国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

呪術的実践=知の現代的位相――他の諸実践=知との関係性に着目して

研究期間:2014.10-2018.3 代表者 川田牧人

研究プロジェクト一覧

キーワード

呪術、実践=知、近代的実践=知

目的

現代世界を構成するさまざまな実践=知(本研究では、感覚を含む行為と知識・信念の双方にわたる概念として、便宜的に「実践=知」という語を用いる)のなかで、呪術的実践=知はいかなる位置をしめ、またそれ以外の諸実践=知といかなる関係性をもつのか。本研究では、呪術的実践=知とそれ以外の諸実践=知(すなわち科学、宗教、病院医療、学校教育、メディア表象など)との関係性を明らかにすることによって、現代世界における呪術の個別性(特殊性)と普遍性(他の諸実践=知との共通性)をうきぼりにすることをめざす。
本研究は、先立つ民博共同研究「知識と行為の相互関係からみる呪術的諸実践」(2007~2009年度、代表:白川千尋)とその成果論集『呪術の人類学』(2012年、白川・川田編、人文書院)をふまえつつ、その基本的枠組みであった「言葉/行為」を、宗教・世界観や制度との関わり、また世界とのインターフェースとしての感覚などの観点を組み込むことによって、「信じる/知る/行なう/感じる」の各理論的次元へ継承的に発展させる。それを通じて呪術論の観点から、現代世界における実践論や知識論を刷新することをこころざす。

研究成果

上記のような本研究の全体の目標は、換言すれば、かつての呪術のモダニティ論が「近代が呪術を生む」側面に光をあてたのに対し、その逆の側面から近代と接することによって、呪術的実践=知がわれわれの生活をいかに組み立てているかを解明することをめざすものである。このような課題設定のもとで、研究分担者がそれぞれの担当分野から科学、宗教、近代(西洋)医療、法制度、メディア表象などと呪術との関係性を明らかにするための各論を積み重ね、現代世界における呪術の個別性(特殊性)と普遍性(他の知識/実践との共通性)についての議論を深めることができた。研究の初発において「信じる」、「知る」、「行なう」、「感じる」の各理論的次元に着目して課題設定をおこなったが、知識と行為にかかわる現代世界の諸環境における呪術を、人がある事態を把握・諒解したりあるいはそれにもとづいて適正にふるまったりする具体的な知識/実践としてとらえ、詳細に提示する民族誌的研究が各研究発表において進展した。とりわけ研究期間の後半には感覚とマテリアリティに焦点をあて、これによって、物質の作用の連鎖による因果関係や、物質の持つマテリアリティをリアリティあるものとして受容する際の(個人的な、しかしある程度社会化された)感覚的経験について集中的に議論し、科学をはじめとする現代のさまざまな知識/実践と呪術がどのように重なり、またどのようにコントラストをなすかについて考察を進めることができた。
このような経緯をふまえ、研究成果の公表にあたっては、主に以下の二点を考えている。第一点として、現代のさまざまな知識/実践と呪術が、実際にどのような様態で並存もしくは拮抗関係にあるか、エスノグラフィックに記述する。そして第二に、感覚とマテリアリティに特化した議論を展開させ、呪術的諒解をなりたたせている可視的・可触的な感覚的経験が構成するマテリアリティの側面を分析的にとらえる。これらの議論から、現代世界における呪術の立ち位置や個別性と一般性などについて考察する。

2017年度

最終年度にあたり、全体の総括討論と、成果出版にむけた準備活動を展開する。まず現代世界における諸実践=知との関係からみた呪術という課題については、これまで2年半の研究会活動を通して、「感覚」と「マテリアリティ」の関係性という課題が浮上してきたので、これに収斂させる方向性で総括討論を検討している。当事者が呪術に巻き込まれる現場で(ミクロレベルで)、その当事者と直接的な接触面をもって作用する物質的事象的側面をマテリアリティとしてとらえ、そこに感覚的経験がいかに蓄積されるかを検討する。と同時に、科学・医療・宗教などの「他の実践=知」の場合、マテリアリティと感覚の関係が呪術のそれといかに対比的であるか(ないか)を検討することにより、現代世界における呪術的諸実践=知のあり方を考察する。最終年度の研究会は2回予定し、1回目(6月開催予定)では全体構想の討論を中心とし、2回目(11月開催予定)は全員が執筆草稿を持ち寄って、読み合わせの検討会を実施したい。

【館内研究員】 飯田卓、藤本透子、松尾瑞穂
【館外研究員】 飯田淳子、梅屋潔、片岡樹、黒川正剛、近藤英俊、島薗洋介、白川千尋、田中正隆、中川敏、中村潔
研究会
2017年6月3日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
津村文彦(名城大学)「東北タイにおける精霊・呪術の感覚をめぐって」
村津蘭(京都大学)「妖術師はどのように身体を獲得するか──ベナンの新宗教を事例として(仮)」
全体討論:成果論集の刊行に向けて
2018年1月27日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
成果報告書執筆計画発表
飯田卓(国立民族学博物館)、飯田淳子(川崎医療福祉大学)、梅屋潔(神戸大学)、片岡樹(京都大学)、黒川正剛(太成学院大学)
成果報告書執筆計画発表
島薗洋介(大阪大学)白川千尋(大阪大学)、田中正隆(大谷大学)、中川敏(大阪大学)、中村潔(新潟大学)
全体討論:成果論集の主題と方法、および構成
研究成果

昨年度の研究会において、本共同研究のまとめの方向性として、「感覚」と「マテリアリティ」という鍵概念が浮上した。それをうけ第一回研究会では、物質的可視性や身体感覚を通して呪術的リアリティが生成するプロセスを研究する二人のゲストスピーカーをお招きして、研究発表ならびに討議をおこなった。現代社会における我々の生活は呪術的実践=知が介在することによっていかに組み立てられるのかという問いかけは本共同研究の初期からの大きな課題であったが、具体的なものや身体的可触性に着目することにより、出来事の主知主義的理解のおよばない側面にも光をあてる可能性をひらいた。最終年度にあたり研究会の開催は二回にとどまったが、二回め(研究期間最終回)の研究会では、成果報告に向けた全員による検討会(論文構想・概要発表)をおこなった。その結果、上記の課題を中心とした「感覚とマテリアリティの呪術論」に加え、「現代世界の知識実践環境における呪術」というもう一本の柱を立て、二部立てで成果論集を構成する着地点を見いだした。

2016年度

これまでの2年間の活動から、当初の目的に即して、以下の点が明らかになりつつある。すなわち、(1)諸実践=知との関連性の検討のうえにたった呪術の個別性(特殊性)として、その因果論説明様式、偶然性の操作といった論理的な側面、(2)「信じる/知る/行なう/感じる」という人間の活動領域のなかで、知識や観念のみに偏るのではなく行為や感覚の領域にもかかわる、当事者にとっての呪術世界の描き方、である。3年目にあたる平成28年度は、年4回の研究会を開催し、上記(1)(2)各点を深化させるよう参加者の個別発表を一巡させ、4年目に成果報告書刊行のための討議と総括にあてられるような体制作りに向かう。具体的には、第一回:科学と医療、第二回:医療言説と信念世界、第三回:メディア言説と信念の形成、第四回:宗教的社会変動と科学技術といった各トピックを扱いながら、呪術的諸実践の感覚的側面、または知識と信念の側面などについて検討を加える。

【館内研究員】 飯田卓、藤本透子、松尾瑞穂
【館外研究員】 飯田淳子、梅屋潔、片岡樹、黒川正剛、近藤英俊、島薗洋介、白川千尋、田中正隆、中川敏、中村潔
研究会
2016年6月25日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第2演習室)
飯田卓(国立民族学博物館)「マダガスカル南西部の祖霊と憑依霊」
飯田淳子(川崎医療福祉大学)「感性と力 2人の呪者の肖像」
全体討論:「他の諸実践=知」について
2016年7月24日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
片岡樹(京都大学)「タイ山地民ラフの呪術と妖術」
島薗洋介(大阪大学)「『呪術的』実践と自己への配慮と―フィリピンにおける生体肝移植患者の身体的経験と実践に関する省察―」
全体討論:呪術のリアリティと他の諸実践=知のリアリティ
2016年11月27日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
田中正隆(高千穂大学)「ベナンにおける宗教とメディア―在来信仰ブードゥのメディア利用―」
中村潔(新潟大学)「WITCHCRAFT_BAZAAR」
最終年度へむけての計画、ならびに事務連絡
2017年1月21日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第2演習室)
松尾瑞穂(国立民族学博物館)「インド・マハーラーシュトラ州における反迷信邪術運動とその法制化」
藤本透子(国立民族学博物館)「カザフスタンにおけるエムシ(治療者)の活動と伝統医療の展開」
最終年度へむけての計画、ならびに事務連絡
研究成果

本年度は研究会を4回開催し、共同研究員の個別発表を一巡させた。上記「研究目的」にあげた本研究のねらいに対して、本年度はとくに、制度化やメディア化の側面と、宗教的体系化もしくは内面化などとの対比について検討された。その展開として、隣接するさまざまな知識実践に吸収されず、他の知識実践では代替できない呪術的実践=知の、他の概念へパラフレーズしたり還元論的説明にとどまったりするのではない側面に関する議論が重ねられた。もう一点、「信じる・知る・行なう・感じる」という四つの動詞に関しては、必ずしも均等なウエイトをおいた議論展開ではなく、むしろ当初予想していた「触知性」「物質性」などについての集中的な議論が展開した。これは、現代世界における知識実践としての呪術の基本的性格にかかわる展開であり、「感覚」と「マテリアリティ」という新たな鍵概念へと問題意識を拡張させ、最終年度における総括の手がかりを得ることができた。

2015年度

本研究は全期間にわたり、呪術と科学の関係を中心的軸に据えながら「信じる/知る/行なう/感じる」の各次元への検討を加えていくことを基本的構成としている。平成27年度は第二年度にあたり、初(平成26)年度にひきつづき、「呪術的実践=知と科学・医療」を中心的にとりあげる。科学的認識と呪術的事象の受容/非受容の関連性を問う諸研究と連動させながら、地域的な広がりのなかで検討を加えること、主知主義的科学観によるものだけでなく身体・感覚次元からの検討もおこなうことを課題とする。また医療実践など現代的シーンにおける呪術—科学連関についても検討することを通して、「知る」や「行なう」といった側面と同時に、「感じる」の側面についても議論を重ねていく。また本年度後半にあたる第5・6回研究会においては、「呪術的実践=知と宗教」の側面にも焦点をあてはじめ、呪術的実践=知がその他の実践=知と接触・交渉する場面、とりわけ「信じる」ことがいかに特定の集団に共有されうるかという信念の形成過程についても検討を加える。

【館内研究員】 飯田卓、浜田明範、藤本透子、松尾瑞穂
【館外研究員】 飯田淳子、梅屋潔、片岡樹、黒川正剛、近藤英俊、島薗洋介、白川千尋、田中正隆、中川敏、中村潔
研究会
2015年6月28日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 第2演習室)
梅屋潔(神戸大学)「「災因論」「物語論」そして「アブダクション」―ウガンダ・パドラ民族誌の予備的考察」(仮題)
中川敏(大阪大学)「引用と呪術」
全体討論、次回以降の研究計画
2015年10月18日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
浜田明範(国立民族学博物館)「妖術による媒介:ガーナ南部における王権闘争をめぐって」
黒川正剛(太成学院大学)「西欧近世の魔女信仰における呪術的実践=知の諸相」
全体討論、次回以降の研究計画
2015年12月26日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
関一敏(特別講師:九州大学名誉教授)「呪術と日常」
川田牧人(成城大学)「中間地点での論点整理と、成果報告の構想」
全体討論:次年度計画ほか
研究成果

本年度は3回の研究会において、①現代世界の諸実践=知の環境における呪術的諸実践の位置づけ、②知識や観念に偏らない当事者性、という二つの眼目にせまる議論を重ねた。①に関しては、現代的環境における論理・認識としての呪術的諸実践=知の性格づけに関する検討がなされた。たとえば昨年度の「偶然性の必然化」という作用と対をなす形でのアブダクション的論理や、引用論として呪術を捉える議論などがそれにあたる。いっぽう②に関しては、呪術の社会的実践としての側面、ならびに感覚や感性の社会史と接合しうる方法論的整理などがなされ、「行なう」、ならびに「感じる」の側面が中心的に検討された。これらの議論は、近年の呪術論で論じられるような、合理/非合理の二分法を脱した地点にある直感力や創造性、幻視性、仮想性などをともなった人間の生活能力に対して光をあてることになる。と同時に、個別性をおびた具体的存在としての「個」が、いかに呪術的実践=知にかかわるかという視座をひらくことによって、呪術世界そのものを描出する可能性についても検討が加えられた。

2014年度

まず初年度から第二年度にかけて第4回研究会まで、「呪術的実践=知と科学・医療」をとりあげる。本研究に関連するプロジェクト「東南アジア・オセアニア地域における呪術と科学の相互関係に関する文化人類学的研究」(研究代表者:白川千尋)において、呪術的事象の受容もしくは非受容に科学的認識がいかなる形で関与しているかに関する研究が先行して進展している。この成果と連動させながら、地域的な広がりのなかで検討を加えることと、主知主義的科学観によるものだけでなく身体・感覚次元からの検討もおこなう。また医療実践など現代的シーンにおける呪術—科学連関についても検討し、「感じる」の側面についての議論を重ねる。

【館内研究員】 飯田卓、浜田明範、藤本透子、松尾瑞穂
【館外研究員】 飯田淳子、梅屋潔、片岡樹、黒川正剛、近藤英俊、島薗洋介、白川千尋、田中正隆、中川敏、中村潔
研究会
2014年11月16日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 第2演習室)
川田牧人「現代における呪術と他の諸実践=知――本研究会の趣旨と基本的ビジョン」
白川千尋「呪術と科学の違いに関する省察――「どのようにして」と「なぜ」の問いを手がかりにして」
全員による討論「本研究会の研究構想」、ならびに事務連絡
2015年2月8日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
近藤英俊「偶然的他者の呪術的『再必然化』」
ディスカッション
「信念の呪縛」(浜本満著、九州大学出版会、2014)検討会
次年度計画&事務連絡
研究成果

平成26年度は研究会を2回開催した。まず第1回では、本共同研究の開始にあたり、(1)呪術的実践=知と隣接する「その他の諸実践=知」との関係性を検討する、(2)触知性や物質性といった感覚特性を視野に入れて、「信じる・知る・行なう・感じる」という活動領域に着目して検討するという研究の方向性が確認された。第1回目後半と第2回目では各論に入り、「どのようにして」の問いに答えるものとしての科学に対し、「なぜ」の問いに答えるものとしての呪術というとらえ方が可能であること、また、不可解さや理不尽さに満ちた偶然性を再必然化するという呪術の一側面について検討がなされた。そしてそれらから、当事者にとっても必ずしも自明ではないことへ向かう呪術的実践=知に関する議論が深められた。また第2回では浜本満著『信念の呪縛』を全員で講読して検討会がおこなわれた。当共同研究にも関連する論点として、偶然性と賭博性、不在を核とした信念群と真理化プロセス、不可解さに関する想像力・感性などの諸点が指摘され、それらはいかにして展開可能かといった議論もなされた。