先住民による海洋資源の流通と管理(2003-2006)
目的・内容
本研究の目的は、東南アジアをふくむ太平洋地域や北アメリカ極北地域の先住民や地域住民が、サケ・マス、アザラシ類、ナマコ、ジュゴン、シイラなど各地の海洋資源をどのように分配・商業流通させ、かつどのような海洋資源管理を行ってきたかを克明に調査し、記録に残すことである。また、海洋資源の社会的な配分や商業流通が各地域の先住民にどのような社会・経済的な影響を及ぼしているかを調査し、記述する。さらに資源の管理方法と社会内分配や商業流通との間にある関係を解明するために各地域の事例を比較検討し、海洋資源のあらたな管理方法について提言を行なう。
活動内容
2006年度活動報告
研究計画の最終年度にあたる平成18年度は、下記のような調査と研究集会を実施した。井上敏昭は、アラスカのフォート・ユーコンにおいてサケの分配と販売流通に関する調査を実施するとともに、サケ資源の管理政策に関する調査を行った。岸上伸啓は、アラスカのバローにおいてホッキョククジラの捕獲と分配、村外への流通に関する調査を実施した。岩崎まさみは、カナダ北西準州のイエローナイフにおいて先住民漁業の現状や天然資源開発が先住民漁業に及ぼす諸影響を行った。浜口尚は、カナダのニューファンドランドにおいてアザラシ類の管理と流通に関する調査を実施した。竹川大介は、ソロモン諸島およびバヌアツ共和国において水産資源の流通と管理に関する調査を実施した。鹿熊信一郎は、ミクロネシア連邦において沿岸水産資源と生態系の共同管理に関する調査を実施した。松本博之は、オーストラリアのトレス海峡地域においてこれまでに収集したジュゴンやイセエビの流通と管理に関するデータを分析した。赤嶺淳は、アメリカの東海岸においてナマコの流通の現状およびクジラに対する米国民の認識に関する調査を実施した。橋村修は、コスタリカにおいてシイラ類の流通に関する現地調査とともに、九州西南地域においてシイラやクジラの流通に関する歴史的調査を実施した。手塚薫は、アラスカ産の天然サケの日本市場における流通に関する国内調査を行った。大島稔と渡部裕は、ロシア国カムチャツカ半島においてサケ資源の流通と管理に関する調査を実施した。谷本一之は、カナダの文明博物館において北方先住民の海洋資源関連資料に関する調査を実施した。また、一般公開シンポジウム「先住民族と海洋資源の開発」を平成18年11月18・19日に国立民族学博物館において開催した。さらに岸上伸啓は、これまでの成果をとりまとめた調査報告書を作成するとともに、その成果を民博のホームページで公開した。
[研究協力者]
(財)亜熱帯総合研究所・研究部・研究主幹 鹿熊信一郎 ミクロネシア連邦における水産資源の流通と管理の調査
大阪外国語大学・外国語学部・非常勤講師 橋村修 コスタリカにおける水産資源の流通の調査
北海道立北方民族博物館 館長 谷本一之 極東シベリア先住民・アラスカ先住民の海洋資源関連資料に関する北欧での調査
北海道教育庁生涯学習課北方民族博物館グループ 学芸主幹 渡部裕 カムチャツカ半島先住民社会の水産資源流通の調査
2005年度活動報告
本年度は、環太平洋沿岸地域を中心に海洋資源の流通に焦点をあわせた現地調査を実施した。岸上は、アラスカのジュノー、シトカ、ケチカンにおいて先住民の海獣およびサケ資源の流通、管理に関する調査を実施した。手塚は、アラスカのコディアック島において先住民の生業漁業と商業漁業への参加の実態と水産物の流通・管理に関する調査を行った。谷本(研究協力者)は、コディアク島とバローにおいてベーリング海峡の先住民による海洋資源の捕獲や交易に関する調査を実施した。井上は、アラスカ内陸部のフォート・ユーコンにおいてサケ漁およびサケの流通・分配に関する調査を実施した。浜口は、カナダのニューファウンドランド州におけるアザラシ猟に関して調査を実施し、アザラシ資源の利用と流通に関する情報を収集した。岸上は、オタワにおい都市先住民の水産資源の流通と分配に関する調査を実施した。岩崎は、カナダのバンクーバー島の先住民社会におけるサケ漁の衰退とその社会・経済的影響に関する実態調査を実施した。渡部(研究協力者)と大島は、ロシア・カムチャツカ州のカムチャツカ川沿いに住む先住民社会におけるサケ資源の利用と流通に関する調査を実施した。赤嶺はインドネシアのパプア州東部の沿岸地域においてナマコ資源を中心とした水産資源の利用と流通の実態に関する調査を実施し、鹿熊(研究協力者)は、インドネシアにおける沿岸水産資源・生態系の共同管理に関する調査を実施した。松本は、オーストラリアのトレス海峡諸島におけるロブスターを中心とした海洋資源の管理と流通に関する調査を実施した。竹川は、オックスフォード大学においてバヌアツの海洋資源の流通に関する資料を収集した。橋村(研究協力者)は、ハワイ諸島においてシイラなどの回遊性水産資源の流通に関する現地調査を実施した。岩崎は、北海道の平取町においてアイヌ民族によるサケを利用した伝統食に関する調査を実施した。
2004年度活動報告
平成16年度には、アラスカにおいて井上敏昭がシロイルカの流通について、手塚薫がサケの流通について、岸上伸啓がカナダ都市先住民の海洋資源の流通について調査を実施した。大島稔と渡部裕(研究協力者)はロシアのカムチャツカ半島において、谷本一之(研究協力者)はマガダン地域においてサケ・マス・イクラなどの流通と管理について調査を実施した。橋村修(研究協力者)は中国福建省においてシイラなど魚類の利用と流通に関する調査を行った。竹川大介はヴァヌアツとフィジーにおいて海洋資源の利用と流通について、松本博之はオーストラリアのトレス海峡地域においてジュゴンやイセエビの流通と管理に関する調査を実施した。鹿熊信一郎はモーリシャスにおいて沿岸水産資源の利用と管理に関して、浜口尚はセント・ヴィンセントおよびグレナディーン諸島国においてコビレゴンドウの流通と管理に関して調査を実施した。これらの調査から、国際市場や地元の市場において需要の高い資源や換金性の高い資源に関しては、資源の保全管理がきわめて困難であることが確認された。そしてもっとも有効性の高い海洋資源の管理形態は、地元民による自主的な資源管理か、国家と地元民とによる共同管理である可能性が指摘された。また、本年度は日本文化人類学会第38回大会において分科会「水産資源の利用と流通」を開催し、岸上、岩崎、竹川、赤嶺、松本がこれまでの研究成果を口頭発表した。また、岸上はアラスカ大学で開催された第5回極北社会科学国際学会においてイヌイットの食物分配について、岩崎はイタリアのべラジオで開催された先住民のフード・システムに関する国際研究集会においてアイヌの食物に関する研究報告を行った。アラスカ大学のモーリー・リー教授を招聘し、アラスカ先住民の海洋資源の利用と管理の実態について情報交換と研究会を実施した。さらに平成18年度の公開を目指して、先住民による海洋資源の流通・管理に関するデータベース作りを進めた。
2003年度活動報告
平成15年度はカナダ・アラスカの極北地域、ロシアのカムチャツカ半島、日本、南太平洋地域、カリブ海地域において海洋資源の分配・利用・管理に関して予備的な調査を実施した。岸上伸啓はカナダ極北地域およびアラスカ地域におけるシロイルカの分配と流通について調査を実施した。井上敏昭はアラスカの内陸部において、手塚薫はアラスカ南西部において、谷本一之(研究協力者)はアラスカ北部においてサケ資源の利用と流通について調査を実施した。大島稔はカムチャツカ半島中部において、渡部裕(研究協力者)はカムチャツカ半島の中南部地域においてサケ資源の流通と管理について調査を実施した。岩崎まさみは北海道アイヌのサケ資源について、橋村修(研究協力者)は九州西部地域における水産資源の歴史的な利用と流通について調査を行った。竹川大介はヴァヌアツ共和国フツナ島における海洋資源の利用とその宗教・象徴システムについての調査を、赤嶺淳と鹿熊信一郎はフィジーおよびニューカドレニアにおけるナマコ資源などの流通および資源管理に関して調査を実施した。松本博之はトレス海峡諸島部においてイセエビの漁獲と商業流通に関する調査を実施した。浜口尚はカリブ海地域においてザトウクジラ・コビレゴンドウの管理と流通に関する調査を実施した。これらの調査によって太平洋地域や極北地域の先住民は、さまざまな漁獲物を海外市場に換金商品として出荷しており、国際的な流通ネットワークに組み入れられていることが明確になった。さらに国家による資源管理が実施されてはいるが、資源の保全効果が十分ではないことが判明した。一方、地域内の流通しかしていない北米の極北地域やカリブ海地域の鯨類は相対的に資源の保全が効果的に行われているものの、地域によっては管理に失敗している事例が見られた。このことから生業であっても地元の需要が高い場合には資源の保全が困難なことが判明した。