国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

キリスト教文明とナショナリズム-人類学的研究 

共同研究 代表者 杉本良男

研究プロジェクト一覧

目的

本研究は、フランス革命以後の世界におけるいわゆる「キリスト教文明」による「文明化」の功罪について、人類学的視点から批判的に検討しようとするものである。とりわけ、人類学が伝統的に対象としてきた地域において「キリスト教文明」を主語とした「文明化」は「近代化」とほぼ同義であり、社会はキリスト教との直接的間接的な関係によって大きな変貌を余儀なくされてきた。キリスト教それも近代的な「宗教」の概念化により、さまざまな信仰形態が「宗教」的な制度として固定化されてきた歴史がある。そして、近代「キリスト教文明」はナショナリズムを実質的に支えながら世界を整序している。その結果、現在各地で大小の「文明の衝突」状況が起こっており、人びとの生活を根本から脅かす事態がそこここでみられる。本研究では、人類学が主として研究対象としてきた非ヨーロッパ世界における「キリスト教文明」による「文明化」の歴史過程とその帰結について検討し、「文明の衝突」問題を批判的に超克しようとするところに最終的な目的がある。

研究成果

本研究は、フランス革命を契機とした文明化、近代化の進行と、20世紀末以降のいわゆる「ポストモダン」状況の出現という歴史過程のなかで、普遍主義を標榜するはずの「キリスト教文明」と、近代キリスト教の存在形態と親和的な「近代ナショナリズム」との理論上相矛盾する関係が、伝統的に人類学が対象としてきた地域あるいはキリスト教世界にどのような問題を惹起してきたのかについて、人類学的な比較研究を行ってきた。歴史的に、文明化、近代化、合理化の進展は、既存の宗教とくにキリスト教と国家との関係を根本的に変質させ、いわゆる世俗主義的な近代国民国家体制を出現させ、20世紀を通じてその理念が世界をあまねく支配する状況をつくりだしてきた。しかしながら、20世紀末にいたって時代はふたたび大きく揺れ動き、いわゆるポストモダン状況のもとで、宗教が新たな存在意義をもって浮上し、たとえば「文明の衝突」論に代表されるような宗教、文明をめぐる深刻な対立状況もうみだしてきた。時代はさらに21世紀に入り、ポストモダン状況をさらに超えた「ポスト・ポストモダン」状況に入っている。したがって、現在の宗教をめぐるさまざまな事象は、モダニズム研究の観点からはもちろん、ポスト・モダニズム研究の視点からもとらえきれないきわめて複雑なパラドクス的状況を現出させている。それは、ウェーバーのいう「呪術剥奪」(モダニズム)から「再呪術化」(ポストモダン)、マルクスのいう天上の批判から地上の批判へ(モダニズム)から再び天上の批判(ポストモダン)をへてさらに先へと進む議論が必要になっている。本研究は人類学が対象としてきた社会におけるポストモダン状況の比較検討から出発したが、とくにナショナリズムをめぐってこの「ポスト・ポストモダン」への視点に到達したことが最大の研究成果ということができる。

2010年度

研究成果は研究会メンバーの寄稿を求めて論文集として公刊する予定である。媒体としては来年度から発足する予定と聞く新たな論集を予定している。

【館内研究員】 齋藤晃、白川千尋、新免光比呂、信田敏宏、吉田憲司
【館外研究員】 青木恵理子、岡美穂子、岡田浩樹、川島耕司、クネヒト ペトロ、窪田幸子、小泉真理、 小林勝、SAGAYARAJ Antonysamy、高崎恵、寺田勇文、橋本和也、速水洋子、秀村研二、 福武慎太郎、松川恭子、山中弘
研究会
2011年1月23日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
岡田浩樹「韓国キリスト教におけるナショナリズムと『福音』の接合」
窪田幸子「ミッションの記憶とキリスト教実践―ヨルングの教会活動から―(仮題)」
2011年2月26日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
2011年2月27日(日)10:00~14:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
橋本和也「キリスト教とナショナリズム-フィジー・イメージの出現」
新免光比呂「バルカンの宗教とナショナリズム」
杉本良男「人類学的キリスト教研究の来し方行く末」
川島耕司「ペンテコステ派キリスト教とスリランカ社会」
研究成果

本年度は、これまで議論されなかったテーマについての発表があり、また成果のとりまとめにむけた議論を行った。本年度とくに注目されたのは、グローバル化が進展する世界情勢のなかで、時代はすでに「ポスト・モダン」から「ポスト・ポスト・モダン状況」に移っており、その結果世界的にさまざまなパラドクス状況が現出していることであった。この点について、本年度の研究会では各論者が、基本的に普遍主義を標榜していたはずのキリスト教ミッションと、ナショナリズムと親和的な近代ミッションとのパラドクス状況が、現地社会でいかなる問題を引き起こしているのかについての事例が示された。この「ポスト・ポスト」状況が宗教の存在形態をめぐってとくに顕著に現われているのは、本研究の出発点であったフランス革命後の近代社会における宗教の位置づけからくる歴史的必然でもある。その意味で本年度はこれまでの研究全体を総括すべき論点が浮かび上がった意義があったものと評価している。

2009年度

本年度も引き続き研究会を年4回開催する予定である。研究会は、各回それぞれ2つの研究報告とこれへのコメント、メンバー全員による討論を通じて、共通の問題関心にもとづいた議論を深める方法をとる。構成メンバーはいずれも現地社会におけるキリスト教の展開とその影響について総合的な視野に立って研究を進めてきた研究者で構成であり、その多くは申請者が主催してきた共同研究会、シンポジウムなどを通じて問題意識を相当程度共有しているので、討論を通じて問題関心がいっそう深まることが期待される。

【館内研究員】 齋藤晃、白川千尋、新免光比呂、信田敏宏、吉田憲司
【館外研究員】 青木恵理子、岡美穂子、岡田浩樹、川島耕司、クネヒト ペトロ、窪田幸子、小泉真理、小林勝、SAGAYARAJ Antonysamy、高崎恵、寺田勇文、橋本和也、速水洋子、秀村研二、福武慎太郎、松川恭子、山中弘
研究会
2009年5月16日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
齋藤晃「近世カトリック・ミッションの人間学―スペイン領アメリカを中心に」
白川千尋「ヴァヌアツ地域社会における『キリスト教ナショナリズム運動』の受容」(仮)
2010年1月24日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
福武慎太郎「東ティモールのカトリック教会とナショナリズム」
A.サガヤラージ「南インドのキリスト教とカースト問題」(仮)
2010年2月27日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第2演習室)
青木恵理子「フローレス(東インドネシア)におけるカトリック・国家・伝統」(仮)
吉田憲司「託宣に刻印された民族接触の記憶-ズィオン聖霊協会の現在」
研究成果

本年度は、3度の研究会と討論を通じ、以下に3点が明らかになった。まず、研究会発足時より、フランス革命を契機としたキリスト教による「文明化」という歴史観について根本的な疑問が呈されていたが、この点につきとくにラテン・アメリカにおける状況の評価につきさらなる検討が必要であることが指摘された。つぎに、ヴァヌアツ、東ティモール、インドネシア、南インド、アフリカなどの事例から、グローバル化の進展にともなうローカルなレベルでのナショナリズムの再強化のメカニズムについて、さらなる事例研究が必要であることが確認された。最後に、人類学が主に取り扱う現地社会の状況についての報告にはあつみがあるものの、キリスト教側の戦略についての検討も当初よりの課題であったが、次年度はこの点につきさらに検討を要することが確認された。今後は、次年度以降の成果公刊にむけて、さらに調査事例の報告を行うとともに、とくに「文明化」という中心的な分析概念の整理につき、詰めの作業を行う予定である。

2008年度

本年度は共同研究会を年間4回開催する。研究会は、各回それぞれ2つの研究報告とこれへのコメント、メンバー全員による討論を通じて、共通の問題関心にもとづいた議論を深める方法をとる。構成メンバーはいずれも現地社会におけるキリスト教の展開とその影響について総合的な視野に立って研究を進めてきた研究者で構成であり、その多くは申請者が主催してきた共同研究会、シンポジウムなどを通じて問題意識を相当程度共有しているので、討論を通じて問題関心がいっそう深まることが期待される。

【館内研究員】 齋藤晃、白川千尋、新免光比呂、信田敏宏、吉田憲司
【館外研究員】 青木恵理子、岡美穂子、岡田浩樹(客員)、川島耕司、クネヒト ペトロ、窪田幸子(客員)、小泉真理、小林勝、SAGAYARAJ Antonysamy、高崎恵、寺田勇文、橋本和也、速水洋子、秀村研二、福武慎太郎、松川恭子、山中弘
研究会
2008年7月19日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館大演習室)
武田和久「スペイン・インディアス政策とキリスト教布教―ラプラタ地域における集住政策(レドゥクシオン)を中心に(仮)」
岡美穂子「17世紀前半港市マカオの宗教権力―聖パウロ学院の役割について」
2008年11月8日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第4演習室)
藤原久仁子「『秘密』を告白するもうひとつの「主体」:マルタにおける告解運用の事例から」(仮)
高崎恵「五島のカクレキリシタン」(仮)
2009年3月20日(金)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
速水洋子「ビルマにおける民族の展開とキリスト教」(仮)
三瀬利之「インド北東部カーシー社会とキリスト教」(仮)
研究成果

本年度は研究計画の2年めにあたり、3回の研究会を開催した。本研究ではフランス革命を重要な歴史的転機と位置づけているが、本年度第一回めの研究会では、フランス革命以前からイエズス会によるキリスト教化が進んだ南アメリカ、および中国マカオにおけるキリスト教布教の様相について報告が行われた。第二回めは、現代のマルタと日本における「秘密」めいたキリスト教の存在を、「秘密」をキーワードに社会学的に考察した。第三回めは、インド北東部からミャンマー、タイの山岳地帯に分布する諸民族の「民族」概念をキリスト教ミッションとの関連で再検討された。いずれも、キリスト教ミッションの活動について、それを受容した社会、文化に立脚して、総合的に再検討しようとする意欲的な内容であり、今後の研究の展開にむけて重要なステップとなった。

2007年度

本研究は基本的に年数度の共同研究会における研究報告と討論によって進められる。共同研究会は、初年度に2回、第2・3年度に各4回程度開催し、各回それぞれ2つの研究報告とこれへのコメント、メンバー全員による討論を通じて、共通の問題関心にもとづいた議論を深める方法をとる。

【館内研究員】 齋藤晃、白川千尋、新免光比呂、吉田憲司
【館外研究員】 青木恵理子、岡田浩樹(客員)、川島耕司、クネヒト ペトロ、窪田幸子(客員)、小泉真理、小林勝、SAGAYARAJ Antonysamy、高崎恵、寺田勇文、橋本和也、速水洋子、秀村研二、福武慎太郎、松川恭子、山中弘
研究会
2008年1月12日(土)14:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
杉本良男「問題提起」「スピリチュアルなナショナリズム」
2008年3月13日(木)13:30~18:30(国立民族学博物館大演習室)
小林勝「キリスト教文明への視座とインド的文脈、ケーララ的文脈」
松川恭子「「私たち」とは誰のこと?:インド・ゴア社会の大衆劇ティアトルにおける語られ方をめぐって」
研究成果

本年度は1年めにあたり、第1回研究会では、代表者の杉本良男が研究会の趣旨について説明し、各研究員からこれについて意見を求めた。そこではとくに、欧米先進国と旧植民地などにおける「文明化」の過程についてのひろく流布した理解に対して、ラテン・アメリカ研究者から批判がだされ、これについて根本的な義論が必要であることを確認した。ついで、杉本がインドにおけるオカルティズムとナショナリズムとの奇妙な結合についての発表があり、また第2回研究会では、松川、小林両氏により、それぞれインドのゴア、ケーララにおける宗教とナショナリズムの問題について報告があった。インド研究が3回続いたが、次年度はまずラテン・アメリカの状況について「文明化」図式との関連で報告と議論を行う予定である。