国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

肉食行為の研究

研究期間:2012.10-2015.3 代表者 野林厚志

研究プロジェクト一覧

キーワード

肉食、食文化、動物解放論

目的

本研究の目的は、人類の採食行動の構成要素の一つである肉食に焦点をあて、その生態学的適応と文化的位置づけとの関係、さらに今日のグローバル消費社会のなかで変質してきた人類の肉食行為の動態を明らかにし、将来の展望を与えることである。人類は進化の過程において、肉食と菜食の双方に生態学的に適応するとともに、それを文化的な行為として社会の中に位置づけてきた。食肉の分配や共食、供犠における利用、肉食の忌避や規範化は、人類学が明らかにしてきた肉食の重要な社会的機能である。食肉の生産や流通が産業化された20世紀後半から、肉食は先進国社会の中で日常化される反面、動物から食肉を得るという光景は希薄となった。こうした社会的背景のもと、欧米では「動物解放論」に代表される倫理学的なアプローチを中心に、肉食の是非を含めた動物の権利をめぐる議論が盛んとなった。しかしながら、これらは功利主義と義務論が中心で、異なる社会的、文化的脈絡の中で人間と動物との関係が構築されてきたことについては必ずしも注意がはらわれていない。本研究では、肉食とそれに関連する行為の背景にある複雑で多様な問題群を明らかにしたうえで、これからのグローバル消費社会における肉食のありかた、さらには、人間と動物との関係のありかたに新たな視座を作り出すことをねらいとする。

研究成果

本共同研究は当初に掲げた研究目的に沿って、文化人類学ならびに民族学を中心にしながら、経済学、心理学、獣医学、栄養学、霊長類学といった多様な分野の研究者が参画した横断的学際研究を実施した。そこから引き出された一つの結論は、肉食は人類にとって生態学的な適応行動であると同時に、きわめて強い文化性を付帯した行為であり、人間社会を特徴づけるきわめて重要な要素となっているというものである。霊長類学、人類進化学、狩猟採集社会研究の比較から、肉食行為の「計画性」「知識性」といった属性がうかびあがり、肉食の生態学的側面から文化的側面への変換点が、「大脳化、人間化」ともいうべき現象を解明する手がかりになることが明らかとなった。また、民族誌的観点からの議論と心理学的な考察の接合から、(1)生理学的属性(腐敗しているか否か等)、(2)認識学的属性(知識、獲得の可否の見通し等)、(3)文化的属性(食べない習慣、禁忌等)、(4)個人的属性(食べたくないという感情等)といった諸要素が、肉食の可否を決定していく具体的な切り口になり、文化的に規定された肉食観や食のタブーといった現象を作り出すことも明らかとされた。また、現代社会における課題についても本研究会では目配りをし、グローバル化する社会の中での肉食の位置づけや変化、そして、肉食や屠殺の倫理を課題とした研究会を実施した。グローバル世界での肉食の未来の予見、大量生産社会における食肉生産と消費との間に存在する矛盾が議論されるとともに、倫理規範中の肉食行為の位置づけをめぐり、「西洋」と「東洋」における倫理規範の接合の可能性を探る議論を行った。
 本研究会は「肉食行為」を具体的な議論の対象とし、参画した研究者がそれぞれの分野における専門性の高い研究報告とそれに関する学際的な議論を行ってきた。結果的には、人間にとっての「肉食行為」とは何かということを探究するだけにとどまらず、レイシズムや暴力といった人間に特有の排他的構造に議論を展開することとなった。

2014年度

本年度は3回の研究会開催を予定している。
第1回 5月10日、11日
「特別な肉食、逆接の肉食」
カニバリズム、饗宴、植物食といった肉食行為を強烈に相対化させる文化的要因を考えることによって人類社会における肉食の生態学的、文化的位置づけを考える。報告者は班員の梅崎、本郷、山田を予定。
第2回目7月
「グローバル時代の肉食のゆくえ」
大量消費、大規模流通を実現したグローバル社会において、従来とは異なる食環境が実現し、肉食行為もその様相を大きく変化させてきた。そこで問われるのが従来の価値観とのずれと大量生産、流通、消費があたえる環境への負荷とその影響である。現代グローバル経済のなかの肉食と大量生産の影響を獣医学の観点から考える。報告者は小川、筒井を予定。また、流通の現状を議論するために東京都港区の東京都中央卸売市場食肉市場での現地説明会を予定している。
第3回目10月
第2回目の東京都中央卸売市場食肉市場での実地研究会の議論をふまえたうえで、肉食と屠殺の倫理を考える。伊勢田の報告を予定。全員で総括と成果出版に関する検討をおこなう。

【館内研究員】 池谷和信、岸上伸啓
【館外研究員】 伊勢田哲治、五百部裕、鵜澤和宏、梅崎昌裕、永ノ尾信悟、大森美香、小川光、加藤裕美、筒井俊之、林耕次、
原田信男、本郷一美、山田仁史
研究会
2014年5月10日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
野林厚志(国立民族学博物館)本年度の計画概要
梅崎昌裕(東京大学)「パプアニューギニア高地人の肉食」
山田仁史(東北大学)「禁断の肉?:人類学におけるカニバリズムの虚実」
2014年5月11日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第4演習室)
本郷一美(総合研究大学院大学)「狩猟から牧畜へ:肉食行為の変化」
2014年7月27日(日)13:00~18:30(東京大学・医学部教育研究棟・第1セミナー室(東京都文京区本郷))
筒井俊之(動物衛生研究所)「動物疾病から見た世界の畜産の動向」
小川光(名古屋大学)「グローバル時代の食肉需要と供給の変化」
全員による討論
2014年7月28日(月)10:00~13:00(千葉県食肉公社(千葉県旭市))
参加者による現代の食肉生産に関わる議論
2015年1月17日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
原田信男(国士舘大学)「日本の動物供犠と穢れ」
伊勢田哲治(京都大学)「動物福祉の論理と動物供養の倫理」
成果出版に関する討議
2015年1月18日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
野林厚志「肉食のブランド化――イベリコ豚を事例として」
研究成果

2014年度は人類社会における肉食行為を文化的に規定する諸要素、グローバル化する社会の中での肉食の位置づけや変化、そして、肉食や屠殺の倫理を課題とする研究会を実施した。文化的に肉食をかたちづくる要素として着目したのは饗宴、カニバリズム、そして肉食に対比的な植物(菜食)の実践である。特別な状況での採食の対象として食肉の相対的な価値が高くなることは、肉食行為に文化的な意味を付与する背景となること等が議論された。グローバル時代の肉食行為を考えるための議論は経済学と獣医疫学の分野を中心に行った。グローバル世界での肉食の未来の予見、大量生産社会における食肉生産と消費との間に存在する矛盾が議論の対象となった。また、肉食が倫理的な規範の中でどのように存在しうるのかという課題を通して、「西洋」と「東洋」における倫理規範の接合の可能性を探る議論が行われた。また、当該年度は、研究会の最終年度であり、成果刊行に関する意見交換も並行して行い、共同研究員の全員が寄稿する成果論文集の構成を決定した。

2013年度

本年度の研究計画は、共同研究員がこれまで個々の専門領域において蓄積してきた研究成果を、本研究の課題である肉食に関連づけながら、研究会合において発表するとともに、参加者による議論を通じて問題点の絞込みと洞察の深化を試みる。具体的には、平成24年度に肉食行為をめぐる全般的な問題群の予見、進化史的視点から検討を行っていることに鑑み、本年度は(1)研究課題の中核をなす民族誌、人類学における肉食行為の研究、(2)肉食行為の歴史的背景に関する議論をふまえたうえで、(3)肉食行為の認知や規範に関する議論を試みたいと考えている。特に、肉食行為の歴史的背景をとりあげる研究会合では、殺生や肉食による穢れと罪とを前面に出した価値観の社会的浸透について、比較歴史学的な視点から歴史資料や施設、遺跡を実見する機会をもちたいと考える。これによって、認知や規範といった観念的な問題群を扱う際に、参加者が机上の空論に陥らない触感をもちえた研究会合を実現することが期待できるからである。

【館内研究員】 池谷和信、岸上伸啓
【館外研究員】 伊勢田哲治、五百部裕、鵜澤和宏、内澤旬子、梅崎昌裕、永ノ尾信悟、大森美香、小川光、加藤裕美、筒井俊之、林耕次、原田信男、本郷一美、山田仁史
研究会
2013年5月18日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
全員「年度計画の見通し」
岸上伸啓(国立民族学博物館)「アラスカ先住民イヌピアットの鯨肉の分配と流通について」
加藤裕美(京都大学・東南アジア研究所)「食べられる肉/食べられない肉-食肉概念のあいまいさと多義性」
全員「討論」
2013年5月19日(日)9:30~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
林耕次(京都大学・アフリカ地域研究資料センター) 「ネズミからゾウまで―アフリカ熱帯における狩猟採集民の狩猟・調理・摂取・禁忌―」
全員「総括討論」
2013年9月7日(土)9:00~18:00(沖縄県立博物館(7日午前)、南城市志喜屋(7日午後))
宮平盛晃「沖縄県立博物館・沖縄における供犠関係資料、シマクサラシ儀礼に関する解説 参加者による討議」
宮平盛晃「南城市志喜屋・セーファウタキ(齊場御嶽)・ウキンジュハインジュ(受水拝水)・周辺村落のシマクサラシ儀礼現場の実見と解説 参加者による討議、意見交換」
2013年9月8日(日)9:00~12:00(那覇市伝統工芸館)
原田信男(国士舘大学)「供犠における肉食行為の歴史」
宮平盛晃「シマクサラシ儀礼と肉のもつ象徴性」
2013年12月21日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
研究計画の進捗情況の報告(全員)
永ノ尾信悟「インド古典文献にみられる肉食に関する諸観念」
菅瀬晶子(国立民族学博物館)「パレスチナ自治区およびイスラエルにおける豚肉食」
総合討論(全員)
2013年12月22日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
大森美香(お茶の水女子大学)「(肉)食をめぐる自己制御の心理学」
次年度計画の策定(全員)
研究成果

昨年度の研究会を通して参加者には肉食行為の研究の意義や考えるべき点等に一定の共通理解を得られたと判断し、本年度は、第1回目を人類学のフィールドワークのデータにもとづく肉食行為とそれに関わる諸事例の分析を課題とし、第2回目は、肉食とそれに関わる諸行為が展開される空間の存在を班員で追体験することもかねて、沖縄での動物供儀の歴史と象徴性をテーマとした研究会を実施した。第3回目は肉食の忌避を歴史学、人類学、心理学の3つの分野から横断的にとりあげることを試みた。これらの3回の研究会での研究発表とそれにともなう議論を通して、(1)生理学的属性(腐敗しているか否か等)、(2)認識学的属性(知識、獲得の可否の見通し等)、(3)文化的属性(食べない習慣、禁忌等)、(4)個人的属性(食べたくないという感情等)といった属性が、肉食の可否を決定していく具体的な切り口になることが考えられた。

2012年度

平成24年度は、合計2回の研究会合を実施する予定である。本共同研究が採択された場合には、キックオフのための研究会合を早期に実施し、代表者の野林が本研究の趣旨と研究遂行の大筋を説明する。その上で、共同研究員全員で研究会の具体的な進め方について検討するとともに、個々の研究発表の見通しを確認する。第2回目の研究会合をもって本格的に研究をスタートさせる。参加者の専門分野と研究課題の内容とを勘案しながら、研究発表と討議を主体とした研究会合を実施する予定である。

【館内研究員】 池谷和信、岸上伸啓
【館外研究員】 伊勢田哲治、五百部裕、鵜澤和宏、内澤旬子、梅崎昌裕、永ノ尾信悟、大森美香、小川光、加藤裕美、筒井俊之、林耕次、原田信男、本郷一美、山田仁史
研究会
2012年11月23日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
野林厚志(国立民族学博物館)「「肉食行為の研究」共同研究の趣旨と見通し」
共同研究員全員・自己紹介、研究会の方向性についての意見交換
2013年3月16日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
五百部裕(椙山女学園大学)「ヒト上科における肉食行動の進化」
池谷和信(国立民族学博物館)「現在の狩猟採集民の狩猟行動と肉食-アフリカの事例を中心として-」
総合議論
2013年3月17日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第4演習室)
鵜澤和宏(東亜大学)「肉食行動と人類進化 -先史人類の食性変化と身体・行動・社会の共進化-」
次年度の計画についての討議
研究成果

第1回目の研究会合では、研究代表者の野林が、研究計画全体の説明と研究課題の背景となる問題群の予察を行った。それをふまえたうえで、参加者が全員による自己研究紹介ならびに本研究会の問題意識との接合点について説明し、研究計画全体の目的ならびにそれぞれの役割分担の確認を行った。第2回目の研究会合では、肉食行為を人類進化史の観点から議論することを目的とし、霊長類、初期人類、狩猟採集民の肉食行為についての研究発表と議論を行った。霊長類の狩猟対象の選択性や食肉獲得そのものが日和見的であるのにたいし、人間の狩猟も含めた食肉獲得の手段の多様性が明らかとなり、肉食が「計画的」「既知」なる行為ゆえに人間が意味付けをする機会が増えていくという、肉食の生態学的側面から文化的側面への変換点がうきあがった。進化史的な視点から考えた場合、肉食は生態学的な適応をこえて、生物に変化をもたらせる(具体的には「人類」への進化と「大脳化、人間化」)一つの要因となったシナリオは、肉食のインパクトがいかに強いものであるかがあらためて示されたと言える。草食動物の肉食行動や肉食動物の肉食による変化(進化上)についても今後の問題群に加え、比較進化論的にもとらえる必要があることが明らかとなった。