国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

パレスチナ・ナショナリズムとシオニズムの交差点

研究期間:2011.10-2015.3 代表者 菅瀬晶子

研究プロジェクト一覧

キーワード

ナショナリズム、パレスチナ/イスラエル、アイデンティティ

目的

本研究会の目的は、パレスチナ・ナショナリズムとシオニズム、アラブ・ナショナリズムの比較研究を、人類学的、歴史学的、政治学的、地理学的、社会学的視点から多角的におこなうことにある。
パレスチナ・ナショナリズムの起源は1834年、オスマン帝国治下のパレスチナの主要都市で起こった民衆蜂起にさかのぼるといわれている[Kimmering and Midgal 1995]。しかしながら、これについては批判も多く、列強によるシリア行政州の分割と植民地化が契機であるとする反論がなされてきた。なかでも、シオニストとの対峙によってパレスチナ人アイデンティティが形成されたとする、ハーリディの説[Khalidi 1997]が有名である。いずれにせよ、同じくオスマン帝国治下にあった周辺アラブ地域におけるアラブ・ナショナリズム、およびロシア・東欧地域からのシオニストによる入植活動に触発されて、パレスチナ・ナショナリズムが発生したことについて、疑問を差し挟む余地はないであろう。本共同研究会は、この三者を扱う研究者をメンバーに迎え、互いに情報を提供しあうことで、三者の相関関係を解明してゆくことを目的とする。

研究成果

本共同研究で当初から掲げていた、アラブ/パレスチナ・ナショナリズムとシオニズムの多角的比較研究という目標は、おおむね果たすことができた。共同研究員それぞれの関心に基づき、定義の洗い直しや、文化活動に焦点をあてたナショナリズム表象のありかたの研究を進め、互いに知見をひろめることができた。ことに、既存の研究から零れ落ち、忘れ去られた存在や、大局的政治分析や数量的データを重んじる風潮のなかで軽視されがちな個々の語りから、パレスチナ・イスラエル紛争の根源が生み出されていった19世紀末~20世紀前半という時代をとらえ直すというこころみについては、パレスチナ研究・シオニズム研究にいままでになかった視点を提供することができたと自負している。現行メンバーが得意とする、歴史学的手法と人類学的手法を併用させたパレスチナ・イスラエル研究を、本共同研究を契機に定着させることができたと思っている。ただし、当時のことを語ることができるインフォーマントの高齢化が著しいため、今後研究を進めるにあたっては、聞き取り調査を急ぐ必要があるであろう。
また、若手~中堅研究者の思索と交流の場を提供することができたことも、本共同研究の成果のひとつである。パレスチナ・イスラエル研究の共同研究は、ほかにNIHUプログラム・イスラーム地域研究東京大学拠点内でもおこなわれているが、そちらとは異なる研究テーマや手法をこころみることができた。異動の多い世代を中心としたことにより、一部メンバーの入れ替わりが激しかった点は反省すべきであったが、一度共同研究を退いたメンバーとの交流が途絶えた訳ではないので、今後の研究の発展につなげてゆくことができるであろう。

2014年度

最終年度にあたる本年度は、成果公開に向けての話し合いが中心となる。成果公開としてシンポジウムの開催と、その内容をもとに編纂した論文集の出版を予定している。シンポジウムは年度後半に、NIHUプログラム・イスラーム地域研究東京大学拠点パレスチナ研究班との共同開催というかたちでおこなう。

【館外研究員】 赤尾光春、池田有日子、臼杵陽、奥山眞知、蒲生裕恵、田浪亜央江、田村幸恵、奈良本英佑、早尾貴紀、藤田進、細田和江、森まり子、山本薫、横田貴之
研究会
2014年11月22日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
菅瀬晶子(国立民族学博物館)「ナジーブ・ナッサールの『シオニズム』にみるパレスチナにおける初期アラブ・ナショナリズム」
田村幸恵(津田塾大学)「オスマン帝国時代末期の『オスマン臣民』概念とユダヤ教徒(仮)」
田浪亜央江(成蹊大学)「英国委任統治時代のパレスチナにおけるスカウト運動(仮)」
シンポジウム開催に向けての話し合い
研究成果

本共同研究で当初から目標としていた、アラブ/パレスチナ・ナショナリズムとシオニズムの多角的比較研究というテーマは、おおむね果たすことができた。共同研究員それぞれの関心に基づき、定義の洗い直しや、文化活動に焦点をあてたナショナリズム表象のありかたの研究を進め、互いに知見をひろめることができた。また、初期シオニズムの揺籃であった帝政ロシア末期の社会主義がアラブ・ナショナリストに与えた影響など、今後研究を深化させてゆくうえでのあらたな課題も見つけることもできた。今後はシンポジウムの内容を論文集というかたちで出版することを目標に、共同研究員間の情報交換を密に保ってゆく予定である。

2013年度

過去二年でおこなった議論をもとに、今年度と再来年度(最終年度)におこなう成果公開の詳細について、議論を詰めてゆく。今年度は年度末に、若手中心の国際ワークショップを開催することを目標に議論を重ね、準備をおこなう。ワークショップは現在のところ、一般公開形式で12月~3月の間でおこなうことを予定している。
また、このワークショップのプロシーディングスとして、再来年度に論文集を上梓する。

【館外研究員】 赤尾光春、池田有日子、臼杵陽、奥山眞知、蒲生裕恵、田浪亜央江、田村幸恵、奈良本英佑、早尾貴紀、藤田進、細田和江、森まり子、山本薫、横田貴之
研究会
2013年4月21日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
1.パレスチナ人アイデンティティの表象について:
菅瀬晶子「Basem L. Ra'ad, "Hidden Histories: Palestine and the Eastern Mediterranean"」
田浪亜央江(成蹊大学非常勤講師)「Nadia Abu El-Haj, "Facts on the Ground: Archaeological Practice and Territorial Self-Fashioning in Israeli Society"」
2.委任統治期におけるパレスチナ・ナショナリズムとシオニズムのかかわりについて:
田村幸恵(津田塾大学研究員)、池田有日子(京都大学地域研究統合情報センター研究員)「Zeina B. Ghandour, "A Discourse on Domination in Mandate Palestine: Imperialism, Property and Insurgency"」
2013年7月29日(月)10:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
赤尾光春(大阪大学助教) 「近代ヨーロッパ小説における「ユダヤ人国家」像の変遷 1884-1924」
藤田進(東京外国語大学名誉教授) 「第二次世界大戦直後の英国中東植民地支配体制崩壊局面の観察」
国際シンポジウムに向けての話し合い
次回の日程調整、題目選定など
2014年2月9日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
武田祥英(千葉大学大学院) 「1917年バルフォア宣言以前の英国における対ユダヤ教徒政策:自由党政権と英国ユダヤ教徒の関係の変遷とシオニズム台頭の背景に関して」
菅瀬晶子(国立民族学博物館)「キリスト教徒アラブ・ナショナリスト研究に向けて」
国際シンポジウム開催に向けての話し合い
研究成果

最終年度である2014年度で国際シンポジウムを開催する準備として、本年度は先行研究の洗い直しと、英国委任統治時代とその前後の英国のパレスチナおよびユダヤ政策研究、ユダヤ・アイデンティティ研究の深化をめざした。本共同研究で各自がおこなってきた研究発表の内容をもとに、シンポジウムの方向性とトピックを選定した。

2012年度

引き続き、3つのナショナリズムの相関関係と、それぞれの文化表象のありかたに焦点を絞り、年度内に3回ないし4回の研究会を実施する。ことに、第三者である日本人としての視点を研究に生かすことをこころがけたい。欧米を中心とした既存の研究で見落とされ、現地の研究者にとっては日常的でありすぎて、かえって注目を浴びない事象を掬いあげることによって、あらたな視座を提唱してゆくことが、本年度の目的である。 また、次年度末にワークショップを開催することを視野に入れて、テーマや演題を練る作業もおこなってゆく。

【館外研究員】 赤尾光春、池田有日子、今野泰三、臼杵陽、奥山眞知、金城美幸、田浪亜央江、田村幸恵、鶴見太郎、奈良本英佑、早尾貴紀、藤田進、細田和江、森まり子、山本薫、横田貴之
研究会
2012年7月22日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
研究会運営についての打ち合わせ
鶴見太郎(明治学院大学、東京大学非常勤講師)「シオニズムとナショナリズム論――いかにパレスチナ問題を論じるか」
田浪亜央江(成蹊大学非常勤講師)「パレスチナ文化における『オーセンティシティ』の行方:ラクスを事例として」
次回研究会の日程調整
2012年10月14日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
研究会運営についての打ち合わせ
金城美幸(立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェロー)「植民地化/植民地主義とシオニズム――概念の洗練化に向けての試論」
池田有日子(京都大学地域研究統合情報センター研究員)「ユダヤ人問題からパレスチナ問題へ―暴力連鎖の構造―」
次回研究会の日程調整
2013年2月10日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
蒲生裕恵(岡山大学大学院)「パレスチナの都市に生きる独身女性―仕事と結婚を中心に―」
菅瀬晶子(国立民族学博物館)「本年度までのまとめと今後について」
今後についての全体討議、次回の日程調整など
研究成果

二年目の今年度は、パレスチナとイスラエル双方のナショナリズムの比較と、パレスチナ人アイデンティティの表象のありかたという、二つの研究テーマを軸として研究発表をおこない、討議を重ねた。このうち後者については、今年度はヨルダン川西岸地区の事例を中心に取り上げ、前年度おこなったイスラエルにおけるアラブ人市民の事例と比較しつつ、そのアイデンティティ表象にみられるあらたな潮流の動向や、世代間の格差、イスラエルを含む非アラブ圏からの影響などについて確認した。
 前者については、今年度はおもにシオニズム成立初期の歴史に注目し、ヨーロッパにおけるナショナリズム論や植民地主義の影響を洗い直すという作業をおこなった。パレスチナ・ナショナリズムとの接点をさぐる本格的な作業は、次年度に受け継がれることになるであろう。次年度末に予定している国際シンポジウムの開催にむけて、より議論を集約し、洗練化してゆくことをめざしたい。

2011年度

10月中の初回をふくめて、年度内に2,3回の研究会実施を予定している。研究会の開催場所は基本的にみんぱくとするが、参加する共同研究者は関東在住者も多いため、各年度に1回、東京での開催を予定している。
初回には申請者が研究会の要旨を説明し、発表をおこなう。その後の研究会では、1回につき2名による研究発表をおこない、全体で議論をおこなう。内部連絡用にメーリングリストを作成し、発表者は事前にメーリングリスト上に発表内容を論文形式で公開することが義務づけられる。出席者にはこれを研究会当日までに熟読し、議論に加わることが求められる。このような形式をとることで、研究会が充実し、発表者が将来発表内容を学術誌に投稿することが、より容易になるであろう。 発表内容は毎回録音する。可能であればホームページを作成し、発表に用いた資料などを掲載するデータベースとして一般公開したい。

【館外研究員】 赤尾光春、池田有日子、今野泰三、臼杵陽、奥山眞知、田浪亜央江、田村幸恵、鶴見太郎、奈良本英佑、早尾貴紀、藤田進、細田和江、森まり子、山本薫、横田貴之
研究会
2011年11月19日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
研究会運営についての打ち合わせ
菅瀬晶子(国立民族学博物館)「現代イスラエルにおけるアラブ人像とTVドラマ『アヴォダー・アラヴィット』」(仮)
2012年3月10日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
内藤順子(立教大学)「「全人的作業」としての支援をめぐる一考察」、および討論
細田和江(中央大学政策文化研究所準研究員)「非アラブ的アラブ人」:サイイド・カシューアの小説に見る「嘲笑」
田村幸恵(津田塾大学国際関係研究所研究員)「委任統治パレスチナにおける労働条件改善の相克と独立要求:交錯する境界」
次回研究会の日程調整
研究成果

本年度は初年度ということもあり、主催者をはじめとした若手研究者が、現在自身が関心を持っているテーマを、共同研究の趣旨にあわせて発表し、今後の展開を視野に入れた議論を交わした。ゆくゆくは共同研究の成果としておこなう予定であるシンポジウム、あるいは論文集編纂につながる議論をおこなうことができた。
本共同研究は今後、アイデンティティの文化的表象とナショナリズムの関係を、パレスチナ(アラブ)、イスラエル双方の事例から追ってゆくことになるであろう。年度内に3回~4回の研究会を実施し、アラブ、ユダヤ双方の歴史文献や聞き取り調査で得たデータ、文学・映像作品などをもとに、「パレスチナ人」「アラブ人」「ユダヤ人」アイデンティティ表象のありかたと、ナショナリズム醸成の相互関係を解き明かしてゆく。