心配と係り合いについての人類学的探求
キーワード
価値、秩序、ケアの生態系
目的
子育てや介助、癒やしや看護といった生活の様々な局面におけるケアの実践は、他者との一時的関係から生じる情動によって起動され、集合的な規範によって支持あるいは却下され、社会経済的制度によって保障あるいは排除される一連の係り合いの文脈において把握することができる。いかなる社会も、その成員が必要とする庇護や治癒を提供するための込み入った規範と制度とを備えている。しかし不確実な世界において私たちは、それら規範によって支持される見込みのない心配、制度的な保障を欠いた係り合いに常に巻き込まれている。本研究の目的は、情動と規範との間に生起する係り合いの束が、ある種の秩序/反秩序へと向かう政治的な過程を民族誌的記述として捕捉すること、またそのための方法論の確立である。その民族誌的方法は同時に、ケアに関する複合的な規範と制度、それらを結びつける諸エージェントの働きかけ、およびそこに動員される知識・技術・資源を、ある価値産出的な系として、すなわちケアの生態系として描き出すことを可能にする。
2020年度
本年度は3回の研究会を開催し、本共同研究の成果に向けた議論をおこなう。7月の研究会では、本共同研究の理論的枠組みについて、関連分野の研究動向を踏まえつつ議論を深める。特に人類学やケア倫理学等の分野について、国際的な研究動向にキャッチアップを図るとともに、メンバー間で理解を共有する。10月の研究会では、認知症ケアの専門家に特別講師を依頼し、国内の認知症ケアの現場を訪問することで、理論的枠組みと実践との接続について理解を深める。その上で、研究成果の執筆に向けたメンバー各自の研究計画について集中的な討論をおこなう。成果出版に向けて具体的な課題を設定し、研究と執筆のロードマップをメンバー間で共有する予定である。2月の研究会では、引き続き研究成果公表に向けた議論をおこなう。特に翌年度に予定している日本文化人類学会での分科会発表に向けた準備をおこなう予定である。
【館内研究員】 | 森明子 |
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【館外研究員】 | 有井晴香、DE ANTONI Andrea、池見真由、大北全俊、加藤敦典、桑島 薫、佐藤 奈穂、内藤直樹、中村沙絵、野村亜由美、馬場淳、浜田明範、モハーチゲルゲイ、森口岳 |
研究会
- 2020年7月19日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ会議併用)
- 西真如「ケアの生態学について」
- 加藤敦典(京都産業大学)、モハーチ ゲルゲイ(大阪大学)「Detachmentを読む」
- 西真如(京都大学)「Matters of Careを読む」
- 全体討論
- 2020年10月10日(土)10:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ会議併用)
- 成果公開に向けた討論(全員)
- 2021年2月6日(土)13:00~16:00(ウェブ会議)
- デ・アントーニ アンドレア(立命館大学)「神様を形成する情動とケア――徳島県の現代にお祓いにおける生成とデタッチメント」
- 桑島薫(名城大学)「他者の痛みへの接近――DVシェルターにおける支援から自他関係を考える」
- 総合討論
2019年度
本年度は3回の研究会を開催する。また本共同研究を構成する3つの役割分担に割り当てられた各課題について、個別の研究報告と議論を積み重ねる。本共同研究の役割分担は、a)「心配と係り合い」担当、b)「ケア実践の政治過程」担当、c)「ケアの関係性と価値」担当の3つである。a)の構成員は、主に従来の規範や制度に回収されないケアの実践について具体的な問題提起を行う。b)の構成員は、主に政治人類学的な観点から、秩序の形成過程におけるケア実践の役割について記述する方法について議論する。c)の構成員は、ケアの関係性の中で動員される知識・技術・資源が、いかなる社会的価値の産出を媒介するのかという問題について主に検討する。加えて本年度は、本共同研究に関連する先行研究の検討を行うとともに、研究成果の発表(翌年度に日本文化人類学会での分科会発表を予定)にむけた準備を始める。
【館内研究員】 | 森明子 |
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【館外研究員】 | 有井晴香、池見真由、大北全俊、加藤敦典、佐藤 奈穂、内藤直樹、中村沙絵、馬場淳、浜田明範、モハーチゲルゲイ、森口岳 |
研究会
- 2019年6月8日(土)14:30~16:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 桑島薫(名城大学)「『ヴィータ――遺棄された者たちの生』合評会」
- 2019年6月9日(日)10:30~13:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 森口岳(東京農業大学)「家族の政治学――ウガンダのスラムの一家族を事例に、ケアと葛藤をめぐって(仮)」
- 内藤直樹(徳島大学)「『管理の場』における心配と係わり合い――メガキャンプにおける難民とホストによる市場の形成」
- 総合討論
- 2019年10月19日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 馬場淳(和光大学)「『逃走』する男をめぐるケアの生態学」
- 森明子(国立民族学博物館)「社会的なものをめぐるプロジェクト――1980年代西ベルリンにおける試みとその後の展開」
- 討論
- 2019年10月20日(日)9:30~13:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 佐藤奈穂(金城学院大学)「脱経済成長時代における“幸福”の実証研究に向けて――所得・資産・ケアの視点」
- モハーチ ゲルゲイ(大阪大学)「毒性の治療薬――どん底における薬草栽培をめぐって」
- 討論
- 2020年2月8日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 野村亜由美(首都大学東京)「『こころが強い』ひと-津波被災後のスリランカでいきる老人たち」
- 大北全俊(東北大学)「日本のHPVワクチン副反応報告をめぐる論点」
- 討論
- 2020年2月9日(日)9:30~13:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 加藤敦典(京都産業大学)「ベトナム語におけるかわいい/かわいそうをめぐる情動と規範の文化論」
- 西真如(京都大学)「ケアの生態学について」
- 討論
研究成果
2019年6月の研究会では、ケニアとタンザニアの難民キャンプにおける市場形成(内藤)およびウガンダのスラムで生活する家族の葛藤(森口)に関する報告を踏まえ、統治とケア実践との関わりについて検討した。10月の研究会では、日本の都市で断片的な関係性を生きる男性(馬場)、ドイツの都市で生活するトランスナショナル家族とケア関係の創出(森)、カンボジア農村における多様なケア実践を可視化する実証的研究のメソッド(佐藤)、ベトナムにおける環境と健康の相互作用の場としての薬草園(モハーチ)に関する報告を踏まえ、従来の規範や制度に回収されない社会的・生態学的ケアの実践について議論した。2020年2月の研究会では、スリランカで認知症や精神疾患を抱えて生活する高齢者(野村)、日本の予防接種行政における「公的責任の縮小」とHPVワクチンの副反応問題(大北)、ベトナムの農村における道徳、情動、および生きづらさ(加藤)に関する報告を踏まえ、ケア実践に関わる統治性と道徳性についての議論をおこなった。
2018年度
1)研究会の開催 毎回の研究会は、2から3名のメンバーによる研究発表と、発表に対するコメント、それにつづく参加者全員の討論から構成され、原則として国立民族学博物館において開催する。議論の進展にあわせて、テーマに即した特別講師を、各年度に数名招聘する。
2)年度毎の計画
初年度(30年度)は3回の研究会を開催する。初年度の達成目標は、メンバーが本共同研究の目的と方法論とを共有すること、メンバーが互いの問題関心を把握し共同研究の枠組みの中に位置づけること、成果に向けたロードマップを策定することである。
3)共同研究の構成
本共同研究は、(a)「心配と係り合い」担当、(b)「ケア実践の政治過程」担当、(c)「ケアの関係性と価値」担当の3つの役割分担を設ける。(a)の構成員は、主に従来の規範や制度に回収されないケアの実践について具体的な問題提起を行う。(b)の構成員は、主に政治人類学的な観点から、秩序の形成過程におけるケア実践の役割について記述する方法について議論する。(c)の構成員は、ケアの関係性の中で動員される知識・技術・資源が、いかなる社会的価値の産出を媒介するのかという問題について主に検討する。
【館内研究員】 | 森明子 |
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【館外研究員】 | 有井晴香、池見真由、大北全俊、加藤敦典、佐藤 奈穂、内藤直樹、中村沙絵、馬場淳、浜田明範、モハーチゲルゲイ、森口岳 |
研究会
- 2018年12月1日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 西真如(京都大学)「心配、価値、ケアの生態系――この共同研究で何を目指すのか」
- 有井晴香(京都大学)「エチオピア西南部マーレにおける子どもの生存をめぐるケアと秩序」
- 総合討論
- 2018年12月2日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 出席者全員「研究紹介――最近の研究関心とこの共同研究への期待」
- 2019年2月3日(日)9:30~16:00(国立民族学博物館 第3演習室)
- 中村沙絵(京都大学)「スリランカにおける原因不明の腎臓病(CKDue)をめぐるヘルス・アクティヴィズム――調査に向けたラフ・スケッチ」
- 池見真由(札幌国際大学)「サニテーション・バリュー・チェーンの人類学的考察」
- 浜田明範(関西大学)「化学的環境と化学化する認識の民族誌的探求にむけて」
- 総合討論
研究成果
本共同研究は、人々が日常的に経験する心配や係り合いが、いかなる価値や秩序の産出に寄与しているのかを問うものである。本研究ではそのような価値を産出する関係性、およびそこに動員される知識や資源の総体に関する探究をケアの生態学と呼ぶ。2018年12月に実施した最初の研究会では、ベイトソンの「精神の生態学」をはじめとする人類学的な議論の枠組みに本共同研究の問題意識をどう位置づけるか検討した。またエチオピア南部社会で出生上の禁忌に触れた子がどのように養育されているかという問題(有井)を通して、従来の規範や制度に回収されないケアの実践の可能性についての議論をおこなった。2019年2月の研究会では、スリランカにおける原因不明の腎臓疾患(中村)、インドネシアにおけるし尿処理とその価値連鎖(池見)、およびガーナにおける食品の流通や摂取がつくりだす化学的環境(浜田)の問題を踏まえ、ケアの関係性の中で動員される知識・技術・資源が、いかなる社会的価値の産出を媒介するのか検討した。