国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

文化資源・環境資源の開発と利用における先住民の適応戦略に関する研究――先住民政策先進国オーストラリアにおけるアボリジニに学ぶ(2002-2004)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 久保正敏

研究プロジェクト一覧

目的・内容

グローバリズムの進展に伴い、先住民文化に対する認知が高まるとともに、「豊かな精神世界、自然との共生」を先住民文化の本質と見なす「文化本質主義」的な見方が、外部世界の間に広がっている。他方、先住民社会の側も、グローバリズムの影響下で大きな変化を見せ、中には、「文化本質主義」を逆手にとってそれを主体的に活用し、権利回復や生活向上、アイデンティティ確立を図る動きも見られる。
本研究では、上記の動きが顕著な先住民政策先進国であるオーストラリアのアボリジニ社会を対象に、第二次大戦以降の変化を、政策へのダイナミックな適応という視点でとらえ、政策進展に伴うメリットを活用し、文化資源や環境資源の開発と利用を通して自文化・社会の発展を図る活動に着目し、その諸相を明らかにすると同時に、これらと相互連関しながら生じている、さまざまな社会変化・文化変化を分析し、諸変化の相互関係の全体像を動的な系として記述することをめざす。
この研究と並行して、日本の先住民社会であるアイヌ社会や沖縄社会における事例との比較を行う。アボリジニ社会を参考として、日本における先住民運動や先住民政策のあり方、とくに、持続可能な地域開発方策に関して、先住民の参加を十分に図り、政策立案側と先住民側の対立を止揚するためにどのような政策や運用を考えるべきか、の指針を見いだすことをめざす。

活動内容

2004年度活動報告

本研究は、文化資源や環境資源の開発と利用を通して自文化・社会の発展を図るオーストラリア・アボリジニの活動の諸相を、行政や研究者など他セクターとのダイナミックな相互作用の中に位置づけて明らかにすることを目的とすると同時に、日本の先住民社会との比較を通して、応用人類学的政策提言までを視野に入れている。
平成16年度の調査では、アボリジニ・コミュニティ、研究者、行政、が三位一体となる動きが近年顕著であることが明確より明確となった。アボリジニ社会の間では、自分たちの文化や土地が文化資源-即ち、自文化にとってはアイデンティティの維持強化に結びつく資源であり、他文化に向けての自然・埋蔵資源の開発が自社会の経済的利益に結びつく資源であることが、広く認識されるようになり、白人社会への対応がより戦略的となってきた。特に国立公園の土地管理を巡っては、「コモンズ」の考え方に基づく、アボリジニ-非アボリジニの共同管理体制が進む一方で、環境保全に関する考え方の世界的な変化、即ち、開発と環境保全の持続可能なバランスを目指す方向性が、管理方法にも反映されるようになってきた。しかし、アボリジニの権利が拡大し、観光開発が進むにつれ、開発に伴う利益配分を巡って、アボリジニ社会内部でのパワー・バランスが、従来の長老支配型から白人社会との連携に長じたグループ主導型へとより明確な変化を見せ、その結果、新たな軋轢を生み出しつつある。
観光開発と並ぶもう一つの重要な文化資源は美術作品である。90年代以降、各地域でのアートセンター新設が目立ち、相互にネットワークを形成したうえでのコミュニティ・ビジネスへの展開が盛んとなっている。他方では、グローバルなアートマーケットへの展開も急であり、そこでは、アボリジナリティを売り物にするこれまでの方向性から、現代アートへの展開によるマーケット拡大を図る方向へのシフトが、若手大物作家を中心に見られる。
本研究では、これらの変化を示すアーカイブズ資料の収集も合わせて行ってきたが、それら資料群からはまた、二大政党制をとるオーストラリア白人社会側の政治的対立が、アボリジニ社会側の対立構造に反映されている姿も読み取れる。しかし、アボリジニ社会が受動的に反応しているのでは決してなく、むしろ、文化資源をキーワードとして能動性を発揮しつつ実利性・戦略性をより高める動きが顕著である。これはまさに、伝統的な狩猟型社会の現代的な適応と言うことができよう。また本研究では、収集したアーカイブズ資料群を中心として、研究者間での共有を図る共有型マルチメディア・アーカイブズの形成も進めており、主に第二次世界大戦後のアボリジニ社会史・オーストラリア政府の対アボリジニ政策史・文化史を研究する研究資源としての活用を狙っている。

2003年度活動報告

本研究では、文化資源や環境資源の開発と利用を通して自文化・社会の発展を図るオーストラリア・アボリジニの活動の諸相を、行政や研究者など他セクターとのダイナミックな相互作用の中に位置づけて明らかにすることを第一の目的とすると同時に、日本の先住民社会との比較を通して、応用人類学的政策提言までを視野に入れている。
昨年度の調査で明らかになったように、アボリジニ・コミュニティ、研究者、行政、が三位一体となる動きが近年顕著であり、ここにオーストラリア先住民政策の先進性を見ることができる。平成15年度では、個々の事例を掘り下げることに力点を置いた調査研究を行ってきた。
一つの事例は、国立公園の運営自体にアボリジニ・コミュニティが参画する事例であり、関係者の聞き取り調査、アーカイバル資料収集を通じて、上記三者の間に、それぞれのセクターへの利益誘導と絡まる複雑な相互関係があること、それらは、決して固定的なものではなく、新しいイベントに応じて変化する極めて実利的・流動的なものであることがより明らかになってきた。
第二の事例は、いくつかの博物館・美術館における先住民展示であり、先住民コミュニティ自身が企画・運営に関わる例、地元コミュニティへの巡回展示、さらには、地元コミュニティへの分館設置、などの動きが見られ、文化資源の所有権の所在、資源自体の所蔵場所、資源情報の所在あるいは共有、という、文化資源の管理と活用に関わる3要素の相互関係もまた流動化しつつあり、そこにはやはり、アボリジニ・コミュニティ、研究者、行政、3者の関係が反映されているが明らかになってきた。
また今年度は、文化資源の形成に際して外部との交流が大きな要素となっている事例として、バティック技術をめぐる北部アボリジニとインドネシアとの間での技術交流の歴史と現在の状況の調査も行い、新しいアイデアや技法がピンポンのようにやりとりされつつ、それぞれの文化資源が形成されていく過程が明らかに成りつつあり、そこにも上記3者の関係が反映されている。
本研究では、昨年度のものも合わせて、調査データの電子化を行い、研究者間での研究資源共有に向けた準備も進めている。

2002年度活動報告

本研究では、文化資源や環境資源の開発と利用を通して自文化・社会の発展を図るオーストラリア・アボリジニの活動の諸相を、行政や研究者など他セクターとのダイナミックな相互作用の中に位置づけて明らかにすることを第一の目的とすると同時に、日本の先住民社会との比較を通して、応用人類学的政策提言までを視野に入れている。
平成14年度は、文化資源の「要素」として、自然環境そのもの(a)、伝統食(b)、芸術や芸能(c)を、資源開発の「目的」として、自文化への直接還元(1)、他文化へのアピールを通じた自文化への間接的還元(2)を、それぞれ切り口とする調査を行った。具体的には、GIS(Geographical Information System)を活用した自然資源の有効利用と経済的再配分の動き((a)×(1)に相当)、アボリジニ・コミュニティー、行政、研究者が一体となった環境マネジメント・プロジェクトの動き((a)×(1)に相当)、アボリジニ伝統食の観光資源化と市場流通の実態((b)×(2)に相当)、文化観光の動き(((a)+(c))×((1)+(2))に相当)、博物館・美術館における先住民展示、およびそれに関わる遺骨や儀礼用具の返還運動((c)×((1)+(2))に相当)などの調査を行った。
いずれの活動においても、アボリジニ・コミュニティー、研究者、行政が三位一体となる動きが近年顕著であることが明らかになり、ここにオーストラリア先住民政策の先進性を見ることができる。他方では、この三位一体の動きが資源開発による利権と関わっているために、必ずやそれぞれのセクター内で既存権力と新興権力の間で軋轢を生み出すはずであり、その動きを把握することも今後の重要な調査項目となる。本研究では、これら調査データの電子化も併せて行い、研究者間での研究資源共有に向けた準備も進めている。