国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

「国家英雄」から見るインドネシアの地方と民族の生成と再生

研究期間:2012.10-2015.3 代表者 津田浩司

研究プロジェクト一覧

キーワード

国家英雄、地方と民族、文化の創造

目的

現代インドネシアでは、中央の民主化と地方分権化政策に呼応した地方の小地域社会や民族集団が、独自の文化や歴史を創生し、国家レベルの認証制度を活用しながらその権威づけを目指す動向が顕在化している。本研究では、これらの諸動向を複数の地域・民族間で比較検討することで、対象社会が国家中央との関係を模索しながら文化的自己呈示を行い、そこから「地方」や、特定地域への帰属によらない「民族」といった人間集合が生成、再生する動態を、文化、歴史、政治、開発など複眼的に考察する。具体的には、本来は国民統合の手段であった「国家英雄」認定制度に注目することで、1.近現代の国民国家の形成過程を再検討し、2.国民統合とは異なる次元で進む「国家英雄推戴運動」による地域振興や文化創生の現状、3.その動機と背景となる各対象社会の歴史過程を共通の問題として探求しながら、脱中央集権を標榜する国民国家と「地方」や「民族」との関係を、グローバルな政治経済的状況や民主化動向を視野に明らかにすることを目指す。

研究成果

本共同研究では計5回の研究集会で計15件の発表を実施した。メンバーはインドネシアを専門領域とする政治学・歴史学・文化人類学の若手研究者からなった。さらに、親族(故人)に国家英雄をもつインドネシア人文化人類学者Fadjar Ibnu Thufail氏を特別講師に迎えることで、インドネシア人の視点から見た当該制度についての議論も可能になった。具体的な成果としては下記の諸点があげられる。
①例えば制度草創期にはスカルノ体制を支持し体現する人物が、スハルト期には国民統合と足並みをそろえながら全国各州から網羅的に英雄が認定された。この様に、国家英雄制度の成立から今日までの変遷を分析した結果、国家建設期や国民統合、民主化・地方分権化が進む現代までのインドネシアの政治社会的展開と、その時々に中央政府が想定する英雄像には密接なかかわりがあることが明らかになった。
②国家英雄という共通のテーマによって、多様な民族・地域・団体が、それぞれにインドネシア国家でのプレゼンスを確立しアピールしようとする際に英雄認定という手段を採用する背景と動機付けを、地域史、集団間の競合関係、自然・社会的資源の状況などに注目しながら、より有機的な形で比較検討し明らかにすることができた。
③その結果、民主化と地方分権化が進む現代インドネシアにおいてこそ、地方社会では、中央政府による度重なる制度改正に敏感に対応しながら、地元から国家英雄を輩出しようとする動向が益々加熱しており、結果として微細な地域的多様性を示しながらも、「国家建設や発展に貢献した」という政府が想定するモジュールに適合した国家英雄が毎年続々と誕生している現状が捕捉できた。
④この地方社会における国家中央による認証志向の高まりは、現代インドネシアにおけるナショナリズムの今日的特性のひとつ、あるいは新たな展開の萌芽的状況を示しているとみられる。この知見は、今後、他国のナショナリズムの現状と比較し、成熟期に入った国民国家における国家の意義を検討していく上でも重要な参照点となりえ、ナショナリズム研究に新たな視点を提供しうるものである。

2014年度

本年度もひきつづき研究集会を2度実施する予定である。研究集会では、各メンバーの研究成果に基づき、各事例の共通性と差異について、各地域社会の政治・経済状況や文化的特性、歴史過程を踏まえて相互反照的に検討する。具体的にはまだ発表を行っていないメンバーによる、ティモール島、カリマンタン島などの諸社会・諸団体における事例および政治学や地域研究の視点からの発表を予定している。文化人類学だけではなく、連携研究分野の研究者とともに新たなインドネシア研究の可能性、ひいては、インドネシア以外の地域における研究にこれを援用する際の可能性と方法論を模索し、また、共同研究会の成果公開のため、共同研究メンバーが多く参加している東南アジア学会等での分科会や、研究報告執筆などの企画を進める。

【館外研究員】 太田淳、岡本正明、小國和子、金子正徳、北村由美、佐々木拓雄、中野麻衣子、見市建、森下明子、森田良成、山口裕子、横山豪志
研究会
2014年7月19日(土)11:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
小國和子(日本福祉大学)「地方分権時代の<国家>英雄―南スラウェシにおけるSultan Daeng Raddja家族の語りを中心に」
森下明子(京都大学)「なぜ国家英雄推戴の動きが活発な地方とそうでない地方があるのか~カリマンタン4州の国家英雄推戴の動向を比較しながら考える~」
森田良成(大阪大学)「西ティモールと新しい国家英雄」
全体討論
2015年2月22日(日)13:00~17:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
岡本正明(京都大学)「国民英雄の死後管理」
太田淳(広島大学)「国民英雄の歴史文脈――バンテンおよびランプンの歴史叙述から」
全体討論
研究成果

本年度は研究集会を2度実施し、各メンバーの研究成果に基づき、各事例の共通性と差異について、各地域社会の政治・経済状況や文化的特性、歴史過程を踏まえて相互反照的に検討した。具体的には、これまでまだ発表を行っていなかったメンバーによる、ティモール島、カリマンタン島などの諸社会・諸団体における事例および政治学や歴史学の視点からの発表をもとに、議論を行った。

2013年度

本年度は研究集会を2度実施する予定である。研究集会では、各メンバーの研究成果に基づき、各事例の共通性と差異について、各地域社会の政治・経済状況や文化的特性、歴史過程を踏まえて相互反証的に検討する。具体的には、イスラーム団体、バリ島、ティモール島、カリマンタン島などの諸社会・諸団体における事例発表を予定している。文化人類学だけではなく連携研究分野の研究者とともに新たなインドネシア研究の可能性、ひいては、インドネシア以外の地域における研究にこれを援用する際の可能性と方法論を模索し、また、共同研究会の成果公開のため、分科会などの企画を進める。

【館外研究員】 太田淳、岡本正明、小國和子、金子正徳、北村由美、佐々木拓雄、津田浩司、中野麻衣子、見市建、森下明子、森田良成、山口裕子、横山豪志
研究会
2013年7月6日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
山口裕子(一橋大学)「関連諸法令に見る「国家英雄制度」の変遷」
中野麻衣子(松蔭大学)「バリと国家英雄―無関心とその帰結」
横山豪志(筑紫女学園大学)「「3月1日総攻撃」に関する言説の変遷にみるスハルトの英雄化と脱英雄化」
参加者全員による総合討論
2013年12月21日(土)10:00~17:00(国立民族学博物館 第2セミナー室)
見市建(岩手県立大学)・「1998年以降のインドネシア映画―宗教、ナショナリズムと国家英雄」
昼食および本館展示見学
Fadjar Ibnu Thufail(インドネシア科学院・東京外国語大学)、「Moh. Yamin, from Talawi (West Sumatra) to Mangkunegara Palace: Ethnic Network, Revolution, and the Shaping of a Nationhood(ムハンマド・ヤミン、西スマトラ・タラウィからマンクヌガラ王宮へ:エスニック・ネットワーク、革命、そして国民性の形成)」(英語・インドネシア語)
参加者全員による総合討論
研究成果

平成25年度には2度の研究会を開催し、招聘講師1名を含む計5名が発表した。山口の発表では、国家英雄という存在が、独立以後の短い歴史の中でその時代の政治や、利害団体のありようを反映しながら紆余曲折を経て現在のような位置づけにあることが明らかになった。
中野の発表では、中央の意向により、地域史の中で好ましくない人物が選出され、地域社会における論争を引き起こした状況が明らかになった。また、バリ人のもつ独特な国家観と自己の位置づけが明らかになった。
横山の発表では、現在も国家英雄として認定するかどうか大きな議論が引き起こされるスハルト元大統領の英雄的事績がその統治期に創出されていった過程と、その辞任後に修正が進められた過程とを明らかにすることで、インドネシアにおける国史叙述の多角的な再検討を可能とした。
見市の発表では、国産映画の中でも近年顕著なテーマとなっている宗教とナショナリズムを分析することで、世代交代が進むインドネシアにおける「英雄」認識をみることができた。
最後にFadjar Ibnu Thufail氏の発表では、独立以後の国家形成に大きな理論的影響を与えたミナンカバウ人民族主義者ヤミンに注目し、多くのミナンカバウ人独立運動家が親族ネットワークでつながれていたこと、あらたな国家観構築に対してジャワ的な世界観が与えた影響、そして、同時代のインドの民族運動家であるガンジーやタゴールが与えた思想的影響などを明らかにした。

2012年度

初年度の平成24年度においては、研究会を1回(11月ないし12月頃に予定)開催する。研究会では、代表者より全体的な問題枠組の提示を行うとともに、国家英雄制度の近年の動態とも密接に関わる国史再考の動きも含め、具体的な研究報告を行う。あわせて、メンバーから各自の調査対象地域・事例および問題関心の概要を紹介してもらう。またこの初回研究会時に、特別招聘講師の意見も入れながら今後の研究方針・課題分担を具体的に議論すると同時に、インドネシアの国家英雄制度に関する法令や先行研究の洗い出しを行い、分担して精査を開始する。

【館外研究員】 太田淳、岡本正明、小國和子、金子正徳、中野麻衣子、見市建、森下明子、森田良成、山口裕子、横山豪志
研究会
2012年12月22日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
津田浩司(東京大学)「共同研究会趣旨説明」
金子正徳(三重大学)「データにみる「国家英雄」」
山口裕子(一橋大学)「東南スラウェシにおける「国家英雄」推戴運動の事例」
津田浩司(東京大学)「インドネシア近現代史の再考と国家英雄」
佐々木拓雄「"Pahlawan Nasional"をめぐる言説」
全体討論
今後の進め方について
研究成果

本年度は研究集会を1回開催した。各発表からは、国家英雄という制度を媒介としながら、地域社会・少数民族・宗教団体そして国家が、自らの過去・現在・未来を創造する社会文化動態や、その論理が明らかになった。議論を通じた成果をいくつか挙げるならば、(1)国家英雄の地理的な偏差や特性の時代変化、(2)ナショナリズムの論理が、抵抗の称揚から統治・馴化へと変容したこと、(3)周辺地域社会における転倒した周辺意識という、中央対地方の構図では説明できない動機の存在、(14)国家英雄の語りと公定のナショナル・ヒストリーにおける事後の必然性や目的論的語りという共通性、(4)国家英雄が、イスラーム急進派には「イスラームの闘士」という英雄価値を矮小化するものである一方で、穏健派には信仰とナショナリズムとを接合する装置として機能すること、(5)エリート主義的な国家英雄像への一般大衆の抵抗感、(6)スハルト体制期におけるナショナリズムの語りが国軍を支持勢力としたため武力闘争に中心をおいたという事実、などが挙げられる。