東南アジアのポピュラーカルチャー――アイデンティティ、国家、グローバル化
キーワード
東南アジア、ポピュラーカルチャー、アイデンティティ
目的
この研究は東南アジアの様々なポピュラーカルチャーを対象としている。研究の目的はグローバル化する現代社会における文化表現や身体表象の考察を通して、ジェンダー、エスニシティ、言語、宗教、階級などの差異が表現され、アイデンティティが生み出されるプロセスを明らかにすることである。対象地域の東南アジアは、その多くが20世紀後半に植民地支配からの独立を果たした国民国家であり、多様な民族文化を擁する国家としてのアイデンティティが模索されてきた。一方でポストコロニアル時代の国民国家は、民族や宗教の違い、地域間の格差、社会階級やジェンダーの格差などの様々な違いを抱えてきた。グローバル化する現代社会の中で、文化的表現の多くは「脱中心化」、「脱地域化」、「商品化」、「断片化」という状況を経験し、それらはしばしば既存の文化的境界を越えて流通し読み替えられている。この研究では、現代東南アジア社会における音楽、芸能、文学、映画、美術、ファッションなどの各分野におけるポピュラーカルチャー産業や各種メディアを研究対象としてとりあげ、文化的表現の生産と消費の場における人々の実践を通して現代東南アジア社会における自己意識形成の過程をとらえていきたい。
研究成果
研究会での議論を通して、東南アジアのポピュラーカルチャーに関する考察の背景として以下のような知見を得た。1980年代から1990年代における東南アジア文化に関する研究の多くは国民国家の建設と近代化を主要なテーマとしており、そこでは国民文化の代表的なリストして生産・流通・消費がなされる文化が主要な対象であり、国家やその構成要素である民族集団といった集合的アイデンティティと文化との関連が重視されてきた。一方で情報のグローバル化、新自由主義経済の台頭、メディアの発展の時代において、東南アジア文化に関する議論には多様な価値観の揺らぎや相克が見られる。このような変化を背景として、高まりつつある自己意識の形成と多様な価値観の相克について各地域の事例から検討する重要性について議論を行った。以上のような議論に基づき、①文化表現における人々のアイデンティティの多層性と流動性について、②国家統合を希求する文化活動や国家による文化表現の規制や検閲、③情報のグローバル化やメディアの発展などにより地域的枠組みを越えて流通・拡散する文化の様態、という3つの部分に各事例研究を位置づけた。
また以上のような現状を考えるための視点として、①メディアの発展による文化表現の変遷、②都市部中間層の人々による消費活動、③1970年代以降に生まれた新世代アーティストの役割、の3点に着目することについても検討した。
研究対象とするポピュラーカルチャーについては、ジャンルとしてとらえるというスタンスをとらず、その生産・流通・消費のあり方からとらえることの重要性について議論を深めた。多様なメディアを通して流通する文化表現に加えて、芸術の上演活動、コスプレやタトゥーなどを含む身体表象にも着目し、これらの表現が生み出され、広がっていくプロセスについて考察をおこなった。
2016年度
最終年度にあたる本年度は、各メンバーのテーマをより詳細に検討し合いながら、成果の刊行を目指した議論を行っていきたいと考える。また昨年度までに研究成果の報告がなされていないメンバーと昨年度の招聘がかなわなかった外部講師の成果報告会も含めて、全体で2回の研究会を計画している。具体的には、フィリピンの芸能における現代的諸相について(寺田)、ポピュラーカルチャーと宗教との関連についての人類学的考察(外部講師)などを予定している。また、メンバー全員による研究会の全体的なテーマに関するディスカッションと個々のテーマに関する検討会、出版社の編集担当者とメンバー全員との成果出版に向けての検討会を予定している。
【館内研究員】 | 寺田吉孝、福岡正太 |
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【館外研究員】 | 井上さゆり、小池誠、坂川直也、竹下愛、津村文彦、馬場雄司、平松秀樹、丸橋基、山本博之 |
研究会
- 2016年8月6日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 福岡まどか(大阪大学)「成果発表に向けて 序論:東南アジアのポピュラーカルチャー 構想発表(2)」
- 各メンバーによる執筆論文の構想発表(2)
- 見市建(岩手県立大学)「インドネシアにおける大衆文化 イスラームと地方首長の『キャラ立ち』」
- 総合討論
- 2017年2月26日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 福岡まどか(大阪大学)「成果発表に向けて 序論:東南アジアのポピュラーカルチャー」
- 各メンバーによる執筆論文の内容発表
- 池田茂樹(スタイルノート)「東南アジアのポピュラーカルチャー研究に関する芸術・音楽の側面からの考察」
- 総合討論
研究成果
2016年度は2回の研究会を行った。外部講師の見市氏による発表と討論においては、インドネシアにおける宗教、政治、大衆文化の相互の密接な関わりが提示された。イスラームの宗教的な規範が文化を規定する主たる要因となっているインドネシアの独自性について、また政治的活動の中で大衆文化が果たす役割について、などのさまざまな議論が展開された。池田氏による発表と討論においては、東南アジアのポピュラーカルチャーというテーマを芸術特に音楽に焦点を当てて研究しその成果を書物の形で社会に広く還元していく際のさまざまな課題や可能性が示された。
また2回の研究会を通して行った成果発表に向けた序論の内容に関する検討においては、東南アジアの多くの地域で文化表現に関わる多様な価値観に関わる議論が、国民国家建設の言説へ向かっていた時代を経て、より多様な方向性に向かいつつある現状にあるという知見を得た。こうした状況の変化をふまえた上で、序論の内容を組み立てていく方針について討論を行った。また各メンバーによる論考に関する議論の中ではそれぞれの論考の全体における位置づけと、相互の関連性について検討を行った。特に第2回の研究会では、実際の草稿を持ち寄って議論を行い、編集者であるスタイルノートの池田氏によるコメントをはじめ、細部にわたる検討を相互に行った。
2015年度
最終年度にあたる本年度は、各メンバーのテーマをより詳細に検討し合いながら、成果の刊行を目指していきたいと考える。また昨年度までに研究成果の報告がなされていないメンバーと昨年度の招聘がかなわなかった外部講師の成果報告会も含めて、全体で4回の研究会を計画している。具体的には、東南アジアにおけるインド映画の普及について(外部講師)、フィリピンの芸能における現代的諸相について(寺田)、タイの文学と映画について(平松)、インドネシアのイスラームファッションについて(福岡)、などの考察を予定している。また、メンバー全員による研究会の全体的なテーマに関するディスカッションと個々のテーマに関する検討会、出版社の編集担当者とメンバー全員との成果出版に向けての検討会を予定している。
【館内研究員】 | 寺田吉孝、福岡正太 |
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【館外研究員】 | 井上さゆり、小池誠、竹下愛、津村文彦、馬場雄司、平松秀樹、丸橋基、山本博之 |
研究会
- 2015年7月11日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 福岡まどか「アイデンティティと身体表象を考える:インドネシアにおける異性装の事例から」
- ウィンダ・プラティウィ「インドネシアの若者におけるコスプレ文化の誕生」
- 福岡正太「ファッション・デザイナー:インドネシア女性の生き方のモデルとして」
- 総合討論
- 2015年10月24日(土)14:00~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
- 岡光信子「インド映画の変容と東南アジアにおけるインド映画の受容の一例」
- 山下博司「インドの文学世界と現代東南アジア―受容・継承・交流をめぐるいくつかの事例に寄せて」
- 総合討論
- 2016年1月9日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
- 福岡正太「スンダ音楽の「モダン」の始まり―ラジオと伝統音楽」
- 平松秀樹「タイのポピュラーカルチャー再考」(仮題)
- 総合討論
- 2016年2月6日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 福岡まどか(大阪大学)「成果発表に向けて 序論:東南アジアのポピュラーカルチャー 構想発表(1)」
- 鈴木勉(国際交流基金)「シネマラヤの10年~映画を通した自画像の再構築」
- 総合討論
- 2016年2月7日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 各メンバーによる執筆論文の構想発表(1)
- 盛田茂(立教大学)「映画をとおしてみるシンガポールの現代社会――「シンガポールの光と影―この国の映画監督たち―」紹介」
- 総合討論
研究成果
2015年は4回の研究会を開催し、東南アジアの各地域における事例の検討を通して議論を深め、成果発表についての検討を行った。研究会のメンバーに5人の特別講師を加えた延べ10名の発表者からは、インドネシア、タイ、フィリピン、シンガポール、インドの諸地域における多様な事例が提示された。対象とされた事例は映画、音楽、舞踊、ファッション、身体表象、各種メディアの流通などの多岐にわたった。これらの事例研究の検討と議論を通して、コスプレやイスラームファッションの流行と人々のライフスタイルとの関連、メディアを通した文化の通時的変容、映画を通した東南アジアの人々の自画像の提示、などの諸テーマが浮かび上がってきたと考えられる。一方で地域横断的テーマとしては東南アジアにおけるインド文化特にインド映画の影響について、東南アジアにおける日本イメージの変遷についても考察を行った。これらの事例と問題設定を通して今後の成果発表の方針についても議論を行った。成果論文集序論の内容検討と各メンバーの執筆論文の構想発表会を行った。
2014年度
本年度は、各メンバーの研究対象地域や研究分野における調査成果の発表を通して、研究会のテーマの広がりの可能性を探っていきたい。様々な地域や事例について情報と成果を交換しそれらに関する考察と議論を行うために4回の研究会を行う。具体的には東南アジアのポピュラーカルチャーとメディアの関連についての概観(丸橋)、大陸部における音楽と芸能の現状に関する考察(井上、馬場)、宗教と表象メディアとの関連についての考察(津村)、他民族・多言語・他宗教社会における映画の表現についての考察(山本)、若者世代による映画製作の現状についての考察(竹下)、現代東南アジアにおける南アジア芸術の普及に関する考察(特別講師)を計画している。また次年度以降の研究会に向けての研究テーマや議論の枠組みを検討し、各メンバーの現地調査の計画、招聘講師の候補などについても検討する。
【館内研究員】 | 寺田吉孝、福岡正太 |
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【館外研究員】 | 井上さゆり、小池誠、竹下愛、津村文彦、馬場雄司、平松秀樹、丸橋基、山本博之 |
研究会
- 2014年7月5日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 竹下愛「巡回野外映画上映会「ラヤール・タンチャップ」の現在」
- コメント コメンテーター 福岡正太
- 丸橋基「インドネシアにおける1960年代の録音資料紹介:ロカナンタの資料を中心に」
- 総合討論
- 2014年10月11日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- 井上さゆり「ビルマの近現代歌謡と現代の演奏」
- 馬場雄司「メコンの歌師の現代的展開と『伝統』へのこだわり」
- 総合討論
- 2014年11月24日(月・祝)13:00~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 津村文彦「妖しげなるものの姿―タイのピー表象を手がかりに」
- 山本博之「マレーシア映画に見る混成性と境界性」
- 総合討論
- 2015年2月21日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 坂川直也「ベトナム映画のニューウェーブ(新潮流)――B級映画都市サイゴン復活以後」
- 竹村嘉晃「<インド舞踊>は国家と踊る――シンガポールにおける文化・芸術政策とインド芸能の発展」
- 総合討論
- 2015年2月22日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 篠崎香織「東南アジアにおける大衆文化の担い手としての華人――秩序転換に揺れた100年」
- 平田晶子「グローバル化するタイ東北地方音楽モーラム――聴かせる・魅せる・繋がる」
研究成果
2014年は4回の研究会を開催し、東南アジアの各地における事例の検討を通して議論を深めることを行った。研究会のメンバーに4人の特別講師を加えた10名ほどの発表者からは、インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナム、ミャンマー、シンガポールの諸地域における多様な事例が提示された。対象とされた事例は音楽、舞踊、映画、文学作品、各種メディアの流通などの多岐にわたり、文化表現と身体表象の生産と消費に関わる事例が検討された。これらの事例研究の検討と議論を通して、伝統芸術と現代芸術の相互関係、文化表現を通した社会関係構築の場の形成、地域や社会階層による情報格差、伝統的概念のメディアを通した図像化や表象、現代社会に見られる複合的な混成性のあり方、メディアや芸術実践によるディアスポラ社会の関係構築、などの諸テーマが浮かび上がってきたと考えられる。一方で、地域横断的テーマとしては東南アジアにおける華人文化の位置づけ、東南アジアにおけるインド文化の影響についても考察を行った。これらの問題設定を通して今後の成果の方針について議論を行い、研究成果の全体構成の大枠に各メンバーの研究を位置づけることも試みた。
2013年度
共同研究メンバー間で、ポピュラーカルチャー研究や東南アジアのポピュラーカルチャー研究における先行研究成果の検討やディスカッションを通して理論的枠組みや問題設定などを共有し、今後の基盤を築くために2回の研究会を行う。第1回目の研究会では代表者である福岡が、問題提起として東南アジアにおけるポピュラーカルチャー研究のレビューを提示した後、参加者全員で今後の研究活動について打ち合わせる。第2回の研究会では、インドネシアの事例を取り上げて、文化表現や身体表象と宗教、民族、階級、ジェンダーとの関わりについて考察する(小池・竹下)。
【館内研究員】 | 寺田吉孝、福岡正太 |
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【館外研究員】 | 小池誠、井上さゆり、丸橋基、竹下愛、馬場雄司、山本博之、平松秀樹、津村文彦 |
研究会
- 2013年11月2日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 福岡まどか(大阪大学)「東南アジアのポピュラーカルチャー研究にむけて」
- 各メンバーより 研究テーマの紹介と展望
- 2014年2月22日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- 福岡まどか(大阪大学)「研究成果のテーマ設定検討と今後の予定」
- 福岡まどか(大阪大学)「インドネシアのコミックにおけるジェンダー表現」
- 小池誠(桃山学院大学)「インドネシア映画における宗教と結婚をめぐる葛藤」
研究成果
2013年度の最初の研究会は、メンバー全員の調査地域の概要や研究テーマを確認し合い、東南アジアのポピュラーカルチャー研究において検討すべき諸課題を共有することから始まった。東南アジアという地域の多様性、そして様々な芸術ジャンルや身体表象などの研究対象の広がりを重視しつつ、音楽、映画、舞踊、ファッション、画像メディアなどに関する各メンバーのテーマの可能性を検討した。第2回の研究会ではインドネシアを対象とした研究発表を通して、コミックに見られるジェンダー表象、現代の映画に見られる宗教と結婚を考察した。コミックに見られるジェンダー表象の事例発表とそれに続く議論は、「男らしさ」や「女らしさ」をめぐる価値観とその変化について考える契機となった。また映画における宗教と結婚に関する事例発表とその後の議論では、宗教が異なる男女間の結婚、結婚を契機に様々な価値観の葛藤が現れる場としての家族について考える視座を得ることができた。人々のアイデンティティ形成に関わる要素である「ジェンダー」と「宗教」について具体的な事例を通して検討し、またインドネシアという地域の独自性も考察することができたと考える。