国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

オーストラリア多文化主義の過去・現在・未来―共生から競生へ

共同研究 代表者 関根政美

研究プロジェクト一覧

目的

「オーストラリア多文化主義」は、1973年当時のウィットラム連邦労働党政権のオル・グラスビー移民大臣により示唆され、その後フレイザー連邦自由党・地方党連合政権が1978年のガルバリー報告書の勧告に基づいて本格的に導入したものである。そして2008年は本格的導入後30年を画する年となる。多文化主義は、かつてアジア・南太平洋地域のヨーロッパ国家であり、白豪主義国家として成長してきたオーストラリアが、その過去にこだわることなく、第2次世界大戦後の人口不足解消と大陸防衛強化のため導入した大量移民政策による人口構成の多様化と、戦後の国際関係の変化に適応するために採用した「国民統合政策」である。本共同研究では、過去30年のオーストラリア多文化主義の発展を多角的に振り返りつつ、現在の多文化主義の特質とその多文化主義を取り巻く政治・社会・文化状況を明らかにし、今後の多文化主義の動向とその可能性を分析する。<福祉主義多文化主義>による「多文化共生」から<経済主義的多文化主義>による「多文化競生」への変化を跡付ける。

研究成果

研究会では、多文化主義の変容と後退のなかでのオーストラリア社会を明らかにしつつあったが、2007年12月に登場したラッド労働党連邦政権は、ハワード保守連合前政権が行ってきた多文化主義の弱体化とその変容に対抗するために、2008年8月より多文化主義の見直しを開始した。2010年4月にはオーストラリア連邦多文化問題諮問委員会による報告書が刊行され、同報告書の勧告のほとんどを受け入れたギラード新労働党政権(2010年6月に政権交代が起きた)は、2011年2月に多文化主義に基づく「多文化政策」の復活を表明した。多文化主義の衰退を予測していた研究会メンバーは複雑な反応を見せたが、今後は、復活する多文化政策がどのようなものになるのか、また、今までの多文化主義に問題があるとすればどのような修正が必要かなどを分析しつつ、今後の多文化主義の可能性と限界を改めて考える必要が生まれたことを確認することになった。最後の1年は研究会にとり劇的な1年であった。世界的に多文化主義の衰退が言われる昨今、オーストラリアの多文化主義の復活をどのように評価すべきか、今後も研究が必要であろう。

2010年度

研究会初年度(平成20年10月~21年3月)は3回の研究会を開いた。2年目(平成21年4月~22年3月)には、4回の研究会を開催した。1年目には、オーストラリア多文化主義導入の歴史的背景とその歴史的展開について整理するとともに、先住民族から見た多文化主義についての批判的な考察を行い、最後に移民政策の現状をまとめるとともに、オーストラリア多文化主義の国民文化生活・意識への影響について考察した。2年目では、引き続きオーストラリア多文化主義について考察するとともに、カナダ多文化主義や日本のアイヌ政策の報告を加え、比較研究を加味した。アボリジニと多文化主義の関係性についても引き続き考察を加えた。3年目も共同研究者によるオーストラリア多文化主義についての概念整理と評価を行う。前半では米国、韓国の多文化社会との比較も行いたいが、今までの研究で、研究者の間の多文化主義観も明らかになったので、後半では、研究総括に向けた研究会[公開]あるいはシンポジウムを実施したい。

【館内研究員】 久保正敏
【館外研究員】 浅川晃広、有満保江、飯笹佐代子、石井由香、加藤めぐみ、鎌田真弓、窪田幸子、塩原良和、関根薫、藤川隆男、藤田智子、松井佳子、松山利夫、村上雄一
研究会
2010年7月17日(土)13:00~17:30(追手門学院大学オーストラリア研究センター会議室)
2010年7月18日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
《7月17日》
有満保江(同志社大学)・関根政美(慶應義塾大学)「オーストラリア連邦多文化問題諮問委員会報告書『オーストラリアの人々(2010年4月)』をめぐる全体討論」
第1部:関根政美司会、第2部:有満保江司会、2010年4月30日公開のオーストラリア連邦多文化問題諮問委員会報告書(The People of Australia)に関する共同研究員によるコメントと質疑応答を行う。
《7月18日》
報告:関根政美「ラッド政権と捕鯨問題、インド人留学生問題、豪中関係を巡るトラブル、そして公定多文化主義の行方」
2011年2月26日(土)14:00~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
2011年2月27日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
《2月26日》
総合討論のための報告
関根政美「多文化オーストラリア諮問委員会報告のその後」
各研究員取りまとめ要旨の報告
取りまとめのための総合討論
《2月27日》
取りまとめのための総合討論
研究成果

本研究会は、2007年12月に登場したラッド労働党連邦政権が、ハワード保守連合前政権が行ってきた多文化主義の弱体化とその変容(福祉主義多文化主義から経済主義多文化主義への動き)を前提にしつつ、30年前の導入から現在までのオーストラリアの多文化主義とその社会的影響についてそれぞれの観点から研究し、今後を予測するというものであった。しかし、2010年4月にラッド連邦政権が、多文化主義の見直しを委嘱したオーストラリア連邦多文化問題諮問委員会による報告書を受け入れたギラード新労働党政権(2010年6月に政権交代が起きた)は、2011年2月に多文化主義に基づく「多文化政策」の復活を表明した。多文化主義の衰退を予測していた研究会メンバーとしては複雑な反応を見せたが、今後は、復活する多文化政策がどのようなものになるのか、また、今までの多文化主義に問題があるとすればどのような修正が必要かなどを分析しつつ今後の多文化主義の可能性と限界を改めて考える必要が出たことを確認することになった。研究会にとり劇的な1年であった。

2009年度

研究会初年度(平成20年10月から21年3月)は3回の研究会を開いた。第1回目でオーストラリア多文化主義導入の歴史的背景とその歴史的展開について整理するとともに、現地調査を行っている研究者による現状報告が行なわれた。第2回目には、先住民族から見た多文化主義についての報告を中心に批判的な考察を加えた。第3回目では、移民政策の現状と文化・社会面を中心にオーストラリア多文化主義の国民生活・意識への影響について考察した。第2年目前半では、引き続き共同研究者によるオーストラリア多文化主義についての概念整理と評価を行いたい。第2年目半ばまでには、研究者の間の多文化主義観も明らかになるので、第2年目後半より、共同研究者による今後のオーストラリア多文化主義の動向についての予測を開始する。そのために、カナダ、米国、フランス、ドイツ、イギリスなどをも対象とした比較研究を行いたい。

【館内研究員】 松山利夫
【館外研究員】 浅川晃広、有満保江、飯笹佐代子、石井由香、加藤めぐみ、鎌田真弓、窪田幸子、塩原良和、関根薫、藤川隆男、藤田智子、松井佳子、村上雄一
研究会
2009年7月4日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
2009年7月5日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 第2演習室)
大岡栄美「カナダ移民政策の現在―新しい選抜基準と「カナダ人」の再定義―」
飯笹佐代子「オーストラリアのシティズンシップをめぐって」
松井佳子「オーストラリア外交と多文化主義―オーストラリアの対東南アジア外交を題材として―」
2009年10月24日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
2009年10月25日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
「多文化主義社会オーストラリアの先住民族」
報告(1)栗田梨津子(広島大学大学院総合科学研究科)「多文化主義時代におけるアボリジナリティの揺れ-都市先住民の生活経験から-」
報告(2)友永雄吾(総合研究大学院大学)「『白人オーストラリア』における先住民の運動実践」
報告(3)関根政美・関根薫「『揺れる"留学大国"オーストラリア―緊急報告」
2009年11月28日(土)10:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
2009年11月29日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
松山利夫(民族学博物館)・関根政美(慶應義塾大学)「『北部準州における国家的危機対処法 2007』をめぐる全体討論」
報告:石井由香「アジア系専門職移民と多文化主義」
2010年2月20日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
2010年2月21日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 第3演習室)
多文化社会オーストラリアの白人・アジア(日本人)、多言語教育
藤川隆男「オーストラリアにおける白人性の歴史的形成と世界構造より」
松田陽子(特別講師)「言語政策から見たオーストラリアの多文化主義」
村上雄一「19世紀末から20世紀初頭の豪州真珠貝採取産業と日本人労働者」
研究成果

1泊2泊×4回の共同研究会で特別講師4名、共同研究員9名が報告したことになるが、それぞれの報告により判明したのは、各研究院の多文化主義に関する認識と、その評価について若干の相違があるということで、これは、共同研究会第1年目の報告より感じさせられるものであり、本年度もその点を確認したことになる。

平成21年度の報告を通した印象をまとめると、オーストラリアの多文化主義をめぐる環境は一段と厳しくなっているが、多文化共生以外に何か良い策はあるのかと考えてもそう簡単には見つからないというものであった。期待とともに課題についても配慮のバランス取れた研究の継続が必要だと確認した。なお、本研究を企画した段階では、オーストラリア連邦政権が交代した時期でもあり、前ハワード政権時代の多文化主義の環境が一番劣化した時期であった。新しい労働党ラッド政権への期待もあり、多文化主義環境の好転が望まれたが、リーマンショックによる経済環境悪化のなか、インド人留学生問題やら、スリランカからのボートピープル難民申請者の急増などが発生し、締めつけ論が継続している。しかし、多文化共生以外に何か良い策はあるのか考えても他に妙案はないということを確認した。

2008年度

まず研究会初年で、

  1. オーストラリア多文化主義導入までの歴史的背景と、1970年代、80年代に論じられた多文化主義政策に焦点を当てる。その時代の多文化主義は、戦後の経済成長とともに発展してきた福祉国家政策の一環として導入され、社会的弱者としての移民・難民のための社会統合政策として登場してきたことを明らかにし、秩序安定と国民の相互理解と協調生活を強調する「多文化共生」が意図されていたことを明らかにする。
  2. その後、多文化主義への批判が高まると、多文化主義は1990年代より福祉主義的な側面をかなぐり捨てはじめ、高度専門職種移民優先の移民政策の実施とともに、社会的強者としての移民への文化・言語維持支援政策となる。国益中心の経済主義的多文化主義へと変容し、国民と移民の間の「競争」、すなわち多文化競生を強調するようになることを明らかにしたい。多文化主義の登場から発展、そして批判が強まり、2000年代には多文化主義の終焉が論じられるまでの動きを明らかにする。
【館内研究員】 松山利夫
【館外研究員】 浅川晃広、有満保江、飯笹佐代子、石井由香、加藤めぐみ、鎌田真弓、窪田幸子、塩原良和、関根薫、藤川隆男、藤田智子、松井佳子、村上雄一
研究会
2008年11月8日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
2008年11月9日(日)10:30~15:30(国立民族学博物館 大演習室)
8日(午後)関根政美「オーストラリア多文化主義序説」
9日(午前)塩原良和「オーストラリア多文化主義の変容」
  (午後)藤田智子「ファミリーズとコミュニティーズを強くする?
      -ハワード前政権における家族政策の限界と可能性」
      討論
2009年1月31日(土)14:00~17:40(慶応大学三田キャンパス 第3校舎325B教室)
2009年2月1日(日)10:30~12:15(慶応大学三田キャンパス 第3校舎325B教室)
「アボリジナルの世界からみたオーストラリア多文化主義」
第1報告と討論:松山利夫
第2報告と討論:窪田幸子
第3報告と討論:鎌田真弓
2009年2月28日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3セミナー室)
2009年3月1日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 第3セミナー室)
浅川晃広「オーストラリアの移民政策―ハワード及びラッド政権を中心に―」
有満保江「多文化社会と文学の変容」
加藤めぐみ「多文化社会のオーストラリア文学と日本/人」
研究成果

3回の共同研究会で共同研究院9名が報告したことになる。それぞれの報告により判明したのは、各研究院の多文化主義に関する認識とその評価について若干の相違があるということだった。第1回報告では、研究代表者によるオーストラリア多文化主義の変容についての解説が行われ、多文化主義の未来について今後注目する必要があることが論じられた。その際、多文化主義の将来に不安を抱く研究者が多いことが明らかにされた。同報告会ではその他に、別の角度から行われた多文化主義変容の分析と、ハワード前保守連邦政権下の多文化主義のもとでの非英語系移民住民への支援活動を行うNGO・NPO等の活動状況が報告された。第2回報告会では、多文化主義は移民者に対するもので、先住民族はその大きな対象となっていないのではとの議論もあり、多文化主義の射程の再確認が必要だとの認識で一致した。また第3回報告では、文学においては主流国民であることよりも、非英語系移民者であることの方がより注目を受ける事態が発生したことや、多文化主義文学を超える概念の登場が報告された。昨年度はオーストラリア研究者による多文化主義の概念整理が行われた。他国との比較をしたいとの希望も表明された。