熱帯の「狩猟採集民」に関する環境史的研究――アジア・アフリカ・南アメリカの比較から
キーワード
狩猟採集民、環境史、狩猟民・農耕民関係
目的
本研究は、熱帯の「狩猟採集民」を対象にして彼らの資源利用や民族間関係を環境史の視点から構築することを目的とする。申請者によると、彼らの歴史は、1.狩猟採集民の時代、2.狩猟民と農耕民との共生関係や農耕民化の時代、3.前近代・近代の国家形成の時代、4.グローバル化の時代という4時代に便宜的に区分できる。本研究では、これらの時代状況をふまえて、アジア、アフリカ、南アメリカという3大陸に暮らす「狩猟採集民」の視点からみた世界史を環境史として新たに構築することを試みる。具体的な問いは、時間軸に沿って1.狩猟採集民は、熱帯雨林や熱帯高地において自給的に暮らしていたのか、2.どういう状況下で狩猟採集民と農耕民との共生関係がみられたのか、3.前近代の国家形成(ムガール帝国と林産物、コンゴ王国と象牙など)や植民地形成にともない狩猟民はどのように対応したのか、4.沈香などの森林産物や象牙を求める中国経済の増大などグローバル化が進むなかで、狩猟民社会にどのような変化がみられたのか、などである。これら4つの個別の問題を解くことによって、これまでの都市文明中心の世界史ではなく狩猟採集民の視点からの世界史を、地球の環境史として構築することが研究会のねらいである。
研究成果
代表者は、通算で10回にわたる研究会をとおして、「狩猟採集民」の定義がいかに難しいことであるのかを理解することができた。これまで、考古学や人類学を中心として「狩猟採集民」という概念が頻繁に使用されてきた。しかし、それを明確に定義することはできない。地域ごとにその用語を検討すると、生業や社会の多様性を把握することができる。また、過去1万年以上続く「狩猟採集民」の歴史においても、その細やかな歴史を体系的に復元することは難しかった。地域によって、文字資料などの実証的な資料が不足しているためである。しかしながら、近年の考古学的研究の進展にともない、先史時代の狩猟採集民の多様性がみえるようになってきた。今後、彼らを中心にすえて歴史を書くことは可能であるのか?この問題への答えは明確にできないけれども、「新しい世界史」を考える際に多くのヒントを与えてくれる研究会であった。
2014年度
3年目は、前年度に引き続いて、申請者による4つの時代区分を強く意識して、各回はそれぞれのテーマにもとづき、3つの大陸の個別事例を比較する目的で報告が行われる。まず、1回目は、(2)狩猟民の定住化に焦点を当てる。具体的には、社会経済関係、婚姻関係、文化的関係などの項目を選定して地域間比較によって個別社会の特徴が論議される。2回目は、(1)狩猟採集民の時代を想定して彼らの自然資源利用に注目することから、熱帯アジアを中心として比較の視点から動物・人、植物・人関係が論議される。3回目は、熱帯アフリカを中心として、(3)国家と周辺論や(4)グローバル化論など、各大陸での国家や文明の盛衰の歴史を十分に考慮して、それらの周辺地域としての社会の動態を明らかにしていく。同時に、最終的な研究成果としての論文集の内容について論議される。以上の3回の研究会を通して、熱帯の「狩猟採集民」に関する環境史的研究の基本的な枠組み、およびこの分野に関する新たな体系が構築されることになるであろう。
【館内研究員】 | 信田敏宏 |
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【館外研究員】 | 伊澤紘生、稲村哲也、大石高典、大橋麻里子、小谷真吾、小野林太郎、加藤裕美、金沢謙太郎、小泉都、佐藤廉也、鮫島弘光、関野吉晴、高田明、辻貴志、鶴見英成、中井信介、那須浩郎、服部志保、増野高司、松井章、松浦直毅、八塚春名、山本太郎 |
研究会
- 2014年4月26日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 「趣旨説明:アジアの森や海と狩猟採集民」
- 高木仁「ウミガメ類と人とのかかわり-カリブ海からの視点」
- 鮫島弘光「ボルネオのヒゲイノシシと人々」
- 信田敏宏「統治される森に生きる-マレーシア、オラン・アスリの事例」
- 総合討論
- 2014年4月27日(日)9:30~13:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 参加者全員「ノマッドの遊動と定住-アジアの事例を中心として-」
- 2014年7月26日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 池谷和信(国立民族学博物館)趣旨説明、「『狩猟採集民』の定住度と社会変化」
- 小泉都「東南アジア(ボルネオ)の狩猟採集民の由来と半定住」
- 羽生淳子(総合地球環境学研究所)「東アジアの『定住狩猟採集民』・縄文人」
- 三宅裕(筑波大学)「西アジアの定住狩猟採集民の実像」
- 総合討論
- 2015年2月8日(日)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 池谷和信「これまでの研究会のまとめ」(仮題)
- 参加者全員「研究成果論文のための構想」
- 出版に関する打ち合わせ
研究成果
本年度の研究成果は、3回にわたる民博での共同研究会の開催のみならず、5月に幕張で開催された国際人類学民族学会議でのパネル報告(タイトル:狩猟民、遊動民からみた地球環境史)などと多岐にわたっている。本研究会では、1回目および2回目とも、人類にとっての定住化の過程やその社会経済的な影響について焦点を当てた。これらの事例の対象地域は異なるものの、地域と地域との比較をとおして共通の特質を抽出することができる。それと同時に、これらの定住化が、人類史のなかでどのように位置づくのか、地球環境史の視点から考察することができた。
2013年度
2年目は、申請者による4つの時代区分を強く意識して、各回はそれぞれのテーマにもとづき、3つの大陸の個別事例を比較する目的で報告が行われる。まず、1回目は、(2)狩猟民と農耕民との関係に焦点を当てる。具体的には、社会経済関係、婚姻関係、文化的関係などの項目を選定して地域間比較によって個別社会の特徴が論議される。2回目は、(1)狩猟採集民の時代を想定して彼らの自然資源利用に注目することから、南アメリカ大陸を中心として比較の視点から動物・人、植物・人関係が論議される。3回目は、(3)国家と周辺論や(4)グローバル化論など、各大陸での国家や文明の盛衰の歴史を十分に考慮して、それらの周辺地域としての社会の動態を明らかにしていく。以上の3回の研究会を通して、熱帯の「狩猟採集民」に関する環境史的研究の基本的な枠組みが構築されることになるであろう。
【館内研究員】 | 信田敏宏 |
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【館外研究員】 | 伊澤紘生、稲村哲也、大石高典、大橋麻里子、小谷真吾、小野林太郎、加藤裕美、金沢謙太郎、小泉都、佐藤廉也、鮫島弘光、関野吉晴、高田明、辻貴志、鶴見英成、中井信介、那須浩郎、増野高司、松井章、松浦直毅、八塚春名、山本太郎 |
研究会
- 2013年4月27日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 池谷和信「趣旨説明」
- 八塚春名「生業変容をめぐる「狩猟採集民」と隣人との関係-タンザニアのサンダウェとハッツァの比較から-」
- 大石高典「カメルーン東南部における狩猟採集民バカと移住商業民の間の多様なインタラクションー狩猟採集民=農耕民関係との比較」
- 稲村哲也「ヒマラヤの狩猟民ラウテ-外部社会との関係およびその変容-」
- 手塚薫「アイヌの生業の再検討-農耕をどのように捉えるべきか-」
- 2013年4月28日(日)9:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 加藤裕美「近くて遠い隣人-ボルネオのシハンにみる隣人との境界性について」
- 大橋麻里子「ペルーアマゾンの「狩猟採集民」と「農耕民」―氾濫原に棲むシピボと山に棲むアシャニンカの関係から―」
- 総合討論
- 2013年6月21日(金)14:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 池谷和信「趣旨説明」
- 河合文・小谷真吾「Mobility and recognition of space: The Bateq and their use of river systems」
- William Balee 「Historical ecology of Amazonia」
- コメント1 大石高典
- コメント2 Peter Mathews
- 総合討論
- 2013年7月21日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 「趣旨説明」
- 中井信介・池谷和信「ムラブリ研究の現状」
- 池谷和信ほか「狩猟採集民研究の最近の動向-国際狩猟採集社会会議に参加して-」
- 手塚薫「北方狩猟民研究の動向」
- 総合討論
- 2014年2月1日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 「趣旨説明:狩猟採集民の人類史」
- 那須浩郎 温帯および熱帯域における先史時代の遊動民の定住化
- 鶴見英成 南アメリカにおける海洋資源と内陸交易
- 山本太郎 感染症と人類-文明以前と文明以後
- 2014年2月2日(日)9:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 「趣旨説明:狩猟採集民と農耕民の生業の違い」
- 辻貴志 フィリピン・パラワン島の焼畑農耕民パラワンの事例
- 池谷和信 スマトラ島の狩猟採集民クブの事例
- コメント 佐藤廉也 小谷真吾
研究成果
本年度は、熱帯の「狩猟採集民」に関する環境史的研究のなかで、(1)狩猟採集民と隣人との関係、(2)狩猟採集民と農耕民との生業の違い、(3)人類史構築の枠組みをめぐる研究の3点に焦点を当てて、研究会を進行することができた。(1)では、アフリカ、アジア、南アメリカという3大陸の地域での比較を通して、両者の関係の多様性と地域性が議論された。この研究成果の一部は、代表者が主催して8名のメンバー(実際のパネルの報告数は20件)が報告した、英国で開催された国際狩猟採集社会会議においても公表された点が特徴である。(2)では、狩猟方法や狩猟活動などでは共通性が多く違いはみられないが、動物観のレベルで比較することの重要性が指摘された。(3)では、アマゾンの環境人類学に関する世界的権威であるバレー教授を招聘することから、歴史生態学の最先端の内容を学習することができた。同時に、考古学、人類学、医学の分野の報告から、人類史構築の新たな方法について議論された。以上のように、本研究会は個別の事例報告を積みあげると同時に、地域比較の枠組みを練り上げることに重点が置かれた。
2012年度
今年度の研究会は、2回開催する予定である。1回目は、メンバーが人類学を中心として考古学、地理学、生態学、社会学、医学などの専門家から構成されるので、研究会の目的やキー概念などの共有化に努める。そして、申請者によるわが国の研究の動向が概観されて、世界の研究と比べての違いが認識される。また、複数の異なった分野から「狩猟採集民」をどのように規定しているのか、狩猟や農耕などの活動や社会関係からみて「狩猟採集民」と農耕民ではどこが異なるのかなど理論的な問題が議論される。
2回目は、3つの大陸のなかで1つの大陸に焦点を当てる。例えば、国内でもっとも研究の遅れている南アメリカにおいて、どのような「狩猟採集民」が暮らしてきたのか、彼らと農耕民との生存基盤での違いや類似性はどのようなものであるか、両者の共生関係は存在してきたのかなど、アジアやアフリカの研究では説明できないものを見出すことをねらいとする。これによって、熱帯の狩猟採集民像の大きな転換が必要になるであろう。
【館内研究員】 | 信田敏宏 |
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【館外研究員】 | 伊澤紘生、稲村哲也、大石高典、大橋麻里子、小谷真吾、小野林太郎、加藤裕美、金沢謙太郎、小泉都、佐藤廉也、鮫島弘光、関野吉晴、高田明、鶴見英成、中井信介、那須浩郎、服部志帆、増野高司、松井章、松浦直毅、八塚春名、山本太郎 |
研究会
- 2012年11月3日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 池谷和信「共同研究会の目的、方法、今後の計画」
- *理論・生態・歴史
- 佐藤廉也「生業はヒトの生涯をどれだけ規定するか?」
- 鮫島弘光「ボルネオ熱帯林の哺乳類」
- 鶴見英成「北部ペルー最古の神殿遺跡群にみる経済活動の特徴」
- *資源利用
- 高木仁「カリブ海沿岸での先住民によるウミガメ捕獲-ニカラグアにおけるミス キートの網漁の事例」
- 辻貴志「フィリピンにおける自然利用活動と資源利用」
- 小泉都「ボルネオのプナンの植物知識」「狩猟採集民が農耕を始めるときの内在 的困難―ボルネオのプナンの例」
- 八塚春名「タンザニアの多民族混住地域における生業と資源利用―サンダウェとハッ ツァの比較から」
- *民族間関係
- 加藤裕美「ボルネオの狩猟採集民シハンの資源利用と民族間関係」
- 中井信介「タイの農耕民からみた狩猟採集民像」
- 大石高典「貨幣経済浸透下のカメルーン東南部における農耕民=狩猟採集民関係」
- *国家・商品経済
- 小谷真吾「商業的狩猟採集民の可能性:マレーシア半島部オランアスリの事例から-」
- 金沢謙太郎「サラワクの熱帯原生林をまもる人びと-バラム河上流域の狩猟採集民 と農耕民-」
- 信田敏宏「サカイ、アボリジニ、オラン・アスリ--統治される森に生きる「狩猟 採集民」
- 服部志帆「森と人の共存への挑戦-カメルーンの熱帯雨林保護と狩猟採集民バカの 文化の両立に関する研究-」
- 松浦直毅「アフリカ熱帯林の狩猟採集社会の現代的変容」
- 2012年11月4日(日)9:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 那須浩郎「農耕と環境、文明と環境に関する植物考古学研究」
- 山本太郎「人類、感染症、文明」
- 稲村哲也「熱帯高地と狩猟採集」
- 松井章「考古学と狩猟採集民」
- コメント:那須浩郎
- 2012年12月9日(日)10:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 池谷和信「問題提起-熱帯アメリカ低地-」
- 高木 仁「カリブ海沿岸での先住民によるウミガメ捕獲一ニカラグアにおけるミス キートの網漁の事例一」
- コメント:池口明子-コロンビアとの比較-
- 山口吉彦「アマゾン川のカメと人」
- 伊沢紘生「アマゾンの自然と動物」
- コメント1:鮫島弘光
- コメント2:大石高典
- 関野吉晴「南アメリカ熱帯低地の自然と人」
- コメント1:大橋麻里子
- コメント2:佐藤廉也
- 総合討論
研究成果
今年度の研究会は、2回開催した。1回目は、メンバーが人類学を中心として考古学、地理学、生態学、社会学、医学などの専門家から構成されるので、研究会の目的やキー概念などの共有化に努めた。そして、申請者によるわが国の研究の動向が概観されて、世界の研究と比べての違いが認識された。また、複数の異なった分野から「狩猟採集民」をどのように規定しているのか、狩猟や農耕などの活動や社会関係からみて「狩猟採集民」と農耕民ではどこが異なるのかなど理論的な問題が議論された。
2回目は、3つの大陸のなかで1つの大陸に焦点を当てる。例えば、国内でもっとも研究の遅れている南アメリカにおいて、どのような「狩猟採集民」が暮らしてきたのか、彼らと農耕民との生存基盤での違いや類似性はどのようなものであるか、両者の共生関係は存在してきたのかなど、アジアやアフリカの研究では説明できないものを見出すことができた。これによって、熱帯の狩猟採集民像の大きな転換が必要になると考えている。