国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

紛争の総合的研究(2003-2005)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 押川文子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、地域研究の観点から、米ソ冷戦終焉後に頻発する紛争とその暴力化のメカニズムを解明し、さらに紛争後の平和構築と開発復興における望ましい貢献のあり方を提示することを目的とする。現代の紛争は、従来の国家を機軸とした紛争理解、とりわけ、大国相互の秩序維持を前提とする理解ではとうてい解明できなくなってきているが、本研究では具体的に次のような課題を検討する。
1.現代の紛争に特徴的な、国際的紛争にも拡大する「内戦型紛争」の政治的なメカニズムの解明。
2.現代の紛争の背後にある、国民国家と民族的・宗教的なマイノリティの相互関係、あるいは昂揚するエスノ・ナショナリズムなどの政治現象の特徴の解明。
3.国家を主体とする分析に加えて国際機関、NGO、企業、メディア等、非政府諸アクターの連携関係に注目し、地域研究に立脚した紛争後の平和構築・復興支援・紛争予防の諸方策の提示。

活動内容

2005年度活動報告

1.国内において平成17年7月に研究会を開催し、「"レバノン"をめぐる闘争:2005年政変と国民和解プロセスの行方」ならびに「避難民を通じてみたアチェ紛争」と題する個別事例に関する報告を受け、民族・宗教集団と国家の間の政治権力をめぐるせめぎあい、また災害のような非常事態の後の民族・国家間関係の変容等に関する議論を行った。
2.研究分担者および協力者が個々の事例研究を進めるため、次のとおり現地調査を実施した。
(1)東ティモール(東ティモールの国家建設における国際機関・NGO等の役割に関する調査;平成17年5月)
(2)マレーシアおよびインドネシア(紛争と災害への対応を通じたマレーシア・インドネシア関係の調査;平成17年7~9月)
(3)イギリス(クルド問題、カザフ問題に関する調査;平成18年2月)
(4)イスラエル(シオニスト執行部の対アメリカ政策に関する資料収集;平成18年2月)
(5)パレスチナ(パレスチナ・イスラエル紛争に関する研究状況の調査および資料収集;平成18年2月)
(6)エジプト(現代エジプト文学における敵イメージなどに関する調査・資料収集;平成18年2~3月)
3.海外から研究者を招聘し、平成17年11月にヨーロッパのムスリム・コミュニティに関する国際ワークショップを開催した。2005年後半にフランスで起きた移民系の若者による大規模かつ長期的な暴動は、フランス型の社会統合政策のある意味での失敗を如実に物語っていた。イギリスやフランスのように、それぞれ独自の多文化主義政策を採る国家においても(あるいはそれゆえに)移民の周辺化が進み、社会の不安定化要因になっている状況について、他の地域の事例と比較しながら議論を行った。

2004年度活動報告

本年度は、紛争のなかで生まれる言説分析に焦点を当てた。まず「敵イメージの形成:排他的ディスコースの生成と暴力の再生産」と題する研究会を開催し、「敵」に対する排外的ディスコースが、新たな暴力を正当化する過程について、詳細に検討した。事例として、1)インドネシにおけるマルクとポソの「宗教対立」、2)インドにおけるヒンズー教徒の排外的ナショナリズム言説、3)中国とロシアの国境紛争をめぐる外交、4)イスラエル/パレスチナにおける「アラブ系ユダヤ人」をめぐる言説形成を取り上げた。
この研究会での議論をさらに発展させるべく、平成16年12月18-19日に国際シンポジウム「9.11後の世界における政治的暴力と人間の安全保障」を開催した。国外研究者9名、国内研究者4名による英語報告13本を得て、4つのセッションにおいて、「テロリズム」概念の批判的再検討、「敵」創出のメカニズムおよび植民地主義的暴力の歴史的跡付け、9.11後のアフガニスタン、イラク、パレスチナの「対テロ戦争」の現状、平和構築戦略としての「人間の安全保障」の可能性などを議論した。
「敵」イメージの形成や排他的ディスコースの生成過程を比較検討すると、生成過程のメカニズムは似ていても、言説を作り上げていく内容や歴史的過程は、地域性を強く反映していることが分かった。したがって、これらから共通性を引き出すことはきわめて難しく、逆にそうすることによって問題が矮小化される危険性がある。敵イメージや排他的ディスコースを脱構築し、紛争の解決の糸口を見出していくためには、引き続き、地域の視点から詳細かつ丁寧な事例研究を積み重ねていく重要性が強く認識された。

2003年度活動報告

計画初年度(平成15年度)は、(a)国際機関、NGO、企業、メディア関係者など専門家・実務家のネットワーク構築、(b)既存の紛争研究の蓄積に関する総合的な調査・分析、(c)開かれた地域研究的紛争プロジェクトの基盤構築の3点を柱に活動を行った。
具体的には、研究打ち合わせ1回(5月17日)、研究会3回((1)5月17日「試される『民主主義』:イラク戦争後の中東」、(2)7月8-9日「暴力が止む時」、(3)3月13日「ソ連崩壊後の少数民族社会の変容」)、国際シンポジウムへの協力1回(1月10日人社プロジェクト「人間の安全保障」)を組織し、海外派遣4件を行った(黒木英充、イスタンブル、19日間、オスマン帝国末期における民族宗派紛争をめぐる文献資料調査;T.ダダバエフ、カブール、マザリ・シャリフ、9日間、NGOの活動視察、国連関係者と打ち合わせなど;松原正毅、イスタンブル、16日間、トルコにおけるクルド問題;福田義昭、カイロ、20日間、中東における戦争と文学に関する資料収集)。
研究会および海外派遣の成果により専門家・実務家を含めた人的ネットワークは確実に拡張しつつある。既存の紛争研究の蓄積を把握し、それをさらに発展させるための準備段階として、研究会(2)においてアフリカの事例による従来の紛争研究のレビュー、旧ユーゴ・中東・中央アジアにおける紛争事例の検討、国際法の立場からの紛争についてのレクチャーが行われた。ここでは本プロジェクトとして「紛争が止む時」というテーマを設定したが、これは今後も継承されうるユニークなテーマとなっている。また、研究会(1)や国際シンポジウム「人間の安全保障」は一般公開で開催されており、プロジェクトの開かれた性格を反映させたものである。次年度以降、現在進行中の世界情勢をも視野に入れた個別研究会の開催のほか、そこでの議論を発展させ、また形成されたネットワークを生かす統合的な活動に重点を移して行く。