国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

図書資料の保存――脆弱化した紙の大量強化処理法の開発(2002-2004)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 園田直子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

19世紀後半以降に生産された紙の多くに「酸性紙」の問題がおきており、20世紀初頭にかけて出版された本の大半が危機に瀕している状況がある。この対策となるのが脱酸性化処理であるが、酸性劣化を抑制できても、紙が強化されないという問題が残る。図書資料の大量強化処理法の開発は、紙資料の保存における最大の課題といえる。本研究の目的は二つある。
(1)脆弱化した図書資料の強化処理法の開発:今までの研究成果をさらに発展させ、もっとも効果的に強化する物質を最終的に絞り込むとともに、強化剤を紙に均一に定着させる加工法を開発する。
(2)劣化資料の材質的現状把握:実物の図書資料をもとに、紙資料の劣化状態について、官能テストによる評価と紙力測定試験の結果との間の相関関係をみいだす。最終的には、どの程度の劣化度のものまでを効果的に強化できるのかの下限を導き出す。

活動内容

2004年度活動報告

「酸性紙」資料の保存においては、脱酸性化処理法に比べて、紙の強化法は余り論議されていない現状がある。本研究は、脆弱化した大量の図書資料に対応できる強化処理法の研究開発に目的を絞ったところに特徴がある。
1.これまでの2年間で、水溶性、非水溶性にかかわらず、どのセルロース誘導体であっても、冊子状図書資料に対応できる吹き付け法で用いることができる強化剤の作製法を示すとともに、加速劣化試験後の強度変化の評価を行った。また、異なる材質の紙資料での実験をおこなった。今年度は、これらの成果のさらなる発展をめざし、強化剤として今までの加速劣化試験の物性結果が良好であったセルロース誘導体2種を選択し、その混合分散液の調整とともに、塗布方法として新たに含浸塗工の可能性を検討した。強化処理したサンプルに加速劣化試験をほどこした後の物性変化についても検討し、実用化にむけた開発をすすめた。その成果は、学会での発表として逐次公開している。
2.紙の劣化度を判定する方法として、アコースチックエミッション、紙を端から丸めるローリングテスト、熱分解分析法の応用など、さまざまな手法を比較検討した結果は、保存科学のみならず化学分析関連の学会での発表に結びついた。
3.昨年度に開催した国際シンポジウム「紙の若返りを考える」の成果を刊行物としてまとめた。

2003年度活動報告

「酸性紙」により、20世紀初頭までの出版物の大半が利用不可能という図書館や文書館は多い。図書資料の脱酸性化の方法は世界的にも数多く開発され、それぞれの可能性と限界の見通しがついてきたが、図書資料の大量強化処理法に関しては十分な検討や論議がされてきたとは言いがたい。この現状を受けて、本研究は、脆弱化した「酸性紙」の図書資料に対応できる強化処理法の研究開発を目的としている。
1.昨年度はセルロース誘導体を強化剤とし、有機溶剤に可溶なものはもとより、有機溶剤に難溶なものでも水に溶解後、速乾性の有機溶剤に分散し、均質なエマルジョンとすることで、紙資料に短時間で効率的に塗布できる方法を見出した。今年度はさらに発展させ、
(1)セルロース誘導体の種類を増やし、処理の効果を検証した。
(2)有機溶剤を、毒性のより少ないものに変え、脱酸性化剤との併用の可能性、強化の可能性を検証した。
(3)試験紙の種類を増やし、強化剤の効果を検証した。劣化させていない試験紙、人工的に経年劣化させた試験紙に加え、自然に経年劣化した紙資料をも対象にした。
(4)自然に経年劣化した紙資料の強化実験では、各種機器による紙力測定とともに、人間の知覚による官能評価を平行して行った。
2.研究成果の一般公開および国内の研究者との最新情報の共有化をめざし、オランダおよびドイツの研究者を招聘し、国立民族学博物館国際シンポジウム「紙の若返りを考える」を開催した。また、関連機関の研究者との研究会を実現した。

2002年度活動報告

本研究は、1)脆弱化した図書資料の強化処理法の開発、2)劣化資料の材質的現状把握、の2点を目的にしており、初年度の実績をまとめると以下のようになる。
1)セルロース誘導体を均一に塗布することにより、紙資料を強化する方法を検討した。セルロース誘導体のうち有機溶剤に可溶なものは溶液として、水のみに可溶なものはいったん水に溶解させた後、有機溶剤に加えて強い攪拌を与えて分散液とした。この際、処理液に中和剤を添加することで紙資料の劣化を抑制することも可能となる。このように溶剤として有機溶剤を用いることで、乾燥時間が短縮され効率的に措置を行うことができるとともに、乾燥に伴う波打ちを防止できる。また、エアー・ガンによる噴霧を行うことで、紙資料が毎葉状であるか冊子状であるかにかかわらず、強化剤を短時間で均一に紙の表面に塗布することができると期待でき、現在実験を進めている。
2)劣化資料の材質的現状把握では、いかに客観的に劣化状態の把握ができるかの検討を進めた。具体的には、人間の知覚による紙の劣化度の官能評価、そして、各種機器による紙力測定との間の相関関係を見いだすことを目的にしている。対象資料として、劣化状態の異なる紙資料を人工的に作成するとともに、自然に経年劣化した冊子本を選び出し、現在、紙力測定を行っている。