現代消費文化に関する人類学的研究――モノの価値の変化にみるグローバル化の多元性に着目して
キーワード
消費文化、モノ、グローバル化
目的
本研究の目的は、モノの流通・消費をめぐるグローバル化現象の多元性に注目した、現代消費文化に関する人類学的研究の新しい可能性を提起することにある。具体的には、アフリカにおける中古品やコピー商品、タイに輸入される日本アニメ、ガーナやラオスのフェアトレード製品、ネパールの宝石、既製服化される中国ミャオ族の民族衣装、トルコの手織り絨毯、エジプトに浸透する空手や化粧品、鯨肉の流通・消費における日本人論の消費といった多様なモノの流通・消費にかかわる事例報告をおこない、以下の二つの課題に取り組む。第一に、先進諸国・新興国・研究対象地域のあいだをモノが動くプロセスと、そこでのモノの価値変化を明らかにし、グローバルな経済システムの再編・再創造のあり方を考察する。第二に、モノの流通・消費の実践にみられる研究対象地域の自己表現のあり方やアイデンティティの変容、新しい環境観・ジェンダー観、階層化や世代間関係を析出し、研究対象地域間、および日本をふくむ先進諸国におけるそれらとの共通性・異質性を考察する。
こうした状況を踏まえ、本研究では帰還移民の生活世界について比較民族誌的に考察をし、まずは「帰還」や「故郷」をめぐる概念の再検討を行いたい。それにより人類学内での理論的な統合を試みることで、他分野との帰還移民研究の対話に向けてのモデルを構築できる。更には、人類学的研究では見過ごされがちであった20世紀の(脱)植民地/帝国化といった歴史性にも配慮しつつ、両概念を批判的に検討することを通して、「帰還移民」の生活世界の創造や戦略といった問題群に切り込む方法論を案出することを目的としている。
研究成果
消費を対象とした人類学的調査・研究の困難性として、生産者や流通業者とは異なり、消費者はモノを消費するにあたり必ずしもまとまりやコミュニティを形成しないことが挙げられる。本研究会では、これを打破する人類学的なアプローチとして、(1)モノの移動とその過程におけるモノの価値変化に着目する視座、(2)日常的な消費を通じた自己や集団のアイデンティティの構築・変容に着目する視座、(3)モノが消費される場面におけるモノと人のエージェンシーの相互関係を微細に観察する視座を検討しつつ研究会を実施してきた。しかし研究会を進めるなかで、消費(者)と流通(者)、消費(者)と生産(者)のあいだにはある種の断絶があること、しかしいずれにケースにおいてもモノの価値や消費のコンテクストを転換させ、仲立ち・橋渡しする「インターフェイス」(境界/接合面)が存在し、そこに位置づくアクターのミクロな実践にはいくつかの共通性があることが明らかになった。そこでまず、メンバーが扱う現象を(1)グローバルな消費や市場の変化により、ローカルな生産物の価値や意味づけが変化(例:フェアトレード化・工業製品化・既製服化・希少な伝統食品化)する動態(牛久、箕面、田村、宮脇、若松)(2)グローバル化や近代化より消費のコンテクスト(社会階層間、ジェンダー間の関係)が変化する動態(鳥山、相島)、(3)新たなモノをローカルな社会に導入したり、モノを新たな方法でグローバルに流通させる動態(小川、宮脇)に区分したうえで、その「インターフェイス」で生じる価値の折衝や転換を担うアクターの実践に焦点を当てたアプローチの構築を目指した。それは、消費や生産・流通を特徴づける明瞭な文化的境界を自明視した複数主義的アプローチに限界があることが明らかになった後に、それでも特定の消費文化が一元的に世界を覆っていくのでも、あるいは消費文化がアトム化された個人による無限の多元性へと分解されるのでもなく、モノの消費や意味づけをめぐる文化的な境界線、消費をめぐるグローバル化現象の複数性・多元性は複数のインターフェイスにおいてそのつど再定義・再構築されているという視座で、現行のグローバルな消費文化の動態にアプローチする有効性を主張しうるものであった。
2014年度
前年度は諸事情により開催が計画通り進まなかった。前年度は、フェアトレード商品の流通と消費を、ラオスのコーヒーおよびガーナのバスケットの事例から検討し、それぞれのフェアトレード商品の市場や消費者の嗜好・需要に起因する様々な制約・問題をやりくりするうえで中間業者・組合が果たしている役割について多角的に議論した。最終年度にあたる2014年度は、前年度に残した課題を含め、3回の研究会を実施する。第1回は、民族衣装と絨毯など特定の地域の工芸品がグローバル商品化していくプロセスに着目し、生産者コミュニティやディアスポラの実践、彼らによるモノに対する意味づけの変容を議論する。第2回は、エジプトの学校教育やメディアを取り上げ、中流階級が教育・学校をブランド化・商品化していくプロセス、ネパールの宝石の土産物化と商品取引のあり方の変容過程を検討する。第3回は、モノの価値が越境やグローバル化を通じて変容していくプロセスについて総合討論を行い、学会発表での分科会発表およびその後の論文集の出版計画について検討する。
【館外研究員】 | 相島葉月、牛久晴香、田村うらら、鳥山純子、箕曲在弘、宮脇千絵、若松文貴、渡部瑞希 |
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研究会
- 2014年7月13日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2セミナー室)
- 今年度の研究計画について意見交換(小川さやか)
- 宮脇千絵(国立民族学博物館)「手製から既製服へ-中国雲南省におけるモンの服飾の商品化・流通・消費」
- 相島葉月(マンチェスター大学)「教養へのあこがれ―現代エジプトの都市中間層によるイスラーム・教育・メ ディアの消費をめぐって」
- 討論
- 2014年12月20日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第1セミナー室)
- 今年度の研究計画について意見交換
- 鳥山純子(東京大学)「現代カイロの教育学校市場に関する一考察――分析ツールとしての「消費」概念を援用して」
- 小川さやか(立命館大学)「消費の人類学の論点整理と成果公開について」
- 討論
- 2015年2月1日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1セミナー室)
- これまでの研究会と今後の成果公開について意見交換
- 田村うらら(金沢大学)「トルコ絨毯のグローバルな消費について」(仮)
- 渡部瑞希(一橋大学)「フレンドへの信頼と懐疑から生成する取引空間――ネパールの観光市場、タメルにおける宝飾商売の事例から」
- 討論
研究成果
本年度は、計3回の共同研究会を開催した。第一回目は小川が、昨年度の共同研究の論点を整理した後、二つの個人発表がなされた。宮脇は、中国少数民族ミャオ族の民族衣装が既製服化されるプロセスに光をあて、装いと民族アイデンティティを結びつける他者からの視線や識別と着用者による認識のずれを考察した。また相島は、現代エジプトの都市中間層による聖典の暗誦教室やメディア、教育の消費が「教養」の獲得の切望と結びついていることを示し、中流層的な倫理観とモダニティの関係性をめぐる従来の議論を再考した。第二回の研究会では、鳥山が大塚英志の「物語消費」論を援用して、社会的成功をめぐる「神話」により、エジプトの中間層のあいだでいかに学校選択という記号消費が過熱していくかを論じた。第三回では、田村が古い絨毯に価値を置く消費者の志向性と呼応した/を創造するトルコ絨毯のビンテージ化と修繕の試みについて報告した。また渡部はネパールの宝石商が観光客の購買行動や消費に「フレンド」という「信頼」をめぐる記号を用いていかに働きかけているかを議論した。本年度で予定していたすべての研究発表を終え、メンバーの共通した切り口としてモノの価値や消費のコンテクストの断絶をつなぐ「インターフェイス」に注目したアプローチが析出された。
2013年度
2013年度は、前年度に整理した消費の人類学的研究の議論をふまえて、以下のテーマに関して3回の共同研究会を開催する。第1回は、民族衣装、バスケット、絨毯、宝石といった当該地域の工芸品が商品化、フェアトレード製品化、観光資源化、既製品化、大量生産化されるプロセスに着目し、真正性や偽物性、伝統といった概念と、モノ(の消費)を媒介としたコミュニティの生成やアイデンティティの変容を議論する。第2回は、エジプトの中流階層にとってのスポーツや学校教育、ムスリム女性にとっての化粧など、新しい消費スタイルの浸透により当該地域のジェンダー観や階層観、環境観の変容を議論する。第3回は、鯨肉や中国製のコピー製品、日本アニメなどのモノのグローバルな流通・消費にともなった特定の国や人種、民族のイメージの変容・消費について議論する。
【館外研究員】 | 相島葉月、牛久晴香、田村うらら、鳥山純子、箕曲在弘、宮脇千絵、若松文貴、渡部瑞希 |
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研究会
- 2013年7月21日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2セミナー室)
- 小川さやか「本年度の予定と昨年度のまとめ」
- 箕曲在弘「<消費>を通して考察するラオス南部コーヒー生産地域の動態」
- 牛久晴香「アフリカ農村と先進国市場をつなぐ仲介者」
- 総合討論
研究成果
本年度の共同研究会では、代表者の小川が、昨年度におこなった共同研究の論点を整理した後、フェアトレードを通じたモノの価値の転換をテーマとして二つの個人発表がなされた。箕曲は、ラオス南部における農民組合の独自の活動形態・倫理に関わる問題点に焦点を当て、現行のコーヒーのフェアトレード商品化をめぐる変容について発表した。また牛久は、ガーナのバスケット産業において厳しい納期や品質基準を求めるフェアトレード企業と取引する生産者グループと同時に、それらのフェアトレード企業との取引からこぼれ出る人びとが取引するインフォーマルな交易空間が同時並行的に発展していることを論じた。対象地域や商品は異なるものの、両者の発表からは先進諸国の消費者と現地の生産者をつなぐインフォーマル/セミフォーマルな中間アクターや空間が、現行のフェアトレードを支えるバッファーとして機能しており、ここに商品の価値の転換や折衝を解きほぐす鍵があることが明らかとなった。これらの議論を踏まえ、現在『民博通信』No.146に成果の一部を執筆中である。
2012年度
本共同研究は2年半の予定で実施する。初年度である2012年度には、2回の研究会を実施する。第1回は、研究代表者が昨今の消費をめぐる文化人類学的研究に関する整理をおこない、本共同研究の趣旨説明をおこなう。また、グローバルなモノの流通・消費におけるモノの価値変化(モノの履歴)に着目して、グローバルな消費システムの再生産・再編を問う研究会をおこなう。具体的には、先進諸国の中古品や中国製のコピー商品、日本アニメ・漫画、化粧品といったモノが当該諸国へと流入し、商人や消費者により新しい価値が付与されるプロセスに着目した研究会を実施する。
第1回「趣旨説明」
第2回「モノの履歴にみるグローバルな消費システムの再編・再創造」
【館外研究員】 | 相島葉月、牛久晴香、田村うらら、鳥山純子、箕曲在弘、宮脇千絵、若松文貴、渡部瑞希 |
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研究会
- 2012年12月23日(日)13:30~17:30(国立民族学博物館 第1セミナー室)
- 小川さやか「(趣旨説明)現代消費文化をめぐる人類学的研究」
- 共同研究員参加者全員「これまでの研究と本共同研究会での研究テーマ」
- 2013年2月16日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2セミナー室)
- 前回欠席者「これまでの研究と本共同研究会での研究テーマ」
- 小川さやか(国立民族学博物館)「非正規品の世界からみる現代アフリカの消費文化」
- 若松文貴(ハーバード大学)「日本における鯨肉の流通・消費と文化ナショナリズム」
研究成果
第一回の共同研究会では、消費を対象とした人類学的調査・研究の困難性として、生産者や流通業者とは異なり、消費者はモノを消費するにあたり必ずしもまとまりやコミュニティを形成しない点について確認し、これを打破する人類学的なアプローチとして、(1)モノの移動とその過程におけるモノの価値変化に着目するという視点、(2)日常的な消費を通じた自己や集団のアイデンティティの構築・変容に着目する視点、(3)モノが消費される場面におけるモノと人のエージェンシーの相互関係を微細に観察するという視点について検討した。これらの議論を踏まえ、現在、『民博通信』No.141に本共同研究会の紹介を投稿中である。また、個人発表として小川さやか(国立民族学博物館)が第一の視点および消費者が商品に付与する価値・実践を生産者や流通業者が商品に付与する価値・実践との連続性のうえで捉える視座について、また若松が第二の視座について、鯨肉をめぐる商品フェティシズムと文化ナショナリズムとの交差を検討する報告をおこなった。