国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

日本の「近代化」をアジア・アフリカ諸社会との比較で再検討する

共同研究 代表者 川田順造

研究プロジェクト一覧

キーワード

日本の選択的近代化、脱亜入欧、アジア・アフリカ諸国から見た近代日本

目的

十九世紀なかばの日本における社会や技術の西洋化=「近代化」は、西洋の一国による植民地支配の結果としてではなく、日本人が主体的かつ選択的に、軍事技術も含め、ある事柄について最も適切と思われた西洋の国からエリートを高給で招き、あるいはその西洋の国へ日本のエリートを派遣して、「西洋全体」から、ある意味では非整合的に学びとった結果である。そして当時同じ立場に置かれていたアジア諸社会と協調して外圧に抗するのではなく、近隣アジアを軍事侵略する富国強兵政策によって大国化を計り、その帰結として、世界情勢への適切な対応を欠き、独伊の独裁政権と同盟しつつ、自国中心の「大東亜共栄圏」を構想する破綻への道を進んだ。このような日本の「近代化」の性格を、現在も日本がむずかしい対応を迫られ続けているアジア・アフリカ諸社会がたどった「近代化」の過程と広汎な視野で対比しつつ、根底的に再検討することが、この共同研究の目的である。

研究成果

この共同研究は、代表者川田順造の「東アジアの一国としての日本は可能か」という問いかけに始まる。日本も含む植民地帝国の大部分が崩壊した1945年を境に、日本の「近代」もこの年を境に前期と後期に分け、世界特にアジアとの関係で日本の「近代化」を検討することを、川田は提案した。
 これを受けて臼杵陽の大川周明と大東亜共栄圏論、伊藤亜人、桑山敬己の朝鮮・韓国と日本の農村近代化論の比較が続いた。帝政末期ロシアの東アジア進出(佐々木史郎報告、小長谷有紀コメント)と、これを危惧したイギリスが、ボーア戦争で疲弊し極東へ軍事力を割けず、日本と同盟し支援した代理戦争日露戦争が中国に及ぼした影響についての吉澤誠一郎の報告。三尾裕子、古田元夫の、台湾、そしてベトナムの植民地統治が、近代化に果たした役割、ベトナムでの植民地支配の公的再評価。
 アジアの植民地支配は、近代国家以前の特許会社に遡って考える必要がある。共同研究員ではないがこの問題に研究歴をもつ永渕康之(名古屋工業大学)は、イギリス、オランダの東インド会社に遡って、アジアでの白人社会の形成を取上げ、白人の優越性を植民地支配の正当性の根拠とした19世紀の近代を再考した。旧オランダ領インドネシアの独立運動は、スカルノ、スハルトなどジャワ島出身者中心に論じられてきたが、金子正徳は、反植民地闘争で重要な役割を果たしたが権力闘争で敗れたスマトラ出身の3人の民族主義者を取上げ、彼らを生んだミナンカバウ社会の独自性を考察した。
 ソ連圏崩壊後のグローバリゼーションのなかで、国民国家と少数民族の問題が深刻化する一方、アメリカ合衆国や中国のような超大国が、国際関係での発言力を強めている。濱下武志は「グローバル・ナショナリズム」という考え方を提出し、吉澤誠一郎がコメントで、中国の方が日本より西洋化した面があり、アフリカ進出などグローバルな視野につながる面をもつ点を指摘。
 このプロジェクトの要(かなめ)、近代化論と国家論の交錯を、異なる視点から集中的に論じた最後の2回の研究会では、日本とフィリピンの対比を私的体験から語り(清水展)、南スーダンの混迷(栗本英世)と西アフリカを中心とした国家の意味の再検討(勝俣誠)を共通の視野で論じ、インドネシアでの教育制度の導入を日本と対比し(宮崎恒二)、国家としての自己同一性が、回答なしに問われつづけるビルマ/ミャンマーの政治社会(田村克己)について、報告と活発な討論があった。

2013年度

本年度は最終年度にあたるので、とりまとめのために2回の研究会を開催する。メンバーは少なくともいずれかの研究会において成果刊行に向けた論考の概要を提示し、最終的に全体的なまとめを行う。

【館内研究員】 小長谷有紀、佐々木史郎、田村克己
【館外研究員】 伊藤亜人、臼杵陽、勝俣誠、金子正徳、栗本英世、桑山敬己、清水展、濱下武志、古田元夫、三尾裕子、水島司、宮崎恒二、吉澤誠一郎、
研究会
2014年2月11日(火・祝)10:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
清水展(京都大学)「日比比較の極私的近代化論: 映像作家キッドラット・タヒミックと私自身を素材にして」
コメントおよび討論
栗本英世(大阪大学)「早すぎる崩壊――新生南スーダンにみる国家建設と国民建設の陥穽」
コメントおよび討論
2014年3月1日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
勝俣誠(明治学院大学)「現代アフリカにおける国家のイミー政治経済学からの提起」
コメントおよび討論(全員)
宮崎恒二(東京外国語大学)「教育制度の導入とその変容:日本とインドネシアの比較試論」
田村克己(国立民族学博物館)「ヤンゴンとネーピードーの間:ビルマ化とミャンマー化」
コメントおよび討論(全員)
研究成果

2月11日の研究会では、フィリピンの一映像作家との交流を軸にした清水展の日比近代化比較論が、アジア国家近代化論にとって刺激的で、本研究計画の趣旨に直結する数々の問題提起がなされた。栗本英世は、南スーダン問題に人類学者として直接関与してきたが、新生南スーダンの危機の現場から帰国直後の生々しい報告は、3月1日の研究会における勝俣誠の、西アフリカを中心とする広い視野から国家の意味を問う議論と呼応して、19世紀の列強によるアフリカ分割の後遺症としての「国家」「近代」のあり方の未来をめぐって、非・楽観的な、日本の近代化にとっても鏡となる問題を提起した。
3月1日の研究会では、このほか、教育制度における「近代化」のインドネシアと日本の比較(宮崎恒二)、「国家」と独裁権力、軍事政権、「民主主義」のあり方をめぐるユニークな事例であるミャンマーの、多年の体験に基づく田村克己の報告が、活発な討論を触発した。

2012年度

昨年度に引き続き今年度は4回の研究会を行う。それぞれの研究会では原則として1回に2人の報告者と1人のコメンテーターによる発表を行う。

【館内研究員】 小長谷有紀、佐々木史郎、田村克己
【館外研究員】 伊藤亜人、臼杵陽、勝俣誠、金子正徳、栗本英世、桑山敬己、清水展、濱下武志、古田元夫、三尾裕子、水島司、宮崎恒二、吉澤誠一郎、
研究会
2012年6月17日(日)9:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
全員「研究会の今後の進め方について」
三尾裕子(東京外国語大学)「植民地台湾における「近代」:迷信を事例に」
濱下武志(龍谷大学)「コメントおよび討論」
全員「全体討論」
2012年9月17日(月・祝)9:30~17:00(東京大学本郷キャンパス 法文2号館 第3会議室)
全体討論「東アジアの近代化をめぐって」(全員)
古田元夫「ベトナムにおけるフランス植民地主義の評価をめぐって」
伊藤亜人、三尾裕子「コメント及び討論」
総括討論(全員)
2012年12月2日(日)11:00~19:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
金子正徳「ナショナリズムの扉としての教育と逸脱:インドネシアの事例から」
田村克己ほか「東南アジアの居住地社会について」
コメント(川田順造)および討論(全員)
今後の研究会についての意見交換(全員)
2013年2月3日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
濱下武志「グローバリゼーション下の中国に見るナシォナリズムの多様な形態」
吉澤誠一郎「コメント」および全員討論
次年度の計画について打ち合わせ
研究成果

本年度は4回の研究会で、特に東アジア、東南アジアをとりあげたが、常に他のアジア地域やアフリカの問題も踏まえながらの広い視野で検討でき、この研究会の特色を生かすことができた。例えば、「近代化」期における新宗教の誕生とその役割の問題など、幕末から明治にかけていくつもの新宗教を生んだ日本も含む、アジア・アフリカ共通の問題の一つとして、比較研究が期待される。その際、16世紀から19世紀にかけて世界に進出したヨーロッパ世界の根底にあった、キリスト教の普遍性に対する信念、植民地支配と重ね合わされた「文明化の使命」の、action/reactionの様相を、アジア・アフリカの視野でまず検討することは、将来、オセアニアや南北アメリカも含めた世界大の視野に到る一歩の意味をもちうるだろう。また被植民地的状況における「エリート」の問題は、三尾報告における台湾、金子報告におけるインドネシア、前年度までの伊藤報告における朝鮮、吉澤報告における中国などに加えて、アフリカ社会の問題としても、来年度には取り上げたい課題の一つである。

2011年度

昨年度に引き続き今年度は5回の研究会を行う。それぞれの研究会では原則として1回に2人の報告者と1人のコメンテーターによる発表を行う。また研究の進行の過程において、特別講師を招くこともある。研究会は原則として一般公開とする。

【館内研究員】 小長谷有紀、佐々木史郎、田村克己
【館外研究員】 伊藤亜人、臼杵陽、勝俣誠、金子正徳、栗本英世、桑山敬己、清水展、濱下武志、古田元夫、三尾裕子、水島司、宮崎恒二、吉澤誠一郎
研究会
2011年10月10日(月)9:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
全員「研究会の今後の進め方について」
伊藤亜人(早稲田大学アジア研究機構)「植民地朝鮮における'近代像'と現代韓国」
田村克己(民博)「コメントおよび討論」
全員「全体討論」
2012年1月29日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
全員「研究会の今後の進め方について」
桑山敬己(北海道大学)「戦後日本農村の近代化と変貌:岡山市の新池集落を事例に(仮題)」
伊藤亜人(早稲田大学)「コメントおよび討論」
全員「全体討論」
2012年3月4日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
研究計画打ち合わせ
佐々木史郎(国立民族学博物館)「極東ロシア先住民族の近代化ー帝国主義・社会主義・資本主義」
吉澤誠一郎(東京大学)「日露戦争と中国」
コメント(小長谷有紀・国立民族学博物館)および総合討論
研究成果

第3回研究会の伊藤報告は、「近代」日本に真先に植民地化され、古代から日本が多くの影響を受けながらも、基層文化において日本とは異質な面が多い韓文化の本質を、農民の意識などの具体例によって示した。コメントの田村は、「近代的」自我の位置づけをより広い視野で問題にする必要を述べた。これを受けた第4回研究会で、日本農村の長期調査を行った桑山は、日本農民の individuality の強さという桑山の調査結果がアメリカで関心を呼び、「自分・まわり・ひと・世間」という仮説枠で、日本人の自己概念を論じたことを報告。第5回研究会の佐々木報告とそれに続くコメントや討議では、ロシア、ドイツと明治「近代化」の類似が指摘された。吉澤報告は、義和団鎮圧以後のロシア軍の居座りに、日本への留学生を始めとする反露運動の高まりがあり、日露戦争における日本の勝利と連動して、孫文が東京で中国同盟会を結成、清国では科挙廃止などの動きがあったことを指摘。3回の研究会を通じて「近代」のあり方の多面的な検討がなされた。

2010年度

本年度10月の共同研究開始に先立って、代表者川田が改めて研究課題についてやや詳細な問題提起を行い、それを参加者全員が前以て読んだ上で、第1回研究会では全員の自由な討論を通じて、研究課題を確認する。それに基づいて参加者一人一人が分担すべき具体的なテーマを提示し、原則として1回に2人の報告者と1人のコメンテーターを決め、報告の順番と時期を相談する。

【館内研究員】 小長谷有紀、佐々木史郎、田村克己
【館外研究員】 伊藤亜人、臼杵陽、勝俣誠、金子正徳、栗本英世、桑山敬己、清水展、濱下武志、古田元夫、三尾裕子、水島司、宮崎恒二、吉澤誠一郎
研究会
2010年11月21日(日)11:00~17:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
問題提起(発表者:川田順造)および自由討論
2011年1月30日(日)10:00~17:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
臼杵陽(東京外国語大学教授)「大川周明のイスラーム論(仮題)」
研究成果

第1回研究会で、川田がアジア・アフリカ諸国との比較を可能にする前提として、明治以後の日本の「近代化」を、昭和20年8月15日までの「前期近代化」とそれ以後の「後期近代化」に分けたこと、さらに後者のなかに、「第二次後期近代化」として、昭和35年頃の日本の高度成長期以後、ヨーロッパとも連動する生活文化の大幅な機械化時代でかつアフリカの大部分の国の「近代国家」としての独立以降に当たる時期を区別し、それをめぐって多くの議論がなされたことは、本研究のような広汎な比較の視野での共同研究が、手始めにもたらした成果である。

第2回研究会の臼杵報告が、日本とアジアの「近代化」イデオロギーと、大東亜共栄圏思想のなかで大川周明のイスラーム理解が果たした、多くの矛盾を含む役割を位置づけ、アジア・アフリカの専門研究者の討議を生んだことも、本研究の視野による共同研究の意義を明らかにしたといえる。