国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

フェアトレードの思想と実践

共同研究 代表者 鈴木紀

研究プロジェクト一覧

キーワード

資本主義批判、緩やかな連帯、実践の多様化

目的

本研究の目的は、貿易を通じた開発途上国支援の方法として注目を集めているフェアトレードの成果を思想、実践の両面から検討することにある。研究対象とするフェアトレードとは、国際フェアトレード・ラベル機構(FLO)や国際フェアトレード連盟(IFAT)に加盟する団体が行う貿易(狭義のフェアトレード)だけでなく、生産者支援を目的とする貿易全般(オルターナティブ・トレードともいわれる広義のフェアトレード)を含む。フェアトレードの思想面における検討作業は、「なぜ今フェア(公正)という概念が重要なのか」を基本的な問題として設定し、おもに経済思想と開発論、社会運動論、および人類学の交換論の文脈で「貿易の公正さ」が重視されるようになった経緯を整理する。一方フェアトレードの実践面における検討作業は、「フェアトレードはいかに開発途上国を支援できるのか」を基本的な問題とし、途上国の生産者に対する社会・経済・文化的な影響、認証制度の功罪、先進国消費者の役割などのテーマを事例にもとづいて考察する。

研究成果

3年半にわたり、計10回の研究会を開催し、24の研究発表をおこなった。このうち第4回研究会はキャンパスプラザ京都(京都市)で一般公開の形で開催した。
研究目的にある通り、本研究ではフェアトレードの思想面と実践面両面を検討した。思想面では「なぜ今フェアという概念が重要なのか」という問いを立てた。明らかになったのは、第1に自由貿易の推進がもたらす貧富の差の拡大に対する危機感がフェアトレード運動に勢いを与えていること、第2に、そうした危機感を裏付ける理論は決して新しいものではなく、従来からある資本主義に対するさまざまな批判的思想がフェアトレード運動の底流をなすという点である。研究会では、K.ポラニーの二重運動論および、A.スミスの慈恵の徳論、E.P.トンプソンとJ.スコットのモラルエコノミー論、A.センの(不)正義論などを参照した。これらはいずれも直接ファトレードを考察したものではないが、それぞれの理論で展開される資本主義批判は、フェアトレード運動を正当化する論拠として受け止めることが可能である。
実践面では「フェアトレードはいかに開発途上国を支援できるのか」という問いを立てた。研究会ではまずフェアトレードを構成するさまざまなアクターを特定し、各アクターに関する事例研究をおこなった。生産者に関しては、タンザニア・メキシコ・ラオスのコーヒー生産者、インドの紅茶生産者、およびベリーズのカカオ生産者に着目し、フェアトレードのインパクトを確認した。消費者については、日本のフェアトレード市場調査の成果を確認し、さらに地域ブランド振興、イタリアの地域経済運動、アメリカのローカルフード運動などを参照しながら、フェアトレード商品の消費者の特徴を検討した。また国際的なフェアトレード認証制度の動向や、日本におけるNGOのフェアトレード振興活動、フェアトレード小売店の戦略、および開発援助機関とフェアトレードとの関連なども議論した。こうしたアクターごとの分析から明らかなのは、第1にフェアトレードは、それに関わるどの部分に着目しても完成された制度とはいいがたく、「途上国支援の方法」としては多くの改善の余地を残すという点である。第2に、各アクターはそれぞれ独自の関心や理念からフェアトレードに関与する傾向がみられ、「途上国支援」が唯一の目的とはなっていないという事実である。
このように本共同研究を通じて、フェアトレードとは、グローバル資本主義への危機意識を思想的基盤として共有しながらも、さまざまに異なる実践をおこなう個人・団体が「現在進行形」で形成する商品交換のネットワークであると理解することができた。

2011年度

本年度は最終年度にあたるため、研究成果の取りまとめのための研究会を3回開催する。フェアトレードの思想的系譜については、初年度と2年目の研究発表をもとに議論を整理する。さらに近年日本でも注目を集めている「倫理的消費」や「寄付つき商品」などの動向も考慮する。ファアトレードの実践に関しては、2年目と3年目の研究発表の成果を確認する。その上で、1)コーヒーやカカオ、紅茶などのフェアトレード商品の生産者へのインパクト、2)認証制度の現状と課題、3)フェアトレード商品のプロモーションとマーケティング、および4)フェアトレード・タウン運動など消費者運動の側面にわけて成果をまとめたい。また、こうした商品流通の全体を見渡して、経営の論理と支援の論理、または市場原理と互恵・再分配原理のバランスについても考察したい。

【館内研究員】 宇田川妙子
【館外研究員】 池上甲一、榎彰徳、大野敦、蟹江恵、小林千夏、小吹岳志、佐藤寛、白水士郎、末原達郎、辻村英之、鶴田格、長坂寿久、西山未真、圓尾修三、山森亮
研究会
2012年1月7日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
子島進(東洋大学)「新潟のフェアトレード店の動態とオーナーの価値観」
西山未真(千葉大学)「農村コミュニティ再生のためのローカルフードシステムの役割」
研究打ち合わせ
2012年2月18日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
池上甲一(近畿大学)「徳の経済試論1」
研究打ち合わせ
研究成果

本年度は最終年度にあたり、これまでの研究会で議論できていなかった問題を中心に扱った。1月17日の2報告はフェアトレードの実践にかかわる研究であった。第1報告では、地方都市の商店街活性化の動きの中で、フェアトレード商品が関心を集める事例が報告された。第2報告は、ローカルフード運動とフェアトレード運動を対比し、前者の後者への示唆について議論した。2月18日の2報告は、フェアトレードの思想面に関する研究であった。第1報告は、アダム・スミスの「慈恵」に始まる徳の経済の系譜としてフェアトレードを位置づけることを試みた。第2報告は、アマルティア・センの『正義のアイデア』を参照しながら、フェアトレードが生産者と消費者のケイパビリティを高めるという視点を提示した。
このほか、1月17日には、研究打ち合わせを行い、これまでの研究の確認と、成果の取りまとめについて議論した。

2010年度

研究会を3回開催する。おもにフェアトレードの実践面の研究成果を確認する。コーヒー、カカオ、茶、ワインなどの農産物およびその加工品、手工芸品などのフェアトレードが生産者にもたらす影響を考察する。またフェアトレードをより大きな文脈にいれて理解するために、グローバルな食品流通の問題や、地産地消運動の動向なども検討する。さらにこれらの研究成果を、フェアトレードの消費者と生産者、およびフェアトレード団体にどのような形で伝えることが、フェアトレード運動の進展にとって望ましいのかという問題もあわせて検討する。

【館内研究員】 宇田川妙子
【館外研究員】 池上甲一、榎彰徳、大野敦、蟹江恵、子島進、小林千夏、小吹岳志、佐藤寛、白水士郎、末原達郎、辻村英之、鶴田格、長坂寿久、西山未真、圓尾修三、山森亮、渡辺龍也
研究会
2010年6月26日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
武田和代「フェアトレードのジレンマ:メキシコ・オアハカ州のコーヒー豆生産者との対話から」
箕曲在弘「ラオス南部におけるフェアトレード生産協同組合の社会関係に関する一考察」
2011年2月12日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
小林千夏(京都大学大学院)「マーケティングにおける心理学的なブランド分析手法について-「京都らしい食べもの」のイメージ分析から-」
牧田りえ(立教大学)「フェアトレードの受益者を再考する ~インド・ケララ州の小農組合とダージリンの茶園の事例より~」
宇田川妙子(国立民族学博物館)「イタリアの地域経済からみるフェアトレードへの関心の高まり」
2011年3月13日(日)11:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
鈴木紀(国立民族学博物館)「フェアトレードの生産者へのインパクト:ベリーズのカカオ生産者と地域社会の動態」
来年度の打ち合わせ
研究成果

2010年度は、議論の焦点をフェアトレードの思想面から実践面へと移行させ、フェアトレードの生産者および消費者に関連する研究発表をおこなった。生産者に関しては、武田がメキシコのコーヒー生産者の事例から、生産者団体としてのフェアトレード活動と、個々の生産者のフェアトレード認識の間には齟齬があることを指摘した。箕曲はラオスのコーヒー組合の事例から現地のパトロンクライアント関係がフェアトレードに及ぼす影響を論じ、牧田はインドの紅茶農園の事例から、フェアトレードがパトロンクライアント関係を強化する可能性を示した。鈴木はベリーズのカカオ生産地において、カカオ栽培が現地の土地問題を顕在化させる一方で、文化資源としてのカカオが新しい地域統合を促す様子を報告した。消費者にかかわる問題としては、宇多川がイタリアのフェアトレードの発展は、より大きな「社会的」諸活動の隆盛に照らして理解すべきことを指摘した。小林は地域ブランドの認知様式に関する分析手法を紹介し、フェアトレード振興への含意を議論した。

2009年度

研究会を3回開催する。最初の2回は思想としてのフェアトレードをテーマとする。 フェアトレードを交換論、貿易論、開発経済論、市民運動論などの文脈におき、その社会的意味を検討する。 代表の鈴木他、経済学、哲学などを専門とする研究会メンバーおよび招聘講師が研究発表をおこなう。 残り1回はフェアトレードの実践方法をテーマとし、フェアトレード組織の日本とヨーロッパにおける比較、およびフェアトレードの企業活動としての特徴とNGO活動としての特徴の比較を試みる。ヨーロッパのフェアトレード事情に詳しい研究会メンバーが研究発表する。

【館内研究員】 宇田川妙子
【館外研究員】 池上甲一、榎彰徳、大野敦、蟹江恵、小林千夏、小吹岳志、佐藤寛、白水士郎、末原達郎、辻村英之、鶴田格、長坂寿久、西山未真、圓尾修三、山尾政博、山森亮、渡辺龍也
研究会
2009年7月20日(月・祝)10:30~16:00(国立民族学博物館 第3演習室)
大野敦「貿易論におけるフェアトレード」
辻村英之「コーヒー貿易の不公正さとは何か:フェア・トレードが公正化するもの」
2009年11月28日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
2009年11月29日(日)13:30~17:00(キャンパスプラザ京都 第2演習室(一般公開))
鶴田格「モラル・エコノミー論からみたフェア・トレード」
北野収「フェアトレード思想の形成過程:ヴァンデルホフ神父(UCIRI)を例として」
長坂寿久「日本におけるフェアトレードの普及について:市場調査の報告」
渡辺龍也「世界フェア・トレード機関(WFTO(旧IFAT))における新たなフェア・トレードの基準・ラベルの策定について)」
2010年3月2日(火)18:00~20:00(国立民族学博物館 特別研究室)
2010年3月3日(水)10:30~15:00(国立民族学博物館 第3セミナー室)
平成21年度の研究総括(鈴木紀)
小吹岳志、酒井泰広「関西におけるフェアトレードの展開」
研究成果

前半は、フェアトレードが重視される思想的背景について考察を進めた。フェアトレードは特定の思想に導かれて発展してきたものではなく、さまざまな実践者や研究者の思想が投影される対象である。そのため研究会では経済理論や、それらが立脚する思想に照らしてフェアトレードがどのように評価できるかを検討した。大野は、貿易に関する経済理論(新古典派・ケインズ派・従属学派)がフェアトレードをどのように位置づけるかを考察した。辻村は、コーヒーを事例に生産者が価格決定に関与できない理由を価格ノルム論から論じ、3点の不公正を指摘して、フェアトレードはこれに包括的に対処する一つの手段であるという見解を提示した。鶴田は、共同帯成員の生存と互恵を重視するモラルエコノミー論を、フェアトレードに適用する議論を取り上げ、その長所と短所を考察した。北野は、フェアトレードコーヒーの生みの親であるフランツ・ヴァンデルホフ神父の経歴を再構成し、幼少時の貧困と民族差別の原体験、1960年代の社会運動の挫折、パウロ・フレイレの教育論などが、彼のフェアトレード活動の底流をなすことを論じた。

後半は、主に、フェアトレード推進のための制度づくりと実践の課題を考察した。長坂は日本のフェアトレード市場調査を土台に、日本型フェアトレード成立の課題を論じた。渡辺は国際的なフェアトレードネットワークであるWFTOが現在準備中の認証制度の特徴を紹介した。酒井は、自身が代表を務めるフェアトレード推進団体の実践と課題を報告し、小吹は関西地方でのフェアトレード振興の実績と課題を論じた。

2008年度

2008年度:研究会を2回開催し、各メンバーがこれまで手がけてきた研究・実践の成果を報告しあい、問題意識の共有をはかる。

【館内研究員】 宇田川妙子
【館外研究員】 池上甲一、榎彰徳、蟹江恵、久賀みず保、小林千夏、小吹岳志、佐藤寛、白水士郎、末原達郎、辻村英之、鶴田格、長坂寿久、細川弘明、前潟光弘、圓尾修三、山尾政博、山森亮、渡辺龍也
研究会
2008年11月30日(日)10:30~15:30(国立民族学博物館 大演習室)
フェアトレードを考える視点:思想と実践(鈴木紀)
開発研究におけるフェアトレードの位置づけ(佐藤寛)
2009年2月22日(日)10:30~15:30(国立民族学博物館 大演習室)
フェアトレードの思想2(鈴木紀)
日本におけるフェアトレードの特徴と消費者の社会的責任(池上甲一)
日本のフェアトレード市場調査の実施について--(財)国際貿易投資研究所でのフェアトレード研究会(長坂寿久)
研究成果

研究会を開始するにあたり、研究代表の鈴木が共同研究会の基本的方針として、フェアトレードを思想と実践両面から見ていく必要性を提示した。また本研究会とは別にすでにフェアトレードに関する研究会を組織している佐藤、池上、長坂の3人の共同研究員がそれぞれの研究活動の概要を発表した。この結果、共同研究員の間でフェアトレードに関する問題意識の共有がはかられた。具体的な論点として、鈴木はフェアトレードの思想的源流をK.ポランニーの初期資本主義批判や19世紀前半の空想的社会主義論に求め、フェアトレードをモラルエコノミーの今日的実践として評価する視点を提示した。佐藤は、フェアトレードを開発研究の文脈におき、フェアトレードが貧困削減を目標とする社会開発の進化形であること、および官民連携型の開発援助の一環としてフェアトレードが推進される可能性を示唆した。池上は、日仏消費者の比較調査をふまえ日本のフェアトレード市場の未熟さを指摘し、フェアトレードがオルターナティブからメインストリーム化していく際に生じる問題点を考察した。長坂は、現在実施中の日本のフェアトレード市場調査の概要を紹介し、市場調査の意義と課題を論じた。