それらが支配的言説として表象している内容をナラティブ(物語)として解読の対象とすることはできる。ナラティブによるアプローチは、ポスト社会主義時代における社会主義の研究に十分に効果的であることが確認された。
2006年度
平成18年度(後期のみ)は、キックオフミーティングの後、メンバーの相互理解を深めるために、各メンバーの研究対象における社会主義的近代化の実態について、切り口を限定せずに研究報告をおこなう。月1度のペースで4回の研究会で8人程度が発表する。
【館内研究員】 | 佐々木史郎、田村克己 |
---|---|
【館外研究員】 | 帯谷知可、島村一平、下斗米伸夫、Shinjilt、Timur DADABAEV、高倉浩樹、沼野充義、Huhbator、Burensain |
研究会
- 2007年2月25日(日)10:00~(第4セミナー室)
- 小長谷有紀など「モンゴル国における社会主義的近代化 ─ シムコフ資料の再評価から」
- 2007年3月14日(水)13:00~(第3演習室)
- 小林志歩「モリスロッサビ著『モンゴルの現在』解題」
研究成果
本共同研究は、これまで個人研究として進めてきたモンゴルに関する社会主義的近代化の研究を国際的な比較研究とすることを目的としている。
本年度はまず、モンゴルに関する社会主義的近代化に関するこれまでの研究成果をもちよって、モンゴルを研究する人たちのあいだでの国際連携を果たすことができた。また、ロシアや中央アジアを研究する研究者との連携を果たすこともできた。本年度の共同研究を事例として、来年度は、ベトナムや中国などの社会主義的近代化について集中的な議論をおこなう準備を終えた。
本共同研究によって、着実に比較研究のためのネットワークが形成されており、その結果、「社会主義的近代化」Socialist Modernizationという用語が確立されつつあることは、大きな研究成果であると思われる。