国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

人類の移動誌:進化的視点から

共同研究 代表者 印東道子

研究プロジェクト一覧

「人類の移動誌」 http://idoushi.jp/

キーワード

ホモ・モビリタス、人類移動、移動背景

目的

人類はアフリカ大陸で誕生した後、数十万年をかけてユーラシア、アジア、南北アメリカ、そしてオセアニアへと拡散し、居住を行ってきた。これほど広く地球上に拡散移動した動物はおらず、人類が「ホモ・モビリタス」とも呼ばれる所以である。また、現代社会においても、人類は世界各地で様々な方法や目的で移動を続けている。

本研究は、このような人類集団の「移動」に着目し、その歴史や移動に伴う様々な文化的現象を人類学的視点から多角的に解き明かそうとするものである。人類史に関しては、自然人類学や考古学、遺伝学などの研究が多くなされてきたが、本研究ではさらに認知考古学、文化人類学、言語学といった諸分野も加え、分野横断的な視点から「人類の移動誌」ともよべるものを構築し、人類移動モデルの提唱も行うことを目的としている。

研究成果
  1. 現世人類は、すべてアフリカで誕生したホモ・サピエンスにその起源をもち、そこから世界に拡散移動を行った。それ以前に出アフリカを果たした原人や旧人が各地で進化したとする地域進化説は否定された。
  2. ネアンデルタールは絶滅し、クロマニヨンと置き換わったと考えられてきたが、両者は同時期に生存し、混血もしていたことが遺伝子研究から明らかになった。
  3. 従来の人種分類は無意味で、拡散時期のずれや地域ごとの多様化、混血などを繰り返したことによって、多様性が生じたと考えられる。
  4. アジアの人類集団の多様性は、もっとも古くアフリカからオーストラリア・ニューギニアへと移動した集団と、北方アジアから後に南下してきた集団とが混血した度合いが地域によって異なることから生じた。オセアニアでは、異なる文化段階の集団間(旧石器狩猟採集民と新石器農耕民)の移動には男女による違いが認められる。
  5. 「人類はなぜ移動するのか」の答えは一つではなく多様である。しかし、霊長類の例をはじめ、多くの例において、自然環境の変化が重要な要因となっていた。また、我々人類が本能として持つ「好奇心」も、移動を引き起こす要因であった。
  6. 人類が多様な条件下で多様な移動をしてきたことは、当初期待したような、人類移動やそれによって起こる文化変容に関するモデル構築を行うことが難しいことを示している。しかし、研究会でディスカッションを重ねるうちに、人類の移動を考える際に重要なキーワードがいくつか見えてきた。一つ目は、環境変動に遭遇した際に示した適応能力である。たとえば、移動した先の異なる気候で生活する新たな技術(道具)の工夫、新しい自然資源の利用や工夫、新しい目的を解決する能力などはその代表的なものである。二つ目は、これらの適応の結果に生じる多様性(文化のストック)である。人類がさらに移動を続け、新たな環境で生活を続けていく上で重要であったと考えられる。最後は、人類のもつ社会性である。集団内の協力関係を構築したことが、移動や適応を容易にするメカニズムとして機能したことが考えられる。

2011年度

昨年度までは、アフリカからユーラシア、アジア南部、オセアニアそして沖縄から日本へと人類が移動した様子をたどってきた。遺伝学や考古学研究の最新の研究成果に基づき、人間の移動、および先住の人間集団との関係は、これまで言われてきたものとは大分、様相が異なり、陸上だけではなく海を使った海上移動の重要性が見えてきた。また、霊長類の移動と狩猟採集集団との移動に関する研究発表から、人間集団がなぜ移動を始めたのかの発表も行われた。

今年度は、アフリカから最も遠い南北アメリカ大陸への人類の移動の様相を、考古学や動物学、食性復元などの研究発表から見て行く予定である。さらに、昨年度は時間の関係で発表を組むことのできなかった、アジア北東部への人類の移動時期や特徴、先住人間集団との出会いなどに関する研究発表を予定している。

成果は、単行本として出版を予定しており、本の構成と執筆者を夏までには決定する予定である。

【館内研究員】 池谷和信、菊澤律子、小長谷有紀、佐々木史郎、関雄二、野林厚志
【館外研究員】 赤澤威、石田肇、海部陽介、片山一道、木村 亮介、斎藤成也、須田一弘、高宮広土、徳永勝士、丸川雄三、山極寿一、米田穣
研究会
2011年6月18日(土)10:30~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
2011年6月19日(日)10:30~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
《6月18日(土)》
研究打ち合わせ(全員)
佐々木史郎「人類はなぜ極寒のシベリアをめざしたのか」
片山一道「人類はなぜ海を渡って東をめざしたのか」
松村博文「東南アジアにおける言語・農耕拡散と人類の移動:古人骨から検証する」
《6月19日(日)》
斉藤成也「アジアにおける人類集団の遺伝的多様化と均等化」
2012年1月28日(土)11:00~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
2012年1月29日(日)10:00~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
《1月28日(土)》
関雄二「最初のアメリカ人に関する近年の研究動向」
篠田謙一「DNA研究が明らかにする新大陸先住民の起源」
丸川雄三「画像資料の活用研究と移動誌への応用」
《1月29日(日)》
米田穣「同位体分析を用いた移動・移住の研究」
全員「総合討論」
研究成果

アジア大陸に暮らす人びとは、複雑な形質的特徴をもつため、異なる人間集団が移動し、混血したとする「重層モデル」と、大規模な人の移住は伴わず、地域ごとに進化した結果とする「地域深化モデル」の二つの仮説が提唱されてきた。しかし、現代人のデータに基づいたこれらの仮説に対し、発掘人骨の詳細な研究を行っている松村は、前者の重層モデルを支持する結果を得つつある。斉藤は日本列島への人の移動は重層的であることを、最新の人類遺伝学の研究成果を使って示した。特に、アイヌと沖縄の人たちが同系であることを遺伝的に証明したことから、縄文系の基層集団と、大陸からの渡来系集団が本土を中心に混血したこと、北海道と沖縄の人びとにはより古い形質が残されていることなどを指摘した。
アメリカ大陸への人類の移動がいつ頃どのルートを通って行われたかについては、関が考古学データ、篠田が人類遺伝学資料を使って報告し、複数回の移動が行われたこと、移動スピードが一定ではないこと、海を使った移動の可能性もあることなどが話し合われた。

2010年度

一昨年、昨年と、先史人類がアフリカからユーラシア、アジア南部、オセアニアへ移動した様子が最新の研究成果にもとづいて発表された。今年は引き続いて世界各地への移動の様子、移動の特徴と環境との関連、食性復原などに関する最先端の研究報告が予定されている。

第1回研究会は、まず沖縄への人類の移動をめぐって、考古学、形質人類学、食性分析などの専門家による発表を琉球大学で行う。琉球大学には、湊川遺跡から最近発掘された旧石器人骨の新資料が保管されており、それらの資料を実見しながらの研究発表が予定されている。また、沖縄の研究者も参加したインフォーマルなディスカッションの場も設ける予定である。

第2回目と第3回目は、アジア北東部および日本への人類の移動時期や特徴、先住人間集団との出会いなどに関する研究発表を予定している。それと並行して、成果報告として刊行する単行本の構成と執筆者を順次決めてゆく予定である。

【館内研究員】 池谷和信、菊澤律子、小長谷有紀、佐々木史郎、関雄二、野林厚志
【館外研究員】 赤澤威、石田肇、海部陽介、片山一道、木村亮介、斎藤成也、須田一弘、高宮広土、徳永勝士、松本直子、丸川雄三、山極寿一、米田穣
研究会
2010年5月29日(土)10:00~17:30(沖縄県立博物館・美術館)
2010年5月30日(日)9:00~12:00(沖縄県立博物館・美術館)
《5月29日(土)》
石田 肇「港川人骨の新資料の紹介」
海部陽介「後期更新世のアジアにおける人の移動誌:港川人の再検討を中心に」
高宮広土「南島中部圏へのヒトの拡散と適応過程」
《5月30日(日)》
米田 穣「琉球諸島へのヒトの拡散:陸橋はあったのか?」
石田 肇「琉球諸島のヒト―過去から現代まで―」
2010年10月9日(土)10:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
2010年10月10日(日)9:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
《10月9日(土)》
中橋孝博(九州大学)「北部九州への渡来―渡来人と土着集団」
松本直子(岡山大学)「物質文化からみる人の移動と文化変化:九州を中心とした西日本における縄文・弥生移行期の様相」
《10月10日(日)》
小林青樹「縄文集団と弥生集団の相互交流と弥生文化・弥生社会の形成」
丸川雄三「ホームページ構築の現状」
2011年1月22日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
山極寿一(京都大学)「類人猿はなぜ熱帯雨林を出なかったのか?:ヒト科の生態進化のルビコン」
松本晶子(琉球大学)「ヒヒのサバンナへの進出とその移動:季節性と地上性への適応」
池谷和信 (民博)「アフリカ狩猟採集民」の移動をめぐる環境史」
研究成果

本年度開催した3回の研究会のうち、第1回は旧石器文化人の日本への移動、第2回は日本内部の異なる文化段階の人間集団の関係、そして、第3回は人類学の周辺分野の研究者も交え、そもそも人類はなぜ移動を行ったのか、という本質的な問題について活発な研究発表とディスカッションが行われた。

沖縄・港川遺跡出土の旧石器人骨は、本土縄文人とはあまり似ておらず、オーストラリア先住民やニューギニアの人びとにむしろ近いことが指摘され、旧石器文化段階で、すでに海を越えて日本に移動したことが明らかになった。また、弥生期に稲作を持って大陸から渡来してきた人びとと在来の縄文系集団は争いはせずに、むしろ平和的に文化の融合が速いスピードで行われたことが、遺物の共存関係や変化の様子から指摘された。人間がなぜ移動を行ったのかについては、災害原因、資源入手、病気など多様であり、移動のタイプにもさまざまなものがあるため、人類の移動をモデル化することの難しさも指摘された。

2009年度

昨年度は共同研究会の方向性を全員で共有し、人類の移動誌研究が目指すゴールを班員に示した。実際にどのような研究があり得るのか、どのような理論的枠組みが可能かを、オセアニアやネアンデルタール研究を例に示して全員による意識共有をはかった。

本年度は、二つの柱に沿った発表を中心に研究会を進める。一つは、先史「モンゴロイド」集団の世界規模の拡散研究が、20年前に行われた大規模なプロジェクト以来、どのような新しい研究成果があがっているのか、遺伝学および考古学などの分野から発表してもらう。もう一つは、世界各地の異なる人類集団を例にとり、人類の移動の実態、移動によっておこる資源利用、他の人類集団との接触の種類、接触によってどのような社会的、文化的影響が起こるのか、などを報告してもらい、さまざまな分野の研究者からのコメントを喚起し、ディスカッションを行う。

【館内研究員】 池谷和信、菊澤律子、小長谷有紀、佐々木史郎、関雄二、野林厚志
【館外研究員】 赤澤威、石田肇、海部陽介、片山一道、木村亮介、斎藤成也、須田一弘、高宮広土、徳永勝士、松本直子、丸川雄三、山極寿一、米田穣
研究会
2009年7月4日(土)10:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
2009年7月5日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
打ち合わせ
海部陽介「アジアにおける原人の移動誌解明へ向けて:初期原人からホモ・フロレシエンシスまで」
小長谷有紀「モンゴル遊牧民の移動」
木村亮介「ゲノムデータからみる人類の移動と適応」
2009年11月14日(土)10:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
2009年11月15日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
今後の研究打ち合わせ及び出版計画について
野林厚志「物質文化からみた台湾先住諸民族のユーラシア東部における位置づけ」
印東道子「海域世界への移動:拡散と出会い」
須田一弘「オーストロネシアンに取り残された人々:パプアニューギニア・内陸部と沿岸部の人々の生活」
丸川雄三「人類の移動誌」研究会ホームページ企画案
研究成果

本年度1回目の研究会では、人類のアジアへの拡散をテーマに行われた。海部と木村は、古人類およびゲノム研究の最新の研究成果を報告し、アフリカ由来のHomo sapiensが6万年前以降に急速に世界へと拡散し始め、1万年前までには五大陸全てへ広がった背景には、文化・技術的な適応能力があったことなどを指摘した。小長谷は、その子孫であるモンゴル平原の遊牧民は、気候変動に左右された移動が多く、現在では市場経済の恩恵を求めた移動が多くなっていることなどを報告した。

第2回目は、台湾からオセアニアにかけた海洋世界へと移動した人々に焦点を当てた発表が行われた。野林は、オセアニアへ拡散したオーストロネシアンの拡散元であると指摘されてきた台湾における人間移動が単純ではないことを指摘し、印東は、拡散旧石器段階で海を渡ってオセアニア地域へ移動した人々と、新石器文化を持って移動した人々が人的、文化的な接触をしていたことを示し、須田は、現在のニューギニアの人々の排他性からは、平和的な交流は考えられないことなどを指摘した。丸川は、本共同研究会の内容をホームページを使って広く発信するための内容デザインを提案した。

2008年度

本年度は年間1~2回の研究会を開催する。研究会は各回それぞれ2~3の研究報告と異なる研究分野からのコメント、メンバー全員による討論を通じ、共通の問題関心に基づいた議論を深める。本年度は、先史人類の移動と拡散に関する最新の研究結果と問題提起を考古学、人類学、人類遺伝学から行ってもらい、討論を通じてさらに人類の「移動」に関する議論を深める方法をとる。広い研究分野の参加者から提供されるさまざまな角度からの視点や新しい研究成果を共有することで、次年度以降の研究トピックにつながる知識の広がりと深まりが期待される。

【館内研究員】 菊澤律子、小長谷有紀、関雄二、野林厚志
【館外研究員】 赤澤威、石田肇、海部陽介、片山一道、斎藤成也、須田一弘、高宮広土、徳永勝士、丸川雄三、山極寿一、米田穣
研究会
2009年1月31日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
2009年2月1日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
《1月31日》
印東道子「人類の移動誌研究:趣旨説明」
徳永勝士「ヒトゲノム全域の多様性解析の現状と展望」
《2月1日》
赤澤威「人類の移動誌を旧人と新人の交替劇に視る」
研究成果

初年度であるため、印東が「人類の移動」に関する先行研究を概観し、本研究の目的を以下の2点とした。1)現世人類による世界的規模の移動の様相を復元する、2)文系と理系の異分野の研究者による討論から、人類の移動のもつ特徴を明らかにする。

徳永は、タンパクの遺伝的多型、ミトコンドリアDNAの多型、HLA遺伝子群の多型などからみた日本列島の集団形成の様子、個人レベルでのゲノムデータを利用した集団の系統樹などを紹介し、ヒトゲノムデータが人類の移動を明らかにするための有力な分析ツールであることを紹介した。

赤澤は現生人類がアフリカから全世界に移動してゆくもっとも初期の頃に焦点を当て、同時期にヨーロッパで共存していたと考えられる旧人(ネアンデルタール)がなぜ絶滅し、新人がなぜ生き残ったのか、その交代劇の背景にあるものが脳容量の違いにあるという仮説を提示した。