テクノロジー利用を伴う身体技法に関する学際的研究
キーワード
身体技法、科学技術、相互行為
目的
IT化や科学技術の発展に伴い、直接対面的なコミュニケーションが減少している現代社会において、今改めて身体的相互行為の価値が問われている。本共同研究では、科学技術が介在する際に知識や情報の伝達をも含んだ身体技法が如何に変化し再構築されるのかについて、世界各地の事例に基づいて比較検討を行う。身体を通じて伝えられる技芸や知識等は、これまで口伝や観察による自得によって享受されてきた。しかし近年では、科学技術によって技芸をデジタル化しようとする傾向が顕著であり、さらには身体技法がメディアを通じてより拡大された社会関係のなかで共有されはじめている。だが他方で、身体技法の習得及び伝承の過程では、科学をもってしても可視化・言語化・定量化ができない身体知―感覚、感情―があり、テクノロジーとの融合において常にジレンマがつきまとっていることもまた事実である。本研究では、身体技法をめぐるテクノロジー利用に着目し、新しい身体的相互行為、およびコミュニケーションの在り方を明らかにする。
研究成果
全8回、延べ12日にわたって開催してきた本共同研究では、特別講師と共同研究のメンバーあわせて24の報告を通して、ICTが身体技法の伝達や継承にどう関わるか、また身体的経験にどのような影響や広がりを見せているかについて検討してきた。そのうち、ICTが伝統芸能の保存や記録に一定の役割を果たしている一方で、記録することに伴う標準化や商業化、グローバル化に対する人びとの葛藤や軋轢を編み直す実践が見えてきた。また、定量化が難しいとされる身体技法に関して「ハカる」ことの可能性や限界についても議論し、例えば、各人の創意工夫の積み重ねから生まれる技法において立ち現れる代替不可能性と一回性についての問題や身体と情動の関係性について、今後さらに議論を深めるべき課題が見つかった。加えて、ICTが介在することで生じる「感覚」の拡張という主題やそもそも身体技法を記述する際の言語化が隠してしまう言語中心主義をいかに乗り越えていくかという新たな視座も獲得できた。 研究成果の中間報告として、研究員有志で『国立民族学博物館研究報告』の特集に取り組んだものの、それぞれの事例が多岐にわたっていたため、共同研究全体をまとめる枠組みの設定が十分にできず、査読のコメントを受けて枠組みについて考えるきっかけとなった。ただ、本共同研究が若手メンバーから成る学際的研究だったことを考えると、メンバー各人が本共同研究によって着想を得て、それぞれの専門分野において業績を積めたことは、本共同研究がもたらした一定の成果と言えよう。また、研究代表者の産休制度取得によって本共同研究が3年半に延長されたことで、分野を超えた研究者同士のつながりがより熟成されていったことも、今後の各人の研究生活を考える上での大きな収穫と位置付けられる。
2019年度
2018年12月に予定されていた研究会は、研究代表者の産休制度取得により中止とし、本年度に延期とした。昨年度後半は『国立民族学博物館研究報告』の特集に取り組んだものの、それぞれの事例が無償の伝統芸能から有償の労働、研究者の身体から水中の身体などと多岐にわたっていたため、共同研究としての枠組みや用語の定義等を巡り課題を残す結果となった。したがって、今年度1回目の研究会は、特集企画に関してのフィードバックおよび共同研究の整理に充てるため、身体および精神・感情等について研究実績のある人類学者の菅原和孝先生(京都大学名誉教授)と、昨年度、ともに特集に投稿した市野澤潤平先生(宮城学院女子大学)をお呼びし、共同研究の位置づけを再確認する予定である。続く2回目は、同様に特別講師を招聘して将来的な共同研究の方向性を見定めつつ、共同研究員それぞれの成果発表を行って、本共同研究の締めくくりとする。
【館内研究員】 | 広瀬浩二郎 |
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【館外研究員】 | 伊藤悟、岩瀬裕子、阪田真己子、谷岡優子、日比野愛子、柳沢英輔、吉川侑輝 |
研究会
- 2019年7月27日(土)10:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
- 話題提供①菅原和孝(京都大学)「人類学分野における身体技法研究」
- 質疑応答
- 話題提供②市野澤順平(宮城学院女子大学)「ダイブ・コンピューターと減圧症リスク:観光ダイビングにおける身体感覚/能力の増強とリスク認知」
- 各共同研究員による成果報告
- 質疑応答、総合討論
- 疑応答、総合討論
- 2020年2月16日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 第3セミナー室)
- 大西秀之(同志社女子大学)「技術研究をめぐる民族誌フィールドの可能性」
- 佐本英規(広島大学)「竹とラジオとスマートフォン:ソロモン諸島アレアレの在来楽器をめぐる技法と技法論の変遷にみる物と身体、人格の関係性」
- 三津島一樹(京都大学)「身ぶりとテクノロジーの相互作用:西アフリカ・ガーナの自動車修理を事例に」
- 市野澤潤平(宮城女子学院大学)「水中における身体感覚の民族誌的記述」
- 総括
研究成果
最終年度となった2019年度は、国内の人類学分野で身体に関する研究を継続されてきた菅原和孝氏(京都大学)や『技術と身体の民族誌』を上梓された大西秀之氏(同志社女子大学)などを特別講師として招聘し、身体を研究対象とする際の可能性や課題について検討してきた。とりわけ、最終回の大西氏からは、シェーンオペラトワールの技術論から発展させたかたちで、産業化・近代化する各自の対象社会に生きる人びとの営みの中で発見できる「技術」を技能と知識に分解しながらみることで、近代と伝統の二文法を克服する視座を提示していただいた。佐本氏は、ソロモン諸島マライタ島アレアレの竹製パンパイプ・アウにみるチューニングの身体活動が極めて技術的実践であるとし、チューニングの技術的活動をめぐって人びとが商業化・グローバル化と向き合う葛藤や軋轢などの視点を提起した。三津島氏は、西アフリカ・ガーナの自動車修理工場にみる修理技術の民族誌に取り組み、修理実践における道具や身振りを事例に、不確実な行為の条件のもとで行われている、動作連鎖という観点から詳細な一次資料を基に報告した。 こうした特別講師による話題提供により、用語としての身体と肉体の問題を再考したり、これまでICTに敢えて特化して科学技術を扱ってきた本共同研究において「技術」を再定義したりするきっかけとなった。今後、本共同研究では深化させることができなかった、われわれの身体活動に関わる技術的実践において技能と知識がいかに相関しあっているかなどについて議論を深めることを各自の課題として、本共同研究会を閉会した。
2018年度
第6回1日目は、「デジタル化される身体」と題し、携帯電話やSNSなどの電子科学技術が現地で身体技法の伝達や継承に携わる実演者にどのように享受されているか、また実演者たちにとっての利点と不利点などを再評価する報告を用意する(担当:平田、日比野、吉川)。二日目は、関連分野から特別講師二人を関東・関西地方から招聘し、専門的知識や知見を広げる。
第7回を最終報告/研究会とし、全体討論を実施する。また、昨年度に完成させた各原稿を集めて、成果公開の計画を練る。ここではおもに『国立民族学博物館研究報告』特集掲載に向けて全体としてのまとまり、序論の書き直し作業、校正などが主な作業となる。
【館内研究員】 | 広瀬浩二郎 |
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【館外研究員】 | 伊藤悟、岩瀬裕子、阪田真己子、谷岡優子、日比野愛子、柳沢英輔、吉川侑輝 |
研究会
- 2018年4月7日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 話題提供①日比野愛子(弘前大学)「工場生産の現場にみる身体‐機械インタラクション」
- 話題提供②吉川侑輝(慶應義塾大学大学院)「「精巧なリマインダー」を組み立てるための専門的なテクノロジー——音楽の記録、書き起こし、そして収集」
- 話題提供③平田晶子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)「ソーシャル・メディアのインターフェス状況下で保障されるもの―東北タイ芸能者と機械の相互作用」
- 総合討論
- 2018年4月8日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 特別講師・市野澤潤平(宮城女子学院大学現代ビジネス学部)「ダイビング・コンピューターによる減圧症リスクの可視化」
- 特集の完成に向けて原稿に関するフリーディスカッション、質疑応答、研究に関連するスポットエクスカーション
研究成果
2018年度は、第6回研究会を2日間にわたって開催した。1日目は、平田晶子、日比野愛子、そして吉川侑輝の3者が国内外の地域における日常的/科学的実践のなかのICTを事例として、それが身体技法の伝達や継承にどうかかわるかや、身体技法を研究する専門的方法においてどう利用されているかを報告した。2日目は市野澤潤平を招聘し、「ダイビング・コンピューターによる減圧症リスクの可視化」と題して講演をいただいた。こうした報告・講演や事例の比較をつうじて、科学技術による「感覚」の拡張という主題がうかびあがった。
以上の成果をふまえながら、研究成果の中間報告として、研究員有志で『国立民族学博物館研究報告』の特集に取り組んだ。しかしながら、それぞれの事例が多岐にわたっていたため、共同研究全体をまとめる枠組みの設定という課題を残した。
なお12月に予定されていた第7回研究会は、研究代表者の産休制度取得により中止とし、2019年度に延期とした。
2017年度
第3回研究会(2017年7月22、23日開催予定)では、「映像化される身体技法の伝承とコミュニケーション」と題し、メディア技術論と芸能研究で先駆的な研究を積み上げられてきた研究者2名を特別講師として招聘する(1日目 / 2日間)。また、本共同研究メンバーによる報告を実施し、身体技法の習得、伝授、継承・保存で活用される科学技術と身体の関係について議論する。また、中間成果報告として計画中である関連学会(「日本文化人類学会」等)または国立民族学博物館での研究成果公開研究会開催に向けた議論の方向性についても意見交換を行う(2日目 / 2日間)。
第4回研究会(2017年11月25、26日開催予定)では、「動きを可視化するモノの装着と人間の身体」と題し、第2回と同様にデジタル技術と人間の暮らしに関する研究に従事する研究者を招聘する(1日目 / 2日間)。ここでは、芸能、スポーツの教育・継承現場や福祉・労働の作業場で、いかにテクノロジーが活用されるのか、また測量の可能性と限界について事例に基づき議論を進める(2日目 / 2日間)。
【館内研究員】 | 広瀬浩二郎 |
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【館外研究員】 | 伊藤悟、岩瀬裕子、阪田真己子、谷岡優子、日比野愛子、柳沢英輔、吉川侑輝 |
研究会
- 2017年7月22日(土)14:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
- 話題提供①平田晶子(京都文教大学)「デジタル技術の導入に伴う身体技法の変容」
- 話題提供②柳澤英輔(同志社大学)「映像・音響メディアを活用した音文化研究 ――ベトナム中部高原ゴング文化を事例に」
- 話題提供③谷岡優子(関西学院大学)「地方花柳界の再活性化にみる身体伝承」
- 討論、質疑応答
- 2017年7月23日(日)10:00~16:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
- 特別講師①倉島哲(関西学院大学)「社会学と身体技法の動向について」
- 質疑応答
- 特別講師②遊貴まひろ(プリッシマ)「“演じる”行為からみる身体と感情の相関」
- 質疑応答
- 2017年11月25日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 特別講師①小川さやか(立命館大学大学院先端総合学術研究科)「オートエスノグラフィに溢れる根拠なき世界の可能性――SNSに伸張したフィールドとアナキズム」
- 話題提供②市野澤潤平(宮城女子学院大学現代ビジネス学部)「観光ダイビングとテクノロジー」
- 総合討論
- 2017年11月26日(日)10:00~16:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 話題提供①阪田真己子(同志社大学)「日本舞踊において「型」はどのように体現されるか」
- 話題提供②岩瀬裕子(首都大学東京)「共有する身体における「技術」と「技能」――スペイン・カタルーニャ州の人間の塔を事例に―」
- 総合討論
- 2018年2月3日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 話題提供①日比野愛子(弘前大学)「反転する人工物:人工物と集団をとらえる技術論の潮流」
- 質疑応答
- 論集制作に向けての話し合い(各自ペーパー報告、質疑応答)
- 総合討論、次回に向けて
研究成果
今年度も昨年度同様、関連分野の先行研究を検討しつつ、共同研究員や特別講師の発表を通して、共同研究内の基盤づくりと各研究員の問題意識を共有してきた。とくに第1回の研究会では、身体技法論を理論的かつ実践的に整理してきたスポーツ社会学の倉島氏と、身体と情動の関係性について問題提起された俳優の遊貴氏をお招きし、共同研究員が実際に身体を動かしながら特別講師と議論を交えた。また第2回の研究会では、文化人類学分野から小川氏と市野澤氏を招聘し、テクノロジーの介入により、人びとの生活世界や水中での身体がいかに変容しているのかについて共同研究員と意見を交換した。さらに今年度新たに加わった日比野研究員による技術論の研究動向についての整理・共有は、本共同研究に新たな視点をもたらすものとなった。なお、次年度に投稿予定の『国立民族学博物館研究報告』の特集に向け、各研究員の構想や原稿を共有する作業も開始している。
2016年度
本共同研究では、東南アジア、東アジア、オセアニア、欧州といった多様な地域からの舞踊、芸能、詠唱、手まね、劇、ダンス、スポーツなど幅広いジャンルの事例を持ち寄り、研究会を実施する。
◇平成28年度
第1回研究会では、代表者を中心に身体技法に関わる主要な理論を整理し、問題意識を共有する。その後、各メンバーが現在の関心や共同研究に貢献できる研究テーマを15分間ずつ報告しながら、共著論文集の執筆に向けて各自が担当する論考のタイトルを発表する。
※東京・京都から特別講師2名を招集する。
【館内研究員】 | 広瀬浩二郎 |
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【館外研究員】 | 伊藤悟、岩瀬裕子、宇津木安来、久保明教、CAITLIN COKER、紺屋あかり、柴田香奈子、谷岡優子、柳沢英輔 |
研究会
- 2016年11月26日(土)14:30~18:00(国立民族学博物館 第5セミナー室)
- 平田晶子 共同研究の趣旨説明および出張報告書記載の件など共有
- 参加者の自己紹介および共同研究内での役割や問題意識を発表
- 2016年11月27日(日)10:00~16:30(国立民族学博物館 第5セミナー室)
- 特別講師(1)八村広三郎(立命館大学)「無形文化財のデジタルアーカイブ」
- 質疑応答
- 特別講師(2)阪田真己子(同志社大学)「オモシロイを科学する―いかにして現象をハカルか―」
- 質疑応答
- 全体討議
- 次回に向けて他
- 2017年2月12日(日)14:30~18:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
- 問題意識の共有
- 広瀬浩二郎(国立民族学博物館) 自己紹介の続き
- 特別講師(1)吉川侑輝(慶応義塾大学大学院)「音作りのエスノグラフィ――楽器と人間のコミュニケーション」
- 質疑応答
- 特別講師(2)阪田真己子(同志社大学)「ハカれるものとハカれないもの―日本舞踊界の事例から」
- Mind Map作成(30分)、発表会(30分)
- 総合討論、次回に向けて
研究成果
今年度は、共同研究メンバー間でデジタル技術や身体技法論における先行研究成果の検討や研究発表に対するディスカッションを通して問題設定などを共有し、今後の基盤を築くために2回の研究会を実施した。第1回の研究会では代表者である平田がデジタル技術を伴う身体技法に関する学際的研究の問題提起をし、二人の特別講師を招いて最先端のデジタルアーカイブ化の実態からデジタル技術が身体技法の記録、保存にどのように活用されているかを検討した。また定量化が難しいとされていた現象をハカルことの可能性や限界についても議論した(八村、阪田)。第2回の研究会では、①従来、触れない物を触れる物に変換する人間の創意工夫の積み重ねから生まれた「触覚」のみで鑑賞する世界とそこに経ちあがる代替可能性と一回性、②エスノメソドロジー研究と身体技法との関わりについて考察した(廣瀬、吉川、阪田)。