国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

アイヌ語を中心とする国立民族学博物館所蔵北方諸言語音声資料の分析

共同研究 代表者 中川裕

研究プロジェクト一覧

目的

民族学博物館内に所蔵されているアイヌ語、ニヴフ語など、日本周辺北方諸地域の少数言語音声資料について調査し、その中の特に口承文芸のテキストなど言語資料としてまとまったものを聞き起こして文字資料化する。その際、原文に加えて文法的なグロスと対訳および文化的な情報も含めた解説をつけ、言語学的な資料としても活用でき、またアイヌ語学習の教材としても活用に供せるものを作成する。文字化などの作業に際しては、定期的に検討会を開き、音声資料を複数の人間で確認しながら、その聞き取り、表記、文法解釈、内容などに関して討論を行い、より客観化され統一した形式の言語資料を作成する。また、そこで得られた文法などの情報に関しても言語類型論的な観点から議論し、北方言語研究の基礎資料とする。

研究成果

民博に所蔵されているアイヌ語資料の大部分を占めるのは、札幌テレビ放送(STV)が1970年から1978年にかけて収録したオープンリール204本におよぶ資料で、1978、1980、1981の3回に分けて、各テープの内容について記録されたカードとともに同館が購入した。その音声は2004年にすべてデジタル化され、CD128枚に収められた。また、カードからはエクセルによるデータベースが作成された。しかし、そのカードデータは音声資料の内容のごく一部を示したものにすぎず、また音声のデジタル化とカードのデータベース化がリンクしていなかったために、実際にはデータベースから対応する音声資料を検索することも、またその内容について知ることも困難な状態になっていた。

そこで本プロジェクトでは、奥田統己(釧路方言)、田村雅史(白糠方言)、志賀雪湖(静内方言)、北原次郎太(石狩方言)が、それぞれの資料の分析を行い、データベースのレコードとCDのトラックの対応づけを行うとともに、その内容について聞き取り作業を行った。また、STV資料とされているものの中に、1957年に北海道放送(HBC)によって収録された資料があることがわかったが、その内容、およびSTV資料の一部となった経緯について明らかにした。

民博所蔵の音声データ以外の資料としては、日高地方の鍋沢元蔵氏によって1928年から1959年にかけて書かれた、アイヌ語による5冊のノートを分析。英雄叙事詩一編が既刊資料の別バージョンである以外は、全くの新資料であることを確認した。アイヌ語以外の言語資料については、白石英才・丹菊逸治(ニヴフ語)、小野智香子(イテリメン語)、長崎郁(ユカギール語)が、それぞれの担当言語について、民博での収蔵状況について調査し、特にニヴフ語については、館員によって音声・映像資料が記録されているものの、著作権などの関係で利用困難な状況にあることを確認した。

2009年度

民族学博物館内に所蔵されているアイヌ語音声資料資料については、本年度に引き続き、各自がその聞き起こし作業を行い、逐次メーリングリストなどを活用して、聞き取り、表記法、文法解釈、内容などについての確認・検討を逐次各班の中で行う。そのようにして班内で検討した結果を、年に4回程度開催予定の研究会に持ち寄り、音声資料を適宜参照しながら、問題点を討論し統一的なテキストを作成していく。ニヴフ語をはじめ、その他の言語資料については、音声資料の蓄積が乏しいことが判明しているので、文献資料の調査分析および、アイヌ語との比較対照という観点から、研究会での発表活動を行う。最終的には、アイヌ語のテキスト編と類型論的な北方言語の研究編ということで、報告書を作成する。

【館内研究員】 佐々木史郎、佐々木利和
【館外研究員】 于暁飛、奥田統己、小野智香子、北原次郎太、志賀雪湖、白石英才、田村雅史、丹菊逸治、長崎郁、李林静
研究会
2009年6月4日(木)13:30~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2009年6月5日(金)10:00~15:30(国立民族学博物館 第2演習室)
民博所蔵アイヌ語音声データの資料的性格についての検討会
萩中美枝氏に資料についてのレクチャーをお願いした後、中川を進行役として全員で討議
2009年11月19日(木)13:30~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2009年11月20日(金)10:00~15:00(国立民族学博物館 第2演習室)
出席者全員 各言語データについての分析内容の報告
2010年2月25日(木)10:00~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2010年2月26日(金)10:00~15:00(国立民族学博物館 第2演習室)
出席者全員 各言語データ分析内容の最終報告と総括
研究成果

STV収録のアイヌ語音声資料に関しては、奥田統己(釧路方言)、田村雅史(白糠方言)、志賀雪湖(静内方言)、北原次郎太(石狩方言)が、それぞれの資料の内容―特に公刊資料との異同について報告を行った。また、STV資料の中に混在していたHBC収録の録音については、中川がその録音者である元HBCのディレクターにインタビューを行い、どのような性格の資料かを明らかにするとともに、STVの資料の一部となった経緯について見当をつけた。鍋沢元蔵氏の民博収蔵アイヌ語ノートに関しては、中川が千葉大学大学院生の遠藤志保氏とともに解読。5冊のノートのうち、英雄叙事詩一編が既刊資料の別バージョンである以外は、全くの新資料であることを確認した。アイヌ語以外の言語資料については、白石英才・丹菊逸治(ニヴフ語)、小野智香子(イテリメン語)、長崎郁(ユカギール語)が、それぞれの担当言語について民博での収蔵状況について調査結果を報告した。

2008年度

初年度の研究によって、本館所蔵の録音資料がどのような性格のものであり、どういう状態で保管されているかがおおよそ明確にされた。

現在判明しているおもな資料は、釧路・白糠・静内・旭川を中心にしたアイヌ語音声資料なので、各メンバーの専門地域に基づいて、データの割り当てを行った。

本年度は各自がその聞き起こし作業を行い、逐次メーリングリストなどを活用して、聞き取り、表記法、文法解釈、内容などについての確認・検討を逐次各言語班の中で行う。

そのようにして班内で検討した結果を、年に4回程度開催予定の検討会に持ち寄り、音声資料を適宜参照しながら、個別言語を越えて問題点を討論し、表記法・訳・文法的なグロスのつけかたを含めた統一的なテキストを作成していく。

その一方で、引き続きニヴフ語をはじめ、その他の言語資料について所在調査等を行っていく。

【館内研究員】 佐々木史郎、佐々木利和
【館外研究員】 于暁飛、奥田統己、小野智香子、北原次郎太、志賀雪湖、白石英才、田村雅史、丹菊逸治、長崎郁、李林静
研究会
2008年12月18日(木)13:30~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2008年12月19日(金)10:00~15:30(国立民族学博物館 第2演習室)
民博所蔵アイヌ語音声データの資料的性格についての検討会
中川を進行役として全員で討議
2009年2月20日(金)13:30~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2009年2月21日(土)10:00~15:00(国立民族学博物館 第2演習室)
民博所蔵北方少数民族言語音声データの資料的性格についての検討会
中川を進行役として全員で討議
研究成果

本館所蔵の録音資料のうちアイヌ関係の資料について、各メンバーの担当分について分析を行い、共同研究会において報告を行った。その結果、まず博物館においてエクセルファイルとしてすでに作成されていたデータシートは、デジタル化された音声データファイルに基づいて作られたものではなく、オリジナルのオープンリールテープに基づいて一度カードで作成されたものから、さらにデータ化されたものらしいことが明らかになってきた。その際に、おそらくデジタルデータとのつき合わせは行っていないらしく、デジタルデータのファイル番号とデータシートの番号は、数からして全く合っておらず、すべてをやり直す必要がある。

内容については、これまでのところ、釧路の資料についてはその大半が、すでに文字化され公開されているものと同じ場で録音されたものであることが判明した。また白糠の資料についても、そのほぼすべてが「神謡」とよばれるジャンルであり、同じ話者の同じ内容のものが文字化されていることもわかった。なお、白糠の資料は録音時と違った再生速度でデジタル化されていたり、他の地域のファイルの中に紛れ込んだりしており、担当者の非常な努力によってようやくその正確な所在を確認することができたものである。この他にHBCの知里真志保監修による放送の一部と思われる資料があり、内容的にはこれまでまったく知られていなかった録音を含む大変興味深いものであるが、放送用の編集途中と思われるきわめて断片的な資料の集合体であり、きわめて不可解な資料である。そもそも放送自体が実際に行われたものであるのか、そこから調査をする必要がある。

2007年度

初年度は、同館における諸言語の音声データの収蔵状況について調査を行い、どのような資料がどのような形で保管されており、どの程度まで解読が進んでいるかについての一覧を作成する。

【館内研究員】 佐々木史郎、佐々木利和
【館外研究員】 于暁飛、奥田統己、小野智香子、北原次郎太、志賀雪湖、白石英才、田村雅史、丹菊逸治、長崎郁、李林静
研究会
2007年11月17日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2007年11月18日(日)9:30~15:00(国立民族学博物館 第2演習室)
研究テーマの概要説明。各人の作業分担の決定。今後の日程等の打ち合わせ
中川を進行役として全員で討議
2008年2月21日(木)13:30~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2008年2月22日(金)10:00~15:00(国立民族学博物館 第2演習室)
民博所蔵音声データと目録の突き合わせ作業。
中川を進行役として全員で討議
研究成果

本館所蔵の録音資料のうちアイヌ関係の資料について概要を把握した。オープンリールの原資料が保管されており、デジタルデータで約67GB分のWAVファイルに変換されている。データシートが一応あるものの、各音声ファイルと内容がどのような対応になっているかが明確でなく、各録音の時間数についても再生速度が録音時と違ったままデジタル化されていると思われるものもあり再測定が必要である。札幌の放送局が録音したものが大半を占めるが、一部は個人録音となっている。双方とも権利関係の確認が必要である。さまざまな性格の資料が含まれているが、アイヌ語のデータは釧路・白糠・静内・旭川を中心にしており、そのうち釧路地方のデータの一部は、同じ内容で別の所有者の管理下にあるものがすでに文字化されていることを確認した。各メンバーの専門地域に基づいてデータ分析の担当を決め、内容についての確認とデータシートの改定を行うことを今後の計画とした。