国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

現代「手芸」文化に関する研究

研究期間:2014.10-2018.3 代表者 上羽陽子

研究プロジェクト一覧

キーワード

手芸、ジェンダー、ネットワーク

目的

本研究は、日本の手芸に相当する余暇的・趣味的仕事とその造形物の現代的展開を明らかにする。手芸とは、主に女性を担い手とする家庭内での商業化されていない趣味的な制作を意味する概念として明治期に形成された。そのため手芸の領域は、美的に評価された美術や利潤を生みだす工芸に比べて二重に周辺化されてきたといえる。しかし、現在、世界各地で、従来の日本の手芸概念ではとらえられない余暇的・趣味的仕事が多様な展開をみせている。それらは、男性も担い手に含み、アート、フェアトレード商品、エスニック雑貨などとして美術や市場の領域にも進出している。また、趣味を通じた人的ネットワークの形成や、それらの災害後におけるケアとしての機能などが注目を集めている。こうした従来の手芸概念ではとらえきられない新たな領域を「手芸」として捉え返し、その現代的展開を民族誌的に分析し、新たな「手芸」概念の創出を目指すものである。

研究成果

本研究会は、平成26年度2回、平成27年度4回、平成28年度4回、平成29年度3回、計13回開催した。
本研究に関連する成果発表として、ふたつのパネルを組んだ。ひとつめが、第48回南アジア研究集会公開シンポジウム「資源と人のかかわり―南アジアの手仕事から」(平成27年7月25日、京北山国の家)である。研究代表者が企画の立案をし、本共同研究会の成果を南アジアの手仕事と比較することで、世界の手芸を考える際の示唆を得ることができた。もうひとつが、公開シンポジウム「手しごとと復興」(平成28年1月24日、南山大学人類学研究所)である。シンポジウムの企画代表者は、共同研究員の宮脇千絵で研究代表者はコメンテーターを担当した。本シンポジウムを通じて、手芸には被災地におけるコミュニティー創出や、手芸を教えあうことが心のケアに通じるといった手芸の機能が明らかとなった。
一般向けの研究成果としては、『月刊みんぱく』に「手芸考」(平成28年4月から平成30年3月まで)と題した連載を24回掲載した。従来の手芸概念では捉えきれない現代手芸の新たな造形活動に関する問題点について議論を広げることができた。
本共同研究会を通じて、研究分野によって手芸に対する捉え方が多様であることが改めて明らかになった。しかし、6つのキーワード(つくる、飾る、稼ぐ、教える、仕分ける、つながる)から論点をまとめることができると考えた。
この6つの側面から現代手芸をみていけば、通文化的な視点で現代の余暇的・趣味的仕事とその造形物に関する研究の特徴を明らかにすることができるということを確認した。

2017年度

研究会を3回開催する予定である。これまで、研究会の発表と総合討論をもとに、手芸の現代的展開について共通理解を深めてきた。それらをもとに「稼ぐ」「教える」「仕分ける」「飾る」といった手芸的造形物を立体的に捕らえるためのキーワードをテーマにし、鼎談形式で考察と議論を行い、手芸の現代的展開について明らかにする予定である。さらに、論文集出版にむけての討議をあわせて行う。

【館内研究員】 齋藤玲子、南真木人
【館外研究員】 蘆田裕史、五十嵐理奈、金谷美和、坂田博美、新本万里子、杉本星子、中谷文美、野田凉美、平芳裕子、ひろいのぶこ、木田拓也、宮脇千絵、村松美賀子、山崎明子
研究会
2017年10月1日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
中谷文美(岡山大学)「『飾る×画一化・過剰装飾・自己の空間』概説」
蘆田裕史(京都精華大学)、山崎明子(奈良女子大学)、上羽陽子(国立民族学博物館)「『飾る×画一化・過剰装飾・自己の空間』諸相」
出席者全員「全体討論」
蘆田裕史(京都精華大学)「『仕分ける×制度・アイデンティティ』概説」
木田拓也(武蔵野美術大学)、南真木人(国立民族学博物館)、野田凉美(京都市立芸術大学)、五十嵐理奈(福岡アジア美術館)「『仕分ける×制度・アイデンティティ』諸相」
出席者全員「全体討論」
上羽陽子(国立民族学博物館)「今後の成果とりまとめについて」
2017年11月19日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
金谷美和(国立民族学博物館)「『つながる×社会・空間』概説」
杉本星子(京都文教大学)・塩本美紀(NPO法人ウィメンズアイ)・山崎明子(奈良女子大学)「『つながる×社会・空間』諸相」
出席者全員「全体討論」
杉本星子(京都文教大学)「『教える×関係性・伝承』概説」
新本万里子(広島大学)・齋藤玲子(国立民族学博物館)・ひろいのぶこ(京都造形芸術大学)「『教える×関係性・伝承』諸相」
出席者全員「全体討論」
上羽陽子(国立民族学博物館)「今後の成果とりまとめについて」
2018年1月21日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
木田拓也(武蔵野美術大学)「『稼ぐ×社会的階層・プロとアマ』概説」
平芳裕子(神戸大学大学院)・坂田博美(富山大学)・村松美賀子(京都造形芸術大学)・宮脇千絵(南山大学)「『稼ぐ×社会的階層・プロとアマ』諸相」
出席者全員「全体討論」
齋藤玲子(国立民族学博物館)「藤戸竹喜の木彫から」(企画展展示場)
出席者全員「成果出版に関する打ち合わせ」
研究成果

共同研究の最終年度である今年度は、3回の研究会を開催した。これまでの議論の中で「手芸」という概念・様態は、周囲との関係性とともに同時進行で変化し続けていることが明らかとなった。そのため、本研究プロジェクトが対象としている「手芸」の諸相をより柔軟な視点でみるために、一つのテーマとその周辺にあるキーワードを組み合わせ、トークセッションという形を採択した。第1回は、『飾る×画一化・過剰装飾・自己の空間』『仕分ける×制度・アイデンティティ』、第2回は、『つながる×社会・空間』『教える×関係性・伝承』、第3回は、『稼ぐ×社会的階層・プロとアマ』とした。各研究会の中で成果とりまとめに関する議論をすすめ、単行本として刊行することで合意を得た。タイトルは、『「手芸」のかたち――現代手芸を考えるための6つのアプローチ』(仮題)を予定している。

2016年度

研究会は4回開催する予定である。第1回目は、前年度と同様の形式で、手芸の機能(ケアとネットワーク構築)について発表をし、手芸の現代的展開について共通理解を深める。以降は、よりテーマを絞ったシンポジウム形式での開催を予定している。2回目は「アイデンティティー」と「価値の問題」、3回目は「手芸的なものを生みだす社会・空間」、4回目は「技術とケア」について発表し、それらについて考察と議論を行う予定である。

【館内研究員】 齋藤玲子、南真木人
【館外研究員】 蘆田裕史、五十嵐理奈、金谷美和、坂田博美、新本万里子、杉本星子、中谷文美、野田凉美、平芳裕子、ひろいのぶこ、木田拓也、宮脇千絵、村松美賀子、山崎明子
研究会
2016年6月4日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
上羽陽子(国立民族学博物館)「前回までの研究会の論点の整理」
金谷美和(国立民族学博物館)「被災地の手芸――「暇つぶし」、「供養」、「ギフト」と「仕事」」
杉本星子(京都文教大学)「「つくらない」がつなぐ――被災地で「手芸」を考える」
石井康子(特別講師)「現代日本の手芸の諸相――手芸家の視点から」(聞き手:山崎明子)
出席者全員「今後の研究会の進め方と打ち合わせ」
2016年10月16日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
上羽陽子(国立民族学博物館)「手芸が生まれる土壌を考える」
出席者全員「これまでの議論の整理と理論的方向性についての全体討論」
2016年12月4日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
山崎明子(奈良女子大学)「『つくる×技術』概説」
中谷文美(岡山大学)、金谷美和(国立民族学博物館)、上羽陽子(国立民族学博物館)「『つくる×技術』諸相」
出席者全員「全体討論」
2017年2月26日(日)13:00~17:45(「ひころの里シルク館」および「さとうみファーム」)
「ひころの里シルク館」における手仕事講座の活動体験および観察
石本めぐみ(NPO法人ウィメンズアイ代表理事)「女性支援活動を通して見えてきたこと――被災地と手仕事」
出席者全員「全体討論」
2017年2月27日(月)10:00~19:00(「ひころの里シルク館」および「さとうみファーム」)
「さとうみファーム」における手仕事講座の活動体験および観察
金谷美和(国立民族学博物館)「『つながる×社会・空間』概説」
石本めぐみ(NPO法人ウィメンズアイ代表理事)、杉本星子(京都文教大学)、上羽陽子(国立民族学博物館)「『つながる×社会・空間』諸相」
出席者全員「全体討論」
研究成果

本年度は、狭い手芸概念の枠組みを超えた、現代の余暇的・趣味的仕事を捉える上で、被災後、多くの手芸活動がおこなわれた東日本大震災の被災地に焦点をあてた。これに関する具体的な事例をもとにした発表によって、被災地における手芸活動が、自己の癒やしや交流のツールとなり、復興における重要な役割を担っていることが明らかとなった。一方、被災地では、癒やしや交流の機能をもつ「手づくり品」と、被災者がつくり手となって商品化された「手しごと品」とが混在していることが発表を通じて浮き彫りとなった。被災地での手芸活動を「つくり手」、「価格設定」、「造形動機」、「購入者」の視点から議論を深化させる必要性がみえてきた。
今後は、このような論点を加味し、数名ずつのトークセッションをおこない、包括的なアプローチを可能にする基礎的概念の創出を目指したいと考えている。

2015年度

研究会を4回開催する予定である。第1回目は、手芸と商品について、第2回目は造形教育・手芸の現場・テキスタイルアートについて、第3回目は美術・社会制度について、第4回目はファッション・女性誌・「女性らしさ」について発表し、それらについての考察と議論を行い、手芸の現代的展開について共通理解を深める。

【館内研究員】 齋藤玲子、南真木人
【館外研究員】 蘆田裕史、五十嵐理奈、金谷美和、坂田博美、新本万里子、杉本星子、中谷文美、野田凉美、平芳裕子、ひろいのぶこ、木田拓也、宮脇千絵、村松美賀子、山崎明子
研究会
2015年4月25日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
上羽陽子「前回までの研究会の論点の整理」
村松美賀子(京都造形芸術大学)「生活工芸と手芸のあいだ――手しごと、手づくりの今」(仮)
齋藤玲子「アイヌの織りと縫い――その担い手と継承のあり方について」(仮)
中谷文美(岡山大学)「<主婦>と<職人>の間――手仕事の表象と現実をめぐって」(仮)
出席者全員「今後の研究会の進め方と打ち合わせ」
2015年7月18日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
上羽陽子「前回までの研究会の論点の整理」
ひろいのぶこ(京都市立芸術大学)「糸と布 その柔らかい造形教育の現状」(仮)
野田凉美(京都造形芸術大学)「立場が定まらない私の制作について」
上羽陽子「刺繍は手芸か工芸か?-手仕事をめぐる他者の視点」
出席者全員「今後の研究会の進め方と打ち合わせ」
2015年12月5日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
上羽陽子「前回までの研究会の論点の整理」
新本万里子(広島大学大学院)「母から女へーパプアニューギニア・アベラムの網袋の製作と使用から」(仮)
宮脇千絵(南山大学)「中国雲南省モン女性が刺繍をすること」(仮)
平芳裕子(神戸大学大学院)「二つの針仕事-刺繍か裁縫か女性か」(仮)
出席者全員「今後の研究会の進め方と打ち合わせ」
2016年1月9日(土)13:00~18:00(東京国立近代美術館および東京国立近代美術館工芸館)
東京国立近代美術館工芸館「1920~2010年代所蔵工芸品に見る未来へつづく美生活展 」解説および見学
木田拓也(東京国立近代美術館) 「近代日本における「工芸」と「工芸館」」
蘆田裕史(京都精華大学)「針と意図――近現代美術における手芸的表現」(仮)
2016年1月10日(日)10:00~16:30(東京国立近代美術館および東京国立近代美術館工芸館)
東京国立近代美術館「ようこそ日本・アジア――1920年-30年のツーリズムとオリエンタル・イメージ(仮称) 」解説および見学
南真木人(国立民族学博物館)「カースト社会の職人――美術・工芸・手芸」(仮)
金谷美和(国立民族学博物館)「インドの手工芸――ナショナリズム、制度、他者」(仮)
研究成果

これまでの具体的な事例をもとにした発表によって、狭い手芸概念の枠組みを超えた、現代の余暇的・趣味的仕事を捉える上での3つの重要な視点が導きだされた。1つ目は、手芸的なものが生まれる社会や空間というものが存在すると同時に、それらが機能する空間や社会があるということである。2つ目は、つくり手が誰であるか、そしてそのつくり手のアイデンティティの問題である。手芸的手仕事への評価は、造形物自体への評価以上に、つくり手のジェンダーや社会的属性によって、評価が異なるということである。そしてこの問題の背景には、手芸に関する批評の不在や、家庭内から発信することのできるブログやインターネット販売といったメディアの変化も関係していることが明らかとなった。3つ目は、手芸的技術の問題である。手芸的技術の特徴は、技術教授が比較的容易であり、基礎的手作業によってつくりあげることができるものが多い。このような手作業が、造形教育においてどのようにとらえられてきたのか注目する必要がある。そして手芸的手仕事がどのような文脈の接合によって、現代アート作品へ転換するのかについても視点を広げて議論をする必要性がみえてきた。
今後は、このような論点を加味し、シンポジウム形式によるさらなる議論の深化を試み、既存の家政学的研究の分野を超えた、包括的なアプローチを可能にする基礎的概念の創出を目指したいと考えている。

2014年度

研究会を2回(11月、2月)開催する。初回は研究代表者の上羽が研究会の主旨と従来の手芸をとりまく研究概況を説明し、目指される研究枠組みについて提示する。また副代表者である山崎氏が近代日本の手芸とジェンダーについて提示した後、参加者全員で方向確認および意見交換を図る。第2回目は、本研究の枠組みにそってジェンダーと女性労働の視点から中谷氏に、小売商と消費者行動を中心とした経済学の視点から坂田氏に、フェアトレードの現状について五十嵐氏が既存の手芸の研究状況の報告を行う。初年度は上記の活動を通じて問題提起の共有化をし、翌年度以降の研究会の礎づくりを行う。

【館内研究員】 齋藤玲子、南真木人
【館外研究員】 蘆田裕史、五十嵐理奈、金谷美和、坂田博美、新本万里子、杉本星子、中谷文美、野田凉美、平芳裕子、ひろいのぶこ、村松美賀子、山崎明子
研究会
2014年11月30日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
上羽陽子「共同研究の着想およびめざすところ」
出席者全員「自己紹介および各自の活動・研究について」
山崎明子「近代日本の『手芸』から戦後の手芸ブームまで」
出席者全員「質疑応答」
今後の研究会の進め方と打ち合わせ
2015年3月1日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
上羽陽子 前回までの研究会の論点の整理
笠井みぎわ「祈りの手刺繍――日本聖公会の教会刺繍をめぐる考察」
山崎明子「近代日本の「手芸」から戦後の手芸ブームまで(2)」
坂田博美「キルトショップにおける顧客関係――自己目的志向の小売業者が存続するメカニズムの検討(仮)」
今後の研究会の進め方と打ち合わせ
研究成果

第1回目の研究会では上羽が本共同研究の着想およびめざすところについて提示した。それを踏まえて各研究員が各自の活動や研究について報告をし、本共同研究における役割や方向性について議論した。さらに副代表の山崎が、近代日本の手芸から戦後の手芸ブームについて報告し、新たな「手芸」概念を再検討するための問題の共有化を図った。
第2回目の研究会では、笠井が日本聖公会の教会刺繍について報告し、宗教や祈りの現場とそれらをとりまく手仕事について検討した。山崎は、第1回目の報告をふまえて総括的に戦後から現在までの手芸ブームについて提示した。坂田は経済学の視点からキルトショックにおけるキルター(キルトをする人)とオーナーの顧客関係について報告し、自己目的志向の小売業者が存続するメカニズムを指摘した。