会計学と人類学の融合
キーワード
監査文化、会計と文化、国際財務会計基準
目的
地中海時代のイタリアに端を発する近代会計学は、口別計算から期間損益計算、現金主義から発生主義へという進化主義的発想を明確に持つディシプリンの一つであるといえる。また、企業会計を中心に発展してきたことから、企業のグローバル化に伴い、必然的に会計基準のグローバル化を求めるようになっていった。その結果、各国の企業会計の違いを超えたグローバル・スタンダードとしてのIFRS(国際財務報告基準)が策定されて、会計関係者の間ではIFRS適用問題が大きな関心事となっている。
他方で文化人類学者は進化主義思考やグローバリゼーションに対してクリティカルに見る方法を駆使してきた。市場主義的でかつ自己規律的なAudit Cultures(Shore&Wright 1999, Strathern2000)についても批判を加えている。しかしながら、Audit Culturesの中核に位置するともいえる会計学者にその声が届いているとはとても思えない現状もある。
本研究会はこうした状況をかんがみて、両者が議論しやすい課題として会計基準の中でもガラパゴス化した非営利会計基準(平成20年公益法人会計基準、平成23年学校法人会計基準、平成27年社会福祉法人会計基準など。これらは実は全く異なっている)に焦点を当てる。これらは、各法人制度の文化的側面を色濃く残し、また、いずれもごく最近になって改訂が加えられたという特徴を持つ。接点が難しい会計学と文化人類学の中で、会計と文化、普遍化と個別化の問題を両学問からアプローチするのに最も適したテーマであると考え、本申請はこれらを中心に会計学と人類学の学際研究を試みようとするものである。
研究成果
"本共同研究は従来、ほとんど共同研究を行ってこなかった文化人類学者と会計学者とによる挑戦的な共同研究であった。会計学では、研究の対象はほとんどが企業会計であり、企業のグローバル化に伴い、世界的な会計の標準を目指すIFRS(国際財務報告基準)が大問題となっていた。他方で、日本において非営利の会計は法人格別にバラバラな会計基準が策定され、いわば個別に発展していった。このような個別化と標準化のダイナミズムにあって生じる問題は、文化人類学が知見として有していた知識と深い関係にあった。例えば、企業会計というマジョリティの文化から非営利会計を見る見方は、エスノセントリズムに非常に近いものがあり、本研究会の中で「ビジネスセントリズム」という概念が生まれた。これは非営利の世界を営利(ビジネス)の文化を当然のものとみなして、その価値観に基づいた思考することで、本概念が誕生することで、非営利セクターの理解が一層進んだものと考えている。その他に 第1に、文化人類学者がフィールドで持ち帰った資料は文化人類学者の関心だけで考察されてしまうことがあるが、今回の共同研究によって、ジンバブエでの資料が会計学者からその重要性が「再発見」され、文化人類学者が会計学の学会の中では最も由緒ある日本会計研究学会で発表するなど従来になかった展開を行うことができた。 第2に、トーライ社会における貝貨の文化人類学的研究が本共同研究会の議論を経て、MBAの授業で紹介されるなど、当初の予想を上回る進展を見せた。 第3に、政策面への応用がある。主税局出身の財務省事務次官であった佐藤慎一氏が政策における文化の重要性を意識しながら税制改革を行っていたことなども明らかになった。 第4に、共同研究会をすべて公開で行うことで、本共同研究会のテーマに関心のある幅広い参加者を得て、固定の研究メンバーを超えた分野にも進展した。とりわけ、会計史家から強い関心を集め、次への展開も見えてきた。"
2018年度
前半は昨年度に引き続いた研究会を実施する。昨年度は、会計のグローバル化の中心組織である国際会計基準審議会で唯一の日本人理事であった山田辰己氏に報告いただくなどグローバリゼーションに正面から向き合うことができた。本年度は、各国で異なる税の個別性に焦点を当て、会計の普遍性との関係に着目した研究会を租税政策の現場から実施する。あわせて、文字表記以前の租税政策を考える上で、縄による税の記述など人類学が蓄積してきた成果を示しながら、研究の融合を図っていく。さらに、会計を表記法と捉えたときに、他の分野の表記法における近代化、グローバル化などの影響を考察する(5月ごろを予定)。
また、これまでの研究から会計学と人類学の融合していく中で、第一に、様々なフィールドでの会計現象を捉える仮称「フィールド会計学」の要素を含んだ研究の可能性を方向性、会計現象を人類学的に検討する会計人類学的な研究の可能性が出てきているので、両者の比較検討を行っていく(7月ごろを予定)。
本年度は最終年に当たるので、後半をこれまでの議論を踏まえて主として全員による研究会を実施し、書籍等成果発表に向けた研究会を実施する予定である(10月、2月)。
【館内研究員】 | 宇田川妙子 |
---|---|
【館外研究員】 | 石津寿恵、大貫一、尾上選哉、金セッピョル、竹沢尚一郎、西村祐子、早川真悠、深田淳太郎、藤井秀樹、古市雄一朗、安冨歩、八巻惠子 |
研究会
- 2018年5月12日(土)14:00~18:40(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 早川真悠(国立民族学博物館)「ハイパーインフレーション下のジンバブエでの人類学的発見」
- 佐々木健志(琉球大学博物館)「沖縄の人頭税と藁算」
- 議論
- 佐藤慎一(租税スペシャリスト)「税制と文化」(仮)
- 議論
- 2019年2月23日(土)14:00~18:40(国立民族学博物館 第4演習室)
- 本日の研究会の狙い
- 工藤栄一郎(西南学院大学)「文化人類学への対話可能な学問としての会計史研究」
- 三代川正秀(拓殖大学)「そろばんという道具と和式簿記」
- 山田辰己(中央大学)「IFRSの財務報告における基本スタンス―IFRSはBS重視か―」
- 議論
- 出口正之(国立民族学博物館)研究成果出版計画案
- 議論
研究成果
今年度は、これまでの研究に比較して大きな広がりの進展があった。とりわけ、会計から税の分野、税制という政策の分野における文化人類学的知見の重要性にまで議論が進んだ。また、会計学のうち会計史学との接点が出てきた。伝統的な会計史研究は他の学問領域と積極的な交渉が少なかったと会計学者が認めるほど、蛸壺に陥っていたといえる。しかし、近年わずかながら、他領域との関係を模索するようになって来た。例えば、古代中東の考古学者であるD・シュマン-ベセラがアメリカ会計学会年次大会2007(シカゴ)でオープニング・プレナリー・スピーチ:The Origin of Accountingを行ったことも、そうした傾向のひとつであろう。
今年度は最終年であり、今年度の新しい展開も含めた研究成果の出版計画も実施することができ、全く新しい分野の研究成果を発表する予定であるが、それは次への展開への序章に過ぎないものとなるだろう。
2017年度
本年度は、昨年度に引き続き原則として幅広く関心の高い研究者にも門戸を開いて研究会を実施する。研究会の「会計」の作業定義(2017年1月版)を下記のように定めることによって、会計学者と文化人類学者の「トランスフォーマティブ・リサーチ」としての共同研究をいっそう推し進める。
「会計」は、ある主体の「贈与としての事業」及び「非贈与取引としての事業」の成果を表す「言語」である。ここで、「言語」とは、数量的及び記述的表現を含むものである。
ここで、括弧付きの「贈与」を強調したのは、企業会計は商取引だけをみるので、現実的に、寄付やボランティアは考慮されない。それに対して、非営利組織では、カネやモノの寄付、ボランティアなどは、当たり前のように存在する。こうした点で人類学者との接点を切り開こうとするためである。また、同じく括弧付きの「言語」をいれたのは、「会計は事業の言語」(伊藤邦雄2014)という会計学者もいるので、ここでの「言語」は、他者を前提にした伝達という相互行為の手段としての意味を含むものとして使用している。
さらに「数量的及び記述的表現を含む」とは、会計は、貨幣経済を前提としない、より普遍的な社会にも存在するものと仮定して理解する。例えば、「腕輪と首飾りの交換をした」という表現上の記述は「会計」の定義に含まれるものとした。また、英国の「チャリティ」(「公益の組織として認められた団体」を示す法律用語)の報告書で、「会計実務勧告書」と会計学者に訳されているSORP(Statement of Recommended Practice)(注:「チャリティ」が活動の内容を社会や政府に報告するときの推奨される書類)には、チャリティの活動がどのように公益を増進させたかを記述することなどが求められている。そこで、このような記述的報告内容も含んで「会計」と定義している。
伊藤邦雄 『新・現代会計入門』日本経済新聞出版社. 東京。2014
上記作業定義を基本として、毎回、会計学者と文化人類学者の双方から報告を求めて、研究会を実施する。なお、研究会の内容についてはクラウドにて研究メンバーが共有し、会計学者及び文化人類学者の共著による論文を発表する予定にしている。
【館内研究員】 | 宇田川妙子 |
---|---|
【館外研究員】 | 石津寿恵、大貫一、尾上選哉、金セッピョル、竹沢尚一郎、西村祐子、早川真悠、深田淳太郎、藤井秀樹、古市雄一朗、安冨歩、八巻恵子 |
研究会
- 2017年6月24日(土)14:00~18:40(国立民族学博物館 第3演習室)
- 大貫一(金沢星陵大学)「ジンバブエのハイパー・インフレー現象の会計学的理解」
- 討論
- 安冨渉(東京大学)「生きるための簿記会計」試論
- 討論
- 深田淳太郎(三重大学)「交換レートを作り出す:パプアニューギニア、トーライ社会における貝殻貨幣と法定通貨の関係」
- 討論
- 2017年10月21日(土)14:00~18:20(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 早川真悠(国立民族学博物館)「人類学コミュニティの研究倫理と規範」
- 討論
- 窪田暁(奈良県立大学)「ドミニカの野球移民とお金の流れ」
- 討論
- 古市雄一郎(大原大学院大学)「贈与取引の会計学的理解」
- 討論
- 2017年12月25日(月)14:00~18:40(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 出口正之(国立民族学博物館)「領域設定総合化法によるトランスフォーマティブ研究序説 人類学と会計学のマッピング」
- 討論
- 福岡正太(国立民族学博物館)「西洋の学問の導入のその融合と分化の事例としての音楽学」
- 討論
- 山田辰己(国際会計基準審議会 理事)「企業のグローバル化と会計のグローバル化 IFRSの議論をめぐって」
- 討論
- 全体討議
- 2018年2月25日(日)14:00~18:40(国立民族学博物館 第3演習室)
- 出口正之(国立民族学博物館)「本日の研究会の狙い」
- 三代川正秀(拓殖大学名誉教授)「辺境会計研究の重要性」(仮題)
- 議論
- 竹沢尚一郎(国立民族学博物館名誉教授)「講と産業組合のあいだ――柳田国男の誕生」
- 議論
研究成果
本年度は、融合化に向けて研究会の目的に沿って各メンバーが報告を行い活発な議論が展開できた。例えば、会計学者の大貫一は人類学者の早川真悠のジンバブエのハイパー・インフレーションの報告を受けた形でその会計学的理解を行った。さらに、その報告が新資料の発見につながり、早川が「資料紹介:ハイパー・インフレーション期の決算書(ジンバブエの新聞より)」を再度報告するなど、活発な学問間の議論の融合が行なわれた。これらは文化人類学者と会計学者の共著報告として会計の学会報告にまでつながっていった。
また、会計のグローバル化の中心にいて国際会計基準作成に直接あたった山田辰己氏をゲストに招くこともでき、IFRS(国際財務報告基準)の問題に文化的側面から迫ることができた。こうしたことから内外の注目を集め、会計史の研究者など当初想定していなかった他分野の研究者の積極的な参画にもつながっていっている。
さらに、深田淳太郎の報告からは、貝貨が国家として制度化されている中で「納税」という手段にも使用されていることから、会計ばかりではなく税に関する研究会の関心も高まっていった。非営利会計における「ビジネスセントリズム」という新概念も研究会から誕生し、会計学と文化人類学による融合研究が学術的にも非常に意味があることが判明した一年となった。
2016年度
本研究は共同研究の2年半の期間を立案し、第1期(平成28年10月から平成29年9月)、第2期(平成29年10月から平成30年9月)、第3期(平成30年10月から平成31年3月)に分け、12回の研究会の実施を計画している。今年度はこのうち第1期の前半部分を実施する。
【第1回研究会】
研究代表者から、全体の概要とそれぞれの研究者が取り組むべき課題を設定する。また、研究代表者は公益法人会計基準策定に直接関与したことから、策定に関わる企業会計VS非営利法人会計の問題を報告する。
続いて、会計学者から会計学の歴史、IFRに向かう動き、ガラパゴス化した日本の非営利会計基準などを巨視的に概観し、それらが文化の研究対象として意味があること報告する。
【第2回ないし第3回研究会】
個別の非営利法人会計基準の状況と文化的課題を会計学者から報告を行う。この間の主な論点は、第1に、静的な把握として個別の非営利法人会計基準と企業会計との距離感。さらに、第2に、動的な把握として、企業会計から遠ざかっているのか(個別化の強化)あるいは近づいているのか(普遍化の強化)を意識した形での発表を行う。
【館内研究員】 | 宇田川妙子 |
---|---|
【館外研究員】 | 石津寿恵、大貫一、尾上選哉、金セッピョル、西村祐子、早川真悠、深田淳太郎、藤井秀樹、古市雄一朗 |
研究会
- 2016年10月29日(土)14:30~19:30(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 出口正之(国立民族学博物館)「文化人類学と会計学はどこで繋がるのか」
- 共同研究員全員 討論
- 博物館内見学
- 尾上選哉(大原大学院大学)「公益法人会計基準の変遷:アカウンタビリティ・コンセプトの観点から」
- 質疑(共同研究員全員)
- 共同研究員全員「研究会の進め方とアウトプットのイメージ」(進行:出口)
- 2016年11月26日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 出口正之(国立民族学博物館)「『会計』及び『会計基準』等の定義について」
- 藤井秀樹(京都大学)「会計システムの比較制度分析」
- 討論
- 早川真悠(摂南大学)「ジンバブエのハイパーインフレーション」
- 討論
- 2017年1月21日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 出口正之(国立民族学博物館)「本日の研究会の趣旨」
- 岸上伸啓(国立民族学博物館)「文化人類学における贈与論」
- 討論
- 石津寿恵(明治大学)「病院の財務情報開示――日米の制度比較を踏まえて」
- 討論
- 次年度の研究会の進め方
研究成果
研究会の「会計」の作業定義を定めることができ、会計学者と文化人類学者の「トランスフォーマティブ・リサーチ」としての共同研究の基礎固めを行った。
【本研究会における「会計」の作業定義2017.1版】
「会計」は、ある主体の「贈与としての事業」及び「非贈与取引としての事業」の成果を表す「言語」である。ここで、「言語」とは、数量的及び記述的表現を含むものである。
ここで、括弧付きの「贈与」を強調したのは、企業会計は商取引だけをみるので、現実的に、寄付やボランティアは考慮されない。それに対して、非営利組織では、カネやモノの寄付、ボランティアなどは、当たり前のように存在する。こうした点で人類学者との接点を切り開こうとするためである。また、同じく括弧付きの「言語」をいれたのは、「会計は事業の言語」(伊藤邦雄2014)という会計学者もいるので、ここでの「言語」は、他者を前提にした伝達という相互行為の手段としての意味を含むものとして使用している。
さらに「数量的及び記述的表現を含む」とは、会計は、貨幣経済を前提としない、より普遍的な社会にも存在するものと仮定して理解する。例えば、「腕輪と首飾りの交換をした」という表現上の記述は「会計」の定義に含まれるものとした。また、英国の「チャリティ」(「公益の組織として認められた団体」を示す法律用語)の報告書で、「会計実務勧告書」と会計学者に訳されているSORP(Statement of Recommended Practice)(注:「チャリティ」が活動の内容を社会や政府に報告するときの推奨される書類)には、チャリティの活動がどのように公益を増進させたかを記述することなどが求められている。そこで、このような記述的報告内容も含んで「会計」と定義している。
伊藤邦雄 『新・現代会計入門』日本経済新聞出版社. 東京。2014
また、非営利法人会計と企業会計の相違を考えたときに、非営利法人会計には、寄付やボランティアといった「贈与」が入り込んでいることから、まず切り口として、「贈与論」との関係を整理した。