国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

人類学における家族研究の新たなる可能性

共同研究 代表者 小池誠

研究プロジェクト一覧

キーワード

家族、親族、現代世界

目的

本研究の目的は、人類学における家族の研究を現代的な課題に応えられるように見直すことである。生殖医療、国際養子縁組、国際結婚、Transnational family、高齢者のケア、開発・近代化に伴う家族の変容の問題など、現代世界で生起する多様な問題を取り上げ、親子関係や家族とは何かという根源的な問いを念頭におきつつ、家族研究の最前線を切り開きたい。一見バラバラに映る上記の問題群を「家族」という視点から捉えなおすことを意図している。人類学の家族・親族研究の蓄積と断絶するのではなく、シュナイダー以降の親族研究、とくにM・ストラザーン、J・カーステンなどの研究成果も視野に入れて研究を進めたい。家族という分析概念の有効性自体に疑念が呈されていることを考え、その限界も検討し、また家族・親族に代わる概念、たとえば「つながり」(relatedness)の有効性も議論し、新たなる家族研究のパラダイムを構築したい。

研究成果

2010年度に始まった本共同研究では、合計12回の研究会を開催し、21本の研究発表が行われた。人類学者による発表が中心であったが、人類学内部の議論に留まることなく、民俗学・社会学・法学など人類学以外の研究者も加わって、学際的に議論を進めた。研究発表は、以下にまとめるように4つの課題に大別することができる。第一に、生殖医療がもたらす新しい親子関係ならびに養子・里親など血縁関係に依らない親子関係の多様性が議論された。親と子の関係という、古くから議論され、また同時に、現代社会において重要性を増している問題に関わる議論であり、一つの枠に収めることができない「親」の複数性という概念が提起された。第二に、高齢者と子どもに対するケアという、おもに社会学で取り上げられてきたテーマに取り組む人類学者の発表があり、家族とケアという問題が議論された。ケアを考える時、狭い範囲の家族ではなく、柔軟性をもった世帯構成と親族ネットワークの重要性が提起された。第三に、異なる文化や国籍を有する人同士の婚姻、さらにはアメリカ合衆国における従来の婚姻概念とはまったく異なるポリアモリー実践と同性婚が取り上げられた。どれも人類学の中心的なテーマであった婚姻の意味を現代的視点から問い直そうとする発表であった。第四に、グローバル化の進展とともに増えてきている移住労働者や国際結婚によって形成される、国境を越えて広がる家族(transnational family)の多様な姿が取り上げられた。グローバル化という問題だけでなく、議論を通して家族自体の意味が改めて問われることとなった。上記の4つの課題を通して共通することは、人類学誕生時から議論されてきた「家族とは何か」また「婚姻とは何か」という難問に対して、現代世界で生起する新しい問題に取り組む研究の成果を加えることで、再検討を目指す試みである。社会に向けて発信すべき、新しい家族研究の成果が上がったと考える。

2013年度

本年度は、昨年度までに開催した研究会の議論と成果を踏まえつつ、現代の家族に関する新たな知見も加えて、研究成果刊行に向けて議論を深めていきたい。合計3回の研究会の開催を予定している。共同研究者による発表を継続していくとともに、外部からの特別講師を招き、現代世界における家族の諸相に関する議論を進めたい。第1回の研究会では、開発が進む東南アジアの農村社会における近代化と家族の変容の問題を取り上げる予定である。第2回と第3回の研究会では、研究会の成果を最終的にとりまとめるために、刊行予定の報告書の具体的な内容について議論を進める予定である。報告書の中心的コンセプトを明確にした上で、共同研究者それぞれが担当すべき論文の概要について意見を交換したい。

【館内研究員】 丹羽典生、信田敏宏
【館外研究員】 伊藤眞、岩本通弥、上杉富之、木曽恵子、久保田裕之、髙橋絵里香、津上誠、出口顯、森謙二、横田祥子、森山工、
研究会
2013年7月13日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
小池誠「今年度の研究会の方針について」
佐藤奈穂「子と高齢者のケアを支える親族ネットワーク:カンボジア農村の事例から」
梅津綾子「現代ナイジェリアの『里親養育』に見る親子関係――生みの親・育ての親と子の長期的共存関係」
全員討論
2014年2月15日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
津上誠「家族的なるものとは何か――『交換』という観点からの思考実験」
小池誠「研究成果の公刊について」
全員討論
研究成果

平成25年度は、血縁にもとづく関係性に限定されない親と子の関係を主要なテーマに掲げ、2回の研究会を開催するとともに、研究成果の公刊に向けて議論した。第1回の研究会では、佐藤奈穂(特別講師)がカンボジア農村の調査にもとづいて、高齢者と子が世帯間を移動することにより、親族ネットワークのなかでケアが実践されている事例を報告した。続いて、梅津綾子(特別講師)がナイジェリアのムスリム・ハウサで広く行われている「里親養育」を、生みの親と育ての親という複数的親子関係の構築という観点から分析した。第2回の研究会では、津上誠が交換論の視点から家族を捉え直す可能性について理論的考察を試みた。続いて、研究代表者を務める小池誠が、4年度にわたる研究会全体を振り返り、その総括をした後、『家族研究の新たなる地平(仮題)』と題する論集の公刊に向けて、構成案を発表し、参加者の間で意見交換を行った。

2012年度

平成24年度は、現代アジアにおける家族の変容を対象にして、おもに人類学の分野からの研究発表を行い、家族研究の発展に寄与するような議論を展開したい。そのために、以下のような4回の研究会を計画している。第1回は、近年アジアで増加している国際結婚が家族の変容とどのように関わっているかという問題を取り上げる(横田と特別講師)。第2回は、現代アジアにおいて増加が著しい移住労働者、とくに女性労働者と、国境をまたがる家族(Transnational family)の問題を取り上げる(伊藤・小池)。第3回は、開発が進む東南アジアの農村社会における近代化と家族の変容の問題を取り上げる(信田と特別講師)。第4回は、社会学で議論されている「家族のオルタナティブ」の可能性について、人類学(東南アジアの家族の事例)と法社会学(日本の近代家族の事例)という二つの立場から議論する。

【館内研究員】 丹羽典生、信田敏宏
【館外研究員】 伊藤眞、岩本通弥、上杉富之、木曽恵子、久保田裕之、髙橋絵里香、津上誠、出口顯、森謙二、横田祥子、森山工、
研究会
2012年5月19日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
工藤正子「トランスナショナル・ファミリーにみる家族の分散と<つながり>:パキスタン人男性と日本人女性の国際結婚の事例から」
横田祥子「台湾の国際結婚:家族と再生産労働者の境界」
全員討論
2012年7月14日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
深海菊絵「インティメイト・ネットワーク:ポリアモリー実践が形づくる関係性」
小泉明子「婚姻防衛法(Defense of Marriage Act)のもたらしたもの――婚姻概念をめぐる論争」
全員討論
2012年12月1日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
上野加代子「ラブゲイン:シンガポールで働く外国人家事労働者の親密性の変容」
南出和余「バングラデシュ農村の出稼ぎ家族:海外で働く若者と送り出す家族を繋ぐ」
伊藤眞「コメント」
全員討論
2013年2月23日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
飯高伸五「現代パラオにおける家族の動態――現地人の米国・米領内移動と外国人労働者の流入の分析から」
丹羽典生「見えない民族間通婚――フィジーにおける先住系とインド系の「婚姻」の事例から」
全員討論
研究成果

2012年度は、現代における家族と婚姻の変容を大きなテーマに掲げて4回の研究会を開催した。第1回の研究会では、工藤正子(特別講師)と横田祥子が、国際結婚とそれがつくりだす家族の「つながり」について人類学の立場から発表した。第2回の研究会では、アメリカ合衆国における従来とは異なる婚姻の概念について、深海菊絵(特別講師)がポリアモリー実践を人類学の立場から、そして小泉明子(特別講師)が同性婚に関する議論を法学の立場から取り上げた。第3回の研究会では、上野加代子(特別講師)と南出和余(特別講師)が、労働者の海外移住に伴う、移住先における親密性と家族の「つながり」の変容について、それぞれ社会学と人類学の立場から発表した。第4回の研究会では、現代オセアニアを取り上げ、飯高伸五(特別講師)が国際人口移動と家族の変容について、そして丹羽典生が民族間関係と婚姻について、人類学の立場から発表した。

2011年度

平成23年度は、4回の研究会を計画している。現代社会で進む「家族の多様化」というテーマについて、人類学の立場だけでなく、社会学や民俗学など人類学以外の研究分野からも成果を発表し、幅広い視野から議論を深めたい。第1回の研究会では、住まいと現代家族の関係について、ハウスシェアの問題も含めて人類学と社会学の立場から研究成果を発表する(久保田と特別講師)。第2回の研究会では、近年増えている国際養子縁組と日本の養取慣行の事例を取り上げ、養子の現代的な意味について人類学と民俗学の立場から議論する(出口・岩本)。第3回の研究会では、日本とフィンランドの高齢者ケアと家族の問題を取り上げ、人類学と社会学の分野から研究成果を発表する(高橋と特別講師)。第4回の研究会では、社会学で議論されている「家族のオルタナティブ」の可能性について、人類学と法社会学の立場から議論する(小池と森)。

【館内研究員】 佐藤浩司、丹羽典生、信田敏宏
【館外研究員】 伊藤眞、岩本通弥、上杉富之、久保田裕之、高橋絵里香、津上誠、出口顕、 森謙二、森山工、横田祥子
研究会
2011年5月21日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
岩本通弥「排除された親族養子」
出口顯「国際養子縁組における血のつながり」
全員討論
2011年7月2日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
祐成保志「住宅の戦後体制と家族」
久保田裕之「親密圏・生活圏・ケア圏から考える家族」
全員討論
2011年12月10日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
木曽恵子「女性の移動と家族関係の変容――東北タイ農村を事例として」
小池誠「家族と世帯の人類学的研究――スンバ社会における父系的親族集団と双方的世帯構成」
全員討論
2012年2月19日(日)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
井口高志「家族への支援に関する議論から考える『家族介護』」
高橋絵里香「福祉国家フィンランドにおける家族/介護の所在」
全員討論
研究成果

平成23年度は4回の研究会を開催した。第1回の研究会では、岩本通弥と出口顯が、日本の養子慣行とスカンジナビア諸国で近年増えている国際養子縁組の事例を取り上げ、養子と「血のつながり」という観念について民俗学と人類学の立場から発表した。第2回の研究会では、祐成保志(特別講師)と久保田裕之が、日本の住まいと現代家族の関係についてシェアハウジングの問題も含めて社会学の立場から研究成果を発表した。第3回の研究会では、小池誠と木曽恵子(特別講師)が、インドネシア・スンバと東北タイの農村社会の家族を取り上げ、孫の養育など日本よりも開放的で柔軟な世帯構成と、女性の移住労働を支える家族関係について発表した。第4回の研究会では、井口高志(特別講師)と高橋絵里香が、フィンランドと日本の高齢者ケアの問題を取り上げ、家族と福祉の在り方について人類学と社会学の分野から研究成果を発表した。

2010年度

平成22年度の研究会では、共同研究参加者の間で本研究の中心的なテーマである家族について共通理解を深め、今後の共同研究の基盤を築くために、2回の研究会を計画している。第1回の研究会では、研究代表者である小池が、問題提起として家族に関する人類学の研究史をまとめた後、参加者全員で今後の研究活動について打ち合わせる。第2回の研究会では、生殖医療の問題を取り上げ、人類学のアプローチにどのような独自性があるのか明らかにする(上杉と特別講師)。

【館内研究員】 佐藤浩司、信田敏宏
【館外研究員】 伊藤眞、岩本通弥、上杉富之、久保田裕之、高橋絵里香、津上誠、出口顯、 森謙二、森山工、横田祥子
研究会
2010年10月23日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
小池誠「共同研究の目的と今後の研究方針について」
全員「各自の研究テーマについて」
全員「総合討論」
2011年2月19日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
見尾保幸「日本の生殖医療の現状と課題――理想のあり方を追い求めて」
上杉富之「複数性の人類学――現代生殖医療と家族」
全員「総合討論」
研究成果

本年度の研究会では、共同研究参加者の間で本研究の中心的なテーマである家族について共通理解を深め、今後の共同研究の基盤を築くために、合計2回の研究会を実施した。第1回の研究会では、研究代表者である小池誠が、共同研究の目的と、家族に関する今後の研究方針について発表した。続いて参加者全員が各自の研究テーマを短く発表した後、今後の研究予定について打ち合わせた。第2回の研究会では、生殖医療の問題を取り上げ、人類学独自のアプローチにどのような独自性があるのか議論した。最初に特別講師の見尾保幸(医療法人社団ミオ・ファティリティ・クリニック)が、生殖医療に携わる臨床医の立場から日本における生殖医療の現状と直面する諸問題について発表した。次ぎに上杉富之は、生殖医療がもたらす新たな親子・家族の関係性を「多元性」ではなく、異なる水準、異なる基準で使い分ける「複数性」という概念を使って捉えるべきだと論じた。