再分配を通じた集団の生成に関する比較民族誌的研究――手続きと多層性に注目して
キーワード
集団、再分配、連帯
目的
本共同研究では、再分配が集団を生成している点に注目することで、集団と再分配の関係の多様性を明らかにしていく。ポランニーは、再分配を<富や労働を中心に集めたうえで配り直す>経済活動の一様式として定式化し、その中に儀礼や祝祭、租税、家政が含まれるとした。そこでは、社会の存在が前提とされ、いかに再分配が社会統合に役立つかという構造機能主義的な枠組みが強調されている。それに対し本研究では、社会の存在を自明視するのではなく、他ならぬ再分配によって集団が立ち現われている点に注目する。思想史家のエヴァルドがフランスの社会保険を例に示したように再分配はそれに参加する者に連帯感を喚起することで集団意識を醸成しうるし、また、再分配への参加は集団の境界を引く際の重要な留意点にもなるからである。本共同研究では、この視点から世界各地の事例を比較し、再分配の具体的な手続きと集団の特性の関係について検討していく。
研究成果
本共同研究の最大の成果は、贈与や市場を対象とする近年の経済人類学の研究動向を参照しながら、すでに安定化している制度としての再分配ではなく、「財やサービスを集めて配る」というプロセスとその効果に注目するという新しい方向性を明確にしたことにある。この方向性には、少なくとも以下に述べる二つの利点が存在する。
まず、プロセスへの注目は、複数の再分配とそれによって立ち上がる複数の集団の関係の分析を可能にするものであり、一と多の関係について考察する際の格好の事例を提供するものともなる。また、この再分配の複数化は、再分配間の関係だけでなく、市場や贈与といった異なるタイプのプロセスとの関係にまで分析の範囲を広げることにより、カール・ポランニーの知的遺産を継承しながら、再分配・市場・贈与が組み合わされた人間の経済を分析することにもつながる。
次に、再分配は、政治思想や社会学で近年盛んに議論されている「社会的なもの」を具体的な行為の次元で実現するものでもある。この社会的なものは、ハンナ・アレントやミシェル・フーコーの議論に依拠する形で、政治的なもの(=自由)と対立する統治として批判されてきた。一方で近年は、新自由主義によって促進されている個化に対抗するための希望として、社会的なものはもてはやされてもいる。プロセスとしての再分配に注目することは、このような社会的なものの両義性の所在を明確にすることにもつながる。すなわち、社会的なものや再分配は、それ自体として抑圧的だったりセーフティーネットになるものではなく、それがどのような性質を持つのかは、個別具体的なプロセスのあり方や他のプロセスとの関係性に依存するのである。
この二つの利点をもったプロセスとしての再分配を研究の焦点として提起することで、本共同研究は、人類学における再分配論の新たな地平を拓き、更にはその嚆矢となる研究を具体化することにも成功した。
2015年度
通算3年目となる平成27年度には、2回の共同研究を実施する。前年度に引き続き、共同研究全体の問題意識の深化と共有を測りながら、各メンバーが世界各地から持ち寄った事例を子細に検討することで、再分配実践の多様性を確認し、人類学的な再分配研究の可能性がどこにあるのかを探っていく。また、本年度は最終年度に当たるため、共同研究の成果出版に向けての原稿の執筆と検討にも力を入れていく。初回(通算第四回)となる4月4日~5日の研究会では、西垣、加賀谷、久保、高橋(絵)、高橋(慶)の5名のメンバーに特別講師の吉田ゆか子を合わせた6名による発表を行う予定である。本年二回目(通算第五回)となる1月30日~31日の研究会では、それぞれのメンバーが執筆した原稿を持ち寄って検討することで、成果公開に向けての準備を行う予定である。
【館外研究員】 | 伊東未来、加賀谷真梨、河野正治、久保忠行、里見龍樹、高橋絵里香、高橋 慶介、田口陽子、友松夕香、西垣有 |
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研究会
- 2015年4月4日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 今後の方向性と日程の確認
- 高橋絵里香(千葉大学)「在宅介護の施設化/施設介護の在宅化―フィンランドの高齢者福祉にみる再分配の論理」
- 西垣有(関西大学)「ポランニー再考:ポスト社会主義の再分配論に向けて」
- 加賀谷真梨(国立民族学博物館)「日本型福祉制度の陥穽―沖縄の高齢者地域福祉を事例に」
- 2015年4月5日(日)10:30~16:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 久保忠行(大妻女子大学)「レイシズムとしての難民問題と「再分配の手続き」」
- 高橋慶介(敬愛大学)「所得の再分配とスティグマ:ブラジルにおける「ボウサ・ファミリア」の受給をめぐって」
- 吉田ゆか子(国立民族学博物館)「奉仕を滑り込ませるつながり-バリ島慣習村における祭祀と労働」(仮)
- 2015年11月7日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 成果公開に向けての打ち合わせ
- 2015年11月8日(日)10:30~16:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 成果公開に向けての打ち合わせ
研究成果
通算3年目となる平成27年度は、2回の共同研究を実施し、1回の分科会を組織した。前年度に引き続き、共同研究全体の問題意識の深化と共有を測りながら、各メンバーが世界各地から持ち寄った事例を子細に検討し、再分配実践の多様性を確認するとともに、人類学的な再分配研究の可能性がどこにあるのかを探った。初回(通算第四回)となる4月4日~5日の研究会では、西垣、加賀谷、久保、高橋(絵)、高橋(慶)の5名のメンバーに特別講師の吉田ゆか子を合わせた6名による発表を行った。また、5月30日・31日に行われた日本文化人類学会第49回研究大会において分科会「再分配研究の再始動:行為から集団の生成を考える」を組織し、本研究会のメンバー6名(浜田、西垣、河野、友松、高橋(慶)、高橋(絵))による発表を行った。本年二回目(通算第五回)となる11月7日~8日の研究会では、メンバーが執筆した9本の原稿を持ち寄り、成果報告に向けての議論を行った他、出版予定の論文集のタイトルや構成について議論した。
2014年度
通算2年目となる2014年度には、2回の共同研究を実施する。共同研究全体の問題意識の深化と共有を測りながら、各メンバーが世界各地から持ち寄った事例を子細に検討することで、再分配実践の多様性を確認し、人類学的な再分配研究の可能性がどこにあるのかを探っていく。
初回(通算第二回)となる4月5日の研究会では、前回欠席者によるこれまでの研究と本共同研究会での研究テーマについて説明、浜田による趣旨説明と研究動向の再整理、田口よるインドにおける国家と市民社会についての報告を行う予定である。
本年二回目(通算第三回)となる10月18日~19日の研究会では、伊東によるマリおよびブルキナファソにおける多民族間の交換・協働関係についての報告、里見によるメラネシア島嶼部における贈与交換、リーダーシップと再分配についての報告、高橋(慶)によるブラジル北東における農地問題についての報告、本館展示の見学を行う予定である。
【館内研究員】 | 加賀谷真梨、吉田ゆか子 |
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【館外研究員】 | 伊東未来、久保忠行、里見龍樹、高橋絵里香、高橋 慶介、田口陽子、友松夕香 |
研究会
- 2014年4月5日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 参加者全員・今後の方向性と日程の確認
- 田口陽子(京都大学/日本学術振興会特別研究員(PD))「インドの「市民的」モラルと再分配:「社会的なもの」批判の比較を通して」
- 浜田明範(国立民族学博物館)「再分配を通じた集団の生成:論点整理と四つの方向性」
- 2014年10月25日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 今後の方向性と日程の確認
- 里見龍樹(一橋大学/日本学術振興会(PD))「メラネシア再分配論とは何だったか:マーシャル・サーリンズを中心に」
- 河野正治(筑波大学)「儀礼的再分配にみる価値の創造と流通:ミクロネシア連邦ポーンペイの位階称号を事例として」
- 伊東未来(南山大学/日本学術振興会(PD)「再配分としての季節労働:マリ共和国ジェンネにおける都市民の収穫労働を事例に」
研究成果
本共同研究の二年度目にあたる2014年度は、4月と10月に二度の研究会を開催した。また、1月に東京大学で行われた現代人類学研究会に東京大学の森政稔教授をコメンテーターに迎えて「特集:再分配」を組織し、30名以上の参加者を得た。
より具体的には、浜田明範によるポランニーの再読や里見龍樹によるサーリンズの再読といった理論的な検討とともに、田口陽子によるインドにおける再分配に関する言説、伊東未来によるマリの都市民の出稼ぎ的収穫労働、高橋絵里香によるフィンランドの高齢者福祉における安心電話の利用状況、友松夕香によるガーナ北部のラッカセイ収穫における分益といった世界各地の事例についての報告がなされた。また、特別講師として招聘した筑波大学の河野正治には、ミクロネシアの位階称号に関する詳細な報告をお願いした。
また、2015年度の日本文化人類学会の研究大会で分科会を開催するための準備を進めた。
2013年度
初年度である2013年度には、研究代表者による趣旨説明と再分配と集団の生成に関する先行研究の整理を行った上で、研究メンバー間での問題意識の共有と議論を行う。(第一回:趣旨説明)
【館内研究員】 | 加賀谷真梨、吉田ゆか子 |
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【館外研究員】 | 伊東未来、久保忠行、里見龍樹、高橋絵里香、高橋 慶介、田口陽子、友松夕香 |
研究会
- 2013年12月7日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 浜田明範(国立民族学博物館)「共同研究会趣旨説明と今後の進め方について」
- 参加者全員・これまでの研究と本共同研究会での研究テーマ
- 友松夕香(東京大学)「収穫分益におけるジェンダー化された再分配:ダゴンバの人口緻密地における落花生を事例に」
研究成果
本共同研究の初年度にあたる2013年度は、12月に一度の研究会を開催した。そこでは、再分配が経済人類学や「社会的なもの」に関する議論の中でどのような位置づけにあるのかを確認したうえで、各メンバーが本共同研究との関連でどのような現象に関心を持ち、今後検討していくのかについて意見交換を行うことができた。また、メンバーの一人である東京大学の友松夕香より、ガーナ北部のダゴンバにおける落花生栽培に関する重厚な報告がなされ、今後の本共同研究の発展可能性を予感させる濃厚な研究会となった。
本共同研究は、2014年度以降もメンバーの研究発表を中心に、将来的なシンポジウムの開催や論文集編纂を視野に入れて、人類学における再分配に関する議論の活性化を目指してゆく。