国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

音盤を通してみる声の近代――台湾・上海・日本で発売されたレコードの比較研究を中心に

研究期間:2011.10-2015.3 代表者 劉麟玉

研究プロジェクト一覧

キーワード

東アジア、SPレコード、声の近代

目的

本研究は、1945年以前に日本のレコード会社によって台湾と上海で発売されたレコードを取り上げ、両地域におけるレコード産業および音楽の発展の特徴と関連を明らかにすることを目的としている。本研究では、数多く存在する東アジアのレコード音楽から、「声」・「歌」を含む音楽ジャンルのレコードに焦点を当てる。東アジアの在来音楽には語り物が多い上、初期レコードは、演説、映画説明、戯劇など、「音楽」に限定されない多様な音を収録した。そこで、ここでは「声」という概念を用いた。具体的には、次の2点に重点をおいて研究を進める。

  1. 台湾、上海、日本で発売されたレコードを比較し、各地域の音楽嗜好の傾向、共通点、独自性を探求し、更にそれらの関連性を見いだす。
  2. レコード産業の発達と各地域の社会、文化、音楽の間の相互的影響について研究する。

台湾と上海の音楽文化には共通点があり、録音されたレパートリーには重なり合う部分も見られる。一方で、日本の企業が初期からレコード産業を支配した台湾と、欧米のレーベルが産業の基礎を築き、後に日本企業が進出した上海では、レコード制作のあり方は大きく異なっていた。両地域のレコードの比較は、東アジア音楽の近代史においてメディアの発展、日本の支配、そして地域間の相互交流がどのような影響を与えていたかを明らかにするだろう。

研究成果

共同研究の発足以来、共同研究員による研究報告が12件と特別講師による研究報告が10件行なわれた。各研究員がそれぞれの立場から、レコード研究と自分自身の専門性をリンクさせるべく取り組んできた。共同研究員が研究会で発表した内容をまとめると、次の5つの研究成果を挙げることができる。1.レコードに見られる伝統音楽の変容:現在の、伝統音楽として認識されている音楽が、レコードが誕生した1910年代にはまだ発展途上であった音楽ジャンルが存在しており、当時の音楽表現とテキストを、レコードを通して再考することは、現在のスタイルに至る形成過程を理解する上で有効であることを確認できた。2.映画とレコード音楽:レコードの売上げ枚数や新聞記事の調査を通して、サウンドトラックからうまれたヒット歌手や、それらの歌の流布の状況、その影響力が分かる。また、無声映画の時代に映画のストーリを語った弁士のサウンドトラックの存在も確認できた。3.流行歌の研究:一般的に流行歌はその時代の世相と音楽スタイルを反映するものであると考えられる。事例研究を通して1930−1940年の上海で発売されたレコードが発掘され、そのレコードと作曲者、吹込み者の関わりが探求されることによって、研究視点が広がった。4.ラジオとレコード:ラジオ放送のプログラムの中には、クラシック音楽や童謡などレコード音楽を流す割合がかなり大きいことが分かる。一方で植民地台湾時代の台湾人や在留日本人がレコードによる音楽番組だけではなく、ラジオを通して、日本のラジオドラマや文学作品の朗読を聞いたことが明らかになった。5.植民地台湾におけるレコードの製造と発売の過程:植民地時代の台湾において台湾コロムビアが本社の日本コロムビアに送った注文書を通して、台湾子会社と日本本社間のやりとりの一部が明らかになった。

2014年度

本年度は最終年度であるため、研究成果を挙げることを前提に今年度の研究会を実施する。第1回の研究会では、共同分担者による研究報告を行う。共同分担者のそれぞれの専門分野から本研究との接点を見つめ、それぞれの立場から研究を深める。とりわけ、これまでの研究会ではあまり触れてこなかったラジオの普及とレコードの関係に焦点を当てたい。
第2回研究会では、これまでの研究会の実績を踏まえて研究成果の公開に向けての話し合いの時間を設ける。研究成果を公開する方法として、具体的には国際セミナーの開催と、研究報告書の作成という二つを考えている。前者は共同研究員のほか、これまでに本研究会に参加してくださった館外の研究者とSPレコードの研究に実績のある海外の研究者を招聘し、研究論文の発表の場を作る。後者に関しては、前述の国際セミナーの会議論文を集め、論文集として刊行する予定である。

【館内研究員】 野林厚志、福岡正太
【館外研究員】 今田健太郎、大畑(長嶺)亮子、尾高暁子、垣内幸夫、黄英哲、西村正男、星名宏修、細川周平、三澤真美恵、四方田(垂水)千恵
研究会
2014年6月21日(日)11:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
成果発表に向けての準備会議
張偉品(上海戯劇学院)「国立民族学博物館所蔵「京劇」の音源について」
西村正男(関西学院大学)「神戸華僑作曲家・梁楽音と上海・香港・日本」
綜合討論
2014年11月24日(月・振休)9:00~14:00(国立民族学博物館 第4演習室)
星名宏修(一橋大学)「耳で聞く文学体験―植民地期台湾のラジオドラマ」
総合討論
成果発表に向けての準備会議
2015年2月28日(土)14:00~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
成果発表に向けての討論会
研究成果

本年度の研究会では、共同研究員による研究報告が2件と特別講師による研究報告が1件行なわれた。共同研究員による研究成果は、西村正男の「作曲家の事例研究」と星名宏修の「耳で聞く文学体験」の二つである。西村の報告では梁楽音という神戸華僑作曲家を取り上げた。西村によると、梁楽音は大阪音楽学校出身で1942年に上海に渡り、「中華連合製片有限公司」という映画会社の音楽課の課長に就任した。任期中、「売糖歌」、「戒烟歌」などの曲を作り、李香蘭によって歌われた。特に「売糖歌」が流行っていたそうである。戦時中1945年までは、梁楽音の音楽活動は日本と深い関わりを持っていたようである。一方、星名は、植民地台湾時代の日本語のラジオドラマや文学作品に焦点を当て、台湾人や在留日本人が、ラジオを通して、日本語のラジオドラマや文学作品の朗読を聞いたことを明らかにした。娯楽と動員という2つの役割をもったラジオで、日本語によるラジオドラマの「声」がどのように響いたのかを明らかにすることは、日本統治下の台湾における近代を理解する上で重要な課題である。

2013年度

  1. 第1回の研究会では、まず前年度の研究成果を踏まえて今年度の方向性を固める。具体的には共同研究員の専門分野の関連性から研究グループに分け、それぞれの研究グループが研究目標について提案する。研究グループの研究テーマは以下の通り、「台湾の劇音楽」、「映画とレコード音楽」、「東アジアの流行歌の形成と変遷」、「レコードとラジオ」である。
  2. 第3回の研究会では、日本コロムビアのアーカイビング部の責任者斉藤徹氏と研究代表者劉麟玉が報告を行う。具体的にはアーカイビング部の責任者である斉藤徹氏はアーカイブの現状と新しい研究事業について説明し、劉麟玉はアーカイブで新たに見つけた資料と音声を紹介し、本研究における上記の音声資料の有効性について報告する。
  3. 第2回および第4回から第6回までは各研究グループが共同研究の進捗状況を報告する。特に6回目の研究会では一年間の取りまとめとして研究の方向性を確認し、最終年度に向けて研究成果を出せるために問題点や不足点を検討する。
【館内研究員】 野林厚志、福岡正太
【館外研究員】 今田健太郎、大畑(長嶺)亮子、尾高暁子、垣内幸夫、黄英哲、西村正男、星名宏修、細川周平、三澤真美恵、四方田(垂水)千恵
研究会
2013年6月16日(日)13:00~17:30(国立民族学博物館 第4演習室)
西村正男(関西学院大学)「トルストイ『復活』と中国語映画」
劉麟玉(奈良教育大学)「台湾コロムビア会社の販売過程―注文書の分析を通して―」
綜合討論
2013年8月30日(金)13:00~18:00(コロムビア・アーカイブ 会議室)
斉藤徹(日本コロムビア)「日本コロムビア百年の歩みとアーカイブの成立過程」
武沢茂、冬木真吾、渡辺義之(日本コロムビア)「アーカイビング作業の重要性・方法及び実践例」
工藤哲郎(レコード史研究)「創設期の日本蓄音機商会について」
小林正義、中尾博、鈴木敬弘(日本コロムビア)「コロムビア・アーカイブの資料整理と現状」
質疑応答
2013年11月23日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
西村正男(関西学院大学)「書評 貴志俊彦著「東アジア流行歌アワー――越境する音 交錯する音楽人」」
貴志俊彦(京都大学)「東アジアの地域と文化の相関関係の構築に向けて―音楽史の視点から」
岡田孝(奈良教育大学)「コロムビア童謡歌手の時代を辿る―SPレコードの吹込みからからLPレコードへ」
綜合討論
2014年3月2日(日)13:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
尾高暁子(東京芸術大学)「中華民国期上海におけるアマチュア組織の音楽実践」
垣内幸夫(京都教育大学)「パンソリの初期録音レコードについて」
質疑応答
出版を含めた成果公開と来年度の研究会計画の検討
2014年3月3日(月)10:00~12:45(国立民族学博物館 第6セミナー室)
八日市屋典之(金沢蓄音器館)「蓄音器の歴史と種類」
斎藤徹(日本コロムビア株式会社)「日本コロムビアの技術史概要」
王櫻芬(国立臺湾大学)「Sounding Taiwanese: A Preliminary Study on the Production Strategy of Taiwanese Records by the Nippon Phonograph Company」
質疑応答
研究成果

本年度の研究会では、共同研究員による研究報告が5件と特別講師による研究報告が9件行なわれた。それらの内容は以下のように括ることができる。
まず、昨年度に引き続き、1945年以前の東アジアの伝統音楽レコードの吹込み内容を通してその時代の音楽事情とメディアの関係についての歴史的研究である。西村はトルストイの小説「復活」が映画化された日本映画「カチューシャの唄」と中国映画「蕩婦心」において、主題歌を含める比較研究を行った。垣内は「朝鮮」時代に吹込まれたパソンリの名人の師承を辿った。尾高は中国上海の音楽愛好家の活動に焦点を当てた。
 次に、日本蓄音器商会(現・日本コロムビア株式会社)の歴史的地位の重要性を鑑み、日本蓄音器商会におけるレコード製作の技術、蓄音器の発展との関わり、レコード発売のプロセスに着目した。劉は社内文書である発売通知書に基づき、台湾の在来音楽や流行歌などのレコードの発売をめぐって日本蓄音器商会と子会社の台湾コロムビア販売会社との応酬を調べた。また、特別講師らの報告内容もそれぞれ日本蓄音器商会もしくは台湾コロムビア販売会社の録音の技術や歴史に関連したものであった。

2012年度

前年度の研究内容を踏まえて以下のように実施したい。

  1. 第1回から第4回までの研究会では、引き続き研究対象のジャンルについて、実際に博物館内で所蔵されている音源を視聴し、専門分野を異にするそれぞれの研究分担者の視点から、意見を交換し、それらの音楽が発展してきた歴史について帰納的考察を行う。さらに、毎回の研究会では共同研究員がそれぞれの専門分野から、本研究との接点を見つめながら、それぞれの立場から研究を進める。また、海外の研究者、とりわけいままで連携研究の形をとってきた台湾大学音楽研究所のレコード研究チーム(招集者:王桜芬)と共に「レコードの近代」という課題をめぐって話し合う場を設けたい。
  2. 第5回研究会では、日本のレコード歌手、レコード研究の専門家と関係レコード会社の研究員を特別講師として研究会に招き、録音した側と録音された側の経験談、録音技術に関する専門知識の提供を図る。さらに一年間の取りまとめとして、今年度の進捗状況や、研究の方向性についての修正、次年度の研究課題を設定するなどの作業を行う。
【館内研究員】 野林厚志、福岡正太
【館外研究員】 今田健太郎、大畑(長嶺)亮子、尾高暁子、垣内幸夫、黄英哲、西村正男、星名宏修、細川周平、三澤真美恵、四方田(垂水)千恵
研究会
2012年6月9日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第4演習室)
三澤真美恵「植民地期台湾映画フィルム資料へのアプローチ」
康尹貞“The Formation of Taiwanese Theatrical Theme during 1900s-1930s”
2012年10月8日(月)13:00~17:00(国立民族学博物館 第4演習室)
陳培豊「郷土文学の声と大衆」
今田健太郎「日本における物語の音楽的演出についての試論」
総合討論
2013年1月13日(日)13:00~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
垣内幸夫「近現代の評弾―調(流派)の確立と伝承」
細川周平「『世界音楽としての民謡』の反省と展望」
総合討論
研究成果

本年度の研究会では、共同研究員による研究報告が4件と特別講師による研究報告が2件行なわれた。共同研究員による研究成果は、「映画と音声」と「民謡のあり方と伝承」の二つのカテゴリーに分けることができる。本報告では「映画と音声」に関する研究を中心に述べる。近年台湾で、台湾総督府の宣伝用映画が多数発見された。三澤はその復刻とフィルムの整理に携わっており、それらの映画の内容がその時代の政策とどのような関わりがあるのかについて分析した。また、無声映画時代の台湾人弁士による映画解説が収録されたSPレコードが民族学博物館に所蔵されている。この資料に関しては、弁士の声に焦点を当て、弁士の解説の魅力がどこにあるのかを今後解明していく。更に、伝統的な演劇からアニメまで、様々な物語において音楽的演出は不可欠であるが、今田は日本におけるその特徴を「囃子」という語彙を手がかりに説明を試みた。欧米の音楽的演出が、物語世界の外側からコメントするようなものに対し、この「囃子」は物語世界の内側にある音・音楽というだけでなく、それを通じて人々は物語世界に入り込み、あたかも登場人物のようにふるまう習慣とさえいえるのではないかと指摘した。

2011年度

研究会を2回開催する。

  1. 第1回研究会では、台湾、上海、日本の地域別で研究チームを作り、役割分担、研究の方向性を決定する。また、民族学博物館の音声資料の所蔵状況について確認する。
  2. 第2回研究会では、研究対象とする音楽ジャンルの音声資料と目録の照合作業を行う。特に、番号のみのレコードが実在しないものもあるので、台湾、上海の研究者と連携し、実際の音声を聞くことによって欠けた資料を補足する。
【館内研究員】 福岡正太
【館外研究員】 今田健太郎、大畑(長峰)亮子、尾高暁子、垣内幸夫、黄英哲、西村正男、星名宏修、細川周平、三澤真美恵、四方田(垂水)千恵
研究会
2011年11月5日(土)14:00~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
劉麟玉(奈良教育大学)「音盤を通してみる声の近代―台湾・上海・日本で発売されたレコードの比較研究を中心に」「研究分担者の紹介」
福岡正太(国立民族学博物館)「『日本コロムビア外地録音資料』が語るもの」
参加者全員「ディスカッション・タイム」
2012年3月9日(金)13:00~17:30(国立民族学博物館 第4演習室)/dt>
今田健太郎「民博所蔵金属原盤の収蔵状況について」
朴燦鎬「韓国歌謡史とSPレコード」
総合討論
2012年3月10日(土)9:00~11:30(国立民族学博物館 第4演習室)
長嶺亮子「コロムビアレコード資料からみる1930年代前後の歌仔戯とその周辺の劇音楽」
「SPレコードに聴く『歌曲戯』」
研究成果

この半年間の研究成果としては以下のものを挙げることができる。

  1. 一回目の研究会において、劉は1930年代に台湾で発売されたレコードのジャンル、発売曲数、発売価格を分析し、報告した。その分析から、比較的経済力のあるエリート層が比較的高価で新しい音楽ジャンルの流行歌を好んだということ、つまり経済力の有無と音楽嗜好との間に一定の関連があったことが見いだされた。また福岡は、国立民族学博物館が所蔵しているコロムビアレコードの金属盤を受け入れるに至った経緯とその整理状況、これらの資料に基づいて行われた研究の成果、更に台湾のレコード音楽に見られる日本のレコード音楽の要素についての報告を行った。
  2. 二回目の研究会では、今田が金属盤の上に記載されている番号を整理し、データベースを作成したプロセスについて報告した。また、特別講師として招聘した朴燦鎬氏の研究報告から、日本のレコード音楽、とりわけ日本の大衆音楽が植民地朝鮮でハングル語ヴァージョンのレコードとして発売されていたことが明らかとなった。更に長嶺は、台湾の歌仔戯のレコードの伴奏楽器に焦点を当てて行った調査の結果として、まだ発展段階にあったと考えられる1930年代の歌仔戯の演奏形態が様々な様相を呈していたことを報告した。