プラント・マテリアルをめぐる価値づけと関係性
キーワード
生活世界、脱コンテクスト化、不変性
目的
本研究では、人びとが植物を素材にさまざまなモノをつくり、所有し、交換し、消費していく一連のプロセスを対象とし、その中でモノのかたちが物理的変化を遂げると同時に、モノのもつ用途や目的、さらには価値基準までもが変化していくありさまに注目する。生態系の中からいかにして「対象」となる植物が選択され、素材となってプロセスが始まるのか。プロセスが進行していくなかで、「主体」となる民族集団は素材に対していかなる加工や介入をおこない、どのようなモノがかたちづくられるのか。誰が、どんなモノに対して、どのような価値をあたえているのか。モノをめぐるプロセスの背後には、いかなる主体間の相互認識や役割分担があるのか。
本研究の目的は、植物に由来する種々のモノ[=プラント・マテリアル]に対してその外見的変化と意味的変容の両面からアプローチし、対象と主体がせめぎあう境界面における相互作用の結果としてモノをとらえることにより、空間的時間的広がりの中で変化していく価値づけという行為と主体間の関係性を明らかにすることにある。
研究成果
共同研究会で得られた成果を要約すると、次の3点となる。
-
植物とモノを生みだす基盤や前提についての問題提起
植生(田中)を出発点に、ある程度改変された森林(神崎)、強い管理下にある土地(柳澤)へと、人からの関与が強まるにつれ、得られる植物の種類や資源としての利用のあり方が異なることが指摘された。また、人以外の動物による植物素材の利用(加藤)、樹木由来のモノに関する歴史的記述(ダニエルス)についての情報が提供された。 -
モノへの外見的変化や意味的変容、主体間の関係に関する分析と考察
嗜好品に関する小域内での変化について、ラオス北部におけるナットウの製法や食べ方(横山)、タイ北部における噛み茶の位置づけ(佐々木)が検討された。特定の民族集団内におけるモノに関して、ルワによるタケ楽器のとらえ方の変容(馬場)、リスによるケシ由来のアヘンから覚せい剤への移行(綾部)が議論された。モノの生産と民族間関係について、ミャンマー式巻煙草の生産を支えるビルマ人とパオ人の関係(松田)、上座仏教の供具カンの生産を支えるタケ材供給とタイ北部の地縁(飯島)が論じられた。モノの商品化について、家畜の飼料であるヤダケガヤの箒素材としての商品化(高井)、タイ系民族の蚊帳のテキスタイルとしての新たな価値づけ(白川)、ジュズダマの種子のハンディクラフト素材としての評価の拡大(落合)、化粧品タナッカーのローカルな商品化と海外市場進出(土佐)が検討された。 -
植物という存在への再考
人をとおして植物という存在をとらえなおす試みとして、ベトナム北部の黒タイの歌謡にみる植物観(樫永)と、カレンにみる人と生命の交わり(速水)が論じられた。
全体を通じて、多分野の共同研究員が、地域の生物多様性や民族集団の生活世界を特徴づけるプラント・マテリアルあるいはそれにかかわる状況を選び出した結果、モノの変化のプロセスや価値づけという行為の多様なあり方について有意義な議論を展開することができた。
2012年度
本年度は、2回の共同研究会を開催する。1回目の共同研究会では、共同研究者の発表3題をもとにディスカッションをおこなう。とりあげるモノや事象については、ケシと麻薬、竹と書誌文化、精神文化に関係する植物を予定している。また、国立民族学博物館の収蔵庫において、東南アジア大陸部で収集された資料を観察し、植物性素材の種類や組み合わせ方、加工方法、用途や目的などについて情報を得る。
2回目の共同研究会では、共同研究者が個別の発表内容について情報や見解を補足する機会を設けるとともに、共同研究員全員で総合討論をおこない、研究の成果全体について詳細に検討する。とくに、モノのもつ物質性のレベルと意味のレベル、考え方の軸としての変化の諸相、あるいは民族間関係や民族内関係に留意しながら議論を進めたい。
最終的には、本研究の成果を単行本として公開する予定である。2012年度内に、その構成や執筆者を決定し、執筆作業を開始することを目指す。
【館内研究員】 | 樫永真佐夫、白川千尋 |
---|---|
【館外研究員】 | 綾部真雄、飯島明子、加藤真、神﨑護、DANIELS, Christian、佐々木綾子、高井康弘、田中伸幸、土佐桂子、馬場雄司、速水洋子、松田正彦、柳雅之、横山智 |
研究会
- 2012年10月20日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 速水洋子(京都大学)「植物と人の生命の交わり―山地居住カレンの場合」
- 飯島明子(天理大学) 「マイ・ヒヤッの行方―チェンマイの手工芸を支えるタケをめぐって」
- 全員:成果取りまとめに関する打合せ
- 2012年10月21日(日)10:30~16:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 全員:収蔵資料の素材と加工に関する観察
- 綾部真雄(首都大学東京)「価値の源泉―タイ・リスと「民主化装置」としてのケシ―」
- 総合討論
- 2013年2月16日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 全員:成果取りまとめのための論文構想発表と打合せ
研究成果
本年度は2回の共同研究会を開催した。第9回研究会では、共同研究員3名が発表をおこなった。 飯島明子によるタケを素材にした上座仏教の供具カンと、綾部真雄によるケシを原料にしたアヘン、その変化形としての覚醒剤については、共同研究員の発表3群(民博通信134号11頁)のうち、第2群「ある特定の植物に着目し、これを原料や素材につくられるプラント・マテリアルの変化の諸相を論じる」にあたるものとなった。速水洋子によるイネとカレンについては、3群のいずれにもあてはまらない、existentialな関わりを論じるものとなった。さらに、国立民族学博物館収蔵庫において、標本資料に用いられた植物素材や加工方法を観察した。
第10回共同研究会では、これまでの発表と討論を総括し、その成果を論文集(単行本)の形で公開することを確認し、共同研究員全員が担当する原稿のタイトルと内容についてその構想を発表した。最後に論文集のテーマや内容について検討し、共同研究会を締めくくった。
2011年度
本年度は、3回の共同研究会を開催し、共同研究者の発表7題をもとにディスカッションをおこなう。とりあげるモノとしては楽器、タナカー、たばこ、蚊帳、事象としては土地利用、歴史的記述、伝統医療などを予定している。さらに、高知県立牧野植物園にて、東南アジア大陸部の植物相に関する標本資料の観察をおこなう。
以上の活動を通じて、プラント・マテリアルの物理的な変化と意味的な変容の諸相を明らかにするとともに、プラント・マテリアルのやりとりをめぐる民族間関係について情報を集積する。なお、共同研究員が取り扱っていないモノや事象にかんする研究をしている研究者がみつかった場合には、特別講師として招聘する。
【館内研究員】 | 樫永真佐夫、白川千尋 |
---|---|
【館外研究員】 | 綾部真雄、飯島明子、加藤真、神﨑護、佐々木綾子、高井康弘、田中伸幸、DANIELS, Christian、土佐桂子、馬場雄司、速水洋子、松田正彦、柳澤雅之、横山智 |
研究会
-
2011年6月25日(土)13:30~18:00(高知県立牧野植物園)
2011年6月26日(日)9:00~12:00(高知県立牧野植物園) - 《6月25日》
- 馬場雄司(京都文教大学)「北タイ・ナーン県ルワの竹楽器ピをめぐって」
- 柳澤雅之(京都大学)「土地の価値と意味づけ」
- 田中伸幸(高知県立牧野植物園)「文理共通の学術資料としての標本とその意義」
- 総合討論
- 《6月26日》
- 田中伸幸(高知県立牧野植物園)「学術的証拠としての標本作製とその活用」
- 2011年10月29日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 松田正彦「ビルマのタバコとシャンのタナペッ― 紫煙がつなぐ管区ビルマと少数民族山地」
- 土佐桂子「樹皮を『美容』する― ミャンマーのタナッカー」
- 総合討論
- 2012年3月6日(火)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 白川千尋「蚊帳をめぐる価値づけの変化と持続」
- クリスチャン・ダニエルス「史料にみられる樹木利用―東南アジア大陸部北部を中心に」
- 総合討論
研究成果
本年度の発表のうち、馬場、松田、土佐、白川の4題は、1. 特定の植物に着目し、これを原料や素材につくられるモノの変化の様相を論じる研究、柳澤とダニエルスの発表は、2. 総体あるいは集合体としてのプラント・マテリアルを対象とする研究として、それぞれ位置づけられる。
- は、モノを手がかりに生活世界を実証的に記述しようとする本研究の中心的なアプローチであり、これまでの議論から、グローバリゼーションと商品化、モノの脱コンテクスト化、不変性など、検討すべきキーワードがいくつか浮かび上がってきている。
- は、歴史的記述をもとに植物利用を復元しようとする1題と、土地に対する人の関与の変化をとおして、プラント・マテリアルのあり方をとらえようとする1題とに別れた。このうち、後者のような手法によって、どのような変化の様相が明らかになり、また2)の内容を別な角度から検証するような議論ができるのかについては、次年度の課題としたい。
2010年度
以下の3回の研究会を開催する。概論では植物相、共生関係、言語集団、歴史について情報を共有する。各論では共同研究員が話題提供したモノと主体間の関係について、それぞれに議論を展開する。観察では鹿児島大学総合研究博物館主催の展覧会で実物資料を参照し、議論に加える。
第3回
概論1:東南アジア大陸部の言語集団(特別講師1名を招聘)
各論3: ジュズダマ[つなぐ](落合雪野)
各論4:書誌文化[記す](樫永真佐夫)
第4回
概論2:東南アジア大陸部の植物相(田中伸幸)
各論5:森林[はぐくむ](神崎護)
各論6: スイギュウ[飼う](高井康弘)
観察1:鹿児島大学総合研究博物館第10回特別展見学
第5回
概論3:植物と昆虫の共生関係(加藤真)
概論4: 東南アジア大陸部の歴史(特別講師)
【館内研究員】 | 樫永真佐夫、白川千尋 |
---|---|
【館外研究員】 | 綾部真雄、飯島明子、加藤真、神﨑護、佐々木綾子、高井康弘、田中伸幸、DANIELS, Christian、土佐桂子、馬場雄司、速水洋子、松田正彦、柳澤雅之、横山智 |
研究会
-
2010年6月5日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
2010年6月6日(日)10:00~12:30(国立民族学博物館 大演習室) - 加藤高志「東南アジア大陸部における言語集団:タイ文化圏を中心に」
- 落合雪野「ジュズダマをめぐるハンディクラフト・ビジネスのゆくえ」
- 樫永真佐夫「黒タイ年代記資料にあらわれるプラント・マテリアル」
-
2010年12月18日(土)13:30~17:30(鹿児島大学総合研究博物館)
2010年12月19日(日)10:30~16:30(鹿児島大学総合研究博物館) - 高井康弘「水牛飼養に関わる植物-ラオス北部の事例から-」
- 田中伸幸「東南アジア大陸部の植物多様性」
- 神﨑護「森を拓いて林をつくる―森林利用の諸パターン」
- 2011年2月19日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
- 加藤真「動物にとってのプラント・マテリアル」
- 落合雪野「これまでの小括と2011年度の展開について」
研究成果
これまでの共同研究によって、1)プラント・マテリアルの母体となる東南アジアの植物相、および、植物をマテリアル化していく主体となる民族集団について、基本的な情報を共有する、2)栽培植物(ダイズ、チャ)、人里植物(ジュズダマ、イネ科植物)、野生植物(ラン科植物)など生態的地位を異にする植物に由来するプラント・マテリアルを個別にとりあげ、その変化のあり方を議論する、3)歴史的記述や森林利用の変遷などをもとにプラント・マテリアルを総体としてとりあげ、その変化のあり方を議論する、4)行為の主体を人以外の動物にまで広げ、プラント・マテリアルの意味そのものを問い直す、5)モノの実物資料の観察をもとに考察を深める、といった成果が得られた。
ただし、植物そのものに偏った発表内容となる場合もあり、マテリアル自体が見えにくい、あるいは変化の様相が見えにくいといった状況が指摘できる。そこで次年度は、1)そのモノがゆえに語りうる世界、2)モノのもつ物質性のレベルと意味のレベル、3)考え方の軸としての変化の諸相、あるいは民族間関係、民族内関係の3つのポイントに留意しながら、さらに研究を進める予定である。
2009年度
本研究では共同研究会を12回程度開催し、東南アジア大陸部山地でフィールドワークを展開してきた共同研究者が、プラント・マテリアルについてモノからも人からも検討する予定である。このうち、2009年度は2回の研究会開催を予定している。1回目は研究代表者が問題提起と趣旨説明を行ったのち、共同研究者が個別の研究報告について構想を説明する。その上で、研究会の方向性や進め方などに関して全員で議論し、創造性にとんだ議論を展開するための基盤を形成する。2回目はメンバーによる研究報告(2、3題)と討論を行う。
【館内研究員】 | 樫永真佐夫、白川千尋 |
---|---|
【館外研究員】 | 綾部真雄、飯島明子、加藤真、神﨑護、佐々木綾子、高井康弘、田中伸幸、DANIELS,Christian、土佐桂子、馬場雄司、速水洋子、松田正彦、柳澤雅之、横山智 |
研究会
- 2009年12月26日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 問題提起と趣旨説明(落合雪野)
- 自己紹介と発表内容の概要説明(全員)
- 研究会の方向性に関する議論(全員)
- 2010年2月20日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第2演習室)
- 綾部真雄、クリスチャン・ダニエルス「自己紹介と発表内容の説明」
- 横山智「東南アジア大陸部山地におけるナットウの分布とその特徴」
- 佐々木綾子「発酵茶から飲料茶へ―チャをめぐる価値づけの変化」
研究成果
平成21年度に実施した研究会のうち、第1回研究会では、本研究会における問題意識を共有した上で、共同研究員のこれまでの研究関心や発表でとりあげるプラント・マテリアルと民族集団について紹介した。これにより、討論の対象となる「対象」と「主体」の全体像と、生活の場面やかかわりを示す動詞(住まう、育むなど)の広がりについて把握した。
第2回研究会では、2名の共同研究員が、プラント・マテリアルのなかから2種類の栽培植物、ダイズとチャを各々とりあげ、その加工物(ナットウと噛み茶)の生産、流通、消費にかかわるプロセスの変容や加工技術の移転について発表した。その結果、今後の発表での課題として、1)プロセスや価値づけの変容にかかわる事象の提示のしかた、2)技術と民族集団との対応関係、3)変化におけるタイムスパンの設定について、十分な配慮が必要なことを確認した。
この成果を踏まえ、平成22年度は3回の研究会を開催し、発表8題と討論を進める予定である。