中国周縁部における歴史の資源化に関する人類学的研究(2015-2017)
目的・内容
文化資源研究において歴史は重要課題の一つである。それは、歴史を資源化する行為が諸主体間のせめぎあいやアイデンティティの構築に深く関わるからである。広大な国土に多くの民族が居住し膨大な史料を持つ中国における歴史の資源化の研究は従来未開拓であった。現在、中国の急速な経済発展とともに、歴史がさかんに資源化され、中華民族の一体性の構築に活用され、観光開発による実利の獲得など多様な目的と形態で進行している。
本研究は、中国周縁部において歴史がいかに資源化されているのかについて、民族英雄、文物・史跡・景観、記憶・記録・伝承といった問題領域に分けて、政府・知識人・民衆等の諸主体の役割、諸民族の文化との関わりに留意しながら、人類学的立場から実態を解明し、新しい研究領域の開拓をすることを目的とする。
活動内容
2017年度活動報告
本年度は最終年度に当たり、昨年度に中間整理のため開催した国際シンポジウムの成果と問題点をふまえて、問題点の検証のための短期間の調査をメンバーが行った。また、平成29年10月に国立民族学博物館でとりまとめのための研究集会を開催し、討議を行い、以下の成果と問題点を共有した。
1.チンギス・ハーンや鄭和など民族英雄が中国の対外進出に活用されているが、その傾向に拍車がかかっている。チンギス・ハーンは中国・モンゴル双方による「本家争い」の危険性を孕んでいる。政府は内モンゴルの聖地オボや雲南の土司遺跡の観光開発に一層力を入れている。土司遺跡は愛国主義教育にも活用されている。史跡は他方で地域のシンボルとしても活用されている。
2.地域や民族集団に関わる点について、儂智高が雲南の地域社会で祀られ、住民のアイデンティティ維持に寄与していること、「六甲人」がトン族に融合しながらも、祖先から伝承されてきた歴史を自らのアイデンティティ維持に活用していることが確認された。シボ族は18世紀に国境防衛のために移住させられたが、移住史を集合的記憶として共有していることが理解された。観光化が進むなかで、内モンゴルでは民間での自文化維持の傾向が見られること、中国・タイのミエン・ヤオが記録・記憶を集団的に、また各家を単位として伝承していることが確認された。
3.時空間に留意して中国の歴史の資源化を捉え直すことの必要性が確認された。民国期の重要性について、「民族の歴史」という概念がその時期に生まれ、それが博物館・記念館の展示からも窺われることが理解された。東南アジアやモンゴルなど中国と国境を接する周縁地域におけるネットワークについて一層掘り下げていく必要があるが、他方で華人は世界に拡散しており、ペルーやオーストラリアといった遠隔地の動向にも注意を払い中国の民族との比較検討を進める必要性が認識された。
2016年度活動報告
本年度は2年目に当たり、中国における歴史の資源化について、(1)民族英雄、(2)文物・史跡・景観、(3)記憶・記録・伝承の問題領域において、政府・知識人・民衆などの諸主体の関わり方、隣接地域の場合に留意しつつ現地で掘り下げた実態調査を行った。また、10月に国立民族学博物館で国際シンポジウムを開催し、メンバーが集結して中間整理のための討議を行い、今後の課題を確認した。
(1)について、壮族の儂智高は雲南で村民がアイデンティティの維持のため祭っているが、政府は資源化に力を入れていないこと、回族の馬本斎は、政府にとって利用価値のある鄭和と比べると、無名で資源化されていないことから、政治が重視される中国においては民族英雄の扱いは状況によって違いがみられることが明らかになった。なお、漢族の岳飛は、時代によって評価が変化する点で歴史の特質を解明する鍵となること、チンギス・ハーンは中国だけでなくモンゴルでも資源化されており、国境を越えてグローバルな現象となっていることが解明された。
(2)について、タイ族土司が政府によって民族英雄として称揚され史跡が整備されており、ギャロン・チベット族の石楼を政府が村民の意向とは別に観光資源化を進めていることが明らかになった。また、広東の客家の墓参に、台湾を含む同姓者が血縁関係になくとも親族として参詣することから、歴史の資源化が新たな親族構造の再構築を導いていることが判明した。
(3)について、ハニ族の伝承のうち外的歴史に旧土司が関わっていること、朝鮮族の民俗村の資源化において、出稼ぎから帰郷した村民が主体となって、他の諸主体の思惑と相互補完的であることが判明した。諸主体の関与のありようは多様で、状況によって異なることが確認された。
このように、問題の解明と新たな知見の獲得、最終年度に向けた課題の確認など、2年目の研究目的を達成した。
2015年度活動報告
本年度は、中国における歴史の資源化について、(1)民族英雄とされる人物の顕彰のされ方や民族・地域社会の持つイメージと資源化の実態、(2)文物・史跡・景観といった可視的なモノや建造物の資源化の実態、(3)民間で記憶・記録され伝承されてきた歴史、の各問題領域において、現地での聞き取り調査や資料収集を通じて最新の実態を把握することを目的とした。
(1)について、岳飛についてはその廟が世界遺産に登録されるなど、地方政府・知識人さらに学校が資源化に関与している。他方、儂智高はベトナムで廟が新築され、民衆が英雄視し崇拝するが、政府による資源化が進行していない。また、政府や知識人が、回族の鄭和やモンゴル族のチンギス・ハーンを「民族の英雄」ではなく「中華民族の英雄」として位置付ける傾向にあることが判明した。
(2)について、四川の石楼や南京の烈士陵園は地方政府によって資源化されつつあるが、広西忻城や雲南西双版納の土司建築は資源化が十分に進行しておらず、政府や企業による歴史の価値付けに問題がある。なお、福建の客家の「祖地」の景観について、マレーシア華僑による景観建設への資金援助や一部の知識人によって「祖地」認識や「客家のルーツ」であるという自己意識を持つに至ったことが判明した。
(3)中朝国境では地方政府が国境と民俗の観光を進め、内モンゴルでは聖地オボが観光資源化されている。こうした動きを受けて延辺州で村長が村民の民俗の観光資源化に乗り出している。なお、歴史伝承の資源化について、ハニ(アカ)族の場合、村民が同じ伝承を持つとは限らないことや、ルーツ探しを通じて国境を越えるネットワークが形成されつつあることが判明した。
このように、地域・民族によって多少の違いがあるが、政府やそれに連なる知識人が歴史の資源化を進めている点など最新の実態を把握し今後の課題が明確になった。