国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ランドスケープの人類学的研究――視覚化と身体化の視点から

研究期間:2012.10-2015.3 代表者 河合洋尚

研究プロジェクト一覧

キーワード

景観、視覚化、身体化

目的

グローバル化の進展に伴い世界各地で地域的特色をつくりだす動きが顕著になっているが、なかでも自然、建築、公園などの景観は、現地の歴史文化や民族文化と結合し、その特色を示すランドマークとなっている。しかし、こうした景観と文化のポリティクスの関係性について、我が国の人類学はいまだに十分な議論を展開しておらず、景観人類学という分野も定着していない。本共同研究は、多様な行為主体による景観への意味付与や競合に焦点を当てることで、景観研究における人類学の意義と役割を考察する。
本共同研究は具体的に、主に二つの視点から、世界各地における景観形成のメカニズムを検討する。まず、地方政府、プランナー、開発業者、旅行会社、マス・メディアなどが、紋切型の現地文化を可視化し、現地らしい景観を物理的に構築していく「視覚化」の力学(1)について探求する。次に、そうした景観が住民、観光客、芸能集団の身体経験に基づき再解釈されていく「身体化」の過程(2)を、民族誌的記述により探求する。さらに、この二つの枠組みを統合する理論モデル(3)を導き出すことで、日本における景観人類学の促進を図ることを、本共同研究の目的とする。

研究成果

景観人類学は1990年代に欧米で台頭した分野であり、日本でも若手を中心として、この分野に関心をもつ人類学者が増えている。本研究会は、社会‐文化人類学を主軸とし、生態人類学、考古学、民族音楽学などを背景とする研究者とともに、景観人類学の課題と展望について議論をおこなった。最初は「景観」をめぐる概念や、「景観」を扱う方法論などが異なっており議論がかみあないこともあったが、2年半にわたって各自の研究を包括する視点を見出すとともに、従来の景観人類学を乗り越えるパラダイムを模索した。そのなかで、次の三つのアプローチから景観人類学を再考する視点が提示された。
 第一は、地方政府、プランナー、開発業者、旅行会社、マス・メディアなどにより政治的に形成された外的景観と、住民、観光客、芸能集団の身体経験に基づき形成される内的景観との、関係性を捉えるアプローチである。従来の景観人類学では、両者が対立し競合する側面が強調されてきたが、特に中国、日本、アメリカ、中東の事例より、両者が併存し整合する側面があることが明らかとなった。第二は、身体とマテリアリティの関係性に着目するアプローチである。景観人類学では、象徴人類学や認識人類学の影響のもと、各集団が環境に意味を付与する側面に注意が払われてきた。それにより、環境には豊富な文化的意味が込められており、それを解読することが景観人類学の主な手法の1つであった。それに対し、本研究会では、マテリアリティ(自然や建築など)の変化に応じて人間の身体実践が偶発的に変化する側面にも注意を払う視点が提起された。第三は、政治とマテリアリティの関係である。景観をめぐる諸科学は、これまで都市計画を通して景観が物理的に形成されていく政治学を論じてきたが、この過程にはしばしば民族文化の活用がかかわる。それゆえ、景観の政治的な形成および景観問題への関与についても人類学者が関与しうることを確認した。
 このように、本研究会では、政治⇔身体、身体⇔マテリアリティ、マテリアリティ⇔政治の三角形を「景観人類学の三つの位相」として提示し、それぞれの位相で従来の議論を乗り越える試みをなすことができた。

2014年度

本年度は最終年にあたる。本年度は、まず景観のポリティクスについて、引き続き南アジア、東南アジア、東アジアの事例から検討する。また、景観の考古学的研究との関係について理解を深めるとともに、「音の景観」(サウンド・スケープ)についても議論をし、聴覚、触覚などによる景観の形成も考察することで、「身体化」に関する理解を深める。そのうえで、本研究会で提示されてきた事例と考察を最終回でレビューするとともに、「視覚化」と「身体化」という景観人類学の二つの分析枠組みを乗り越えるモデルを導き出す。特に、(1)物質としての景観、(2)政治経済的な要求により視覚化された景観、(3)地域住民により身体された関係、の相互の関係性について注意を払いつつ、地域的な差異にも考慮して議論を展開する。それにより、従来の景観人類学に対して新たな枠組みを提示する。

【館外研究員】 石村智、岩田京子、大西秀之、小西公大、小林誠、里見龍樹、辻本香子、椿原敦子、土井清美、安田慎
研究会
2014年6月28日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
小西公大「風車が村にやってきた!――インド・タール沙漠における風力発電開発事業と変容する社会的景観」
辻本香子「共有される/されない音風景―香港の龍舞の屋外活動をめぐって」(仮)
2014年6月29日(日)10:00~16:00(国立民族学博物館 第2演習室)
石村智「景観を読む―Reading the Landscape―」
総合討論
2015年1月10日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
河合洋尚、岩田京子、椿原敦子、安田慎「研究成果原稿読み合わせ(1)」
2015年1月11日(日)10:00~16:30(国立民族学博物館 第1演習室)
大西秀之、石村智、辻本香子「研究成果原稿読み合わせ(2)」
研究成果

最終年である平成26年度は、3名の発表者が事例報告をおこなった。今年度は、景観人類学において今後重要になると思われる、二つの問題について主に議論を展開した。第一は、景観と五感との関係性についてである。従来の景観人類学では、景観の概念がまなざしと関係するため、特に視覚について焦点を当ててきた。それに対し、本研究会は、景観人類学の議論における視覚への偏重を確認するとともに、視覚以外の五感(聴覚、嗅覚、触覚)にいかにアプローチしていくかについて議論した。第二は、応用実践への取り組みである。目下、景観人類学は、景観の形成とその競合を論じることはあっても、景観問題を解決することに必ずしも注意を払ってきたわけではない。この状況を鑑みて、景観問題の解決に取り組もうとする先行研究を整理するとともに、インド、カンボジアなどの事例から、人類学が景観問題にいかように役に立ちうるのか討議した。さらに、パブリックパブリック人類学/考古学と景観人類学の接点についても新たに確認することができた。

2013年度

本年度は、景観をめぐるポリティクスについて、ロシア、スペイン、インド、メラネシア、ポリネシア、アメリカのイラン系移民など、諸地域の事例をとりあげ比較・検討する。特に、景観の視覚化と身体化をめぐる諸現象として、(1)市場経済化、文化遺産保護、市の条例などにより景観が政策的に形成されてきた側面、及び、(2)地域住民の経験、遊歩、対話、土地利用、世界観などによりオルターナティブな景観が再構築されてきた側面、に焦点を当てる。また、景観人類学の先行研究で不足していた時間的変化の問題、認識/物質の関係性の問題、及び生態学的アプローチとの接点についても議論し、従来の理論的アプローチの乗り越えを図る。

【館外研究員】 石村智、大西秀之、小西公大、小林誠、里見龍樹、辻本香子、椿原敦子、土井清美、安田慎
研究会
2013年7月6日(土)14:00~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
大西秀之(同志社女子大学)「生態学的アプローチによる景観人類学の可能性――ソビエト体制期のナナイ系先住民の集落景観」
山越言(京都大学)「構築される自然――西アフリカにおける景観イメージのポリティクスと自然保護」
2013年7月7日(日)10:00~16:30(国立民族学博物館 第1演習室)
土井清美(東京大学大学院)「もうひとつのヘリテージ・ツーリズム――表象と形象のあいだ」
里見龍樹(東京大学大学院)「ソロモン諸島マライタ島の『海の民』における土地利用、『資源』概念と景観体験」
総合討論
2014年3月1日(土)14:00~16:00(国立民族学博物館 第2演習室)
椿原敦子(国立民族学博物館)「まなざしのコンフリクトと景観の創出――ビバリーヒルズ市におけるデザインビューのプロセスから」
安田慎(帝京大学)「『共有の連鎖』が生み出す風景――ザムザム・タワー建設とマッカ宗教景観論争をめぐって」
2014年3月2日(日)10:00~17:30(国立民族学博物館 第2演習室)
岩田京子(立命館大学)「京都・嵐山「景観まちづくりサロン」にみる風景をめぐるコンフリクトの解決方策の検討」
小林誠(日本学術振興会)「地球温暖化に「沈む島」ツバルとインターネット空間における被害者の景観化」
総合討論
研究成果

平成25年度は、8名の発表者が世界各地の事例を踏まえながら人間と景観の関係性について討論した。その研究成果は多岐にわたるが、全体の方向性としては、景観人類学における<空間>と<場所>の分析枠組みのうち、<場所>における生態、記憶、マテリアリティをより考察していくことの重要性が再確認された。そのうえで、従来の景観人類学が「認識論」に偏りがちであったことを反省し、人間の行為性やマテリアリティを景観人類学の分析モデルにいかに組込んでいくかの議論が交わされた。他方で、従来の景観人類学において、<空間>の生産および景観形成の議論は、特に国家権力の強いアジア、ヨーロッパ。北米に関する事例に集中してきたが、本研究会ではアフリカやオセアニアにおける事例も提起された。さらに、<空間>と<場所>とを対立して捉えてきた従来の景観人類学を反省する動きとして、対立・競合ではなく、整合・併存・共有といった視点も新たに提示された。

2012年度

初年度は、景観人類学における「視覚化」と「身体化」の概念を検討し、本共同研究会における論点と課題を共有する。具体的には、研究代表者の河合が趣旨説明を行い、景観人類学の研究動向をレビューした後、参加メンバーが各自の事例および問題関心と結びつけ、議論を深める。同時に、景観人類学の先行文献を解題するための役割分担を取り決め、理論的基盤を作る準備をなす。

【館外研究員】 石村智、大西秀之、小西公大、小林誠、里見龍樹、辻本香子、椿原敦子、土井清美、安田慎
研究会
2012年10月14日(日)14:00~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
趣旨説明
河合洋尚(国立民族学博物館)「景観人類学の理論と射程」
全体ディスカッション「景観人類学の方法論、課題、可能性について」
今後の計画について
研究成果

景観人類学をめぐる課題を認識し、議論の土台をつくるため、特に1990年代欧米諸国で展開されてきた議論を整理し、討議した。具体的には、景観人類学の基本的視座、概念や台頭した理由、研究史、射程ついて発表し、現段階における問題点や課題について、社会文化人類学、生態学、考古学などの視野から議論した。  景観人類学は、ここ二十年間多くの研究成果を生み出しているが、とりわけ景観の「視覚化」と「身体化」をめぐる二つの方向に乖離している。しかし、これらの方向性はいずれも認知論に偏重しているため、他分野との対話を促進し、また、景観人類学の脱領域的な方向性を模索するためには、物質論をより重視すること、さらに認知性と物質性の間の関係性をより明確にしていく必要があることを確認することができた。他方で、この研究会では、「視覚化」と「身体化」をめぐるアプローチだけでなく、両者の相関関係を探求する第三のアプローチに取り組んでいく課題も確認され、地域的な多様性、および時間的な変遷などを考慮した研究をより促進していく方向性が、理論と事例の両面で示された。