明治から終戦までの北海道・樺太・千島における人類学・民族学研究と収集活動――国立民族学博物館所蔵のアイヌ、ウイルタ、ニヴフ資料の再検討
キーワード
北海道、樺太、民族資料収集
目的
国立民族学博物館が所蔵する北海道、樺太、千島の民族資料のうち、第二次世界大戦終戦までに収集されたことが明らかなものは、アイヌが1000点以上、ウイルタで280点以上、ニヴフで70点以上ある。これらは伝統的な特徴をよく残しており、素材や製作技法といった物質文化研究を進めるうえで重要であるとともに、現在では収集できない貴重なものが多数含まれている。 ただ残念なことに、当時の調査・収集時の誤解・誤認や資料管理の限界、また、数度の管理替えによる情報の紛失、転記・入力時のミスなどにより、資料データの欠けているものや誤りが少なくない。しかし、これらの資料は収集者が明らかなものが大部分で、その足跡をたどることによって、情報を再検討し、修正・追加できる可能性が十分にある。 本研究では、各民族の物質文化、言語等に関する専門家が共同研究を行うことによって、資料に適正な情報を付すとともに、あわせて明治から昭和前期までの人類学または民族学者と被調査者・資料提供者との関係など、資料が集められた当時の研究状況と社会的な背景を明らかにする。
研究成果
本研究が目的のひとつとしていた、国立民族学博物館が所蔵する北海道、樺太、千島の民族資料のうち、第二次世界大戦終戦までに収集された標本資料の情報の再検討については、数的に大きな部分を占める東京大学理学部人類学教室旧蔵資料と日本民族学会附属民族学博物館旧蔵資料を中心に、おもな収集者の活動の足跡や記録の検討をおこなった。なかでも、これまでほとんど知られていなかったものとして、以下のものを撮影またはスキャニングして、資料の新たな情報を確認することができた。一つは、東京帝国大学理科大学時代の1884年に発行された”Catalogue of archaeological specimens with some of recent origin”に記載のアイヌ民族資料のうち、民博に移管された資料と照合できたものが30点以上あり、所蔵している中で最も古い資料であることがわかった。また、東京大学所蔵の坪井正五郎関連資料のなかには、1907(明治40)年の樺太調査のフィールドノートやスケッチブックと報告や講演内容が所収された雑誌抜刷があり、調査の経緯や収集された資料について新たな情報が確認された。
さらに、日本民族学会附属民族学博物館(1939~62)の活動の中心的存在だった宮本馨太郎が残した写真や資料カード(宮本記念財団所蔵)から、1938年に樺太で収集されたウイルタおよびニヴフの資料の詳細な情報が得られた。加えて、1950年に同館の野外展示として建設されたアイヌの家屋については、民博が100点以上の関連標本資料を所蔵しているが、建築時の記録写真(宮本撮影・約280カット)をはじめ、儀式や住まいに関する習俗などの一連の調査記録が残されており、総合的にきわめて貴重な学術資料であることを改めて確認した。
以上のように、標本資料の収集時の情報を集めるなかで、新たに見つかった文献や写真等が数多くあり、資料により正確な情報を付すことができると同時に、当時の民族学研究者らの関心事などが明らかになった。
2015年度
最終年である平成27年度は、成果刊行物を念頭に入れた研究会を2回開催する。東京大学理学部人類学教室旧蔵資料と日本民族学協会附属民族学博物館旧蔵資料を中心に、収集に携わった研究者らの目的と動向を詳らかにするとともに、被調査者であり民具類を提供したアイヌ、ウイルタ、ニヴフら先住民の収集時の状況や研究者との関係について明らかにする。それらをとおして日本の人類学・民族学の初期から、新制の日本民族学会になる1960年前半ころまでの、北の先住民に対する研究のありようを論集にまとめる。
また、旧蔵機関の資料カードと民博に登録されている情報の再検討・修正を引き続き進め、収集および管理の状況などとともに、調査報告をとりまとめる。
【館内研究員】 | 佐々木史郎 |
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【館外研究員】 | 大塚和義、小川正人、加藤克、北原次郎太、木名瀬高嗣、小西雅徳、田村将人、丹菊逸治、津曲敏郎、手塚薫 |
研究会
- 2015年11月7日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 成果出版に関する打ち合わせ
- 齋藤玲子(国立民族学博物館)「出版物の概要と構成案について」
- 全員「論文・報告の概要について」各30分程度
- 2015年11月8日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 全員「論文・報告の概要について」各30分程度
- 全員 討論および今後のスケジュール確認
研究成果
共同研究員各自がこれまでの成果を持ち寄り、成果刊行物に執筆予定の内容について報告し、討論をおこなった。とくに、平成26年度におこなった東京大学所蔵の坪井正五郎関連資料から見えてきた明治40年の樺太調査の経緯と収集された民族資料等の情報、および東京帝国大学理科大学時代の1884年に発行された”Catalogue of archaeological specimens with some of recent origin”に記載の資料のうち、民博に移管された資料と照合できたものが多数あったことは重要な成果であると確認された。
また、1938年に日本民族学会が派遣した北方文化調査隊として樺太で調査と資料収集にあたった宮本馨太郎が残した同学会附属民族学博物館の資料カードの情報が有用であることも再確認された。とくにウイルタ語やニヴフ語で表された標本資料の現地名は言語学の視点からも興味深い情報であり、博物館資料の表記法について課題を提起するものとしても注目された。
2014年度
引き続き、東京大学理学部人類学教室旧蔵資料と日本民族学協会附属民族学博物館旧蔵資料を中心に、情報の再検討・修正を進める。東大の資料カード類は、複数回の整理・作成が行われているが、いつ・だれが作成したのか不詳なものもあるため、それらの調査をしながら、記載情報の変化をつきとめる。
また、日本民族学協会が昭和13年に樺太に派遣した北方文化調査隊の一人、宮本馨太郎が残した調査時の写真と収集資料のカードの存在がわかったので、この調査内容と資料カードに記された情報について検討をおこなう。
さらに、この2つの大きなコレクション以外にも、個人が収集したある程度まとまったものがあるので、それらの収集の経緯と意図をさぐる。
併せて、データベースの修正・追加も逐次進めていく。
【館内研究員】 | 佐々木史郎 |
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【館外研究員】 | 大塚和義、小川正人、加藤克、北原次郎太、木名瀬高嗣、小西雅徳、田村将人、丹菊逸治、津曲敏郎、手塚薫 |
研究会
- 2014年9月24日(水)13:30~17:00(東京大学情報学環本館7階 演習室1)
- 齋藤玲子(国立民族学博物館)「坪井正五郎の北海道・樺太調査について」
- 2014年9月25日(木)10:00~17:00(東京大学情報学環本館7階 演習室1)
- 東京大学大学院情報学環附属社会情報研究資料センター所蔵「坪井家関係資料」のうち坪井正五郎関係資料とその内容に関する検証
- 2014年9月26日(金)10:00~16:00(東京大学情報学環本館7階 演習室1)
- 東京大学大学院情報学環附属社会情報研究資料センター所蔵「坪井家関係資料」のうち坪井正五郎関係資料とその内容に関する検証
- 研究計画に関する打ち合わせ
- 2015年1月24日(土)14:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 齋藤玲子(国立民族学博物館)「坪井正五郎の樺太調査関係資料から見えるもの」
- 加藤克(北海道大学)「旧東京大学理学部人類学教室資料の管理変遷について」
- 2015年1月25日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 木名瀬高嗣(東京理科大学)「国立民族学博物館所蔵資料と『アイヌ民族綜合調査』」
- 2015年2月28日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
- 山田祥子(北海道立北方民族博物館)「ウイルタ民族資料の現地呼称――資料カードと辞書の照合による民族誌研究の展開」
- 佐々木史郎(国立民族学博物館)「虻田で作られた木綿衣の分布と年代――ロシアおよび北海道の博物館の資料調査から」
- 2015年3月1日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 小西雅徳(板橋区教育委員会)「石田収蔵の第4回樺太調査(大正6年)について」(仮)
研究成果
引き続き、東京大学理学部人類学教室旧蔵資料と日本民族学(協)会附属民族学博物館旧蔵資料を中心に、情報の再検討・修正を進めた。とくに東大人類学教室の主任教授であった坪井正五郎(1863-1913)の遺した野帳や日記などと著作について調べ、明治時代におこなわれた北海道と樺太の調査・収集活動の状況を検討した。さらに、東大の資料カード類については、複数回の整理・作成が行われているが、それらを比較調査し、記載情報の変化をつきとめ、作成された時代や状況等を推察した。
また、日本民族学協会の旧蔵資料については、同協会が昭和13年に樺太に派遣した北方文化調査隊の一人、宮本馨太郎が残した収集資料のカードに記録されたウイルタ語およびニヴフ語の現地呼称について、共同研究員および特別講師の言語学研究者によって分析をおこない、調査時の状況や今後の課題について検討した。
2013年度
東京大学理学部人類学教室旧蔵資料と、アチック・ミューゼアムおよび日本民族学協会附属民族学博物館(後に文部省資料館)の旧蔵資料に付けられた札や直書きされた情報、およびカード類が、いつ・どのように作成されたかについて検証する。東大のカード類は、複数回の整理が行われているため、その間の資料情報の差異にも注目する。
また、収集者の中から、石田収蔵、宮本馨太郎、知里真志保など特定の研究者に焦点を当て、収集の足取りをたどるとともに、著作等から資料の性格をさぐる。
併せて、データベースの修正・追加も逐次進めていく。
【館内研究員】 | 近藤雅樹、佐々木史郎 |
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【館外研究員】 | 大塚和義、小川正人、加藤克、北原次郎太、木名瀬高嗣、小西雅徳、田村将人、丹菊逸治、津曲敏郎、手塚薫 |
研究会
- 2013年6月22日(土)13:30~17:00(板橋区立郷土資料館 講義室)
- 小西雅徳(板橋区教育委員会)「石田収蔵の樺太調査関係書類について」(仮)
- 石田収蔵の樺太調査関係資料の実見と討論
- 2013年6月23日(日)9:30~15:00(板橋区立郷土資料館 講義室)
- 北原次郎太(北海道大学)「日本民族学協会附属民族学博物館でのチセノミ(昭和25年)について」(仮)
- 田村将人(札幌大学)「サハリン先住民族の村落の変遷」(仮)
- 大塚和義(大阪学院大学)「明治期のアイヌの風俗写真について」
- 研究計画等の打ち合わせ
- 2013年11月9日(土)14:00~17:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- 齋藤玲子(国立民族学博物館)「東京大学理学部人類学教室旧蔵資料の情報カードについて」報告と検討
- 2013年11月10日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- 宇野文男(元・福井大学)「東京大学理学部人類学教室および日本民族学会附属民族学博物館旧蔵資料の受け入れと整理について」(仮)
- 研究計画等の打ち合わせ
- 2014年2月26日(水)10:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 次年度研究計画の打ち合わせ
- 木名瀬高嗣(東京理科大)「『第一回北方文化研究會記事』について」
- 小川正人(北海道立アイヌ民族文化研究センター)「宮本千萬樹の足跡を追う(1)」
- 討論
研究成果
2013年度は3回の研究会をおこない、引き続き東京大学理学部人類学教室と日本民族学会附属民族学博物館旧蔵資料のデータの確認や、おもな収集者の活動の足跡や記録の検討などをおこなった。この2大コレクションについては、1975年に民博に移管された際、受け入れを担当した宇野文男氏にどのように資料の整理・登録が行われたかを報告いただき、旧蔵先の原簿や台帳と本館での登録情報のあり方について検討した。
また、学会附属博物館の活動の中心的存在だった宮本馨太郎が残した写真や資料カード(宮本記念財団所蔵)を複写することができた。これらの資料から、1938年に樺太で収集されたウイルタおよびニヴフの資料の詳細な情報が得られた。また、1950年に同館の野外展示として建設されたアイヌの家屋の記録写真(約280カット)を端緒に、この家屋の建築や儀式、住まいに関する習俗などの一連の調査記録がきわめて貴重な学術資料であることを改めて確認した。
2012年度
民博所蔵のアイヌ民族に関する標本資料のうち、昭和前期までに収集されたものは、東京大学理学部人類学教室旧蔵資料と、アチック・ミューゼアムや日本民族学協会附属民族学博物館(後に文部省資料館)の旧蔵資料である。 初年度は、この二つの大きなコレクションの全容と収集者について把握することから始め、研究計画と分担を確認する。学会誌等に掲載された調査報告の再検討をはじめ、当時の新聞・雑誌や絵はがき・写真、また近年になって発見あるいは公開されるようになった収集者の日記やフィールドノートなどを活用することにより、収集地、用途、誰(民族/個人)から収集したかを個別に明らかにしていく。
【館内研究員】 | 近藤雅樹、佐々木史郎 |
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【館外研究員】 | 大塚和義、小川正人、加藤克、北原次郎太、木名瀬高嗣、小西雅徳、田村将人、丹菊逸治、津曲敏郎、手塚薫 |
研究会
- 2012年10月20日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
- 齋藤玲子(国立民族学博物館)「趣旨および民博所蔵のアイヌ、ウイルタ、ニヴフ資料の概要説明」
- 全員・自己紹介と研究テーマについて
- 2012年10月21日(日)9:30~12:30(国立民族学博物館 第3演習室)
- 全員・自己紹介と研究テーマについて
- 研究計画打ち合わせ
- 2013年1月18日(金)13:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 齋藤玲子(国立民族学博物館)「東京大学理学部人類学教室旧蔵のアイヌ、ウイルタ、ニヴフ資料とその付随情報に関する検証」
- 2013年1月19日(土)9:30~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
- 齋藤玲子(国立民族学博物館)「東京大学理学部人類学教室旧蔵のアイヌ、ウイルタ、ニヴフ資料とその付随情報に関する検証」
- 大矢京右(市立函館博物館)「馬場脩の研究・収集活動」
- 小西雅徳(板橋区立郷土資料館)「石田収蔵資料―特に北方民族調査について―」
- 加藤克(北海道大学)「東大人類学教室台帳とみんぱくデータベースの照合結果~今後の検討課題~」
- 2013年2月26日(火)9:30~17:00(徳島県立鳥居龍蔵記念博物館 講座室)
- 齋藤玲子(国立民族学博物館)「民博所蔵の鳥居龍蔵収集アイヌ、ウイルタ、ニヴフ資料について」
- 高島芳弘(徳島県立鳥居龍蔵記念博物館館長)「徳島県立鳥居龍蔵記念博物館の概要」
- 鳥居龍蔵収集のアイヌ、ウイルタ、ニヴフ資料の実見と討論
- 田村将人(北海道開拓記念館)「鳥居龍蔵のサハリン・樺太調査に関するいくつかの資料」(仮)
- 手塚薫(北海学園大学)「千島列島の考古学―鳥居の研究成果をどのように活用すべきか」
- 今年度のまとめと次年度研究計画打ち合わせ
研究成果
2012年度は3回の研究会を開催し、民博のアイヌ、ウイルタ、ニヴフ資料の概要を把握し、役割分担などを検討するとともに、主な収集者の足跡などの研究発表をおこなった。
資料については、東京大学理学部人類学教室旧蔵資料に関する目録や出版物の情報と現在のデータベースの比較をおこなった。また、資料の実見により、資料そのものや貼付された紙などに書かれた情報があるが、一部はデータベースに反映されていないことも確認した。
収集者については、岡正雄とともに昭和12?13年に樺太などで約170点の民具を収集した馬場脩、明治?昭和初期にかけて樺太での調査と収集を重ね、ノートや日記などの関連資料が残る石田収蔵、千島と樺太で貴重な資料収集と研究成果を挙げた鳥居龍蔵の研究歴や調査収集の足取りについての発表があった。これらに基づいて討論をおこない、今後の課題を検討した。