個−世界論――中東から広がる移動と遭遇のダイナミズム
キーワード
個人、中東、移動
目的
中東は、古来より多様な人々が民族、宗教、言語の違いを超えて離合集散と交渉を繰り返してきた巨大な交流圏の一つである。この圏域では人名、地名、出来事で満たされたリフラと呼ばれる旅行記が精力的に産出されてきたが、固有名への強い関心は日常生活・会話の中でも広く見受けられ、人々の生活を基礎づける重要な関心の持ち方であると想定される。このような関心の広がりは、中東を基点として広がる世界において、生身の個人という存在と移動という経験、未知なる人・場・情報との遭遇こそが、世界を形成・構想するうえでの根幹と見なされてきたことを示唆する。
本研究は、中東を一つの基点として活躍する具体的個人に焦点を定めて、彼らの人・場・情報との出会い・交渉・関係の形成はいかにして実現されているのか、超地域的な人・物・知の交流とミクロな生活の場の形成とがどのように連関しているのかを探求することを通じて、個人が織りなす世界の特質を解明しようとするものである。
研究成果
人間文化研究機構・ネットワーク型基幹研究プロジェクト「現代中東地域研究」とも協働している本共同研究の主たる問題関心は、第一に、中東を対象とした既存の分析枠組みや理解の限界点を明らかにすることにあり、第二に、共同研究会メンバーの調査に基づく民族誌的事例の検討を通じて、中東に生きる人々の具体的な姿、すなわち「等身大の個」と彼ら/彼女らが関わる世界の広がりについての理解を多角的に深めることにあった。
前者については、たとえば、イスラームを捉えるうえでしばしば日本で用いられる「サラーム」(平和)というアラビア語の概念を事例として、私たちが慣れ親しんでいる表象や概念、説明などが、必ずしも中東に生きる人々についての私たちの理解の深化を助けるものではなく、むしろ、その妨げになっているという危険性について問題提起が行なわれた。
後者については、本共同研究班は多角的な視点から事例を検討すべく、人類学のみならず、認識言語学、ジェンダー学、民族音楽学、情報学、歴史学を専門とする研究者を迎えて組織され、多様な事例が提示されたことに特徴がある。具体的な個に着目しつつ提示された各発表を共通点に従ってまとめると、(1)中世期の西地中海を舞台とした地域と宗教をまたぐ個の活動、(2)近代におけるヨーロッパとの邂逅とアラブ、イスラームの関係、(3)知の生成と知を介した人間関係の広がり、(4)国際結婚、経済活動、亡命などを通じた現代における移動の諸相、(5)宗教的・民族的差異に基づく理解の問い直し、(6)調査経験の批判的検討、などが挙げられる。
また、本共同研究の成果は、2015年度と2016年度に開催された2度に渡る国際シンポジウムと、2018年度の国際学会でのパネル・セッションの組織化を通じても国際的に発信・還元されている。国際シンポジウムの第1回目は、2016年2月に開催された人間文化研究機構・ネットワーク型基幹研究プロジェクト「現代中東地域研究」のキックオフ国際シンポジウム「中東における「民衆文化」の編成と「民衆」概念の再検討」(“Formation d‘une “culture populaire” au Moyen Orient: un rééxamen de la notion de “populaire”)である。第2回目は、2017年3月にパリの社会科学高等研究院(EHESS)において同研究院と人間文化研究機構の共催で開催された“La culture populaire au Moyen-Orient: Approches franco-japonaises croisées”(中東における民衆文化:日本とフランスからのアプローチ)である。
さらに、2018年度には、国立民族学博物館・共同研究(国際展開事業)の助成を受けて、2018年7月にスペインのセビーリャで開催された第5回中東研究世界会議(World Congress for Middle Eastern Studies, WOCMES)においてパネル・セッション“The challenge of ethnography on identity and social realities in the Middle East: Going beyond the category from within”を組織し、研究成果発表を行なった。
2018年度
本年度は、共同研究の最終年度となる。これまでの議論を踏まえ、共同研究を総括することが目的の一つとなる。これに加えて、理論的には個人民族誌の再検討を引き続き行うのとともに、民族誌的事例をもとに、異なる社会的条件のもとでの知の共有のメカニズム、知の創出と資源化のプロセスとその社会的波及などといった問いについて引き続き検討を続けてゆく。また、研究成果出版に向けた準備のために、共同研究班メンバーの各成果の内容について議論を詰めてゆく。
【館内研究員】 | 相島葉月、西尾哲夫 |
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【館外研究員】 | 池田昭光、宇野昌樹、大坪玲子、奥野克己、小田淳一、苅谷康太、佐藤健太郎、椿原敦子、鳥山純子、堀内正樹、水野信男、嶺崎寛子 |
研究会
- 2018年11月24日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 宇野昌樹(広島市立大学)「研究課題と研究会への関わり方 Ⅱ」
- 2018年11月25日(日)10:00~14:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 嶺崎寛子(愛知教育大学)「未来/未知に自らを擲つということ――アフマディーヤ・ムスリム在日二世の結婚の事例から」
- 2019年2月16日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 鳥山純子(立命館大学)「『シャクセイヤ』をパフォーマティブに捉えるために」
- 2019年2月17日(日)10:00~14:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 西尾哲夫(国立民族学博物館)、岡本尚子(国立民族学博物館)「アラブ音楽研究における〈民衆〉概念―Guillaum André Villoteau(1759~1839)とSimon Jargy(1919~2001)」
- 水野信男(兵庫教育大学)「コメント」
研究成果
2018年度には、当初3回の研究会を予定していたが、2018年6月に大阪府北部で起きた地震の深刻な被害が国立民族学博物館にも及んだこともあり、共同研究会開催は2回となった。発表を担当したのは宇野昌樹、嶺崎寛子、鳥山純子、西尾哲夫、水野信男、および岡本尚子(国立民族学博物館)である。それぞれ研究発表あるいはコメントを担当して研究成果の発表を行なった。取りあげられたのは、研究者としての半生に渡るフィールドとの関わり、国際的なネットワークを形成しているアフマディーヤの2世の国際結婚、エジプトにおける学校教員の事例をもとにしたシャクセイヤ(個)の捉え方の批判的検討、そして、アラブ音楽研究における「民衆」概念の検討、などである。
これらの発表に加えて2018年度には、国立民族学博物館・共同研究(国際展開事業)の助成を受けて、共同研究班のメンバーである鳥山、池田、齋藤が2018年7月にスペインのセビーリャで開催された第5回中東研究世界会議(World Congress for Middle Eastern Studies, WOCMES)に参加し、パネル・セッション“The challenge of ethnography on identity and social realities in the Middle East: Going beyond the category from within”で研究成果発表を行なった。
上記のパネルは、共同研究の成果の一部として、共同研究代表の齋藤とメンバーの鳥山純子(立命館大学)が協力して企画立案したものである。事前審査を経て採択された本パネルの構成は、発表者4名、コメンテータ1名、モデレータ1名からなり、そのうちパネル発表者3名が、国立民族学博物館共同研究参加者(鳥山純子、池田昭光、齋藤剛)であり、本パネルの中核をなしていたほか、2名(鳥山、池田)が博士号取得後8年以内の若手研究者であった。WOCMESは、世界70カ国を拠点とする2,500名の中東研究者が4年に一度、一堂に会する中東研究での世界最大規模の国際学会である。そこで研究成果報告をパネルの形で実施できたのは、本共同研究成果の国際発信の一環としてもふさわしいものであった。
2017年度
本年度は、共同研究会開始後1年半を経て、2019年3月終了予定まで2年を残す折り返し時期にあたる。年度前半にはこれまで未発表のメンバー5名による発表を優先させたうえで、年度半ばに小活のための研究会の開催を実施する。そのうえで、各メンバーによる2度目の研究発表を進め、議論の深化を図る。
理論面では、これまでに引き続き、個人民族誌の再検討、知識人類学における成果の吟味、移動に関わる問題群の再検討を始めとした諸課題を取り上げる予定である。事例については、宗教的知識人の移動に伴う知識の普及と再編、中東における音文化、民衆文化の形成などが取り上げられる予定であり、これらの事例の検討を通じて個と世界の関わりの諸相を明らかにしてゆく。
【館内研究員】 | 西尾哲夫、相島葉月 |
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【館外研究員】 | 池田昭光、宇野昌樹、大坪玲子、奥野克己、小田淳一、苅谷康太、佐藤健太郎、椿原敦子、鳥山純子、堀内正樹、水野信男、嶺崎寛子 |
研究会
- 2017年7月22日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- 齋藤剛(神戸大学)「ムフタールスースィーにみる個 」
- 堀内正樹(成蹊大学)「カオスから秩序へ、でよいか~純粋数学のたどった道と非境界的世界のあり方」
- 2017年7月23日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第4演習室)
- 相島葉月(国立民族学博物館)「現代エジプトのスーフィズムにおける自己主体性とモダニティの位相」
- 2017年12月9日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 全員「研究打ち合わせ」(今後の計画など)
- 苅谷康太(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)「引用・解釈・操作:ムハンマド・アル=マギーリーとウスマーン・ブン・フー ディーの知的連関」
- 2017年12月10日(日)10:00~14:30(国立民族学博物館 第2演習室)
- 大坪玲子(東京大学)「イエメン・カート・エチオピア」(仮題)
- 2018年2月21日(水)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 佐藤健太郎(北海道大学)「〈モリスコ〉の旅行記」
- 2018年2月22日(木)10:00~14:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 宇野昌樹(広島市立大学)「研究課題と研究会への関わり方」
研究成果
本年度は、7月、12月、2月に共同研究会を開催し、7名の共同研究会構成員が研究成果の発表を行った。本年度の研究発表が扱った内容は大きく4つに分けられる。それらは、抽象化と秩序化を問題とした研究(堀内)、知識人を対象とし、その学的活動における自己と他者の差異化の論理を扱った研究(相島、苅谷、齋藤)、中東とその周辺地域を横断する人々を扱った研究(大坪、佐藤)、最後に研究に従事する自己の軌跡を振り返りつつ、個として中東に生きる人々との関わりを問いなおした研究(宇野)である。
本年度の研究において特徴的な点の一つは、エジプト、レバノン、モロッコ、イエメンなど中東に包含される地域だけでなく、イベリア半島やナイジェリア、エチオピアなど中東と密接に関連しつつも、中東研究においては直接対象とされることが少ない地域との人的・知的連関が積極的に扱われ、中東に生きる人々の地域をこえた広がりの実態が多角的に明らかにされたことである。
また対象として取り上げられた人々も、エジプト、モロッコ、ナイジェリアなどにおいて活躍した宗教知識人(ウラマー)、イベリア半島におけるモリスコ(キリスト教に改宗したムスリム)、イエメンからエチオピアに渡った移民など、多岐に渡っている。彼らの地域を超えて広がるネットワークのみならず、知の連関や受容された知の解釈や操作を通じた知の「ローカル化」を扱った本年度の成果発表は、中東に生きる人々の縷々転変する軌跡を活写したものであるのと同時に、特定の地域に限定して人々の活動を捉えることの問題性を改めて浮き彫りにするものでもあった。
2016年度
本年度は、個の捉え方について引き続き検討を進めるとともに、個と世界の関係性、知をめぐる諸課題について理論・事例双方から研究を進める予定である。理論的には、個人民族誌の再検討、知識社会学、知識人類学における成果の吟味に始まる課題が遂行される予定であり、それと平行して民族誌的事例、歴史的史料の検討から、異なる社会的条件のもとで知はいかにして共有されうるのかそもそも知を共有するとはどういうことなのか、また知としての創出と資源化のプロセスとその社会的波及はいかなるものであるのか、そして、そもそも移動という動的契機が生活や見知らぬ他者・場との関係をいかにして成立させているのかなどといった問いに取り組んでゆくことになる。具体的には、異宗教間での知識伝達、宗教的知識人の移動に伴う知識の普及と再編、アラブ・ユダヤ音楽の交流と展開、宗教団体の広域ネットワーク、市場での経済活動と社会関係などが取りあげられる予定である。
【館内研究員】 | 西尾哲夫 |
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【館外研究員】 | 池田昭光、宇野昌樹、大坪玲子、奥野克己、小田淳一、苅谷康太、佐藤健太郎、椿原敦子、鳥山純子、堀内正樹、水野信男、嶺崎寛子 |
研究会
- 2016年6月4日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 齋藤剛(神戸大学)「これまでの研究会の論点の整理」
- 奥野克巳(京都文教大学)「ムスリム墓からみる個と社会」
- 2016年6月5日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 鳥山純子(桜美林大学)「能動的な状況定義の考察に向けて――エジプトの学校教員にみる〈シャクセイヤ〉とは何か」
- 2016年10月29日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 小田淳一(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)「ラモン・リュイは『ブリコルール』か?」
- 2016年10月30日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 嶺崎寛子(愛知教育大学)「質問者と法学者の間―2000年代エジプトのファトワー相談電話を事例に―」
- 2017年1月28日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 池田昭光(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)「レバノンで民衆文化を考えること――相互行為的事例を用いた試み」
- 西尾哲夫(国立民族学博物館)、椿原敦子(龍谷大学)、鳥山純子(桜美林大学)、齋藤剛(神戸大学)「中東における〈民衆文化〉を巡って」
- 2017年1月29日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 水野信男(兵庫教育大学)「アラブ音楽会議1932再考」
- 全員「本年度の共同研究の総括」
研究成果
本年度は、2016年6月、10月、2017年1月の都合3回、共同研究会を開催した。6月には齋藤が前年度の研究会を総括しつつ、そこで明らかになった検討課題を提示した。その後の研究会が取り扱った対象は多岐にわたるものであり、墓、調査者をも巻き込んだ日常的相互行為、キリスト教とイスラームの影響が交錯する中世西地中海を中心として活躍したキリスト教知識人ラモン・リュイの生涯と彼が編み出した世界解釈の理論の再検討、イスラーム法学者のファトワー相談電話、1932年に開催されたアラブ音楽会議の再検討などである。これらの事例を通じて浮かび上がって来た点の一つは、複数の文化、宗教、民族が交錯する中で、それらの文化、宗教、民族、さらには当該社会の規範と関わりながらも、同時に個人が規範、文化をいかにして組み替えているのかを明らかにしようとしている点である。
本共同研究では、こうした成果とあわあせて、民衆、民衆文化の再検討を進め、2017年3月にはパリで開催された国際シンポジウム「La culture populaire au Moyen-Orient: Approches franco-japonaises croisées」を組織し、研究成果を発表した。
2015年度
本研究は、世界理解の新たな視座を探求した貴館共同研究「非境界型世界の研究――中東的な人間関係のしくみ」に参加をした若手研究者が中心となって、その研究成果を踏まえつつ新たに生まれた問題意識と課題に基づいて、研究を展開・深化させようとするものである。
研究班は、人類学(8名)、歴史学(2名)、言語学(1名)、民族音楽学(1名)、情報学(1名)を専門とする者から構成されている。人類学に隣接する分野の専門家が本研究に加わっているのは、諸個人の邂逅と知の伝達という問題を検討するうえで、たとえば、言語のみならず広く音文化全体の中でコミュニケーションを捉える視点が不可欠であるからであり(言語学、民族音楽学、情報学)、また中東における個人が屹立した社会のあり方の生成を通時的に検討する必要があるからである(歴史学)。
2015年度は、本研究の基軸となるキーワードについて検討し、共通理解を深めることを主眼とする。検討対象となるのは、研究会参加メンバーのこれまでのフィールド体験を基にした、フィールドにおける個人、移動、遭遇、場、社会の捉え方などである。
【館内研究員】 | 西尾哲夫 |
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【館外研究員】 | 宇野昌樹、大坪玲子、奥野克己、小田淳一、苅谷康太、佐藤健太郎、椿原敦子、鳥山純子、堀内正樹、水野信男、嶺崎寛子 |
研究会
- 2015年10月17日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 齋藤剛(神戸大学)「個-世界論――問題提起」(仮題)
- 2015年10月18日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 西尾哲夫(国立民族学博物館)「アラブ世界の言語社会的位相と個人空間の再世界化」(仮題)
- 2016年1月23日(土)12:00~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 齋藤剛(神戸大学)「個-世界論――問題提起 Ⅱ」(仮題)
- 大坪玲子(東京大学)「カートを通して見える世界」(仮題)
- 2016年1月24日(日)9:00~15:00(国立民族学博物館 第1演習室)
- 椿原敦子(国立民族学博物館)「ふたつの『個人主義』?――テヘランとロサンゼルスから考える」
研究成果
共同研究の初年度(2015年10月〜2016年3月)は、研究班で共有すべき問題意識、論点、方向性を確認することに務めるのと同時に(齋藤(Ⅰ)、西尾発表)、イスラーム世界、民衆イスラーム論、イスラーム経済論、個人主義などの既存の分析枠組み、理論、概念の問題点を具体的な事例報告を通じて明らかにした(西尾、齋藤(Ⅱ)、大坪、椿原発表)。
西尾の議論は、日本における近年のイスラーム理解の問題点を手がかりとして、アラブ世界、イスラーム世界の捉え方が西洋諸社会、日本社会、当事者たるムスリムたちの間で曖昧であることを、言語社会的位相から多角的に照射するものであった。
イエメンにおけるカート研究を進めて来た大坪は、自身の研究を踏まえて、日本国内における「イスラーム経済論」の問題点を明らかにした。イスラーム経済論は、キリスト教、仏教をはじめとするイスラーム以外の宗教における商業、経済の捉え方を通覧し、商業に肯定的な宗教としてイスラームを捉える視点を打ち出したものである。大坪は、イスラーム経済論が依拠する文献、原典の再検討を通じて、イスラーム経済論が資料の恣意的な解釈に基づいて成り立っていることを明らかにした。
椿原は、イラン本国およびロサンゼルス在住イラン人のコミュニケーション、社会関係形成プロセスの検証などを通じて、ペルシャ語において個人主義を意味する「イェクターギャリー」という民俗語彙の意味内容と、個と組織(化)をめぐるイラン人の理解の特質を明らかにした。
この他にも、共同研究会における議論を踏まえて、人間文化研究機構 ネットワーク型基幹研究プロジェクト「現代中東地域研究」のキックオフ・国際シンポジウムとして、「中東における「民衆文化」の編成と「民衆」概念の再検討」を2016年2月27日に、国立民族学博物館で開催した。同シンポジウムには、共同研究班から、齋藤、大坪、鳥山、椿原、西尾が発表者として参加したほか、嶺崎、水野がコメンテーターを、堀内、奥野、宇野が司会をそれぞれ担当し、共同研究の国際発信として基幹プロジェクトに全面協力した。