アフリカ・バントゥ文明の技術誌的研究――博物館国際協力による、その拡大の歴史の解明(2002-2005)
目的・内容
アフリカ大陸の中部から南部にかけての広大な地域に、きわめて斉一な言語と文化を有する人びとが居住している。バントゥ系と総称されるこの諸民族の移動と拡大の過程については、主として言語学的な分析を基にしていくつかの説が提出されているが、いずれも推測の域を出るものとはなっていない。その大きな要因は、各国での発掘や調査の成果の蓄積が国単位で留まり、総合的な知見を得る体制が整っていなかったことに求められる。
本研究は、我が国におけるバントゥ系諸民族に関する民族学的研究の蓄積を基礎としつつ、これまで主として考古学の分野で多くの情報を貯えてきたアフリカ関係各国の博物館と連携することによって、とくに技術文明の比較研究という視点から、バントゥ系諸民族の拡大の歴史を解明し、さらにはその成果を超国家レベルで広くアフリカの人びとと共有しようとするものである。
活動内容
2005年度活動報告
本研究計画では、過去4年間にわたり、研究分担者がバントゥ系諸民族の指標文化に関する民族技術誌的研究を現地で実施し、その成果を現地博物館と共有する一方、その作業と連動するかたちで、バントゥ文明圏の各博物館に所蔵されている民族誌・考古学資料の共有データベース構築の作業を進めてきた。
計画の最終年度に当たる本年度は、バントゥ文明の指標文化の中でも、とりわけ重要な意味をもつ製鉄技術に焦点を当て、これまでにえた資料を基にして日本国内とカメルーンにおいて再現実験を行い、その技術を検証した。製鉄はバントゥ系諸民族の移動と拡大の最大の指標とされているが、屑鉄の入手が一般化した過去50年のあいだに製鉄活動はほぼ完全に消滅している。今回の実験により、われわれはその技術の再現に成功するとともに、地域的なバリエーションの特徴と、その形成の要因を特定することができた。
製鉄以外の指標文化については、研究分担者の吉田憲司、井関和代、飯田卓と研究協力者の亀井哲也が、それぞれザンビア、カメルーン、マダガスカル、南アフリカ/スワジランドにおいて、家屋や薬品、染織、宗教儀礼について現地調査を継続し、一次資料を充実させた。年度の後半には、国内で連続的に研究会を実施し、このようにして過去4年間にバントゥ文明圏各地で収集した資料・情報を集積し比較分析を進めた。この作業により、バントゥ系諸民族の拡大の過程に関する一定の見通しを得るにいたった。
また、本計画の4年間の活動により、中南部アフリカ7カ国と日本の計8カ国・13の博物館が所蔵する民族学・考古学資料の共有データベースの構築が完了し、サイバー・ミュージアムとしてWEB上で共同利用することが可能となった。このサイバー・ミュージアムは、本計画を通じて築かれた博物館のネットワークを通じて、今後も継続的にデータを充実させ、文化遺産情報の共有化とそれに基づく研究の推進に活用していくこととなる。
2004年度活動報告
本計画では、過去3年間にわたり、研究分担者がバントゥ系諸民族の指標文化に関する民族技術誌的研究を現地で実施し、その成果をデータベース化する一方、その作業と連動する形で、バントゥ文明圏の各博物館に所蔵される民族誌・考古学資料の共有データベース構築の作業を進めてきた。
計画3年目にあたる本年度は、とくにバントゥ文明の指標として最も基礎となる製鉄技術に焦点を当て、研究分担者がそれぞれの調査分担地域において調査を行った。すなわち、吉田がザンビア、和田がタンザニア、井関がカメルーンとエチオピア、慶田がケニア、亀井がケニアにおいて、資料を収集している。この結果、同じくバントゥ系の文明の中でも、炉の形式、製鉄方法に異同の存在することが確認された。すでにアフリカにおいては実際の製鉄の活動は消滅しているが、本年度の調査をもとに、計画最終年度となる17年度には、アフリカのいくつかの地域で製鉄技術の再現をおこない、その記録を作成することとしている。また、製鉄以外の指標文化としては、前年度に引き続き、家屋、呪薬、仮面、土器、憑霊信仰に関し、各研究分担者がそれぞれの地域の特性に合わせた実地調査を実施し、比較研究の資料を充実させた。
計画も3年目を迎え、本プロジェクトに参加している南部アフリカの諸博物館では、共有データベース構築が順調に進み始めた。とくに、南アフリカ、スワジランド、ザンビア、カメルーンにおいて、それぞれの国の複数の博物館のネットワーク化が実現し、日本側研究分担者の指導により、着実にデータが整理・蓄積されてきている。目標としていた計画最終年度(17年度)における共有データベース公開の準備は十分整った。
なお、本年度には、昨年実施した国際シンポジウム「アフリカにおける文化遺産の危機と継承」の欧文成果出版に向け、校閲・編集作業を進めた。来年度には、本研究の実績報告の一環として、英国の出版社より、出版が実現する予定である。
2003年度活動報告
研究計画の2年目に当たる本年度は、前年度に確立した共通データベース・フォーマットを用いて、すでに協力関係を築いた各博物館において共有データベース構築作業を進めるとともに、新たな博物館を対象として協力関係を確立し、資料データベース構築作業を開始した。すなわち、和田正平、飯田卓が、前年度に協力関係を築いたケニア、タンザニア、マダガスカルの博物館で作業を継続し、一方、吉田憲司と亀井哲也が、南アフリカ共和国、スワジランド、ジンバブウェ、佐々木重洋がカメルーンにおいて、新たな博物館を対象として協力関係の樹立とデータベース構築作業を進めた。
この作業と平行して、それら博物館所蔵資料の文化的背景を明らかにするため、バントゥ系民族の指標文化に関する民族誌的・言語学的調査も、関係機関の協力のもとに実施した。民族誌調査のおもな項目は、製鉄・家屋・呪薬・時・仮面・酒・独立教会系憑霊信仰などである。言語学的調査としては、加賀谷良平を中心に本プロジェクトで独自に開発した語彙調査票を用いて、対象としたバントゥ言語集団のあいだで語彙収集を行い、民族(言語)集団間の関係を明らかにするための基礎資料を蓄積した。
今年度の作業を通じて、アフリカの複数の博物館から、データベース共有化プロジェクトにより多くの博物館の参画をえるため、南部アフリカ開発共同体博物館記念物協会(SADCAMM)などと本プロジェクトが共同で協会所属の関係博物館に参画を呼びかけるという提案がなされた。来年度は、こうした形でより制度化された形でアフリカ側博物館と協力関係を結び、計画の広範な展開を図る予定である。
なお、本年度秋には、国立民族学博物館と共同で、国際シンポジウム「アフリカにおける文化遺産の危機と継承」を実施し、アフリカをはじめ、欧米、国内の研究者の参加を得て、アフリカにおける文化遺産の継承に向けて、アフリカ内外の研究者・博物館がいかなる貢献ができるかについて議論を進め、新たな展望を得た。そこでの知見は、本計画の遂行にも、適宜反映していくことになる。
2002年度活動報告
研究計画の初年度となる本年度は、まず研究代表者の吉田憲司が、主としてザンビアとマラウィを対象として、当該国の博物館との間の共同研究システム作り、ならびに資料情報共有化にむけてのサンプル・データベース作りをおこない、計画全体の運営モデルを構築した。その後、そのモデルに沿って、研究分担者の和田正平がケニア、タンザニア、池谷和信が南アフリカ、ボツワナ、アンゴラ、井関和代がカメルーン、ガボン、飯田卓がマダガスカルにおいて、同様の作業を進め、さらに加賀屋良平が言語学の視点から、バントゥ系諸言語の系統分類に向けての調査をケニア、タンザニア、ウガンダで実施した。こうした現地調査の結果は、逐次、国内研究会を開催して全体で共有し、個々の研究計画の緻密化をはかった。
共有化するデータベースについては、資料とその登録カードをともに画像で入力し、デジタル化する情報を最小限にすることで協力対象機関と合意した。また、サンプル・データベースの作成を通じて、その有効性と、各博物館が個別に進めている資料情報管理システムへの応用の実効性が確認された。次年度以降は、協力対象博物館や関係機関との連係をはかりつつ、この方式でデータベースの構築を進めることになる。
一方、あわせて実施したバントゥ系民族の指標文化についての調査では、南部アフリカにひろがる独自のキリスト教系憑霊信仰の拡散の経路について、暫定的な見通しを得るに至った。また、染織技術の比較研究から、中部アフリカにおける諸集団間の関係に見取り図も浮かび上がってきている。その他、鉄、ビーズ、呪薬、土器、仮面、住居、酒などの指標文化については、比較にむけてのデータが着実に蓄積されてきている。それらのデータの整理・分析と、その結果に基づくさらなる調査の実施が次年度以降の課題である。