国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

家族と社会の境界面の編成に関する人類学的研究――保育と介護の制度化/脱制度化を中心に

研究期間:2014.10-2018.3 代表者 森明子

研究プロジェクト一覧

キーワード

社会的なもの、ネットワーク、ケア

目的

本研究は、保育や介護をめぐるケアを、家族と社会の境界面でやりとりされるサービスととらえ、その制度化/脱制度化のありようを、比較研究するものである。この分析を通して、人間社会は、社会と家族のインターフェースをどのように編成してきたのか、それは今後どうありうるのか展望する。
子供の保育や老人・病人の介護などのケアと呼ばれるサービスは、その一部を家族の外部で、家族外の担い手によって行なうことが可能であり、制度化もされている。このサービスを公的な支援として行うのが福祉であるが、今日、その制度は見直されつつある。福祉国家で脱制度化の動きがみられる一方で、行政の施策が未発達の地域で、ネットワークを駆使した独自の制度があらわれている。『家族に介入する社会』を著したジャック・ドンズロの視点も参照しながら、個別のローカルな状況のもとにある保育や介護の、制度化/脱制度化をとらえて比較検討する。背景には、現代世界の社会像はどのように構想されるのか、という問題関心がある。

研究成果

社会という考え方そのものが曖昧になっている現代世界において、それでも社会をつむいでいく人々のいとなみを、人類学はどのように描いていけるだろうか。本研究は、この問題関心を「人々は他者とともに生きる社会をいかにつくっていくのか」という問いとして出発し、ケアに注目していった。なぜならケアは他者の生存に関わり、ケアの編成に際しては、さまざまなアクターの出会いと交渉、制度化と脱制度化が起こっているからである。ケアを介して家族は社会と対峙しており、家族と社会の境界面が不断に編成をつづける動態としてみえてくる。
研究発表は、超高齢社会、大震災、難民や移民などの全球的現象が引き起こしている問題を、日本、東アジア、東南アジア、アフリカ、南米、ヨーロッパのローカルな現場で検討していった。議論を通して、ケアが国家や家族や市場などの異なるセクターをひきよせ、交わらせて、社会のインフラを支えている局面が明らかになった。この局面を、国家的なもののゆらぎや、制度の隙間、家族が変容し再編成している状況とともに記述することを、現代世界の民族誌として提示していく。
成果の一部を、2017年5月に開催された日本文化人類学会第51回研究大会(神戸大学)で、メンバー5人から成る分科会「ケアの実践を通して編成される社会:場所を奪われた人々が生きる場所について」(代表者 森)を組織し、学会発表した。
また、2度の国際研究集会に本共同研究の大半のメンバーが参加して、オーストリア、タイ、英国、米国の研究者と集中的な議論を行った。 1) Thinking about care as social organization: A Discussion with T. Thelen and K. Buadaeng (National Museum of Ethnology, 2017 February). 2) Thinking about an anthropology of care: A Discussion with F. Aulino and J. Danely (National Museum of Ethnology, 2017 December).(科研費基盤B「ポスト福祉国家時代のケア・ネットワーク編成に関する人類学的研究」研究代表者 森による国際研究集会)

2017年度

本年度は、最終年度として2回の研究会を開催する。第1回は、年度の早い時期に開催し、昨年度からとりくんでいる課題をしめくくる議論を行う。メンバー間で研究情報を比較検討しつつ、議論の構造化をはかり、さらにその議論を、各自のおこなう研究において再帰的に展開していくもので、2巡目の発表で、残り2人の発表を行なうとともに、メンバー全体で議論を総括する。第2回は、年度の後半の時期に開催し、本研究会の成果公刊に向けて、各参加者が論文のドラフト発表とコメントを行う。
なお、共同研究の成果発信の一環として、5月に開催される日本文化人類学会で分科会発表を計画している。また、研究会終了後になるが、国際学会IUAES Inter-Congressでのパネルを想定しており、本共同研究のこれまでの議論の成果を国際的な検討に付すべく、今年度から国際学会発表にむけた議論を、海外の共同研究者とのメールを介した意見交換を含めて、組み立てていく。

【館内研究員】 戸田美佳子
【館外研究員】 天田城介、岩佐光広、岡部真由美、加賀谷真梨、加藤敦典、木村周平、工藤由美、沢山美果子、高田実、髙橋絵里香、土屋敦、内藤直樹、中野智世、西真如、浜田明範、速水洋子、モハーチ ゲルゲイ
研究会
2017年4月22日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
全員 成果公開のための議論1
全員 成果公開のための議論2
全員 総合討論
2017年4月23日(日)9:30~13:30(国立民族学博物館 大演習室)
天田城介(中央大学)「超高齢社会/人口減少社会における高齢者ケアと家族の変容」
高田実(甲南大学)「生とケアの歴史学を考える――福祉の複合体の視点から」
討論
2017年6月24日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
全員 成果公開のための議論1
全員 成果公開のための議論2
全員 総合討論
2017年6月25日(日)9:30~13:30(国立民族学博物館 大演習室)
全員 成果公開のための議論3
全員 成果公開のための議論4
総括
研究成果

最終年度として、成果刊行にむけた議論を中心に行った。3年半にわたる研究から、ケアの実践が、国家や家族や市場など異なるセクターの交錯する領域でさまざまなアクターを動員して社会のインフラを支えている状況が明らかになった。このようなケアを通して、国家的なもののゆらぎや、制度の隙間、家族が変容し再編成している局面をとらえて描くことについて議論を重ねた。また、各自の記述を集めた論文集を、どのように構造化できるか、論文集として扱うことになる素材の多様さ、そこに通底する問題関心、論文同士の対話から引き出そうとする発展性などを含めて、意見交換した。
成果の一部を、5月末に開催された日本文化人類学会第51回研究大会で分科会を組織して発表した。また、12月に開催されたコロッキアム”Thinking about an anthropology of care: A Discussion with F. Aulino and J. Danely”(National Museum of Ethnology, Osaka)において、英米の2人の人類学者とともに議論した。後者は本共同研究会と平行してすすめてきた科研費による。

2016年度

本年度の研究会は、メンバー間で研究情報を比較検討しつつ、議論の構造化をはかり、さらにその議論を、各自のおこなう研究において再帰的に展開していく段階にはいる。そこで、「家族と社会の境界面」の編成を動態的にとらえる観点として、福祉制度の編成/再編成、ケア実践の編成/制度化、ケアの与え手のアクター/ネットワーク、ケア実践の場所をとりあげて、議論を深化していく計画である。それぞれの観点のもとに、複数の研究を相互照射することで、焦点をしぼった議論の展開をはかる。この議論を通して、メンバー各自の研究情報を再検討するとともに、ケア、社会保障、新自由主義、生存、ハウジングなどの概念を、どのように配置していこうとするのか考察する。これによって、現代世界の福祉をめぐる人類学研究の、ありうるかたちをあぶりだしていくことをめざす。最終年度に、学会で成果の一部を公開することを射程に入れて、本年度は、2日連続の研究集会を4回開催する。

【館内研究員】 戸田美佳子
【館外研究員】 天田城介、岩佐光広、岡部真由美、加賀谷真梨、加藤敦典、木村周平、工藤由美、沢山美果子、高田実、髙橋絵里香、土屋敦、内藤直樹、中野智世、西真如、浜田明範、速水洋子、モハーチ ゲルゲイ
研究会
2016年5月14日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
速水洋子(京都大学)「タイにおける高齢者とそのケアをめぐる家族と共同性のひろがり」
森明子(国立民族学博物館)「幼少期への介入――ベルリン調査から考える」
全体討論
2016年5月15日(日)9:30~13:30(国立民族学博物館 大演習室)
戸田美佳子(国立民族学博物館)「相互行為としてのケアを描く――カメルーン熱帯林の障害者を例に」
全員「中間段階における討論」
研究打ち合わせ
2016年6月25日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
岡部真由美(中京大学)「出家からみた家族・ケア・ネットワーク――北タイ都市部を生きるシャン人越境労働者の事例より」
西真如(京都大学)「身体と家族の境界面――昭和ゲイネスの世代とケア」
木村周平(筑波大学)「誰がケアするのか――津波のあとに残される人と物」
討論
2016年6月26日(日)9:30~13:30(国立民族学博物館 大演習室)
内藤直樹(徳島大学)「ねだりが生み出す「社会」――東アフリカ牧畜社会における「ねだり」と「ケア」」
浜田明範(関西大学)「表の拠出と裏の拠出――ガーナ南部における葬式と社会的なもの」
沢山美果子(岡山大学)「近世日本の乳を呑む子どもたちと乳をめぐるネットワークの形成」
討論
2016年10月8日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
岩佐光広(高知大学)「『普通』に死ぬということ――ラオス低地農村部における看取りの空間と時間」
モハーチ ゲルゲイ(大阪大学)「実験としてのケア 2 地域と代謝がつながるとき――東京下町における患者支援活動の事例をめぐって」
討論
2016年10月9日(日)9:30~13:30(国立民族学博物館 大演習室)
中野智世(成城大学)「カトリック・ミリューとケアのネットワーク――占領下ドイツにおける(1945-49)カリタスの事例から」
高橋絵里香(千葉大学)「規模と境界:フィンランドの自治体再編と社会福祉改革から再考する人類学的全体論」
加賀谷真梨(新潟大学)「小規模多機能型居宅介護事業の開始に伴う家族と社会の領域の再編」
討論
2016年12月10日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
速水洋子(京都大学)「重荷から力へ――タイにおける高齢者ケアをめぐるネットワークと社会の新展開」
森明子(国立民族学博物館)「ネイバーフッドについての考察――ベルリン街区のメイキング・プレイスとケア」
土屋敦(徳島大学)「日本の児童養護における家族とケアの境界面の地殻変動――1960年代後半から1980年代初頭における児童養護運動の軌跡から」
討論
2016年12月11日(日)9:30~13:30(国立民族学博物館 大演習室)
戸田美佳子(国立民族学博物館)「相互行為としてのケア」
加藤敦典(東京外国語大学)「コミュニティの制度化と脱制度化――地域社会の高齢者福祉に関する日越交流プロジェクトを通して」
工藤由美(国立民族学博物館)「先住民保健政策下のマプーチェ医療について――代替補完医療・非マプーチェ患者」
討論
研究成果

ンバーの研究発表は2巡目の終盤まですすみ、個別の議論をふまえて、それぞれの研究が相互にどのように位置づけられるかをめぐって検討を重ねた。本共同研究が、家族と社会の境界面の編成をケアという観点からとらえ、描き出していこうとすることについて、その意味や問題のひろがりについて、あらためて議論した。そして、他者とともに生きる社会をいかに構想するか、という問題関心を核として議論を展開していくうえで、1)ケアの回路・編成を考える方向と、2)ケアが発動する場の構成を考える方向の、ふたつの方向性を導き出した。
さらに、本共同研究と平行して展開する科学研究費補助金によって開催したコロッキアムThinking about care as social organization: A Discussion with T. Thelen and K. Buadaeng(2月19日、国立民族学博物館)に、本共同研究メンバーの大半が参加し、海外のふたりの研究者とともに、社会編成をケアからとらえることに関する集中的な議論をおこない、理論的な考察を深めた。

2015年度

初年度は、共同研究のテーマ、方法論、パースペクティヴをふまえて、メンバーそれぞれの問題関心を共同研究のなかに配置し、その全体像を共有することをめざした。本年度から来年度にかけては、それぞれの研究を、共同研究の問題関心から問い直し、議論に付す段階である。特定のローカリティの中で、制度化/脱制度化の実践をとらえたうえで、それらを比較検討する議論を蓄積していく。このプロセスを積み重ねていくことで、問題点を洗い出し、新たな視点から問題をとらえ直していくとともに、次第に議論の構造化をはかっていく。そのなかで、「公共と民間」「公的と私的」「公共圏と親密圏」などの概念設定についても検討していく。また、ローカルなケアを実践している当事者をまじえた研究会を一度、館外で開催する。

【館内研究員】 浜田明範
【館外研究員】 天田城介、岩佐光広、岡部真由美、加賀谷真梨、加藤敦典、木村周平、工藤由美、沢山美果子、高田実、髙橋絵里香、土屋敦、内藤直樹、中野智世、西真如、速水洋子、モハーチ ゲルゲイ
研究会
2015年6月6日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
中野智世(成城大学)「ケアの制度化と宗教――ドイツ福祉国家におけるカリタスの思想と実践から」
浜田明範(国立民族学博物館)「なぜ世帯という単位は機能しなかったのか――家族を要請しない社会を考える」
全体討論
2015年6月7日(日)9:30~13:30(国立民族学博物館 第3演習室)
高田実(甲南大学)「「生の歴史学」を求めて――ケア論からの問いかけを考える」
土屋敦(徳島大学)「子どもの社会的養護と「社会的なもの」論の再考」
研究打ち合わせ
2015年10月3日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
モハーチ ゲルゲイ(大阪大学)「実験としてのケア―― 西ハンガリーの治験施設支援機関の事例から」
岩佐光広(高知大学)「独居老人とケア:ラオス低地農村部の事例から」
全体討論
2015年10月4日(日)9:30~13:30(国立民族学博物館 大演習室)
天田城介(中央大学)「現代日本における高齢者ケアをめぐる家族の変容」
内藤直樹(徳島大学)「ケアされることからの自由:東アフリカの開発・援助対象社会における家族の再編」
研究打ち合わせ
2015年12月19日(土)13:00~18:00(高知大学(朝倉キャンパス)男女共同参画推進室)
廣瀬淳一(高知大学)「高知における男女共同参画の現状(仮)」
全員「男女共同参画と地域社会」
全員「家族と職場を媒介するモノ」
2015年12月20日(日)9:30~13:30(高知大学(朝倉キャンパス)男女共同参画推進室)
全員「共同研究の中間段階における総括」
全員「今後の研究計画」
2016年1月9日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
木村周平(筑波大学)「津波・家・国家――三陸漁村の「復興」について」
加藤敦典(東京大学)「ベトナムの村落地域における高齢者ケアの制度化に向けた動き――家族・国家・市場・共同体」
全体討論
2016年1月10日(日)9:30~13:30(国立民族学博物館 大演習室)
高橋絵里香(千葉大学)「ネオリベラルな辺境――フィンランドの地域福祉改革にみる親族介護の浮上」
工藤由美(亀田医療大学)「先住民組織の二つの顔と民族医療」
研究打ち合わせ
研究成果

これまでの議論を通して、問題接近の三つの方向性が明らかになった。第一は、ケアから社会構造や社会システムの変化をとらえていく方向で、岩佐(ラオス)、天田(日本)、加藤(ベトナム)らの議論が、高齢化のすすむ地方の研究において追及した。第二は、特定のケア・アクターに焦点をあてる方向で、国家や家族、先住民アソシエーション等が、何をなし、何をなしていないか問い直す。浜田(ガーナの家族)、内藤(アフリカの難民キャンプ)、工藤(チリの都市先住民)、木村(三陸津波の復興)、土屋(子供の社会的擁護)らの議論が追及した。第三は、ケアという視点から、福祉国家システムの編成や再編成の過程を問い直そうとする方向で、中野(ドイツ)、高田(イギリス)は近代福祉国家の形成期を、高橋(フィンランド)、モハーチ(ハンガリー)は現代の福祉のあり方をとりあげて議論した。高知大学における研究集会では、地方の保育・介護の現状と課題について、現地の研究者をまじえて議論した。

2014年度

初年度(2014年度)は3回の研究会を開催する。初年度の達成目標は、共同研究のテーマ、方法論、パースペクティヴについて各メンバーが理解すること、さらに、各メンバーそれぞれの問題関心を共同研究のなかに配置して、その全体像を共有することである。

【館内研究員】 加賀谷真梨、浜田明範
【館外研究員】 天田城介、岩佐光広、岡部真由美、加藤敦典、木村周平、工藤由美、沢山美果子、高田実、髙橋絵里香、土屋敦、内藤直樹、中野智世、西真如、速水洋子、モハーチ ゲルゲイ
研究会
2014年11月16日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
森明子 共同研究の趣旨説明と問題提起
全員 研究課題をめぐる各自の研究状況と今後の研究計画
2014年12月20日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
岡部真由美(中京大学)「宗教をつうじたケアのかたち-現代タイ社会における仏教僧による「開発」の事例より-」
沢山美果子(岡山大学)「乳からみた産み育てることの近世・近代」
全員 総括討論
2015年1月8日(木)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
加賀谷真梨(国立民族学博物館)「誰のための福祉事業か?――沖縄県A島の高齢者地域福祉活動に生じるコンフリクト」
西真如(京都大学)「『南の』世界におけるケアの実践を計る――エチオピア農村社会におけるチャイルドケアの量的把握に関する方法論上の課題」
総括討論(全員)
研究成果

研究初年度にあたる本年度は、3回の研究会を開催した。第1回研究会で、研究代表者が本共同研究の企図・目標等を説明し、各メンバーの関心や研究状況を配置していった。第2回研究会では、岡部がタイの寺院におけるケアについて報告し、ケアという問題系に、宗教のかかわりはどうあらわされてきたのか、キリスト教や仏教を素材にした議論が展開した。沢山は、日本の近世・近代の乳に注目し、子どもの養育において、乳が家族と社会を接合する様態について議論された。第3回研究会では、加賀谷が、離島の高齢者地域福祉の実践を報告し、特定のローカリティのもとにある各アクターの意思決定をめぐって議論が展開した。また、西は、ケアの実践が社会の持続性という観点から重要な意味をもつことを理論的に整理し、それを量的に計る方法論について議論を開いた。
以上より、本共同研究が前提とすべき状況と研究水準が参加者の間で共有され、さらに、特定のローカリティのもとで、ケアの制度化/脱制度化の実践をとらえていく議論の端緒が開かれた。